2020年12月07日

通貨覇権を巡る攻防~ドル基軸通貨体制の持続可能性は?

経済研究部 上席エコノミスト 上野 剛志

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1―基軸通貨ドルの地位は維持されているか

1基軸通貨ドルとは
現在、ドルは世界の「基軸通貨」、すなわち国際的に決済などで幅広く利用される国際通貨の中でも中心的・支配的な役割を果たす通貨として位置付けられている。第二次世界大戦後、ブレトンウッズ体制(金・ドル本位制)の下でドルは基軸通貨としての位置付けを確立したが、同体制は1971年のドルの金兌換停止によって終焉を迎えた。従って、現在のドルの基軸通貨としての位置付けは国際的な協定などで認定されたものではなく、広く多くの人々に暗黙の了解として支持されることによって成り立っている。
 
基軸通貨が存在する理由は世界経済にとって大きなメリットを生むためだ。国際的な決済を各国の居住者がそれぞれの通貨で行うとすると、膨大な種類(組み合わせ)の為替交換が必要になり、取引コスト(費用・手間・時間)が膨らむ。その反面、あらかじめ各国居住者が国際的な決済に基軸通貨を使うことを前提とすれば、それぞれが基軸通貨と自国通貨の間の交換を行うだけで済み、取引コストを抑えることができる。
 
一方、基軸通貨の発行国(現在は米国)は、多くの特別なメリットを享受できる。具体的には、(1)国際貿易・金融取引における為替リスクの低減(多くの場合自国通貨建てで取引可能)、(2)海外からの資金調達の容易化と通貨発行益の獲得(多くの非居住者が自国通貨の保有を選好)、(3)国際政治力・外交力の強化(基軸通貨である自国通貨が金融制裁の強力な手段になる)などだ。
2為替取引・外貨準備で高い存在感を維持
ここで、基軸通貨ドルの存在感を改めて確認すると、為替市場におけるドルの取引高シェア1は直近2019年4月時点で44%と高い割合を占めている(図表1)。これは、ドルに次ぐシェアを持つユーロ(16%)の倍以上にあたるほか、様々な場面で対立を深めている中国の人民元(2%)とは20倍以上の開きがある。時系列でみた場合にも、ドルのシェアは長期にわたって4割強の高い水準を維持している。また、国際決済額で見た場合でも、ドルのシェアは41.7%で首位となっており、2位であるユーロの38.5%を上回っている2
 
次に、各国政府の外貨準備における通貨別のシェアを見ても、ドルのシェアは2020年4-6月期時点で61%と2位であるユーロ(20%)の約3倍、人民元(2%)の約30倍の高い水準にある(図表2)。ドルのシェアの推移を見ると、65%~70%強であった2000年代前半と比べるとやや低下しているものの、常に6割超のシェアを維持している。

このように、為替市場や外貨準備などにおけるドルのシェアは首位かつ長きにわたって高い水準を保っており、足元でもドルの基軸通貨としての高い地位は維持されている。
(図表1)主要通貨の為替市場における取引高シェア/(図表2)世界の外貨準備に占める主要通貨のシェア
 
1 為替取引は2通貨間の交換取引であるため、一つの通貨のシェアは最大50%になる。
2 SWIFT “RMB Tracker”より。ユーロ圏内取引を除くベース(2020年10月時点)
3有事で買われるドル
また、為替レートの動きから、「基軸通貨ドル」の存在を強く認識させられる場面もある。例えば、今年春に発生した大幅なドル高だ。この動きは、新型コロナウイルスの感染拡大によって世界的に株価が急落し、金融市場の緊迫感が高まったことを受けて、投資家や金融機関などの間で決済通貨であり流動性の極めて高い基軸通貨ドルを求める動きが強まったことが背景にある。いわゆる「有事のドル買い」にあたる。実際、ドルの総合的な強弱感を示す実効為替レート3は市場の警戒感が強まり始めた今年2月半ばからピークに達した3月半ばにかけて、わずか1カ月で8%近くの急騰を見せた(図表3)。

ちなみに、2008年9月に発生したリーマンショックの際にも同様のドル高が発生しており、この時には翌年3月にかけてドルの実効為替レートが15%も急上昇した。
(図表3)ドル実効為替レートとVIX指数(恐怖指数)/(図表4)ドル・ユーロ・人民元の実効為替レート
 
3 各国通貨と他通貨との2国間為替レートをその国の貿易シェアで按分し、指数化したもの。本稿ではBIS公表値を使用。
4水面下で進む一部諸国のドル離れ
以上のとおり、現時点においてドルの基軸通貨としての地位は表面上盤石に見えるが、一部では綻びが垣間見える。

それを端的に表すのが世界各国の準備資産における金(Gold)の保有量(以下、「金準備高」)だ。無国籍通貨とみなされる金は、基軸通貨であるドルの代替資産に位置付けられる。金準備高はリーマンショック後の2009年を境に増加に転じ、以降はほぼ一貫して増加を続けている。この結果、直近2020年第2四半期の金準備高は2009年第1四半期の水準を2割近く上回っている(図表5)。

これを国別に見ると、特に米国と対立関係にあるロシア、中国、トルコなどで金準備高の増加が目立つ(図表6)。また、旧ソ連圏であり、現在もロシアが主導するユーラシア経済連合4構成国として同国と繋がりの深いカザフスタンも増加基調が続いている。過去の月次データが不明の中国を除く3カ国(ロシア、トルコ、カザフスタン)だけで、データが遡れる2012年以降に金準備高が約2300トン増加しており、この間における世界全体の伸び(約3700トン)の約6割を占める。
(図表5)世界の金準備高/(図表6)中国・ロシア等の公的金準備量
同時に、これらの国々に共通してみられる特徴として、「米国債の保有が減少している」ことが挙げられる。国別の米国債保有高(民間保有分も含むベース)を見ると、中国の米国債保有高はかつて世界最大であったが、2018年以降は明確に減少しており、足元では、この間に保有高を増加させた我が国に大きく水を開けられている(図表7)。

また、ロシアやトルコの米国債保有高も2018年頃に大きく減少しており、足元ではほぼゼロにまで減少している。カザフスタンについても、そこまで極端な動きではないものの、じわじわと保有高の減少が続いている(図表8)。
(図表7)米国債の国別保有高①/(図表8)米国債の国別保有高②
(図表9)ロシア中銀の金・外貨準備に占める主要通貨のシェア 外貨準備内のドル建て資産は米国債の形を取ることが多いため、これらの国々では、外貨準備内の米国債を売却し、ドル建て資産を圧縮している可能性が高い。

実際、ロシア中央銀行が公表している外貨準備の通貨別内訳を見ると、今年3月末のドル資産のシェアは23.7%と2年前からほぼ半減し、金や人民元などに資金が分散された様子が確認できる(図表9)。また、中国では長らく外貨準備の通貨別構成は開示されてこなかったが、中国国家外貨管理局が2019年に公表した年報で初めてざっくりと公表され、1995年に79%を占めていたドルの割合が、2014年に58%まで低下したことが明らかにされている。米国債保有高の動きから鑑みると、以降もドルの割合をさらに引き下げているとみられる。
 
つまり、米国と対立関係にあるロシア、中国、トルコなどの国々を中心に、近年、外貨準備として保有していた米国債を売却してドル資産を圧縮する一方で、金準備などにシフトする動きが進んでいる可能性が高い。
(図表10)外貨準備に占める主要通貨のシェア(抜粋・試算) 一部の国がドル資産を圧縮しているにもかかわらず、世界の外貨準備に占めるドルのシェアが6割強を維持しているのは、シェアの計算がドル換算後であることが影響している。近年、ドルが多くの通貨に対して上昇したことによって、(円やユーロなど)ドル建て以外の資産のドル換算額が目減りし、ドル建て資産のシェアがかさ上げされた。

実際、2010年末時点の為替レートを用いて再計算を行った場合、今年6月末時点のドル建て資産のシェアは55.9%と公表値から5%ポイント以上低下する5(図表10)。
 
こうしたドル離れの背景には2つの理由があると考えられる。

一つは外貨準備を分散化する目的だ。もともと各国の外貨準備はドル建て資産に偏重しているため、ドルの価値が下落した際に発生する損失が大きくなる。従って、ドル下落に伴う損失を軽減するために、外貨準備に占めるドル資産の割合を落とし、分散化を図るものだ。従来、「ドルの信認(信用力)」に対する警戒が高まり、分散化の機運が高まる場面があった。とりわけ、リーマンショック後には米国経済の低迷やFRBのバランスシート拡大などへの懸念を背景として、外貨準備のドルへの集中を緩和すべく、中国やロシアのみならず、一部の資源国や新興国も外貨準備の多様化を進める方針を示していた。
 
そして、ドル離れの動きに拍車をかけたのが、米政権による金融制裁への警戒と考えられる。特にトランプ政権は自国と対立する国や企業・団体・個人に対して多くの制裁を課してきたが、その際にドルを武器や脅しの手段として多用した。具体的には「ドル取引の制限や禁止」だ。国際決済は決済通貨発行国の銀行を介して行われるため、制裁として米銀との取引が禁止されるとドルを使った国際決済を行うことが出来なくなる。また、米政府が国際送金データをやりとりするSWIFT(国際銀行間通信協会)に影響を及ぼして、制裁対象国の銀行を決済網から締め出すという手法もある。このような制裁を課せられた場合、ドル決済システムから締め出され、資金調達や貿易において多大な悪影響が生じることになる。そして、外貨準備として保有するドルも使用する手立てが失われてしまう。

特に2018年にはイランへの制裁が再開され、イランのみならず同国と取引する相手方も米国の制裁対象とされてドル取引が禁止された。しかも、イランとの核合意を米国が一方的に離脱する形でだ。また、同年には米国による対ロシア制裁が強化され、アルミの世界大手であるロシアのルサールが経済制裁の対象となったことで、供給減への懸念によってアルミ価格が急騰する事態も起きた。ロシアやトルコ、中国の米国債保有高が大きく減少したのはちょうどこの時期にあたることから、米国と対立関係にある国の間で、米国による金融制裁(ドル取引禁止)に対する警戒感が高まり、制裁時の影響を緩和するために外貨準備のドルを手放す動きが強まったと考えられる。つまり、米国による制裁の反作用でドル離れが起きたということだ。
 
現時点ではドル離れの動きは一部に留まるが、「極力ドルを持たず、使用も避ける」という動きが今後も広がれば、ドル基軸通貨体制に穴が空くことになりかねない。
 
4 2015年1月に設立されたロシアを中心とする地域経済同盟。現加盟国はロシア、カザフスタン、ベラルーシ、アルメニア、キルギスの5カ国。
5 また、IMFの外貨準備の通貨構成データは、各国の任意の報告によるものであり、国別のデータは非開示であるうえ、完全な連続性は保たれていない点に留意が必要になる。現在は149カ国がデータを報告しており、文中記載の4カ国のデータも含まれているが、中国は2015年前後から報告を開始したと推測される(この時期に「未判明分」とされる金額が段階的に大きく減少している)。
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経済研究部   上席エコノミスト

上野 剛志 (うえの つよし)

研究・専門分野
金融・為替、日本経済

経歴
  • ・ 1998年 日本生命保険相互会社入社
    ・ 2007年 日本経済研究センター派遣
    ・ 2008年 米シンクタンクThe Conference Board派遣
    ・ 2009年 ニッセイ基礎研究所

    ・ 順天堂大学・国際教養学部非常勤講師を兼務(2015~16年度)

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