コラム
2020年10月30日

映画『82年生まれ、キム・ジヨン』から振り返る韓国における女性活躍推進政策

生活研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 金 明中

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1982年に韓国で生まれた女性が生きていく過程で経験する差別や苦悩を描いた韓国映画『82年生まれ、キム・ジヨン』が10月9日に日本で公開された。この映画は累計販売部数130万部を超えた原作(2016年出版)を映画化したもので、2019年10月に韓国で公開され、累計367万人の観客動員数を記録した。
 
原作や映画では、女性が育児と仕事を両立することがなかなか難しい韓国企業の風土や儒教に根差す男性優位主義が残存している韓国の家族制度の問題点等を女性主人公の生活を通して語っている。但し、20代を中心とする若い男性の中には原作や映画に否定的な反応を見せた人も少なくなかったそうだ。もしかすると、彼らは、韓国政府が2000年代半ばから推進してきた女性活躍推進政策等により、過去と比べて労働市場に参入することや企業で昇進・昇格することが難しくなったことを恨んでいるのかも知れない。
 
韓国政府は女性の雇用拡大及び差別改善を目指して、2005年12月に男女雇用平等法を改正し、2006 年3月 1日から「積極的雇用改善措置制度」を施行した。積極的雇用改善措置制度とは、積極的措置(Affirmative Action)を雇用部門に適用したもので、政府、地方自治体及び事業主などが、現存する雇用上の差別を解消し、雇用平等を促進するために行うすべての措置やそれに伴う手続きをいう。
 
当制度は、2006 年 3月の導入当時には常時雇用労働者 1,000人以上の事業所に義務づけられていたが、2008 年 3 月からは適用対象が 同 500 人以上の事業所や政府関連機関まで拡大され、現在に至っている。適用対象の拡大により、積極的雇用改善措置の事業所数は 2006 年制度導入時の 546 事業所から 2020 年には 2486 事業所まで増加した。
 
当制度の主な内容は、(1)対象企業の男女労働者や管理者の現状を分析すること、(2)企業規模及び産業別における女性や女性管理職の平均雇用比率を算定すること、(3)女性従業員や女性管理職比率が各部門別において平均値の 70%(2014年までは60%)に達していない企業を把握、改善するように勧告することであり、対象企業は毎年 3 月末に雇用改善の目標値や実績、そして雇用の変動状況などを雇用労働部に報告することが義務づけられている。
 
では、積極的雇用改善措置の施行以降、女性の雇用状況はどのように改善されただろうか。まず、対象企業の女性従業員比率は 2006 年の 30.8%から2020 年には 37.7%に6.9ポイント高くなった。また、同期間における対象企業の女性管理職比率も10.2%から 20.9%と2倍以上になった。
韓国における積極的雇用改善措置の対象企業の女性従業員比率と女性管理職比率
この結果だけを見ると、積極的雇用改善措置はある程度効果があったように見える。しかしながら、積極的雇用改善措置制度は、前述の通り常時雇用労働者 500人以上の中堅企業や政府関連機関等だけが対象になっており、全企業数の99.9%を占めている中小企業に対する改善措置は行われていない。
 
労働政策研究・研修機構の『データブック国際労働比較2019』によると、韓国の就業者及び管理職に占める女性の割合は、それぞれ42.7%と14.6%に留まっており、特に、管理職に占める女性の割合で、アメリカ(46.9%、40.7%)やスウェーデン(47.6%、38.6%)を大きく下回っている(日本は44.2%、14.9%)。また、男性労働者の平均賃金水準を100としたときの女性の賃金水準は2017年現在65.4でOECD平均86.2と大きく乖離している。
 
積極的雇用改善措置制度が施行された2006年は、1982年生まれの女性主人公が大学を卒業して労働市場に参加した頃であり、女性は出産・育児により男性よりも離職しやすいので雇わないという「統計的差別」が企業の中に蔓延していた時期だと言える。
 
積極的雇用改善措置制度の施行により、中堅企業や大企業を中心に女性がより活躍できる社会になったことは確かであるものの、いまだに女性に対する「統計的差別」は根強く残されており、まだ改善の余地は多い。韓国政府は、今後、積極的雇用改善措置制度の対象企業を拡大すると共に女性に対する統計的差別等をなくすことにより、女性がいっそう活躍できる社会を構築するための対策に最善を尽くすべきである。一方、積極的雇用改善措置制度の基準をクリアするために資格を満たしていない女性社員が昇進・昇格することにより、男性社員のモチベーションが下がらないように制度の活用には万全な注意を払う必要がある1
 
1 本稿は、「日韓を読み解く:映画『82年生まれ、キム・ジヨン』と振り返る韓国の女性活躍推進政策」ニューズウィーク日本版 2020年10月29日に掲載されたものである。
https://www.newsweekjapan.jp/kim_m/2020/10/82.php
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生活研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

金 明中 (きむ みょんじゅん)

研究・専門分野
高齢者雇用、不安定労働、働き方改革、貧困・格差、日韓社会政策比較、日韓経済比較、人的資源管理、基礎統計

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
    独立行政法人労働政策研究・研修機構アシスタント・フェロー、日本経済研究センター研究員を経て、2008年9月ニッセイ基礎研究所へ、2023年7月から現職

    ・2011年~ 日本女子大学非常勤講師
    ・2015年~ 日本女子大学現代女性キャリア研究所特任研究員
    ・2021年~ 横浜市立大学非常勤講師
    ・2021年~ 専修大学非常勤講師
    ・2021年~ 日本大学非常勤講師
    ・2022年~ 亜細亜大学都市創造学部特任准教授
    ・2022年~ 慶應義塾大学非常勤講師
    ・2024年~ 関東学院大学非常勤講師

    ・2019年  労働政策研究会議準備委員会準備委員
           東アジア経済経営学会理事
    ・2021年  第36回韓日経済経営国際学術大会準備委員会準備委員

    【加入団体等】
    ・日本経済学会
    ・日本労務学会
    ・社会政策学会
    ・日本労使関係研究協会
    ・東アジア経済経営学会
    ・現代韓国朝鮮学会
    ・韓国人事管理学会
    ・博士(慶應義塾大学、商学)

(2020年10月30日「研究員の眼」)

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