コラム
2020年04月15日

資金繰り支援策の現状と課題-「複雑な制度」「支給のタイムラグ」

総合政策研究部 常務理事 チーフエコノミスト・経済研究部 兼任 矢嶋 康次

総合政策研究部 准主任研究員 鈴木 智也

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各国とも、新型コロナ対策で企業資金繰り策を相次いで打ち出している。日本政府は、感染拡大の影響が顕在化し始めた2月頃以降、相次いで支援策を打ち出してきた。ただし、制度の複雑さや手続きの煩雑さなどから、実際に企業が資金を手にするまでには、時間が掛かっているとの見方もある。

足元では、企業の資金繰りが急速に悪化しつつあり、何よりもスピードが重要になっている。制度を周知するための分かり易い広報の在り方、申請書類を複数用意することを求める煩雑な手続きの簡素化、支援の間口を広げる民間金融機関の活用など、直ぐにでも改善しなければならない課題が多く残されている。現下の状況が「有事」であるとの認識を今一度共有し、過去の前例に捕らわれない対応を取っていくことが望まれる。

1――企業の現状~資金繰り悪化は避けられない[小売業・卸売業の手元流動性比率は1.0ヵ月程度]~

[図表1]中小企業の資金繰り(D.I.) 企業の資金繰りは、外出自粛の長期化や緊急事態宣言に伴う営業自粛などにより、急速に悪化している。4月1日に公表された日銀短観の「資金繰り」判断DIでは、産業全体の悪化は限定的であったものの、「宿泊・飲食サービス」「業務用機械」「自動車」など、一部の業種では顕著な悪化が見られた[図表1]。また、東京商工リサーチが3月27日から4月5日にかけて実施したアンケートでは、企業の約半数が資金繰りに懸念を有しており、「1カ月以内」で決済に不安が生じると回答した企業は5%強、「3カ月以内」と回答した企業は4割弱に上った。今後、現下の自粛要請が長期化する事態となれば、資金繰りに窮する企業が、一段と増えることは間違いないと見られる。
なお、企業の短期的な支払能力は「手元流動性比率」という経営指標を見ることで、ある程度知ることができる。この指標は、「現預金と換金性の高い資産の合計金額」を「1ヵ月分の売上高」で除して算出され、売上代金の回収までにどれだけの期間、手元資金だけで賄うことができるのかを示す。その適正水準は、業界ごとの特性に応じて異なり、日々の現金収入に頼る傾向の強い業界ほど短くなる。法人企業統計を用いて「手元流動性比率」を業界別に比較してみると、「小売業・卸売業」の手元流動性比率は1.0ヵ月と他の業界に比べて短くなっている[図表2]。平時であれば、このような業界も資金繰りに窮することはないが、自粛が強化されて売上が急減する現状では、手元資金が薄い業界ほど資金繰りの悪化に直面する時期は早くなる。足元の統計では、まだ明確な悪化は示されていないが、そのような業界では資金調達が早晩、大きな課題として出てくると見られる。

感染拡大の影響は、企業の倒産件数の増加にも現れ始めている。東京商工リサーチの「全国企業倒産状況」によると、3月の倒産件数は740件と前年同月比+11.7%となり、増加率は4カ月連続で10%を超えた[図表3]。「新型コロナ」関連の経営破綻も増加傾向にあり、4月13日18時時点の破綻件数は54件に達している。業種別には、宿泊業と飲食業で多く発生しており、外出自粛が浸透してきたことで来店客数が減少し、小売業や食品製造業など、幅広い業種にも広がりつつある。政府による緊急事態宣言の影響が出てくるのはまだ先であり、破綻件数の一段の増加は避けられない情勢だ。
[図表2]業界別の手元流動性比率/[図表3]全国倒産件数

2――日本の支援策~公的金融による枠組みを活用、直近では、民間金融の活用も模索~

政府による企業金融に対する支援策は、新型コロナウイルスの感染防止策と共に、これまで3回に渡って強化されてきた[図表4]。
[図表4]中小・小規模事業者向け「資金繰り支援策」の主な内容
1第1弾 : 新型コロナウイルス感染症に関する緊急対応策(2月13日、対策本部決定)
まず、資金繰り対策の第1弾として導入されたのは、2008年のリーマン・ショック時や2011年の東日本大震災でも活用された、「セーフティーネット保証(信用保証制度)」と「セーフティーネット貸付(融資制度)」である。

「セーフティーネット保証」は、経営の安定に支障の生じている中小企業者を支援するため、信用保証協会が一般保証限度額(2.8兆円)とは別枠で、企業の借入債務を保証する制度である。今回の新型コロナウイルス対策としては、1号から8号までの区分のうち「4号:突発的災害(自然災害等)」と「5号:業況の悪化している業種(全国的)」の2つが指定された。対象地域を指定する4号では、自治体からの要請により、売上高が前年同月比▲20%以上減少している等の要件1を満たせば、企業は借入債務の100%保証を、一般保証(最大2.8億円)とは別枠で最大2.8億円受けることができる(第2弾で47都道府県に拡大)。また、対象業種を指定する5号では、売上高が前年同月比▲5%以上減少している等の要件2を満たせば、企業は借入債務の80%保証を、一般保証とは別枠で最大2.8億円(4号と同枠)受けることが可能だ(段階的に587業種まで拡大)。

「セーフティーネット貸付」は、一時的に業況が悪化している企業のうち、中期的に業績の回復が見込まれる先に対して、日本政策金融公庫や商工中金などの政府系金融機関が融資する制度である。第1弾では、売上高が▲5%以上減少といった数値要件にかかわらず、今後の影響が見込まれる事業者も含めて、最大7.2憶円を限度額に融資が受けられるように要件が緩和された3。また、感染拡大で特に重大な影響を被っている旅館業などの業種を対象として、売上高が前年(または前々年)同月比▲10%以上減少している等の要件4を満たせば、最大3,000万円を別枠で融資する制度「衛生環境激変特別貸付」も導入されている。
2第2弾 : 新型コロナウイルス感染症に関する緊急対応策(3月10日、対策本部決定)
続く第2弾では、保証・貸付枠の更なる拡大と併せて、「危機関連保証」「特別貸付制度」といった新たな制度を創設するなど、危機対応に一歩踏み込んだ措置が取られている。

「危機関連保証」は、2018年の信用補完制度の見直しに伴って創設された制度であり、信用保証協会による3段目の保証枠として、今回はじめて発動された。この保証枠は、全国・全業種を対象として、売上高が前年同月比▲15%以上減少している等の要件5を満たせば、企業は借入債務の100%保証を、一般保証とセーフティーネット保証のさらに別枠として最大2.8億円受けることが可能となる。

「特別貸付制度」は、中小企業に加えてフリーランスを含む個人事業主も受けられる融資制度であり、売上高が前年(または前々年)同期比▲5%以上減少している等の要件6を満たせば、中小企業者は最大3億円、個人事業主は最大6,000万円の融資を無担保で受けることが可能となる。そして、一定の要件7を満たして、さらに「特別利子補給制度」を併用することができれば、特別貸付の一部を実質無利子で受けることも可能となる。
3第3弾 : 新型コロナウイルス感染症緊急経済対策(4月7日、閣議決定)
今後予定される資金繰り支援策の第3弾は、4月7日に閣議決定された「新型コロナウイルス感染症緊急経済対策」に盛り込まれている。この支援策は、東京都など7都府県に非常事態宣言が発令されたタイミングで公表されたものであり、対策項目には、過去に例のない異例の措置が並んでいる。

例えば、国内で史上初めて導入される措置としては、(1)政府系金融機関を通じて提供された実質無利子・無担保・保証料減免の融資を民間金融機関で受けることを可能にすること、(2)中小企業には200万円、個人事業者には100万円という、事業者向けの現金給付を実施する「持続化給付金」を創設すること、(3)税金や社会保険料、公共料金の支払を猶予する措置を講じること、などが挙げられる。また、経済対策の規模も相応に大きく、「雇用の維持と事業の継続」に投じられる国と地方を合わせた財政支出は22兆円程度、事業規模は80兆円程度になると見られる。

3――おわりに~「ハコ」を整えるだけでなく「プロセス」の改良を、必要となれば追加支援を

今般の政府対応は、想定を上回るスピードで進行する事態に対して、後手に回ったとの印象を受ける。企業の支援策にしても、過去の危機に倣った対応から始まり、支援対象の拡大に保証・貸付枠の拡大、そのあとに新たな制度の創設や取組みの実施が来るなど、支援の逐次投入となってしまった。その結果、支援策が幾重にも重なり、制度が複雑化している。支援を必要とする人にしっかり理解してもらえるように、広報の在り方を工夫していく必要がある。

なお、第3弾の経済対策では、民間金融機関による無利子・無担保融資の開始や事業者に対する現金給付の導入など、間口を大きく開けた支援になったとの評価をすることができる。しかし、これだけで事態の長期化に対応できるかは不明だ。これまでの対策で相談窓口に問い合わせが殺到し、現場の対応が間に合っていないとの課題も出てきた。また、煩雑な手続きにより、支援を受けるまでの時間が掛かり過ぎるとの報道も見られる。今は有事であり、これまでにないプロセスを導入することも必要だ。不正受給を防止するために抜け道を埋める、精緻な仕組みを作る必要があるとの考えは理解できるが、その間に、救うべき企業が倒産してしまっては意味がない。即日融資を実現する海外の事例を参考にした制度設計、徹底的な事後検証と罰則の強化による不正抑止など、支援を早急に浸透させるための仕組みが必要だ。

新型コロナ収束後のV字回復も、経済の基盤が損なわれてしまえば実現することはできない。今は、感染拡大の抑止を最優先に考え、国民生活と経済基盤の保持を考えるときである。必要とされるところに即座に届く支援を、継続して実施していくことが重要だろう。
 
 

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矢嶋 康次 (やじま やすひで)

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鈴木 智也 (すずき ともや)

(2020年04月15日「研究員の眼」)

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