2020年12月25日

中央銀行デジタル通貨の行方-2020年の振り返りと今後の見通し

総合政策研究部 准主任研究員   鈴木 智也

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[図表3]世界の主要中銀におけるCBDCの研究開発状況 22019年時点の研究開発状況
国際決済銀行(BIS)が、2020年1月に公表した最新の調査によると、2019年時点で約8割の中央銀行が何らかの形でCBDCの研究に着手しており、そのうちの半数は、概念的な研究から発行流通など基本機能に関する検証を行う実証実験、具体的な発行を視野に入れたパイロット試験へと進んでいるという[図表3]。 

また、「一般利用型」の実現可能性については、3年以内の実現可能性が高いと考える中央銀行は、調査時点で1割程度であった一方、まだ可能性は低いと考える中央銀行は7割程度であった。ただ、2018年調査との比較では、実現可能性が高いと見る中央銀行は、3年以内で5%程度から1割程度まで約2倍に増えており、6年以内では2割程度の中央銀行が、実現可能性を高いと見ているようだ。
 32020年の最新動向
2021年に公表されると見られるBISの調査報告書では、恐らく、より大きな進展が見られるだろう。今年は、バハマやカンボジアといった新興国でCBDCが本格導入されただけでなく、日米欧など主要先進国でも、CBDCに対する取組み姿勢が大きく変化している。世界で起きた今年のCBDCに関する主な出来事を[図表4]および「図表5」にまとめている。
[図表4]世界の主な出来事(2020年)
[中国]――まず、注目されるのは、やはり中国の動きだろう。中国では、前述の通り昨年来、デジタル人民元の発行に向けた構想が表面化している。中国人民銀行は4月、北京でテレビ会議を開催し、今年の優先事項にデジタル人民元の研究開発を前進させることを掲げ、その2週間後には、広東省深セン市、江蘇省蘇州市、四川省成都市、雄安新区および冬季北京オリンピック会場周辺で、デジタル人民元のパイロット試験を実施することを発表している。中でも雄安新区では、中国工商銀行など4大銀行にマクドナルドやスターバックスなどの小売店、ホテルなどが参加して、システムの安定性や性能についての検証が行われた。また8月には、中国商務省が「サービス貿易の革新的発展実験の全面的深化のための総合計画」を発表し、デジタル人民元の試験範囲を、北京・天津・上海など28都市・地域に拡大することを明らかにしている。さらに10月には、深圳市政府と人民銀行が共同で「红包」キャンペーンというデジタル人民元の配布イベントを開催し、10月12日から18日までの開催期間を通して、当選者47,573人が羅湖区の3,389店舗で62,788件の取引に利用し、実際に876.4万元が使用されたという。同イベントの終了後には、中国人民銀行がデジタル人民元の発行に法的根拠を与える法律の改正案を公表し、法制面における環境整備を進めている。また、足元では、12月11日から27日までの日程で、蘇州市でも「红包」キャンペーンを開始している。蘇州市における試験は、試験規模を拡大したうえで、リアル店舗だけでなく電子商取引(JD.com)にも対応し、オフライン決済機能が追加されたものとなる見込みだ。中国は、デジタル人民元の本格導入を見据えて、必要となる法改正や試験段階を着実に進めている。
[米国]――主要先進国の中では、基軸通貨国である米国の動きが注目される。米国は兼ねてより、CBDCに対して慎重な姿勢を示して来たが、今年に入って態度を修正している。今年2月には、米連邦準備理事(FRB)のブレイナード理事が、米スタンフォード大学の講演原稿の中で、CBDCに関する調査や実験を行っていることを明らかにすると、6月には、FRBのパウエル議長が米下院金融サービス委員会で、CBDCを「真剣に研究していく案件の1つだ」と発言するなど、前向きな発言が相次いでいる。また、10月には、米国も日本や欧州などが進める共同研究グループの報告書に名を連ね、国際的な連携を深めつつあることも分かって来た。依然として、発行に伴うリスクへの懸念は強いものの、米国が姿勢を転換しつつあることは、国際社会にも大きな影響を及ぼすだろう。
[欧州]――欧州では、より積極的な動きが見られる。2月には、スウェーデンのリクスバンクが、同国のCBDCであるe-kronaのパイロット試験の開始と、その具体的な内容について発表している。同試験は、2021年2月まで実施が予定されており、デジタル・ウォレットにe-kronaを格納し、モバイル・アプリを介して支払いを行う、技術ソリューションに関する検証が行われる。一般ユーザーによる使用が試されることから、その結果が注目される。

また英国では、イングランド銀行(BOE)のベイリー総裁が、7月に学生向けのウェビナー・イベントで講演し、BOEもCBDCの作成について、検討を進めていることを明らかにしている12。英国は、以前からCBDCに対して肯定的な姿勢を示している。BOEのカーニー前総裁は、2019年のジャクソンホール会議で、ドルや円などの主要国通貨で構成される「合成覇権通貨」を提案している。ベイリー総裁の発言に先立つ3月には、BOEが制度設計についての論点を整理したディスカッション・ペーパーを公表しており、今後、英国でもCBDC発行の可能性について、具体的な検討が進んで行くと見られる。

10月には、欧州中央銀行(ECB)が「デジタルユーロ」に関する報告書を公表している。同報告書は、機能設計や法的論点などの考察をしたものであり、具体的な発行計画が記されている訳ではない。しかし、ECBは同報告書の中で、デジタルユーロ・プロジェクトを開始するか否かの決定を2021年半ばに掛けて行う、との方針を打ち出している。検討期限が区切られたことで、CBDCの研究開発は、一層加速する可能性が出て来たと言える。CBDCに関する前向きな動きが加速する中、ECBは9月、既存の法律でカバーされない暗号資産とステーブルコインに対する規制の新たな枠組み案を公表している。規制案は、民間のデジタル通貨に対して、厳しいガバナンスや運用要件などに従うことを求める内容となっている。これらの動きは、金融政策や通貨主権を乱しかねない民間デジタル通貨の拡大を押し留める一方で、デジタル社会に対応した利便性向上の代替手段として、既存の金融システムと整合的に設計されるCBDCの流通を目指す動きと捉えることもできるだろう。
 
12 Bloomberg「Bank of England Debating Digital Currency Creation, Bailey Says」(2020年7月13日)
[新興国]――新興国では今年、バハマとカンボジアが、CBDCの正式運用13を開始している。バハマは、カリブ海にある700余りの島からなる島嶼国であり、福岡県とほぼ同じ面積に38.9万人が暮らしている14。カリブ海の小国であるバハマが、CBDCの研究開発で多くの先進国に先行したのは、島嶼国であるために既存の金融システムを整備するには、膨大なコストと時間が掛かることを早くから認識し、一足飛びにCBDCを発行することを視野に入れて来たためであると考えられる。バハマのCBDCは「サンド・ダラー」と呼ばれており、世界で初めて本格導入された事例となった。

カンボジアは、東南アジアのインドシナ半島南部に位置する国であり、日本の半分ほどの面積に1,630万人が暮らしている15。カンボジアでCBDCの研究開発が進められたのは、銀行口座の保有比率が低く、バハマと同じく金融包摂の促進が必要であったことに加えて、自国通貨「リエル」があるにも関わらず米ドルの流通比率が高いという状況にあったことから、金融政策の有効性を高めるためにも自国通貨の強化を目指す必要があったからだと考えられる。カンボジアのCBDCは「バコン」と呼ばれ、すでに2019年7月にカンボジア全土でパイロット運用が開始されていたが、10月28日に正式に本格導入されている。
 
13 バハマは、米ドルにベック下固定相場制を取る国であり、カンボジアは、自国通貨のリエル以外に米ドルの取引にも対応していることから、主要国通貨の中で初めてCBDCに対応したのは、人民元ではなく米ドルだと言うこともできる。
14 数値は、外務省「バハマ基礎データ」より。
15 数値は、外務省「カンボジア基礎データ」より。
[日本]――日本では、政治面の動きが活発化したことが、今年の特徴として挙げられる。2月には、自民党のルール形成戦略議員連盟が「デジタル人民元への対応について」と題する提言をまとめ、経済安全保障上の視点から、政府日銀に円のデジタル化を検討するよう促している。また6月には、自民党の金融調査会が金融面の問題に対処するための提言をまとめ、政府日銀に対して、一体となってCBDCの「より具体的な検討を直ちに開始すべき」との考えを表明している。それらの動きを受けて、7月に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針2020」(骨太方針)には、初めてCBDCに関する記述が盛り込まれた。骨太方針では「中央銀行デジタル通貨については、日本銀行において技術的な検証を狙いとした実証実験を行うなど、各国と連携しつつ検討を行う」こととされている。

政治の後押しを受けて、日銀もCBDCの研究開発を加速させている。今年始めには、主要国6中銀にBISが加わる形で共同研究グループを設立し、CBDCの活用のあり方、クロスボーダーの相互運用性を含む経済面、機能面、技術面での設計の選択肢を評価、先端的な技術について、知見の共有を始めている。その結果は、10月にFRBも参加する形で報告書16として公表されており、CBDCが具備すべき3つの基本的な原則と特性の概要に整理されている。各国中銀は、今後、これらの原則と特性をベースに研究を進め、協調的に実証実験を進めて行くと見られる。日銀は、自らの取組みを加速するため、2月に決済機構局内に「CBDCに関する研究チーム」を発足し、それを改組する形で7月に「デジタル通貨グループ」を創設している。グループ長には、金融政策の企画立案にも従事したことのある奥野審議役が就任し、CBDCの研究開発に強力に取り組む姿勢を見せている(他の5つのグループ長は企画役が就いている)。
[図表5]日本の主な出来事(2020年)
 
16 中央銀行デジタル通貨:基本的な原則と特性(2020年10月)

4――今後の展望

4――今後の展望

12021年、日本銀行も実証実験を開始
日銀は10月9日、デジタル円の実証実験を、2021年度ット実験(1段階)の3段階。概念実証は、プロジェクトの実現可能性を技術的な観点から検証する段階だ。フェーズ1では、決済手段としての基本機能である発行や流通(送金)、還収などに関する検証を行い、フェーズ2では、付利や保有額上限の設定、オフライン環境下での取引といった応用的な機能に関する検証を行う。パイロット実験となるフェーズ3では、本格導入を見据えて発行に向けた課題を検証する。日銀が必要と判断した場合には、民間事業者や消費者が実地に参加する形での実験も実施する予定だ。地域を限定した実験が行われる可能性がある。さらに、実証実験と並行して、制度設計面でも検討を深める。民間事業者との関係、個人情報の取り扱い、情報技術の標準化のあり方など、内外関係者と密接に連携しながら、検討を進めて行く方針だ。
2デジタル円の発行でカギを握る、政治動向
日銀は、現在も「現時点でCBDCを発行する計画はない」という従来の姿勢を変えていない。しかし、政治面の動きは、明らかに加速している。日銀の果たす役割や政策、組織の運営方法などを定めた日本銀行法には、日本銀行券の種類や発行は「政令で定め」、その様式は「財務大臣が定める」とあるように、デジタル円の発行についての決定権は、政府にあるとの見方もある。今後、政治における議論が更に進み、一歩踏み込んだ決断が為されれば、日銀が姿勢の転換を迫られることも十分にあり得る。政府・日銀は、双方の幹部が参加する連絡協議会を、2021年春にも立ち上げると見られる17。連絡協議会への民間事業者の参加も促し、官民で実証実験の進捗や成果を共有して、共通認識のもとデジタル円の発行準備を進めて行く方針だ。足元では、日本銀行法や通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律などの改正に向けた議論も始まっている。日銀に対する国内圧力は、今後も弱まることはないだろう。

なお、国内の議論は、海外の動向にも左右され得る。特に、デジタル人民元への対抗で連携を模索する米国の動きは、日本でも大きな注目を集めるだろう。米国では、11月3日に実施された大統領選挙の結果、民主党のバイデン氏が大統領に就任することが確定した。米国政党のCBDCに対する姿勢は、共和党より民主党の方が親和的18であり、米国でもデジタルドルを巡る議論が加速する可能性が浮上している。米国の動向次第では、国外からの圧力も強まることが予想される。
 
17 日経新聞社「中銀デジタル通貨で協議会 政府・日銀、実験成果を共有」(2020年12月11日)
18 6月30日に「お金と決済のデジタル化」をテーマに実施された米上院銀行委員会の公聴会では、民主党のブラウン上院議員が、巨大テック企業の金融包摂の取組みに懐疑的な見方を示す一方で、共和党のクラポ委員長は、民間のイノベーションを抑制しない規制の必要性について主張し、民間主体の電子決済を後押ししていく考えを示している。また、民主党は、オバマ前政権時代に財務長官を務めていたFRBのブレイナード氏との関係が近く、同氏はデジタル通貨全般に関する研究や調査を統括している。
3相互に作用し合う、官民のデジタル通貨開発
2020年は、バハマとカンボジアでCBDCが本格導入された節目の年となったが、来年2021年は、中国やスウェーデンなどで本格導入される可能性があり、日本や欧州など主要先進国でも実証実験の開始が予定されている[図表6]。CBDCの研究開発は、加速度的に進んでいくと見られるが、その動きは、民間のデジタル通貨開発にも影響を及ぼすだろう。
[図表6]注目度の高い「一般利用型CBDC」の開発/導入計画
日本では11月19日、商社や金融機関などが共同出資して設立したディーカレット(インターネット・イニシアティブ(IIJ)傘下)が、民間主導の「円に準拠するデジタル通貨」に関する報告書19を公表している。同報告書では、3メガバンクやNTTグループなどが協議してきた勉強会を「デジタル通貨フォーラム」に改組し、新たな参加者(野村ホールディングスや気仙沼市など)を加えたうえで、民間が主導するデジタル通貨の概念実証を始めることを明らかにしている。同構想におけるデジタル通貨は、相互運用性を確保するためのコア機能である共通領域と、各社のビジネスに合わせてカスタマイズを可能とする付加領域で構成される「二重構造」のデジタル通貨になるという。ディーカレットは設立当初、2022年度に利用者数500万人超、売上高100億円超を目指すとの目標を掲げており、デジタル通貨の実用化時期も2022年頃になると見られる。この動きは、相互運用性のない民間決済サービスの林立した状況を民間主導で改善しようとするものであり、その目的は、CBDCに期待される役割と重複している。仮に、利便性の高い民間のデジタル通貨が、デジタル円に先行して普及した場合、デジタル円の利用は、予想ほどには拡大しないかもしれない(ただ、それでも民間サービスがリーチしない層については、金融包摂の観点からデジタル円が必要とされる可能性はある)。また、海外に目を向ければ、英フィナンシャル・タイムズ紙20が、Libra(米ドル版21)の2021年1月の発行可能性について報じている。CBDCは、潜在的に民間デジタル通貨と競合することから、これらの動きはデジタル通貨を巡る競争が、官民の間でも激しくなって行くことを示すものかもしれない。
 
19 デジタル通貨勉強会「日本の決済インフラのイノベーションとデジタル通貨の可能性」(2020年11月)
20 日経新聞社「リブラ、来年1月にも「米ドル版」現実路線に修正」(2020年11月28日)
21 米ドルと1対1で交換可能なステーブルコインには、既にUSD CoinやTetherなどがあるが、Libraの場合には、潜在的な利用者が多いため容易にクリティカルマスを超え、高い通用力が備わると予想される。
 

5――おわりに

5――おわりに

いずれにしても、通貨のデジタル化は世界の大きな潮流となっており、この流れに逆らって進むことは難しいだろう。CBDCを巡る国家間、および官民の間での競争は、CBDCの発行が現実的な課題として認識されたこれからが本番だ。今後、デジタル通貨を利用した様々なユースケースが続々と登場して来るだろう。私たちの生活やビジネスの在り方を変える動きから目を離すことはできない。

【参考文献】

・FRB Francesca Carapella and Jean Flemming、“Central Bank Digital Currency: A Literature Review”、November 2020
・国立国会図書館 高澤美有紀、「中央銀行デジタル通貨をめぐる議論」、2020年11月
・ECB、“Report on a digital euro”、October 2020
・日本銀行他、「中央銀行デジタル通貨:基本的な原則と特性」第一次報告書、2020年10月
・日本銀行、「中央銀行デジタル通貨に関する日本銀行の取り組み方針」、2020 年10月
・BIS、Working Papers No 880“Rise of the central bank digital currencies: drivers, approaches and technologies”、
August 2020
・日本銀行決済機構局、「中銀デジタル通貨が現金同等の機能を持つための技術的課題」、2020 年7月
・日本銀行金融研究所 松尾真一郎、「暗号資産とブロックチェーンの安全性の現状と課題」、2020 年6月
・SVERIGES RIKSBANK、Economic Review 2,2020“Second special issue on the e-krona”、June 2020
・BOE、Discussion Paper“Central Bank Digital Currency Opportunities, challenges and design”、March 2020
・BIS、Papers No107“Impending arrival – a sequel to the survey on central bank digital currency”、January 2020
・日本銀行金融研究所、「中央銀行デジタル通貨に関する法律問題研究会」報告書、2019年9月
 
 

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総合政策研究部   准主任研究員

鈴木 智也 (すずき ともや)

研究・専門分野
日本経済・金融

(2020年12月25日「基礎研レポート」)

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