2020年06月09日

構造化年金のアメリカでの普及-第4の年金は、どういう特徴を持っているのか?

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

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1――はじめに

アメリカでは、2010年代に個人年金分野に新たな年金が登場している。従来は、元本とリターンが固定していて(契約者のリスクなし)、剰余を配当で受け取る定額年金。元本割れのリスクはないが、リターンが多少変動する指数連動型年金。リスクもリターンも無制限に変動して、元本割れのリスクがある変額年金、の3種類であった。

これに対して、近年、元本割れのリスクが一定程度あるが、それに応じたリターンもそこそこ期待できるという第4の年金、「構造化年金」の販売が徐々に拡大しているという。本稿では、この構造化年金について、概要をみていくこととしたい。
 

2――構造化年金の位置づけ

2――構造化年金の位置づけ

アメリカでは、2010年に構造化年金が登場した。構造化年金を取り扱う保険会社の数は、徐々に増え、2019年には9社となっている。(各社の構造化年金の詳細については、巻末の(参考)にまとめてある。適宜、ご参照いただきたい。) まずは、構造化年金とはどういうものか、からみていこう。

1第4の年金の呼び方は定まっていない
第4の年金には、保険会社によって、いくつかの呼び方がある。「構造化年金(Structured Annuity)」、「指数連動型変額年金(Indexed Variable Annuity)」、「登録指数連動型年金(Registered Index-Linked Annuity)」、「バッファ年金(Buffer Annuity)」といった呼び方である。いずれも、同じ年金商品を意味している。本稿では、構造化年金と呼ぶことにする。

2構造化年金の販売は伸びている
アメリカでは、2000年代に変額年金の販売が拡大した。しかし、2010年代以降、減少傾向にある。定額年金の販売はほぼ横ばい。指数連動型年金の販売は、増加しているものの、変額年金から振り替わった分が伸びているだけとみることができる。その合間を縫って、構造化年金の販売が徐々に拡大している。ただし、2018年時点の販売量(保険料ベース)で、構造化年金は、変額年金や定額年金の10分の1程度に過ぎない。構造化年金は、今後、さらに拡大する余地を残しているものとみられる。
図表1. アメリカの年金販売量の動向
3構造化年金はリスク・リターンが変額年金と指数連動型年金の間にある
既存の3種類の年金に対して、構造化年金は、リスク・リターン特性でどのような位置にあるのか?それを簡単にまとめたのが、つぎの表だ。契約者のリターンが何に基づくか、という点では、指数連動型年金と同様、あらかじめ定められた株価等の指数に基づくことが一般的だ。ただし、指数が上昇した時に契約者が受け取るリターンは、指数連動型年金よりも大きい。逆に指数が下落したときのリスクとして、元本割れとなることもあるが、変額年金のようにすべてのリスクを契約者が負うわけではない。構造化年金は、顧客のリスクを限定的な水準にとどめながら、リターンを増加させる、ミドルリスク・ミドルリターンの商品といえる。
図表2. 各年金商品のリスク・リターンまとめ
既存の3種類の年金と、構造化年金の指数などの運用成果と、契約者が受け取るリターンの関係を図示すると、つぎのとおりとなる。(以降、この図を「運用-リターン図」と呼ぶ。)
図表3. 各年金の運用-リターン図
変額年金(橙色)は、単純な右肩上がりで、運用成果が上がるにつれて、契約者のリターンが増える。定額年金(藍色)は、単純な横線で、運用成果によらず、契約者は一定の利率(図では2%)を受け取る。指数連動型年金(水色)は、運用成果がマイナスでもリターンが元本保証される一方、リターンに上限(図では5%)が設けられていて、運用成果が上限を超えてもその上限までしかリターンを受け取れない。

そして、構造化年金(赤色)は、指数連動型年金の元本保証と上限に変更を加えたものとなる。構造化年金が、変額年金と指数連動型年金の間のリスク・リターン特性をもつことがわかる。
 

3――構造化年金の細部設定

3――構造化年金の細部設定

図表3でみたとおり、構造化年金は従来の年金に比べて、複雑な運用-リターン図を持っている。実は、図表3に示したものは、構造化年金の代表的な例に過ぎない。構造化年金の商品開発においては、さまざまな細部設定を行って、バリエーションを持たせることができる。その内容をみていこう。

1運用成果を判定するまでの期間は、1年や2~3年、6年とするなど商品によりさまざま
構造化年金の運用は、一定期間ごとに運用成果を顧客価格に反映して、これを繰り返していく形式をとる。そこで、運用期間を何年にするか、という問題が出てくる。すでに取り扱っている9社の商品をみると、各社とも運用期間1年のタイプを用意している。そのうえで、2年、3年、6年などの期間で運用するタイプを提供している会社もある。

2指数は株価指数を用いるものが中心
 産運用の指数として、代表的な株価指数であるS&P 500や、小型株指数のRussell 2000を用いることが一般的となっている 1。このほかに、一部の会社の商品では、金地金や不動産をベースとした上場投資信託の価格指数を用いるものもみられる 2
 
1 S&P 500に連動する商品は、すでに取り扱っている9社すべてで採用されている。
2 Great American社は、SPDR Gold Shares ETFや、iShares U.S. Real Estate ETFに連動する商品を提供している。
3運用不調時の契約者保護として、バッファ方式とフロア方式がある
構造化年金には、元本保証はない。運用が不調な場合には、ある程度、そのしわ寄せが契約者にいく仕組みとなっている。契約者保護の方法として、大きくバッファ方式と、フロア方式がある。

(1) バッファ方式
運用成果がマイナスの場合でも、それが一定範囲にとどまる場合は、元本を保証する。一定範囲を超えるマイナスの場合は、一定範囲だけ会社が保証し、超過分は契約者が負担する。

たとえば、10%バッファに対して、運用成果が-8%の場合は、元本保証されるため契約者負担はない。一方、運用成果が-18%の場合は、10%を超過した8%分が契約者負担となり、-8%の利回り(資産は92%に目減り)となる。

(2) フロア方式
運用が不調の場合でも契約者の負担が際限なく大きくならないよう、契約者の価格に反映する運用成果の下限を設けるもの。運用成果が下限を下回る場合、契約者のマイナスは、下限までにとどめる。

たとえば、10%フロアに対して、運用成果が-8%の場合は、フロアに達していないのですべて契約者負担となり、-8%の利回り(資産は92%に目減り)となる。運用成果が-18%の場合は、フロアに達しているため、契約者負担は-10%分だけとなり、-10%の利回り(資産は90%に目減り)で済む。

バッファ方式の場合は、10%~30%の範囲内でバッファ水準が設定されることが多い。フロア方式の場合は、10%の範囲内で水準が設けられることが一般的。2010年の構造化年金登場時はバッファ方式のみであったが、2013年よりフロア方式の導入が始まり、近年は、両方式の導入が拮抗している。
4運用好調時に契約者に付与する利回りは、キャップ方式が多い
運用成果がプラスの場合、契約者価格への反映方式として、キャップ方式、組入割合方式、運用トリガー方式が考えられる。現在販売している構造化年金では、主に、キャップ方式が採用されている。

(1) キャップ方式
フロア方式の反対で、契約者が受け取るリターンに上限を設定するもの。たとえば、10%キャップに対して、運用成果が8%の場合は、キャップに達していないのですべて契約者のリターンとなり、8%の利回りとなる。運用成果が18%の場合は、キャップに達しているため、契約者のリターンは10%分だけとなり、10%の利回りとなる。

(2) 組入割合方式
運用成果の一定割合を契約者のリターンとするもの。運用が好調なほど、契約者のリターンが増える。たとえば、90%の組入割合に対して、運用成果が8%の場合、契約者リターンは7.2%(=8%×90%)となり、7.2%の利回りとなる。

(3) 運用トリガー方式
運用がプラスもしくはゼロである場合、その多寡によらず、契約者は一定率の利回り(パフォーマンス利率)を得るというもの。たとえば、パフォーマンス利率8%の場合、運用成果が10%の場合でも、1%の場合でも、契約者のリターンは8%となり、8%の利回りとなる。
5手数料をゼロとして、運用成果が契約者のリターンにダイレクトに反映する商品が多い
構造化年金は、保険商品である以上、契約管理や販売管理等の諸費用がかかる。保険会社によっては、その費用を手数料として、契約者リターンから差し引くケースもあるが、大半の会社では手数料をゼロとしている。これは、手数料をゼロとすることで、運用成果と契約者リターンの関係を単純化して、顧客のわかりやすさを高めることを狙ったものとみられる。

なお表向きは手数料をゼロとしていても、保険会社はバッファやフロア、キャップ等の設定において、諸費用を織り込んでいるものと考えられる。たとえば、過去の運用実績からバッファを15%と設定できる場合でも、あえて10%と設定して、差の5%分を諸費用の負担に充てるといった方法である。
 

4――構造化年金の契約者価格計算

4――構造化年金の契約者価格計算

前章の手数料で触れたように、構造化年金は、運用成果と契約者リターンの関係を単純明快なものとして、顧客のわかりやすさを高めることを重視している。一方、たとえば金利上昇時には解約が増えるといった、合理的な契約者の行動を織り込むことで、保険会社のリスク管理を高める必要がある。契約者行動の織り込みについては、大きく3つの方法がある。

 (1) 指数ベース
キャップやバッファの設定に用いる指数の中に調整を織り込む。織り込み方は、手数料と同様。

 (2) オプションベース
オプション・ポートフォリオを複製し、運用開始日からの市場価値の変化を用いて織り込む。

 (3) 債券+金利感応度ベース
指数連動型年金における市場価格調整(MVA3)と同様、金利感応度を利回りベースに加減算する。

いずれの方式をとるにせよ、顧客へのわかりやすさ、運用成果と契約者へのリターンの整合性、契約者の解約行動の回避などを、十分に勘案する必要があるものと考えられる。
 
3 MVAは、Market Value Adjustmentの略。解約返戻金などの受け取り時に、そのときの市場金利に応じた運用資産の価格変動が反映される仕組み。
 

5――構造化年金は有価証券として扱われるため、販売者にはライセンスが必要

5――構造化年金は有価証券として扱われるため、販売者にはライセンスが必要

前章までにみたとおり、構造化年金は、変額年金と指数連動型年金の中間のリスク・リターン特性を持っている。これに対して、アメリカの金融・保険規制では、変額年金と同様、構造化年金を有価証券と位置づけている。このため、契約時には、証券取引委員会(SEC4)への届け出が必要となる。

また、構造化年金を取り扱う営業職員は、有価証券を販売するライセンスの取得が必要とされる。

さらに、保険会社の会計処理においては、変額年金に準じた準備金の積立が求められている。
 
4 SECは、Securities and Exchange Commissionの略。株式や公社債などの証券取引を、監督・監視する連邦政府機関。
 

6――おわりに (私見)

6――おわりに (私見)

アメリカの構造化年金は、発売から10年が経過した。この間、取り扱い会社が増え、販売が徐々に拡大するなど、貯蓄性商品としての認知度を高めてきた。

今後、変額年金や指数連動型年金などにとってかわる商品として、さらに販売の拡大が進むのか、その動向が注目される。日本でも、同様の貯蓄性商品の開発について、検討が始まる可能性がある。引き続き、構造化年金を巡る動きをウォッチしていくこととしたい。
 
(参考) アメリカ各社の構造化年金
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保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1992年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所へ

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員

(2020年06月09日「基礎研レポート」)

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