コラム
2020年09月29日

コロナ感染再拡大でさらに深刻化する韓国の世代間の葛藤:梨泰院のクラブと光化門の8・15集会による集団感染からの考察

生活研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 金 明中

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韓国における新型コロナウイルスの感染拡大が長期化している。韓国国内の新規感染者数は2020年4月にはいったんゼロになったものの、2度の大きな集団感染が原因で、現在は毎日100人前後の新規感染者が発生している。
 
ワクチンや治療薬が普及するまでは感染を完全に防ぐことは難しいものの、徹底した検査と隔離、そして情報公開という、いわゆる「K防疫」で新型コロナウイルスに対応している韓国で、なぜ2度も大きな集団感染が発生したのだろうか?
 
集団感染の原因はいろいろあるとされているが、韓国における集団感染の最も大きな要因は「気の緩み」と「反文在寅」ではないかと考えられる。特に、「気の緩み」は若者を中心に、そして「反文在寅」は高齢者を中心に広がった。

まず若者から集団感染が発生

先に集団感染の原因となったのは若者である。彼らは密閉された居酒屋やクラブ等に出入りし、酒を飲んだり、踊ったりするようになった。新型コロナウイルスの感染者が減り、若者の致死率が低いことがマスコミから報道されると、若者は新しい伝染病の恐怖から解放されたのである。マスクを着用することも、社会的な距離を確保することも、彼らには重要でなくなった。その結果、5月6日に梨泰院のクラブ等で集団感染が発生し、感染が広がった。
 
韓国政府は、感染者のスマートフォンやクレジットカードの使用履歴、監視カメラなどの情報を利用して感染者の情報を追跡したものの、クラブを利用した若者の多くが虚偽の連絡先を記載したため、連絡がとれず検査や隔離措置を行うことに苦労した。
 
また、集団感染が発生した梨泰院のクラブの一部が同性愛者向けの店であると知られたことから、店を利用した人たちが身を隠し、自主的に検査を受けず、防疫当局を煙に巻いた。またクラブを訪れていた塾の講師から生徒らに感染するなど、感染は地域社会まで再拡大した。文在寅政府が誇っていた「K防疫」が、一瞬で崩れてしまったのだ。

若者と高齢者の立場が逆転

感染が地域社会まで急速に広がると、高齢者は若者の無分別な行動を強く批判した。「最近の若者はどうなっているんだ!」、「生意気で、本当に利己主義だ」、「選挙にも参加せず、国のために何の役にも立たない」等、怒りや嘆きの声が絶えなかった。
 
しかしながら、梨泰院の集団感染が発生してから3ヶ月が過ぎた時点で、非難の矛先は高年齢者に向けられることになった。彼らが集団感染の原因になったからである。高齢者が多く参加する複数の保守系団体は、8月15日にソウルの光化門広場で、文在寅大統領の退陣を要求する集会に参加した。人と人の間の距離は近く飛沫感染のリスクが高かったものの、数万人の参加者は声を高め、文在寅政権を批判した。酒を飲む人もあれば、歌に合わせて踊る人もいた。光化門広場は、高年齢者のクラブに変わってしまった。さらに、政府からの検査要求にも応じない高齢者が多かった。その結果、感染は全国に広がり始めた。

「K防疫」だけでは不十分

8月15日の光化門集会以前に1日平均40人前後で収まっていた新規感染者数は、8月15日以降再び増え始め、8月27日には441人まで増加した。このように感染が再拡大すると、今度は若者が高齢者を「コンデ」と呼んで非難し始めた。韓国語でコンデとは、「自身の経験を一般化して若者に考えや行動などを一方的に強要したり、自分の若い頃の自慢話ばかりをしたり、なんでも経験して分かっているように語る高齢者世代(広くは中高年世代)」を意味している。
 
とにかく、コンデを含めた高齢者が開いた集会のせいで感染が再拡散されたことに対する若者の反応は冷たく、若者と高年齢者の亀裂はさらに深まった。
 
以上で紹介したように、韓国では感染の再拡大が原因で、若者と高年齢者の世代間の葛藤が深刻化している。文在寅大統領の側近が次々とスキャンダルに巻き込まれることにより、文在寅大統領に対する若者の支持率は大きく低下しているものの、保守的傾向が強い高年齢者とはまだ意識が大きく異なる。今後、利己主義の性格が強い若者と、自分の経験が最も大事なコンデを、ともにコントロールする方法を見つけることが、韓国社会の世代間の葛藤と新型コロナウイルスを解決する近道かも知れない1
 
1 本稿は「コロナ感染再拡大でさらに深刻化する世代間の葛藤」ニューズウィーク日本版 2020 年 9 月24 日 に掲載されたものを加筆・修正したものである。
https://www.newsweekjapan.jp/kim_m/2020/09/post-24.php
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生活研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

金 明中 (きむ みょんじゅん)

研究・専門分野
高齢者雇用、不安定労働、働き方改革、貧困・格差、日韓社会政策比較、日韓経済比較、人的資源管理、基礎統計

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
    独立行政法人労働政策研究・研修機構アシスタント・フェロー、日本経済研究センター研究員を経て、2008年9月ニッセイ基礎研究所へ、2023年7月から現職

    ・2011年~ 日本女子大学非常勤講師
    ・2015年~ 日本女子大学現代女性キャリア研究所特任研究員
    ・2021年~ 横浜市立大学非常勤講師
    ・2021年~ 専修大学非常勤講師
    ・2021年~ 日本大学非常勤講師
    ・2022年~ 亜細亜大学都市創造学部特任准教授
    ・2022年~ 慶應義塾大学非常勤講師
    ・2024年~ 関東学院大学非常勤講師

    ・2019年  労働政策研究会議準備委員会準備委員
           東アジア経済経営学会理事
    ・2021年  第36回韓日経済経営国際学術大会準備委員会準備委員

    【加入団体等】
    ・日本経済学会
    ・日本労務学会
    ・社会政策学会
    ・日本労使関係研究協会
    ・東アジア経済経営学会
    ・現代韓国朝鮮学会
    ・韓国人事管理学会
    ・博士(慶應義塾大学、商学)

(2020年09月29日「研究員の眼」)

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