2020年07月16日

中国経済の強みと弱み-SWOT分析と今後の展開

三尾 幸吉郎

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1――経済成長の勢いが鈍る中国経済

2018年12月、中国では改革開放から40周年を迎えて記念式典が開催された。国内総生産(GDP)はその間に245倍に増え世界第2位の経済大国となった。経済的豊かさを示す一人当たりGDPを見ても、1978年には世界137ヵ国・地域の中で下から4番目の貧しさだったが、2018年にはほぼ中央値まで上昇してきた。但し、その間の道のりは必ずしも平坦ではなかった。1989年6月4日には天安門事件(六四)が発生し、経済成長率は1989年が4.2%、1990年が3.9%と落ち込んだ。また、1998年には不良債権問題が表面化し、経済成長率は1998年が7.8%、1999年が7.7%と落ち込むこととなった。しかし、中国経済はその都度困難を克服し、改革開放から40年間の経済成長率は年平均9.5%と10%近い高成長を実現することとなった1。2008年の世界金融危機に際しても、超大型の景気対策を打ち出して10%前後の経済成長率を維持し、百年に1度とまで言われた世界経済の危機を救うこととなった。ところが、習近平氏が中国共産党トップに就任した2012年以降、経済成長率は緩やかに低下してきている。
(図表-1)中国の成長率と需要別寄与率 需要別の寄与率を見ると、世界金融危機までプラス寄与だった純輸出はマイナス寄与になることが多くなり、総資本形成(投資)の寄与率は趨勢的に低下する一方、最終消費の寄与率が趨勢的に上昇している(図表-1)。そして、こうした変化の背景には中国経済が抱える構造問題がある。
 
1 経済発展の歴史に関する詳細は『3つの切り口からつかむ図表中国経済』(白桃書房、2019年)の8~22ぺージをご参照ください
 

2――中国経済が抱える構造問題

2――中国経済が抱える構造問題

1|少子高齢化と人口オーナスの問題
中国の人口は約14億人となった。中華人民共和国が建国された1949年には約5.42億人だったので約2.5倍に増えたことになる。中国の人口は、1960~61年には大躍進政策の失敗やその後の飢饉により2年連続で減少するという危機を経験したが、それを除けば右肩上がりで増加してきた。しかし、増加率の推移を見ると、建国から改革開放までは年率2%で増加していたが、1979年に将来の食糧難に備えるために導入された「一人っ子政策」の影響で、1980年代は年率1.5%、1990年代は同1.0%、2000年代は同0.6%、そして2011年以降は同0.5%と徐々に伸びが鈍化してきた。そして中国は、2013年に開催された中国共産党第18期中央委員会第3回全体会議(第18期3中全会)で、「一人っ子政策」の軌道修正を決定、2016年には「二人っ子政策」に移行した。これを受けて2016年の出生率は1.295%と前年(1.207%)より小幅に上昇したものの2017年には再び低下、2018年には1.094%と建国以来の最低を更新した。その背景には教育費が高いことなどから二人目の子供の誕生を望まない家庭が多いことがあるため、今後も出生率の上昇は期待できそうになく、経済成長の足かせとなりそうだ。
(図表-2)中国の人口の推移と予測 しかし、人口増加率の低下以上に経済成長にマイナスとなるのが生産年齢人口(15~64歳)の減少である。人口ピラミッドを見ると、現在生産年齢に位置する人口が多く、これから生産年齢に達する14歳以下の人口が少なく、定年退職が視野に入り始める50歳台の人口が多い「つぼ型」となっている。若年層が多く高齢層が少ない「富士山型」の時期には、新たに経済活動に従事する労働力が年々増えるため、所得の伸びも高くなり経済成長を後押していた(人口ボーナス)。しかし、「つぼ型」の人口ピラミッドになると、新たに経済活動に従事する労働力が年々減少するため、経済成長の足かせとなる(人口オーナス)。そして、財やサービスの生産をする上で中心的な役割を担う生産年齢人口は、既に2013年の10億582万人をピークに減少に転じており、今後も減少傾向は続く見込みである(図表-2)。

また、中国の従属人口比率(0~14歳と65歳以上の人口の合計÷生産年齢人口)の推移をみると、1970年代に8割弱の高水準にあった従属人口比率は、出生数の減少により若年従属人口比率(0~14歳の人口÷生産年齢人口)が4割前後まで低下、「人口ボーナス」をもたらした。今後も若年従属人口比率の低下は続くと見られるが、今後は高齢従属人口比率(65才以上の人口÷生産年齢人口)が上昇ピッチを速めることから、従属人口比率は上昇して「人口オーナス」をもたらす見込みである。そして、中国共産党は前述の第18期3中全会で「漸進的な定年引き上げ政策を研究・策定する」との方針を示し、その悪影響の緩和に動き出した。しかし、先進国に発展する前に高齢化が進む「未豊先老(豊かになる前に高齢化社会になる)」の懸念が高まっている。
2|過剰設備・債務問題
文化大革命を終えて1978年に改革開放に乗り出した中国は、まずは生産責任制で農業改革を軌道に乗せた後、外国資本の導入を積極化して工業生産を伸ばし、工業製品の輸出で外貨を稼ぐことに注力した。稼いだ外貨は主に生産効率改善に資するインフラ整備に回され、中国は世界でも有数の生産環境を整えていった。この優れた生産環境と安価で豊富な労働力を求めて、世界から工場が集まり中国は「世界の工場」と呼ばれるまでの経済発展を遂げることとなった。

しかし、経済発展とともに賃金など製造コストも上昇したため、中国にあった工場が安価で豊富な労働力を求めてベトナムやインドなど後発新興国へ流出し始めた。一人当たりGDPが世界の中央値となり「中所得国の罠2」と呼ばれる経済成長の壁に直面したのである(図表-3)。さらに、米中貿易摩擦の激化がそれに追い打ちをかけることとなった。

そして、国内の工場が後発新興国へ流出し始める中で、国内では生産設備の過剰感が高まり、貸借対照表(バランスシート)では債務にも過剰感がでてきた。こうして発生した過剰設備・債務問題を一気に処理すれば、そこで働く労働者も過剰となり失業者が街に溢れて社会問題となりかねなかったため、淘汰すべき企業を政府が支援して生き延びさせ「ゾンビ企業」となったことで債務はさらに膨れ上がり、非金融企業の債務残高(対GDP比)は150%を超えた(図表-4)。そして、2017年の党大会(19大)後、中国は経済成長にマイナスの影響を与える債務圧縮(デレバレッジ)に舵を切り、無理に高成長を追い求めるのは二の次にして、金融リスクの防止・解消を進めることとなった。
(図表-3)一人当たりGDPの相対水準/(図表-4)非金融企業の債務残高(2018年12月末)
 
2 「中所得国の罠」の詳細は『3つの切り口からつかむ図表中国経済』(白桃書房、2019年)の176~183ぺージをご参照ください
 

3――構造改革とその進捗状況

3――構造改革とその進捗状況

1|生産要素投入型からイノベーション型への構造改革
一方、中国は新たな経済成長の柱を育てるべく構造改革に乗り出した。そのポイントは、「外需依存から内需(特に消費)主導への体質転換」、「製造大国から製造強国への高度化」、「製造業からサービス産業への高度化」の3点に要約できると考えている。第12次5ヵ年計画(2011~15年)では、最低賃金を年平均13%以上引き上げることを決め「外需依存から内需(特に消費)主導への体質転換」に動き出し、次世代情報技術や新エネルギー車など7分野を戦略的新興産業と定めて「製造大国から製造強国への高度化」に取り組み、プラットフォーマーなどサービス産業の育成を積極化した。
(図表-5)第13次5ヵ年国家科学技術イノベーション計画の主要目標 そして、現在の中国は従来の成長モデルを卒業し、新たな成長モデルを構築する構造改革の渦中にある。従来の成長モデルは生産要素(土地、資本、労働)を大量に投入することによって成功することができたが、全国各地で開発が進み、過剰設備・債務問題が顕著となる中で、新たな成長モデルのキーワードは「イノベーション(創新)」となった。2015年3月に開催された全国人民代表大会(全人代、国会に相当)で李克強首相は、「大衆創業、万衆創新」という言葉を用いて、イノベーション重視へと舵を切った。その後2016年7月には「第13次5ヵ年国家科学技術イノベーション計画」を発表し、具体的な数値目標を掲げてイノベーションを強力に推進し始めた(図表-5)。そして、中国国家統計局の統計によれば、研究開発に従事するのは約438万人(2018年)で10年前の2.2倍となり、研究開発費は約2兆元(日本円に換算すると約30兆円、2018年)で10年前の4.3倍となった。なお、李克強首相は前述の全人代で、イノベーション重視を打ち出すとともに、「中国製造2025」と「インターネット・プラス」も同時に打ち出した。製造大国から製造強国への脱皮を目指す中国製造2025は、イノベーションが成功のカギを握っており、インターネット・プラスは「+医療」、「+教育」、「+農業」など様々あるが、「+製造業」で中国製造2025と同意義となり、まさに三位一体の関係にある3
 
3 「中国製造2025」の詳細は『3つの切り口からつかむ図表中国経済』(白桃書房、2019年)の141~146ぺージを、「インターネット・プラス」の詳細は同書の147~156ぺージをご参照ください
(図表-6)世界大学学術ランキング(トップ500内の学校数) 2|構造改革の進捗状況
その成果は少しずつ出始めている。中国の大学のレベルは着実に上昇しており、上海交通大学高等教育研究院が行った分析では、2015年に学術レベルでトップ500の大学のうち、中国の大学は44校を占め米国に次ぐ世界第2位となった。2005年には第8位だったので大きく改善したといえる(図表-6)。また、科学技術に関する論文数も増えており、世界銀行の統計を見ると中国の科学技術論文数は2016年には約43万件と米国の約41万件を上回った(図表-7)。しかも、質的にも向上しており、科学技術・学術政策研究所の分析では、指標となるTOP10%補正論文数で中国が世界第2位となった。
さらに、ビジネス面での成果も挙げており新しい企業が続々と誕生している。中国国家市場監督管理総局が公表した統計によると、新規設立企業数が2013年以降右肩上がりで増加してきており、2018年には670万社となった(図表-8)。前述のように中国は、「大衆創業、万衆創新」を合言葉としてイノベーションと創業をセットで推進してきたため、中国政府による手厚い政策支援を背景に、スタートアップ企業を生み出し育てるビジネス生態系(エコシステム)が一気に整備されたのだ。
(図表-7)科学技術論文の推移/(図表-8)新規設立企業数の推移
また、国際特許出願も急増している。世界知的所有権機関(WIPO)の統計によると、2017年に中国からは4万8875件の出願があり、日本の4万8206件を上回った。日本からの出願も増加傾向にはあるが、中国でからの出願はそれを大きく上回るスピードで増加している(図表-9)。

一方、個々の産業に目を向けると、中国企業の躍進が目立つようになってきた。一例として挙げられるのがスマートフォンである。2018年の世界シェアを見ると、第1位は韓国のサムスン電子で20.8%、第2位は米国のアップルで14.9%だが、第3位には華為技術(ファーウェイ)、第4位には小米科技、第5位にはOPPOと中国企業が入っており、そのシェアを合わせると31.4%で、サムスン電子を上回る。さらに、第4次産業革命でカギを握る次世代移動通信規格「第5世代(5G)」では、その標準必須特許の15.1%をファーウェイが保有しており、ZTE(中興通訊)が持つ11.7%を合わせると、中国企業が世界の四分の一を占める(図表-10)。こうした動きがさまざまな分野に広がれば、前述の構造問題が足かせになったとしても、新しい成長モデルが経済成長を牽引し始める可能性がある。
(図表-9)日米中の国際特許出願の推移比較/(図表-10)世界の5G標準必須特許(2019年3月)

4――中国経済のSWOT分析

4――中国経済のSWOT分析

以上のような構造改革の潮流を踏まえた上で、中国経済の「Strength(強み)」、「Weakness(弱み)」、「Opportunity(機会)」、「Threat(脅威)」を整理したのが図表-11である。
(図表-11)中国経済の強み
(図表-12)パクリ天国からイノベーション立国へと向かう中国 まず、中国経済の「Strength(強み)」としては、約14億人に及ぶ巨大な国内市場が挙げられる。米国(約3.3億人)、EU(約5.1億人)、日本(約1.3億人)の合計よりも多い人口がもたらす巨大な市場規模は、大量生産によるコスト削減に有利に働くのに加えて、欧米先進国企業がグローバル・スタンダードを握る上でもカギを握る。また、購買力平価(PPP)の半分程度とされる割安な人民元レートも国際競争力を保つ上での強みとなっており、「大衆創業、万衆創新」を合言葉とする中国政府の強力な後押しを背景に新興企業を育てるビジネス生態系(Ecosystem)が出来上がりつつあることも強みといえる。特に先日視察した深圳では、いわゆる「パクリ(Imitation)」は恥ずかしいこととの認識が定着しつつある。深圳生粋のスタートアップ企業の中にも、その発明を元にビジネス展開すると間も無く、同業者による「パクリ」の嵐にあって競争力を失い、ビジネスが破綻に追い込まれて、その発展の芽が摘まれるという事象が目に付くようになってきたからだ。そして、知的財産権を守る戦略の重要性や保護の必要性を再認識するとともに、「パクリ+α(Emulation)」や「創新(Innovation)」を目指す風土が醸成されてきている(図表-12)。

他方、「Weakness(弱み)」としては、第2章で挙げた少子高齢化に伴う人口オーナスや過剰設備・債務問題、それに目覚ましい発展を遂げている科学技術力に関しても、まだ発展途上で米国には遠く及ばない点は弱みといえる。

一方、外部環境面の「Threat(脅威)」としては、香港などで起きている民主化要求が中国本土に波及する脅威を抱えている点や、米国による中国封じ込めの動きが西側先進国全体に波及して科学技術力の発展に水を差す脅威を抱えている点を挙げた。また、「Opportunity(機会)」としては、内陸部・農村部にはまだ開発余地が大きく残る点(特に金融包摂による経済発展)や、後発新興国の多い一帯一路に大きな開発余地がある点を挙げている。

中国経済は過剰設備・債務問題という大きな「Weakness(弱み)」があり、世界の先行事例を見ても新たな成長モデルは従来の成長モデルよりもスピードが遅いため、今後も経済成長の勢いは減速傾向を辿りそうである。但し、「Threat(脅威)」を抑制し、「Opportunity(機会)」を生かして、「Strength(強み)」を十分に発揮することができれば、その減速ペースは緩やかなものになると考えられる。
 

5――今後の展望

5――今後の展望

以上の分析を踏まえて今後の中国経済を展望してみた。

まず、足元2020年の中国経済は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)という未曽有の危機に直面している。その爆発的感染(オーバーシュート)を防ぐためには経済活動を制限せざるを得ない一方、経済活動を制限すれば企業の売上高は減少し、仕事を失った従業員が街にあふれ、失業を免れても雇用不安から個人消費は冷え込み、企業の売上高はさらに落ち込むという悪循環に陥る恐れがある。従って、中国政府は財政・金融をフル稼働させて悪循環を断ち切る経済運営をせざるを得ない状況にある。
(図表-13)ニッセイ基礎研究所の中期見通し(経済成長率) 一方、そうした財政・金融に頼った経済運営を長く続けることは持続不能で、高齢化に伴う将来の財政負担増に備えて財政赤字を減らし、過剰設備・債務問題の解消に向けて債務圧縮(デレバレッジ)を推進する必要もある。従って、第14次5ヵ年計画(2021-25年)に入る2021年以降は、成長率目標を大幅に引き下げると見ている。但し、イノベーションによる成長力向上が期待できるため、第14次5ヵ年計画の成長率目標は「5%前後」と予想している。さらに、第15次5ヵ年計画(2026-30年)に入る頃には、一人当たりGDPがおよそ2万ドルと現在の台湾並みに上昇する見込みであるため、欧米先進国企業との競争がさらに激しさを増して、イノベーションの勢いはしだいに鈍化してくるだろう。従って、成長率目標は「3.5%前後」へ引き下げざるを得なくなると予想している(図表-13)。
 
 

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三尾 幸吉郎

研究・専門分野

(2020年07月16日「ニッセイ基礎研所報」)

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