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骨太方針に盛り込まれた「社会的処方」の是非を問う-薬の代わりに社会資源を紹介する手法の制度化を巡って

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳
7――社会的処方を巡る疑問(2)~ソーシャルワークとの違いが不鮮明~
第2の疑問として、ソーシャルワークとの違いが不鮮明な点である。ここでは地域を基軸としたソーシャルワークを解説する書籍23に沿って、「個を地域で支える援助と、個を支える地域を作る援助を一体的に推進すること」と整理する。
つまり、健康や生活について生きにくさを感じている個人が地域で暮らせられるようにする援助に加えて、個人を支える地域づくりも一体的に推進するアプローチであり、日本の専門職としては、社会福祉士、精神保健福祉士などが該当する。さらに言えば、介護サービスの調整などを担うケアマネジャーもソーシャルワークの担い手としての機能を本来、有している24。このほか、国家資格ではないが、医療機関に勤務する医療ソーシャルワーカー(MSW、Medical Social Worker)も2002年11月に定められた「医療ソーシャルワーカー業務指針」では、療養中の心理的・社会的問題の解決、退院援助、受診・受療援助などに加えて、経済的問題の解決・援助や地域活動まで射程に入れた業務範囲が定められており、こうした人達がソーシャルワークの担い手ということになる。
では、ソーシャルワークとはどういったアプローチを採用するのであろうか。ここでは、社会的に孤立した高齢者の事例を基に考えてみる。まず、孤立を生み出している要因としては、「要介護状態なので外出できない」「認知症で判断能力が下がっている」といった個人的な背景が想定される。さらに、「家族との人間関係が悪い」「地域でトラブルを起こした」などの社会的な背景に加えて、専門職や自治体職員の発言が本人の自尊心を傷つけてしまった経験など、過去の不適切な対応も考えられる。
ソーシャルワークでは、こうした複雑な事例について、「個」「地域」の双方に働き掛けるアプローチを取る。例えば、個人の身体的、医学的な問題の解消に努めるだけでなく、若い頃の仕事や生き甲斐、趣味などで会話の糸口を探り、外出する気持ちを高めるような工夫を講じる。さらに、その高齢者の趣味に応じて、高齢者を受け入れてくれるような場づくりも考える。
先に挙げた例で述べると、その高齢者が犬好きの場合、犬の散歩に誘うことで外出する気持ちを高めてもらう方法が考えられる。あるいは高齢者が麻雀をたしなむ場合、麻雀好きの高齢者を集めて健康麻雀の場を作るといった方法も想定できる。
つまり、ソーシャルワークとは孤独に悩む高齢者という「個」を支えるだけでなく、その周りを取り巻く「地域」を見つつ、双方に関わって行くアプローチと言える。
23 ソーシャルワークの考え方や事例に関しては、岩間伸之ほか『地域を基盤としたソーシャルワーク』中央法規出版を参照。
24 詳細は2020年7月16日拙稿「ケアプランの有料化で質は向上するのか」などを参照。
では、こうしたソーシャルワークと社会的処方の相違点は何か。実は、個人を社会資源に紹介し、個人と地域づくりを一体的に進めるという方法は同じである、しかし、社会的処方の場合、医療の観点から社会資源に視野を広げようとしているのに対し、ソーシャルワークは数多くのサービスや社会資源の一部として医療を捉えている点で、発想は逆である。
こう考えれば、どちらが個人の生活感覚に合致するか明らかであろう。つまり、ソーシャルワークは患者・住民の生活環境を含めて、「個」「地域」の双方に関与することを通じて、生活全体を支えようとするのに対し、社会的処方は医療から物事を発想している違いである。
つまり、社会的処方は「処方」という言葉に象徴される通り、医療や医学から生活を見ようとしているのに対し、ソーシャルワークは生活全般を支える一環として、医療資源の活用を考えている。この2つの違いから見えて来る社会的処方への疑問については、後述する「医療化」の副作用を考える上で看過できない論点である。
こうした2つの疑問を踏まえると、診療報酬に取り込むなど本格的な制度化は難しいと判断せざるを得ない。むしろ、薬の服用が副作用を伴う時があるように、社会的処方の制度化という方法論についても「副作用」が懸念される。以下、社会的処方の本格的な制度化に伴う「副作用」として、1) プロフェッショナリズムを失わせる危険性、2) 「医療化」を引き起こす危険性――を挙げる。
8――社会的処方の制度化に伴う「副作用」
まず、社会的処方の安易な制度化がプロフェッショナリズムを失わせる危険性である。そもそも制度化とは、国や自治体が何らかの基準や条件を設定することで、国民や専門職の行動や実践を縛る行為である。その結果、それまで自由に伸び伸びと実施できていた現場の実践が法律や予算などの制約を受けることになり、専門職のプロフェッショナリズムが発揮されなくなる危険性がある。言わば、専門職の自主性よりも、官僚の定めたルールが優先されてしまう危険性である。
さらに、診療報酬や予算が付くと、経済的なインセンティブを受け取ることが目的化し、往々にして良心や奉仕心など金銭で評価できない部分を押し出すことになる。つまり、不用意な制度化は金銭目当ての行為を誘発し、専門職のプロフェッショナリズムを阻害することになる。この点については、哲学者のマイケル・サンデルが「市場は社会規範にその足跡を残す。往々にして、市場的なインセンティブは非市場的なインセンティブを破壊したり締め出したりする」という指摘と符合する25。
誤解を恐れずに言えば、「海外の良い事例を制度化すればいい」という発想は危険であり、「性急な制度化が専門職のプロフェッショナリズムを失わせるかもしれない」という配慮を欠いていると言わざるを得ない。
25 Michael J. Sandel(2012)“What Money Can’t Buy the Moral Limits of Markets”[鬼澤忍訳(2012)『それをお金で買いますか』早川書房pp95-96]。
第2の「副作用」として、「医療化」の危険性である。医療化とは医療社会学の概念であり、医師による専門家支配が患者を無力化させる危険性が長く論じられて来た26。ここでは医療化の定義について、一般的な意味として「医学で解決しなくても済む健康上の課題について、医療や医学が必要以上に介入すること」と整理する。
これを社会的処方に当てはめてみよう。例えば、ある患者が社会的孤立を訴えた際、日本では英国のGPのような医師の存在、つまり患者の生活を配慮できる医師が少なく、介護職の間では「医師がカンファレンスの場に参加しない」などの声が聞かれるなど、医療・介護連携でさえ手探りが続いている現状である。
こうした中で、社会的処方が診療報酬上の加算のような形で制度化されれば、経済的なインセンティブを目当てにした社会的処方が相次ぐことになり、社会資源の担い手である住民、あるいはリンクワーカーのような存在に当たる民生委員、医療と介護の連携を図る上で中心的な存在となるケアマネジャーや社会福祉士の負担感が増す結果になりかねない。
あるいは通常のコミュニティレベルで解決する問題、あるいはソーシャルワークで処理できる問題について、医師が社会的処方を通じて過度に介入することになり、必要以上に他の専門職が医師の指示に服すなどの危険性も孕んでいる。
もちろん、患者や地域社会との対話、あるいは医師と他の職種の連携が十分に担保されれば、その懸念は杞憂に終わるかもしれないが、ソーシャルワークへの意識を持たないまま、社会的処方を本格的に制度化すれば、他の専門職や地域社会の住民が必要以上に医師の動向に振り回されることになるかもしれない。誤解を恐れずに言えば、医学では解決し切れない複雑な案件ほど、地域社会や他の職種に「処方」される危険性がある。これが住民を含めた関係者がフラットに支え合うことを目指す地域共生社会の理想像と乖離していることは言うまでもない。
実際、英国に範を求める条件が整っていないとして、「法的な裏付けを持って全国で進められている地域包括ケアや地域共生社会づくりの一環として、多職種連携により、疾病の社会的要因への取り組みを強める方が合理的・現実的」との指摘が出ている27。
26 例えば、Ivan Illich(1976)"Limits to Medicine”[金子嗣郎(1998)『脱病院化社会』p11]では、「医療機構そのものが健康に対する主要な脅威になりつつある」などと指摘した。
27 2020年9月5日『日本医事新報』5028号に掲載された二木立日本福祉大学名誉教授の「私はなぜイギリス式の社会的処方の制度化は困難と考えているか?」を参照。
9――社会的処方のプラス面
つまり、社会的処方の考え方や実践がコミュニティレベルで広がり、健康に悪影響をもたらす社会的決定要因が取り除かれていくこと自体、それほど否定的に捉える必要はないと考えられる。その際、住民や他の専門職が医師とともにフラットに対話できれば、ソーシャルワークとの違いが一層、不鮮明になる点は別にして、住民を主体とした地域づくりに貢献するし、地域共生社会の理念とも合致する部分が大きい。
なお、ここで留意すべきは「誰のための文化、あるいは誰のための文化づくりなのか」という点であろう。福祉分野で既にソーシャルワークの蓄積がある以上、社会的処方の発想自体は斬新と言い切れず、住民にとっては選択肢が広がる意味合いにとどまる。極論を言えば、住民の立場から見れば、「ソーシャルワークだろうが、社会的処方だろうが、楽しく地域活動に参加したり、最適なケアを受けられたりすればいい」と感じるはずであり、住民主体の発想が貫徹される限り、両者の差は決定的とは思えない。
そう考えると、「文化づくり」で恩恵を受けるのは住民よりも、医師などの医療職なのかもしれない。つまり、福祉業界で実践されていたソーシャルワーク、あるいはソーシャルワークに近い方法について、医師が「社会的処方」と理解することを通じて、それまで医師達に関心を持ってもらえなかった社会資源や社会的決定要因の重要性がクローズアップされる可能性である。
そう考えると、少し皮肉な言い方かもしれないが、ソーシャルワークや多職種連携を通じて、住民の生活環境が改善した事例について、そこに関わった医師が「これこそ社会的処方だ。医療が一つのパーツになり、医師が一人のプレイヤーとして参加し、健康の社会的要因を取り除いた」と後追い的に解釈したり、他の医師に説明したりできるような状態がベストなのではないか。
実際に2019年版『高齢社会白書』のベースとなった報告書では、オランダ人GPの声として、「最初は(筆者注:社会的処方の中核となっている) チームなどは必要ないと考えていた。しかし、自分が紹介した患者が本当に元気になっている姿を見て、今では医師もチームが必要だとつくづく思うようになった」というコメントが紹介されている29。医師などの医療関係者が地域の社会資源とか、健康の社会的決定要因、ソーシャルワークの重要性に気付いてもらう方法として、社会的処方は有益なのかもしれない。
28 西前掲書pp64-68。
29 国際長寿センターの前掲報告書を参照。報告書のエッセンスが2019年版「高齢社会白書」に反映された。引用コメントは大意を変えない範囲で修正した。
10――おわりに
しかし、本格的に制度化するのであれば、これまでの福祉業界を中心とするソーシャルワークの蓄積などを踏まえる必要がある。さらに、医療化などの弊害も懸念されるため、安易な制度化論議には反対である。中でも、医療・介護現場では現場を支える専門職のプロフェッショナリズムと、専門職と患者・利用者の信頼関係の構築が最も重要であり、国外の良い事例とか、素晴らしい現場の実践を全て制度に取り込もうという発想は経済的なインセンティブ目当ての行動を誘発したり、現場への混乱を誘発したりして、思わぬ「副作用」を生み出しかねない。
今回の制度化論議は介護報酬の居宅療養管理指導への反映という局所的な結果に終わりそうだが、本格的な制度化を検討するのではなく、健康の社会的決定要因に着目した地域づくりや、複雑な生活を個人と地域の双方で支えるソーシャルワークに基づく実践など、現場の地道な実践が求められる。
(2020年11月30日「基礎研レポート」)
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- プロフィール
【職歴】
1995年4月~ 時事通信社
2011年4月~ 東京財団研究員
2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
2023年7月から現職
【加入団体等】
・社会政策学会
・日本財政学会
・日本地方財政学会
・自治体学会
・日本ケアマネジメント学会
【講演等】
・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)
【主な著書・寄稿など】
・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数
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