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2020年07月16日
1――はじめに
2020年初以降、新型コロナウイルス感染症の拡大という想定外のショックが生じた。感染症の拡大に対して、Social Distancing(社会的距離の確保、以下SD)が、日本を含む諸外国で採用された対策である。このようなSDを含む対策はNon-pharmaceutical interventions (以下NPI)と呼ばれている。
NPIにより感染拡大のペースは抑制される一方、世界的に経済活動は急激な悪化を示している。その落ち込みは1930年代の世界大恐慌に匹敵するのではと予測されている。このため各国はNPIの緩和あるいは解除を進めている。しかし、再び、感染症の拡大傾向が確認されるようになり、ドイツやオーストラリアの一部地域でロックダウン、アメリカ・カリフォルニアでの休業要請、イギリスでの公共の場でのマスク着用などのNPIが発出される状況になっており、経済活動がさらに抑制される可能性がある。
したがって、感染症拡大の抑制と経済活動の悪化というトレードオフをどのように対応するのかが重要な政策課題となっている。
さらに、短期的な課題だけでない。Eichenbaum et al., (2020) は感染症の拡大は短期的なトレードオフの問題だけでなく、長期的にも経済のパフォーマンス悪化につながると指摘している。また、感染症当時の世代とその前後の世代とでは世代間の格差を引き起こす原因になるとの研究もある(Almond, 2006)。
とはいえ、足もとの状況への対応が最重要課題であることには異論はないと考える。感染症の状況は日々刻々と変化し、我々の経済社会活動に大きく影響を及ぼすからである。他方で、年初以降の種々のNPIにより日常生活が大きく制約されたことから、これ以上の経済活動の悪化を避けたい、あるいは「自粛疲れ」から、これまでと同様のNPIを避けたい状況にもある。このような状況の中で、NPIの経済に対する悪影響のみが大きく喧伝されればされるほど、適切なNPIが実施できなくなる可能性がある。
この背景には、今回実施された学校の休校、外出自粛要請、企業への休業要請など、それぞれのNPIの効果が感染症及び経済に対して定量的に検討されていないことがある。特に、NPIの手段の間で効果が比較検討されたわけではない。NPIが経済に与える効果は、直接的にはSDを通じて対面コミュニケーションの中断として波及してこよう。また、感染症収束に対する不透明感からパニック的な消費や備蓄的な消費行動が確認できる(Chronopoulos et al., 2020など)。
本稿ではNPIを通じた経済活動への直接的な影響について検討する。検討を進めるに当たって、以下の2点を考慮する。
第1に、今回の感染症に関する先行研究をもとに経済面の影響について整理する。このような場合には過去の感染症の経験を確認することが必要である。しかし、1918年のスペイン風邪の元凶であるH1N1ウイルスは潜伏期間が短く、疑わしい症例の特定や隔離が容易であった点は今回とは異なる(Correia et al., 2020)。とはいえ、1918年のNPIの効果に関する先行研究は今回にも適用可能と考えられるため、1918年の事例についてはAppendixにまとめる。
第2に、高頻度データ(日次ベース)を利用した分析を進める。日次ベースの情報はノイズが多く含まれ利用は困難なものの、感染症の動きは日々刻々と変化し、感染症への対策はその変化への即座な対応が求められるからである。NPIの効果についてはモバイル情報(NTT、Agoop社)から推計した国全体及び都道府県別の外出状況を用いる。消費については「日別家計調査」(総務省)を用いて消費への影響を検討する。家計調査の利点として、財貨だけでなくサービス消費の動向把握だけでなく、基本的にオンライン消費やクレジットカードを利用した消費など、対面以外の消費も含まれていると考えられる。ただし、オンライン消費については「家計消費状況調査」で別途品目毎に調査されているので、それも併せて利用する。
NPIにより感染拡大のペースは抑制される一方、世界的に経済活動は急激な悪化を示している。その落ち込みは1930年代の世界大恐慌に匹敵するのではと予測されている。このため各国はNPIの緩和あるいは解除を進めている。しかし、再び、感染症の拡大傾向が確認されるようになり、ドイツやオーストラリアの一部地域でロックダウン、アメリカ・カリフォルニアでの休業要請、イギリスでの公共の場でのマスク着用などのNPIが発出される状況になっており、経済活動がさらに抑制される可能性がある。
したがって、感染症拡大の抑制と経済活動の悪化というトレードオフをどのように対応するのかが重要な政策課題となっている。
さらに、短期的な課題だけでない。Eichenbaum et al., (2020) は感染症の拡大は短期的なトレードオフの問題だけでなく、長期的にも経済のパフォーマンス悪化につながると指摘している。また、感染症当時の世代とその前後の世代とでは世代間の格差を引き起こす原因になるとの研究もある(Almond, 2006)。
とはいえ、足もとの状況への対応が最重要課題であることには異論はないと考える。感染症の状況は日々刻々と変化し、我々の経済社会活動に大きく影響を及ぼすからである。他方で、年初以降の種々のNPIにより日常生活が大きく制約されたことから、これ以上の経済活動の悪化を避けたい、あるいは「自粛疲れ」から、これまでと同様のNPIを避けたい状況にもある。このような状況の中で、NPIの経済に対する悪影響のみが大きく喧伝されればされるほど、適切なNPIが実施できなくなる可能性がある。
この背景には、今回実施された学校の休校、外出自粛要請、企業への休業要請など、それぞれのNPIの効果が感染症及び経済に対して定量的に検討されていないことがある。特に、NPIの手段の間で効果が比較検討されたわけではない。NPIが経済に与える効果は、直接的にはSDを通じて対面コミュニケーションの中断として波及してこよう。また、感染症収束に対する不透明感からパニック的な消費や備蓄的な消費行動が確認できる(Chronopoulos et al., 2020など)。
本稿ではNPIを通じた経済活動への直接的な影響について検討する。検討を進めるに当たって、以下の2点を考慮する。
第1に、今回の感染症に関する先行研究をもとに経済面の影響について整理する。このような場合には過去の感染症の経験を確認することが必要である。しかし、1918年のスペイン風邪の元凶であるH1N1ウイルスは潜伏期間が短く、疑わしい症例の特定や隔離が容易であった点は今回とは異なる(Correia et al., 2020)。とはいえ、1918年のNPIの効果に関する先行研究は今回にも適用可能と考えられるため、1918年の事例についてはAppendixにまとめる。
第2に、高頻度データ(日次ベース)を利用した分析を進める。日次ベースの情報はノイズが多く含まれ利用は困難なものの、感染症の動きは日々刻々と変化し、感染症への対策はその変化への即座な対応が求められるからである。NPIの効果についてはモバイル情報(NTT、Agoop社)から推計した国全体及び都道府県別の外出状況を用いる。消費については「日別家計調査」(総務省)を用いて消費への影響を検討する。家計調査の利点として、財貨だけでなくサービス消費の動向把握だけでなく、基本的にオンライン消費やクレジットカードを利用した消費など、対面以外の消費も含まれていると考えられる。ただし、オンライン消費については「家計消費状況調査」で別途品目毎に調査されているので、それも併せて利用する。
2――NPIの感染症拡大と経済への効果
2.1 経済全体への効果
短期的には、Koren and Peto(2020)は、NPIの実施は対面コミュニケーションの遮断につながると指摘している。全米で4900万人の労働者が対面コミュニケーションに関わる職務に依存しており、こうした労働者が他者との接触を半分程度削減された場合、賃金の12%を助成する必要があると指摘している。この結果、消費を中心に需要が低下することとなろう。また、ロックダウンの影響については、Inoue and Todo(2020)で、東京をロックダウンした場合の影響を試算している。ロックダウンの悪影響はサプライチェーンを通じて他の地域に波及する可能性があるとして、東京が1カ月間封鎖された場合、他地域への影響は東京への直接的な影響の2倍となり、日本全体で27兆円(GDP比5.3%)減少につながるとしている。
さらに、長期的には経済への悪影響が持続すると指摘されている。Eichenbaum et al., (2020) は、標準的な疫学モデルの拡張を通じて、感染症拡大抑制の経済効果を検討している。短期的な不況と感染症拡大の抑制というトレードオフに直面するだけでなく、破産コスト、失業の履歴効果、サプライチェーンの断絶などの効果を通じて、長期的に経済のパフォーマンスを悪化させる可能性について指摘している。
このように、短期的には需要面と供給面の両面から影響を与えることが考えられる。BOE(2020)をもとに経済への影響をまとめると、図表1の通りである。
短期的には、Koren and Peto(2020)は、NPIの実施は対面コミュニケーションの遮断につながると指摘している。全米で4900万人の労働者が対面コミュニケーションに関わる職務に依存しており、こうした労働者が他者との接触を半分程度削減された場合、賃金の12%を助成する必要があると指摘している。この結果、消費を中心に需要が低下することとなろう。また、ロックダウンの影響については、Inoue and Todo(2020)で、東京をロックダウンした場合の影響を試算している。ロックダウンの悪影響はサプライチェーンを通じて他の地域に波及する可能性があるとして、東京が1カ月間封鎖された場合、他地域への影響は東京への直接的な影響の2倍となり、日本全体で27兆円(GDP比5.3%)減少につながるとしている。
さらに、長期的には経済への悪影響が持続すると指摘されている。Eichenbaum et al., (2020) は、標準的な疫学モデルの拡張を通じて、感染症拡大抑制の経済効果を検討している。短期的な不況と感染症拡大の抑制というトレードオフに直面するだけでなく、破産コスト、失業の履歴効果、サプライチェーンの断絶などの効果を通じて、長期的に経済のパフォーマンスを悪化させる可能性について指摘している。
このように、短期的には需要面と供給面の両面から影響を与えることが考えられる。BOE(2020)をもとに経済への影響をまとめると、図表1の通りである。
2.2 消費への効果
消費への効果では、Chronopoulos et al. (2020)は感染症を巡る状況の変化が消費行動へ与える影響について高頻度データ(クレジットカード情報)を基に分析している。具体的には、潜伏期間(1月1日~1月17日)、発生期間(1月18日~2月21日)、熱狂期間(2月22日~3月22日)、ロックダウン(3月23日~5月10日)、警戒期間(5月11日~6月18日)に区分して、熱狂期間以降に裁量的な消費が減少したことを確認している。また、WHOのパンデミック宣言(1月30日)後、パニック的な消費及び備蓄的な消費が大幅に増加していると指摘している。
また、SDにより従来の対面でのコミュニケーションを必要とする消費(オフライン消費)からオンライン消費へのシフトについて、Relihan et al. (2020)はクレジットカードの使用状況のデータをもとに、アメリカでの地域の小売店での購買行動でオンライン消費の影響を分析している。地域の小売業での消費はオンライン消費へのシフトがみられている。特に、食料品や薬局での購入はオンライン消費がオフラインより3倍のペースで増加を見せているとのことである。また、低所得地域の消費者はオンライン消費の伸びが他の地域より低いことも指摘している。
日本については、Watanabe and Omori(2020)は日本での感染症拡大によるオンライン消費の動向についてクレジットカードの使用状況のデータを基に分析している。オンラインとオフラインの両方を利用していた消費者はオンライン消費のみへ切り替えがみられたこと、オンライン消費をしてこなかった消費者は感染症拡大後によりオンライン消費を始めた消費者の割合は危機前と大きな変化はないこと、オンライン消費への切り替えは若い年齢層で多いことが確認できたとのことである。これらの結果からは、感染症の拡大で消費様式を変更したわけではなく、感染症収束後は再びオンライン消費は低下するのではと指摘している。
消費への効果では、Chronopoulos et al. (2020)は感染症を巡る状況の変化が消費行動へ与える影響について高頻度データ(クレジットカード情報)を基に分析している。具体的には、潜伏期間(1月1日~1月17日)、発生期間(1月18日~2月21日)、熱狂期間(2月22日~3月22日)、ロックダウン(3月23日~5月10日)、警戒期間(5月11日~6月18日)に区分して、熱狂期間以降に裁量的な消費が減少したことを確認している。また、WHOのパンデミック宣言(1月30日)後、パニック的な消費及び備蓄的な消費が大幅に増加していると指摘している。
また、SDにより従来の対面でのコミュニケーションを必要とする消費(オフライン消費)からオンライン消費へのシフトについて、Relihan et al. (2020)はクレジットカードの使用状況のデータをもとに、アメリカでの地域の小売店での購買行動でオンライン消費の影響を分析している。地域の小売業での消費はオンライン消費へのシフトがみられている。特に、食料品や薬局での購入はオンライン消費がオフラインより3倍のペースで増加を見せているとのことである。また、低所得地域の消費者はオンライン消費の伸びが他の地域より低いことも指摘している。
日本については、Watanabe and Omori(2020)は日本での感染症拡大によるオンライン消費の動向についてクレジットカードの使用状況のデータを基に分析している。オンラインとオフラインの両方を利用していた消費者はオンライン消費のみへ切り替えがみられたこと、オンライン消費をしてこなかった消費者は感染症拡大後によりオンライン消費を始めた消費者の割合は危機前と大きな変化はないこと、オンライン消費への切り替えは若い年齢層で多いことが確認できたとのことである。これらの結果からは、感染症の拡大で消費様式を変更したわけではなく、感染症収束後は再びオンライン消費は低下するのではと指摘している。
3――日本でのNPIの状況
感染の拡大に関する情報が伝わるにつれて徐々に外出が減少し始めている。特に、北海道での非常事態宣言(2020年2月28日)を発出以降、外出は10%台まで減少している。その後10%減で推移したものの、1日当たりの感染者数が100名超え(3月27日)や有名人の死亡報道(3月29日)などから減少幅が拡大されるなど、当時の人々の行動が表現されている。SDの変化に影響を与えた要因に関する実証分析(小巻、2020)では、自地域の感染状況が有意であり、特に北海道での感染状況が他の地域にも影響を与えている様子が窺える。また、感染症に関するニュースでは、有名人の死亡ニュースの影響も確認できるが、緊急事態宣言発出の効果が大きいことが確認できる。
確かに、当時の状況を振り返ると、新型コロナウイルス感染症の拡大を防ぐために人と人との距離をとるSocial Distanceが注目された。「非常事態宣言」発出(4月7日)に際して人と人との接触機会を「最低7割、極力8割」とされ、外出自粛だけでなく人と人の距離を拡大・維持させることが求められた。こうした状況もあって、緊急事態宣言前後から、スーパーやコンビニなどでは2m以上の距離を持ってレジを待つようになり、電車やバスなどでは一定以上の距離をあけて乗客が利用する状況が見られた。また、緊急事態宣言解除後でも、飲食業などでは席を空けての入店を求めるなど制限が加えられている。
確かに、当時の状況を振り返ると、新型コロナウイルス感染症の拡大を防ぐために人と人との距離をとるSocial Distanceが注目された。「非常事態宣言」発出(4月7日)に際して人と人との接触機会を「最低7割、極力8割」とされ、外出自粛だけでなく人と人の距離を拡大・維持させることが求められた。こうした状況もあって、緊急事態宣言前後から、スーパーやコンビニなどでは2m以上の距離を持ってレジを待つようになり、電車やバスなどでは一定以上の距離をあけて乗客が利用する状況が見られた。また、緊急事態宣言解除後でも、飲食業などでは席を空けての入店を求めるなど制限が加えられている。
(2020年07月16日「基礎研レポート」)
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小巻 泰之
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