コラム
2020年07月07日

数学記号の由来について(5)-べき乗、平方根 等-

中村 亮一

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はじめに

何回かに分けて、これまで慣れ親しんできた数学で使用されている記号の由来について、報告している1

第1回目は、四則演算の記号(+、-、×、÷)の由来について、第2回目は、数字の関係を表す記号(=、≒、<、>等)について、第3回目は、集合論で使用される記号(∩、∪、⊂、⊃等)について、第4回目は、論理記号(∀、∃、∴、∵等)について報告した。

今回は、べき乗(an)や平方根(√)、さらには階乗(!)、総和(Σ)、総乗(П)といった多数の数字の計算表記を簡素化する記号の由来等について報告する。
 
1 主として、以下の文献を参考にした。
Florian Cajori「A History of Mathematical Notations」(1928、1929)の冊子の再発行版(2012)(Dover Publications,Inc)

「an」(べき乗)の使用及び由来

同じ数aをn回掛け算することを表現する場合に、


等と記述することもできるが、これを「anという形で表現し、「aのn乗」、「n次のaべき」等と呼んでいる。「べき」というのは、漢字で「冪」と書き、英語では「power」と呼ばれる。

nが自然数の場合には、「べき乗」は「累乗」と呼ばれる。特に「n=2」の時は、「2乗」の代わりに「平方(square)」と呼ばれ、「n=3」の時は「立方(cube)」と呼ばれたりする。

べき乗を表す記号については、古くから多くの数学者によって、多様な記法が使用されてきた。現在使用されているべき乗の記号については、1637年にはフランスの数学者であるルネ・デカルトがその著書 La Géométrie の一巻において導入した、と言われている。

また、冪を意味する英語「power」 については、ギリシアの数学者エウクレイデス(ユークリッド)が直線の平方を表すのに用いた語に起源があるとされている。このように、冪の概念はギリシアやエジプト、インド等において、古くから存在していたが、当時は記号は使用されず、言葉で説明されていたようである。

日本語の「べき(冪)」という用語については、そもそもは「覆う」という意味で、漢字の部首のグループの1つである「冖部(べきぶ)」と同音同義とされている。以前は、冪の略語として「巾」も使用されていた。「冪」という漢字が常用漢字・当用漢字に含まれないことから、現在は「べき乗」あるいは「累乗」(aが自然数の場合)と表現されることが多くなっている。

なお、計算ソフト等では、べき乗を表すのに「^」という記号が用いられている。この記号の由来については必ずしも明確ではないようだが、どうも「ALGOL60(1960年)という「アルゴリズム記述用言語」で導入されたのが最初」のようである。因みに、この記号は、「サーカムフレックス(circumflex)」と呼ばれ、別名で「キャレット (caret)」、「ハット記号 (hat [symbol])」と呼ばれる。

」(平方根)の使用及び由来

一方で、2乗(平方)することでaになる数を「aの平方根」といい、「」で表し、「ルートa」と呼ぶ。また、3乗(立方)することでaになる数を「aの3乗根」といい、「」で表す。同じようにn乗することでaになる数を「aのn乗根」といい「」という記号で表現する。

現在使用されている「√」記号については、ドイツの数学者であるクリストッフ・ルドルフが1525年にその著書「Coss(代数)」で使用した「」が原型とされている。この「」という記号については、ラテン語で「根」を意味する「radix」(英語のrootに相当)の頭文字のrを引き伸ばしたものと考えられている。これに対して、1637年に同じくルネ・デカルトが「」の上にさらに横棒を加えることで、現在の記号「√」を最初に使用したとされている。

なお、以前は、「radix」という記述を使用したり、イタリアでは「R」を使用していた。一方で、英国では正方形の1辺を意味するラテン語の「latus」(英語の「side」に相当)」の頭文字である「L」や「ℓ」が使用されていたようである。

一方で、n乗根の記号の由来については、あまり明確ではないようだ。以前は、「」の中に数字又は該当する文字(例えば、3乗根なら「c」等)を記述することで表現することが多かったようだ。それが、17世紀から18世紀頃に現在の形式に統一されていったようである。

「!」(階乗)記号の使用と由来

「nの階乗」というのは、1からnまでの全ての積、すなわち以下の通りとなる。

 n!=1×2×3× ⋯⋯⋯⋯⋯ ×(n―1)×n

「階乗」は英語で「factorial」と呼ばれる。階乗の概念については、以前から存在していたが、いわゆる感嘆符(exclamation mark)「!」を最初に使用したのは、1808年にフランスの数学者であるクリスチャン・クランプ(Christian Kramp)の著書「Elements d'arithmétiqueuniverselle(ユニバーサル算術の要素)」において使用されたとのことである。よく言われるように、nが大きくなると、n! は驚くほど大きな数字になっていくということで、この記号が使用されたとのことである。

(参考)「!!」二重階乗、多重階乗

実は、「!!」と「!」を2つ並べる記号も存在している。これは「二重階乗」と呼ばれるもので、自然数nに対して、nを起点として1つおきの数字を掛け合わせたものを表している。具体的には以下の通りである。

nが偶数の場合  n!!=n×(n-2)×(n-4)× ⋯⋯⋯⋯⋯  ×4×2
nが奇数の場合  n!!=n×(n-2)×(n-4)× ⋯⋯⋯⋯⋯  ×3×1

となる。 

二重階乗は、例えば、「数え上げ組合せ論」と呼ばれる「一定のパターンに従って形作られる方法の総数を扱う組合せ論の一分野」において、利用されている。
 
なお、2重階乗の考え方をさらに一般化させて、nを起点として、一定数k毎の数字を掛け合わせていく「多重階乗」の概念も存在している。

「Σ」(総和)記号の使用と由来

「Σ」(シグマ)は、総和(summation)記号で、与えられた数字の全てを加算することを意味している。即ち、以下を表している。



この「Σ」記号は、オイラーが1755年に最初に使用したとされている。「Σ」は、和を意味する「sum」の頭文字「S」に対応するギリシア文字である。

「П」(総乗、乗積)記号の使用と由来

「П」(パイ)は、総乗(product)記号で、与えられた数字の全てを掛け算することを意味している。即ち、以下を表している。



この「П」記号を誰が最初に使用したのかについては、必ずしも明確ではないようだが、少なくとも割と近年になってからのようである。「П」は、積を意味する「product」の頭文字「P」に対応するギリシア文字である。

最後に  

今回は、べき乗(an)や平方根(√)、さらには階乗(!)、総和(Σ)、総乗(П)といった多数の数字の計算表記を簡素化する記号の由来等について報告してきた。

これらの記号が開発される以前は、全ての要素を表したり、「⋯」という記号で省略を示すことで表現されてきた。その意味で、これらの記号の開発は極めて役に立つものだったといえるだろう。
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(2020年07月07日「研究員の眼」)

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