2020年07月31日

放射線の画像検査への活用-放射線医療の現状 (前編)

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

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3|α線やγ線などは放射性同位元素から発生する
放射性同位元素から発生する放射線を、活用する方法もある。放射性同位元素とは、陽子や中性子の数の組み合わせが不安定な元素をいう。放射性同位元素は、放射線を放出して、安定な原子核になろうとする。天然に存在するものと、原子炉や加速器で作られるものがある。9

(1) α壊変
壊変により、陽子が2 つ、中性子が2 つ減った原子核に変化する。原子番号は2つ減る。ヘリウムの原子核がα粒子となって飛び出る。原子番号84以上の元素で起きるとされる。  


(2) β- 壊変
壊変により、陽子が1 つ増え、中性子が1 つ減った原子核に変化する。原子番号は1つ増える。電子がβ- 粒子となって飛び出る。


(3) β+ 壊変
壊変により、陽子が1 つ減り、中性子が1 つ増えた原子核に変化する。原子番号は1つ減る。陽電子がβ+ 粒子となって飛び出る。


(4) γ線放出
α壊変、β- 壊変、β+ 壊変後に、原子核が不安定な場合も多い。そのときはまだ余っているエネルギーが光子線(γ線)として放出される。γ線放出は、α壊変などに伴うもので、単独では起こらない。  

 
9 元素記号の左肩の数字は、質量数(陽子数と中性子数の合計)を表す。また、(4) γ線放出の例で、質量数に続いて表記している「m」は、metastable(準安定状態)を表す。なお、本稿と次稿では、226 Raを「ラジウム-226」などと文中で表記する。
4|X線やγ線の遮蔽には密度の高い鉛などが必要となる
放射線の透過性は、種類ごとに異なる。このことは、放射線被曝を防ぐための遮蔽(しゃへい)の方法にも関係してくる。

(1) α線
紙1枚で、防護できる。ただし、その場合、α線のすべてのエネルギーがその紙に吸収される。その結果、紙はボロボロになる。

(2) β- 線・電子線
厚めの服で防護できる。ただし、その場合、防護に使った服は、壊れる。

(3) β+
防護のためには、厚い鉛などが必要となる。

(4) X線・γ線
透過力の高い放射線であるため、防護には、密度の高い鉛などが使われる。

(5) 中性子線
陽子(水素の原子核)を高密度に含む液体水素、水、アクリル板などで防護できる。一般に、原子炉などの中性子が多く発生するところでは、防護のために水が大量に使われている。
(参考) エネルギーと被曝と放射線障害 ― その関係は、単純ではない
「放射線は難解だ」と感じられる原因に、放射線のエネルギーの高低が、単純に放射線障害として身体に影響を及ぼすわけではない、ことがあげられる。次の例をみてみよう。10

― 「エネルギーが高いと、被曝量が大きくなる」とは限らない
γ線11は、エネルギーが高いと透過力が大きい。このため、身体に影響を残さずに通り抜けてしまう。逆に、エネルギーが低いと、身体で吸収されてしまう。つまり、エネルギーが低い場合に、被曝量が大きくなる。

― 「被曝量が大きいと、放射線障害も大きくなる」とは限らない
放射線障害には、皮膚の障害と内臓の障害がある。γ線で、140keV、80keV、30keVという、3つのエネルギーの放射線での障害を比較してみる12

140keVでは、皮膚も内臓も通り抜けるため、被曝量や障害は小さい。

30keVでは、被曝量は多いが、主に皮膚の被曝にとどまる。内臓には放射線があまり到達せず、大きな障害には至らない。

80keVでは、被曝して、皮膚にも内臓にも障害を引き起こす。その結果、大きな障害に至る。
 
 
10 「知っていますか? 放射線の特性と画像原理 -すべての医療従事者(事務職員、看護師、技師、研修医、医師)のための放射線科ガイダンス-」今西好正編著(医療科学社, 2013年)を参考に、筆者がまとめた。
11 γ線放出時には、1つのエネルギー水準のγ線だけが出る。ここでは設例の単純化のために、この性質を持つγ線を用いている。一方、X線発生時には、加速・衝突させる電子のエネルギー以下のすべてのエネルギー水準のX線が出るという。
12 keVは、キロ電子ボルト。自由空間内で1つの電子が 1ボルト の電圧で加速されるときに得るエネルギーが1 eV で、1keVはその1000倍。1keV=1.602×10-16J(ジュール)という関係がある。
 

3――放射線による検査と診断

3――放射線による検査と診断

本章では、放射線を用いた検査や診断について概観していく。

1|放射線は発見当初から医療に活用されてきた
放射線に関する歴史は、19世紀終わりからの約130年間に集約される。実は、その歴史は、放射線医療の歴史とほぼ重なっている。放射線は、発見当初から医療に活用されてきた。放射線医療は、放射線や放射性同位元素の発見、放射線発生装置や治療装置の開発、放射線治療法の導入などが、並行して発展してきたといえる。

海外と日本の歴史を比べると、海外の知見が、少し後れて日本国内に導入されてきた様子がわかる。
図表5. 放射線医療の歴史 (主な事項について海外と日本に分けて比較)
2|X線撮影は、撮影対象に応じて、異なるエネルギー水準を用いる
放射線検査のなかで代表的な、X線撮影について、その原理を簡単にみてみよう。X線撮影では、X線が感光板を黒く変色させる。受検者をX線と感光板の間に置いて撮影すると、X線が身体を通過した部分は黒く、X線が身体に吸収された部分は白く写る。これを利用して画像検査が行われる。

一般に、X線などの電磁線には、光電効果とコンプトン散乱という物理的現象が影響する。また、X線などを吸収すれば被曝する。エネルギー水準の設定には、これらの要素を踏まえる必要がある。

(1) 光電効果
X線のエネルギーが、物質中の原子に当たる様子を考えてみよう。X線を当てると、最も原子核に近いところを回っている電子(「最内殻電子」という)が、そのエネルギーを吸収して、軌道から弾き飛ばされる。これを「光電効果」と呼ぶ。光電効果に伴って、X線は吸収される。

小さな原子では、低いX線エネルギーで光電効果が起こる。このため、X線の吸収は小さい。逆に、大きな原子では、高いX線エネルギーで光電効果が起こる。X線の吸収は大きくなる。このため、同じ質量で比べたときに、原子番号が小さな原子ほどX線吸収が小さいこととなる。

この現象を、体内の組織にあてはめてみよう。

脂肪組織は、主に水素、炭素、酸素(原子番号はそれぞれ1、6、8)といった小さな原子からなるため、X線吸収が小さい。筋肉は、細胞内液や組織液の形で、水素、酸素のほかに、ナトリウム、カリウム、塩素(同11、19、17)などを含むため、中等度にX線を吸収する。骨や石灰化した結石は、主にカルシウムとリン(同20、15)からなり、X線吸収が大きい13。このように、組織を構成する元素の種類によって、X線の吸収に差が生じる。

(2) コンプトン散乱
一方、「コンプトン散乱」は、X線のエネルギーが大きいと、軌道から弾き飛ばされる電子に、そのエネルギーの一部が吸収され、その分低いエネルギーとなったX線が散乱することをいう。散乱したX線は、「散乱線」と呼ばれる14

コンプトン散乱は、原子の大きさに関係なく起こる。すなわち、脂肪、筋肉、骨といった組織に、同じように起こる。

(3) 被曝
低いX線エネルギーは、身体に吸収されるため、被曝量が大きくなる。逆に、高いX線エネルギーは、身体を通り抜けるため、被曝量は小さくなる(第2章(参考)を参照)。

光電効果、コンプトン散乱、被曝をあわせてみてみよう。X線撮影では、撮影対象の組織ごとに、異なるエネルギー水準のX線を用いることとなる。

【乳腺組織 (マンモグラフィ検査) : 25~35kV(キロボルト)】
乳腺組織等を鮮明に写すために、光電効果の強い低エネルギーのX線を使用。被曝量は多くなる。15

【骨組織 (骨・関節撮影) : 40~60kV】
光電効果があり、透過性もあるエネルギー水準のX線を使用する。

【腹部 (上部消化管造影検査(胃透視)) : 75~85kV】
脂肪組織とともに結石などをみるために、光電効果上限のエネルギー水準のX線を使用する。

【胸部 (胸部単純X線撮影) : 100~120kV】
肋骨に隠れた肺病変をみるために、コンプトン散乱領域を含む高エネルギー水準のX線を使用する。
 
13 X線撮影時に用いられるヨウ素(原子番号53)やバリウム(同56)などの造影剤は、X線をよく吸収する。
14 散乱線は、入射したX線よりも、振動数が減り、波長が長くなる。散乱の角度は、入射したX線に対して0~180度の範囲となる。
15 なお、軟部組織や腫瘤では、コンプトン散乱による散乱線がフィルムに当たってしまい、撮影にぼやけが生じる。このため、身体と感光板の間にグリッドを置いて、散乱線がフィルムに当たらないようにする(次章で詳述)。
3|放射線量の単位は、ベクレル (Bq)、 グレイ (Gy)、 シーベルト (Sv) の3つ
放射線の分野には、独特な計量単位がいくつかある。日本では、2011年の東日本大震災で発生した原子力発電所事故の際に、放射能汚染の状況が、ベクレル、グレイ、シーベルトといった単位を用いて報じられた。これらの単位は、一般の人が日常的に見聞きするものではなく、放射線の難解さを印象付けるものとなっている可能性がある。ここでは、それぞれの単位の内容を簡単にみていこう。

ベクレル (Bq)
放射線を出す側に注目した単位。ベクレルは、放射性物質の放射能の強さを表す。食品中の放射線物質の安全基準などで、「食品1キログラムあたり○ベクレル」といった表示をする16。1秒間あたりに、放射性崩壊する原子核の個数で表す17。放射性物質が出す放射線に対して、使用される18

グレイ (Gy)
放射線を受ける側に注目した単位。放射線がモノに当たったときに、物質1キログラムに付与されるエネルギーを「吸収線量」という。グレイは、この吸収線量の大きさを表す。物質1キログラムに、1ジュールのエネルギーを与える放射線が、1グレイとされている。グレイは、放射線の種類に関係なく使用される19。放射線治療で、投与する放射線の量を表すのに用いられる。

シーベルト (Sv)
放射線を受ける側に注目した単位。シーベルトは、放射線が人体に当たったときに、どのような健康被害があるかを表す。健康被害は、放射線の種類や、放射線が当たった部位などによって異なる。そこで、吸収線量を、修正係数で修正した線量を計算する。

まず、臓器・組織ごとに健康被害をもたらす線量をみる。ある臓器に、たとえばX線、α線など、いくつかの種類の放射線が当たったときに、各放射線の吸収線量に、放射線の種類に応じた「生物学的効果比20」を掛け算して、その合計をとる。これは「等価線量」と呼ばれる。

つぎに、各臓器・組織の等価線量に、組織の違いに応じた「組織荷重係数21」を掛け算して、その合計をとる。これは、「実効線量」と呼ばれ、人体全体での健康障害の程度を表す。

ただし、実効線量は、人体の臓器・組織の線量をもとに計算される量であり、一般に、測定器を使って直接測定することは難しいとされる。そこで、被曝管理には、実際に測定可能な実用量として、「周辺線量当量」や「個人線量当量」が用いられている。

周辺線量当量
:人体の組織を模した、密度や元素組成が人体と等価の直径30センチメートルの球をつくり、その表面から1センチメートルの深さにおける線量が実用量とされる22。単位は、シーベルト。環境モニタリングなどで用いられる。

個人線量当量
:人体のある特定した点の深さに応じた線量が実用量とされる。単位は、シーベルト。個人モニタリングなどで用いられる。
 
16 厚生労働省は、放射性セシウムの基準値(放射性ストロンチウム・プルトニウムなどの影響を計算に含む)として、飲料水は10 Bq/kg、牛乳や乳児用食品は50 Bq/kg、一般食品は100 Bq/kgと示している。
17 時間の逆数の次元を持つSI単位系の組立単位。ベクレル(Bq)は、周波数の単位であるヘルツ(Hz)などと同じ次元となるが、放射能の計量以外には使用できない。
18 放射能の単位として、歴史的には、キュリー(Ci)が用いられてきた。1キュリーは、1グラムのラジウム-226の放射能の強さを表す。キュリーとベクレルの間には、1Ci=3.7×1010 Bqという関係がある。
19 1ジュールは、標準重力加速度のもと、約102グラム(小さなリンゴくらいの重さ)の物体を1メートル持ち上げる仕事。
20 同じ吸収線量でも、放射線ごとに、障害をもたらす程度は異なる。生物学的効果比として、X線・γ線・β-線・β+線・電子線は1、α線は20、中性子線は5~20、陽子線は5などと定められている。
21 同じ等価線量でも、組織ごとに障害の程度は異なる。組織荷重係数として、肺・胃・乳房は0.12、甲状腺・食道・肝臓は0.04、皮膚・骨・脳は0.01などと定められている。
22 深さ3ミリメートルの場合、目の水晶体の等価線量。70マイクロメートルの場合、皮膚の等価線量に相当するとされる。
4|放射線医療は、チーム医療として行われる
一般に、放射線医療は、いくつかの職種が関わるチーム医療として行われる。

チーム医療において、検査・診断は放射線診断専門医(日本全体で5,802人)、治療は放射線治療専門医(1,283人)が中心となる。がん放射線療法看護認定看護師(323人)や、がん看護専門看護師(893人)は、患者のケアなどにあたる。検査や治療に用いる放射線装置のセットアップや品質管理は、診療放射線技師(54,213人)や医学物理士(1,252人)が行う。診療放射線技師は国家資格、医学物理士は認定資格である23。このほかにも、「ヘルパー」、「クラーク」などと呼ばれる事務職員が、放射線治療の照射受付や、照射記録の管理を行っている。24
 
23 一般財団法人 医学物理士認定機構による認定。
24 人数は、診療放射線技師は2017年の常勤換算、医学物理士は2020年、それ以外は2019年。
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保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1992年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所へ

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員

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【放射線の画像検査への活用-放射線医療の現状 (前編)】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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