2020年09月08日

インドにバッタの大群侵入、コロナ禍に続いてバッタ禍がリスクに

基礎研REPORT(冊子版)9月号[vol.282]

経済研究部 准主任研究員 斉藤 誠

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1―バッタの大群がインドに侵入

アフリカ東部で発生したサバクトビバッタの大群は現在インドに大量に侵入している[図表]。コロナ禍で深刻な打撃を受けたインド経済にバッタの食害が追い打ちをかける恐れが高まっている。

インドには19年5月、サバクトビバッタの群れが侵入した。当局が防除を続けて大発生を食い止め、20年3月に事態は一旦落ち着きを取り戻したが、4月にはイラン-パキスタン間で繁殖したとみられるバッタの大群が再び侵入した。6月には砂漠地帯のある西部地域だけでなく、中部・北部を含む5州に広がり、一部はネパールに達した。
[図表]サバクトビバッタの状況

2―サバクトビバッタの脅威とは

サバクトビバッタは通常、単独で行動する孤独相と呼ばれる体であり、人類の脅威ではない。しかし、個体数が増すと、群れとなって集団行動する群生相に呼ばれる体に変異する。群生相となったサバクトビバッタは食欲旺盛で繁殖力が増し、体色が黒くなるなど見た目も変貌する。

サバクトビバッタの群れは1日に最大130~150km以上飛行し、自身の体重に相当する植物を食べる。米国農務省によると、1平方キロメートルほどの小さな群れ(4000万匹以上)でも、1日に約3.5万人分の食料と同量を食べると推定されている。あらゆる農作物が食い尽くされ、食料問題に甚大な影響をもたらす。

また増殖スピードが速いことも脅威だ。サバクトビバッタは約3ヵ月おきに繁殖し、生態学的条件が整えば1世代で20倍に増殖することができる。従って、2世代目の繁殖する6ヵ月後には約400倍、1年後には16万倍に増える可能性があり、このように指数関数的に増加すると、すぐに手の負えない事態となってしまう。

3―インド政府のバッタとの闘い

サバクトビバッタが集中するラジャスタン州とグジャラート州は、乾季作(11月~4月)で小麦や菜種、クミンシードなどの作物を中心に被害を受けたが、幸いバッタの大群が侵入した今年4月には既に収穫が進んでいたことから致命的な被害には至らなかった。むしろ乾季作は天候に恵まれ、インドの小麦生産量は過去最高の1億700万トンを記録したと推定されている。

しかし、問題は雨季作(6~10月)だ。インド気象局によると、今年の南西モンスーンによる降雨量は平年並みと予測されている。適度な雨量が得られれば、作物が良く育つ一方、バッタの繁殖環境も良くなる。実際、バッタの群れは雨季の始まりとともに砂漠地帯に戻って繁殖を始めたため、現在はラジャスタン州でバッタの幼虫が育ってきている。今後、これらのバッタの幼虫が成虫になると、雨季作の収穫を迎えるまでに甚大な作物被害が出る恐れがある。ラジャスタン州は8月上旬に同州の農業被害が100億ルピー(約141億円)に上る可能性を指摘し、中央政府に今回のバッタの襲来を国家的災害として認定するように要請している。

サバクトビバッタは通常、西アフリカからインドの間の約30カ国の乾燥・半乾燥地帯(約1,600万平方キロメートル)に生息し、インドでは西部タール砂漠に限られる。しかし、大発生した場合の活動範囲は最大で約2,900万平方キロメール(地球の地表面の20%以上)、インドでは国土の大半(南部と北東部の一部を除く)に広がる。インドにおいて農業は労働者の約4割余りが従事する重要な産業であるだけに、サバクトビバッタの食害は食料問題だけでなく、経済問題にも影響が及ぶことになる。

バッタの大量繁殖を防ぐには、生息地を監視して卵や幼虫の時期から防除することが有効とされる。インド農業省によると、バッタ対策チームは4~7月にかけて既に23.1万ヘクタール(東京都の面積と同程度)の土地に、農薬を散布するなど防除措置を講じたほか、農家には太鼓を叩くなど大きな音でバッタを散らすよう要請している。

モディ首相は5月末にバッタ被害を受けた農民への支援を表明している。農民の不安が強まっていることを受けて言及せざるを得なかったのだろう。コロナ禍で経済が最悪期にあるなか、インド政府はバッタ禍への対応も求められている。現在取組み中のバッタ生息地の防除に失敗すれば、食糧不足や食品価格の高騰、農業支援策による財政悪化を通じてインド経済は一段と厳しい状況に追い込まれる恐れがある一方、防除に成功すれば、好天による豊作で農村部を中心にコロナ禍で傷んだ経済の回復が期待できる。
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経済研究部   准主任研究員

斉藤 誠 (さいとう まこと)

研究・専門分野
東南アジア経済、インド経済

経歴
  • 【職歴】
     2008年 日本生命保険相互会社入社
     2012年 ニッセイ基礎研究所へ
     2014年 アジア新興国の経済調査を担当
     2018年8月より現職

(2020年09月08日「基礎研マンスリー」)

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