2020年06月05日

オンライン診療を巡る議論を問い直す-初診対面原則の是非だけに囚われない視点を

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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3|質
次に、質の面はどうだろう。医療の質の評価に際しては、「どんな指標でどう図るのか」という点が非常に難しいが、仮に「患者の満足度」という点で測定すると、先に触れたアクセスの改善は患者の満足度を高めることになるだろう。

さらに、現場の医師からメリットとして、「フォローアップの回数が増える」という声を耳にする。実際、対面診断に比べると、服薬状況や生活習慣の改善など患者と接点を持てる機会が増えることになれば、患者の健康改善などを期待できる。

このほか、「患者がリラックスした環境で話してくれるため、病室で接するよりも多くの情報を取れた」という指摘もある。確かに非日常的な病室に入り、白衣を着た医師と接するだけで、患者や病人としての役割に沿った行動を強いられる面があり、患者は「言いたいことが言えない」「聞きたいことが聞けない」といった行動に出てしまう面がある。

こうした患者の行動や心理を理解する上では、医療社会学の本で必ず登場する古典的なモデルである「病人役割」(sick role)が役立つかもしれない。病人役割の考え方によると、病気になった人は(1)通常の社会的役割を免除される、(2)病気という現在の状態に関して責任を問われない、(3)回復に向けて努力する義務がある、(4)専門的援助を求め医師に協力する義務がある――の4つを満たす12としており、患者は医師に対して弱い立場を強いられる面がある。その点で言うと、従来の固定的な患者―医師関係から一度、離れられる可能性を含んでいる点で、オンライン診療は患者の満足度を高めたり、医師が患者の情報を多く取れたりすることで、患者―医師の信頼関係がプラスの方向に働く可能性がある。

しかし、やはり問題点もある。先に触れた通り、アクセスの改善に伴って患者の安易な受診が増えれば、医療現場が疲弊するリスクは想定しなければならない。さらに、オンライン診療で得られる情報は対面よりも少ないため、質が低下する懸念も払拭し切れない。例えば、初診対面原則を取り払った後のオンライン診療の実情を取り上げた新聞記事では、オンライン診療の有用性だけでなく、「直接の診察や検査ができないため通常の対面診療に比べて誤診、見逃しの可能性は高まる」「患者にじかに触れない診察は確実に質が下がる」「電話越しだと症状が見えず、病状の判断が難しい」といった声が紹介されており、こうした現場の意見は決して無視できない。

もちろん、患者や医師の双方がオンライン診療の経験を積み重ねたり、AI(人工知能)によるデータ把握など技術革新が進んで行ったりすれば、こうした懸念は払拭されるだろう。しかし、現状で示されている医師達の声を総合すると、通常の対面診療と比べて診察や検査、触診、聴診、喉などの視診ができない分、患者の状態を把握しにくく、医療の質が下がる危険性は想定しなければならない。

つまり、五感を駆使して診療に当たれる対面診療は引き続き重要であり、日本医師会が初診対面原則にこだわった一因と思われる。新型コロナウイルスへの対応として初診対面原則の時限的緩和が決まる前後、初診対面原則にこだわる日本医師会の主張について、「既得権を守るための方便」と決め付ける言論が見られたが、こうした懸念が現場で示され始めている点を踏まえると、日本医師会の主張に対する批判は一面的な見方だったと言わざるを得ない。

こうした点を踏まえると、質の面ではマイナス面も考慮する必要がある。先に触れた通り、国家戦略特区に関する諮問会議では「初診対面原則を元に戻す上ではエビデンスが必要」との意見が示されているが、少なくともオンライン診療を手掛けた医師がどの辺にメリットとデメリット、課題を感じたのか、課題に対してどう対処したのか、といったアンケート調査を実施したり、現場の医師の声を拾ったりしなければ、質の低下に対する懸念を払拭し切れないのではないだろうか。
 
12 Talcott Parsons(1951)“The Social System”〔佐藤勉訳(1974)『社会体系論』岩波書店〕を参照。
4|コスト
最後に、コストである。中長期的に見ると、少人数で効率的な医療を提供できるようになるため、医療費は抑制できる可能性がある。例えば、在宅医療では現在、医師が月2回自宅を訪れるのが一般的だが、状態が余り変化していない患者であれば、オンラインや電話への切り替えは可能であろう。慢性疾患の患者に対しても、定期的な状態の確認や薬の処方などはオンラインや電話に切り替えられるため、診察に関わる時間や手間暇を抑制できる。これは医師の長時間残業の抑制などを目指し、2024年度施行を目指す「医師の働き方改革」とも合致している。

しかし、短期的にはコストが減るとは限らない。先に触れた通り、患者がオンラインを通じてドクター・ショッピングを始めれば、医療費は増える方向に働く危険性がある。現在のシステムでは、本人確認が難しいため、不正診療の懸念も払しょくできない。

さらに、医療サービスに関する価格、基準は全て公定であり、医師の行動は診療報酬のルールに左右される。先に触れた「在宅医療は月2回が一般的」という現状についても、月2回の訪問で加算を取得できる診療報酬に引っ張られている面がある。言い換えると、診療報酬の価格や基準次第で医師の行動は変わるため、短期的にコストが増えるのか、減るのか、全く読めない部分がある。

その上、ここでも患者―医師の情報格差が大きい医療サービスの特性が絡む。ここでも食事と比較してみよう。例えば、店の人から「サラダを追加で注文すれば、セット料金でカツ丼の値段が少し安くなりますよ」と言われた時、消費者はサラダの値段、分量、食べることによる満足度(効能)などを勘案し、断ることができる。

これに対し、医療の場合は情報格差が大きく、医師から「念のため、もう1回、検査に来ませんか」とか、「月2回、家をお邪魔しましょうか」と薦められた際、そうした医療が不要なのかどうか患者は判断しにくく、医師の薦めを患者が断るのは至難の業である。

この結果、医療経済学の「医師需要誘発仮説」の考え方に沿うと、医療サービスの内容は臨床的に許される範囲で供給制約の上限ギリギリに張り付くことになる。言い換えると、オンライン診療で絶対にコストが下がるとは限らず、むしろ需要誘発を通じて、アクセス件数が増えれば、短期的に医療費は増えてしまう可能性もある。

つまり、「コストが増えるか、減るか」という点は診療報酬のルールや医師の行動次第でいくらでも変わる。一部では「オンライン診療にコスト削減効果を期待」という言説が見られるが、少なくとも短期的には真逆の結果を生み出す危険性がある。
表:オンライン診療を拡大した場合に予想される影響 5|初診対面原則は不要か?
以上の議論を通じて、アクセス、質、コストの点で見ると、オンライン診療には一長一短があることが分かる。上記の議論を整理した結果が表の通りである。

現状ではオンライン診療に関するエビデンスが少なく、表で挙げたような影響が出ているのかどうか今後、検証が必要だが、闇雲に推進した場合、様々な「副作用」が起きる危険性を孕んでいることは間違いない。

中でも患者と同様、医師も診療現場で不確実な意思決定を迫られている点、それが質の低下を招く危険性を払拭できない点、結果的にコスト増を招く可能性などを考えると、アクセスという患者の利便性に注目して初診対面原則を不要とする国家戦略特区諮問会議の議論は医療サービスの特性を踏まえているとは言えない。

確かに通常の財やサービスであれば、できるだけ規制を緩和・撤廃することで、価格や量、サービスの水準などについて消費者の選択に委ねる「消費者主権」の考え方が当てはまる。しかし、患者―医師の情報格差が大きい医療では市場原理や競争による裁定が働きにくい。このため、「市場競争がその働きにまかせてもらえさえすれば、(略)政府による規制やその他の活動よりも、消費者をはるかによく保護してくれる」13というレッセ・フェール(自由放任主義)的な考え方はダイレクトに当てはまりにくい。

このため、少なくとも医療の「入口」に相当する初診については、患者の状態を診察や検査、触診、聴診、視診で把握できる対面診療が必要と考えており、初診をオンラインや電話で対応するのは受診勧奨や受診相談にとどめるべきであろう。

もちろん、患者の利便性向上や医師の働き方改革は重要であり、これらの推進に繋がるオンライン診療の拡大は不可欠である。例えば、軽い慢性疾患の患者の経過観察や処方箋発行、花粉症の診察などはオンライン診療で代替できる可能性があり、「オンライン診療では質が下がる」と全て切り捨てる意見には賛成できない。

一方、オンライン診療を「対面の補完」と見なしている日本医師会の意見にも首肯できない。むしろ、患者と医師がコミュニケーションを取る際のツールの多様化と位置付けるべきであり、普段から患者と医師がオンラインでコミュニケーションを取れれば、患者―医師の信頼関係を構築・維持する上でプラスに働くし、「対面が主、オンライン診療が従」と固定的に考える必要もない。例えば、患者と医師の信頼関係が構築されている中、患者にとってベストな診療が提供された結果、「対面が1割、オンラインが9割」という結果になっても、患者の満足度や医療の質が下がらない限り、大した問題とは思えない。そう考えると、「1カ月当たりの再診料やオンライン診療料の算定回数に占めるオンライン診療料の割合が1割以下」という現在の規制は不要である。

さらに、生活習慣病など細かい病名や算定要件を定め、その対象を少しずつ拡大する方法も極めて分かりにくく、こうした漸増主義的な方法は日本医師会など関係団体との利害調整を優先する中医協の限界と言える。

では、どんな制度改正が想定されるのか、以下、初診対面原則を維持しつつ、オンライン診療を拡大するための私見を示す。
 
13 Milton & Rose Friedman(1980)“Free to Choose”[西山千明訳(2012)『選択の自由』日本経済新聞出版社p353]。
 

5――オンライン診療に関する制度改正の方向性(私見)

5――オンライン診療に関する制度改正の方向性(私見)

1|事前の初診対面を義務化
制度改正の方向性として、患者が事前にオンライン診療を受ける医師や医療機関を指名する制度の導入が必要と考えられる。具体的には、「患者が事前に医療機関を訪問→オンライン診療を希望する旨を医師に伝達→医師による対面での初診→2回目以降、患者の状態が変わらなければオンライン診療中心にシフト」といった内容である。以下、想定される流れを少し整理してみよう。

まず、医療機関の選定である。先に触れた通り、厚生労働省がオンライン診療を受け付けている医療機関のリストを公開しており、これをポスト・コロナでも継続すれば、患者はリストから最寄りの医療機関を選べる。次に、患者はオンライン診療を希望する旨を伝達するとともに、医師の初診を対面で受ける。こうした方法を採用すれば、患者は医師の人となりを把握できるし、安心感も増す。

さらに、医師も初診の際、検査や問診、触診、聴診、視診などが可能となるし、生活・勤務環境や家族関係、過去の病歴などを確認すれば、その後のオンライン診療にも役立つであろう。その際、患者と医師が協議し、急変時に対応してもらう医療機関、薬を受け取る薬局などを事前に決めれば、医師にとって不確実性を一定程度、取り除ける。初診対面で医師が患者の状態を勘案した結果、オンライン診療の対応が困難と考えれば、患者に対してダイレクトに説明することもできる。

その後、オンライン診療を通じて定期的に診察し、処方箋の発行もオンラインで対応するが、オンライン診療で難しいと判断した場合、対面診療に切り替える。

以上のような方法は現在、オンライン診療に際して医療現場で起きている課題にも対応できる。初診対面原則を撤廃した現在、(1)保険証情報の確認、(2)支払い方法――が課題となっているようだ。

このうち、(1)の保険証情報の確認については、パソコンの画面の向こうに座っている患者が本人かどうか確認する術がないため、パソコンの画面上で保険証を見せたり、ファックスやメールで被保険証を送ったりする方法を取っている様子である。(2)の支払い方法については、▽次回来院時の窓口支払い、▽クレジットカード支払い、▽銀行振込、▽電子決済――などで対応している様子だが、対面診療に比べて未払いのリスクがある。こうした点についても、初診対面の際、患者と医療機関で確認または合意すればクリアできると思われる。

その際、「半年に1回程度、対面診断を義務付ける」「患者がオンライン診療の対象として指名できる医療機関は限定する」「期間は1年とし、途中で医療機関を変更することも認める」といった仕組みを絡ませることで、患者に選択権を付与しつつ、患者―医師の信頼関係が構築できるようにするのも一つの手かもしれない。状態の変化に応じて、対面診察に切り替えられるようにするため、現在は30分圏内という基準が設定されているが、こうした距離、時間に関する要件は一定程度、必要であろう。

もちろん、現在の時限的な規制緩和を打ち切った後、新型コロナウイルスが再び拡大して外出制限などが必要になった場合とか、地域の医療機関で大規模なクラスター(集団感染)が発生した場合、中医協での了承手続きを経なくても、都道府県知事が判断すれば、感染地域では初診対面原則を取り払う柔軟な姿勢が求められる。
2|他の制度改革との整合性
このほか、他の制度改革との整合性を取る必要もある。オンライン診療は所詮、医療現場を改善するための方法論に過ぎず、それだけを取り出して議論しても有効とは思えないためだ。

例えば、政府は2024年度の本格施行を目指し、勤務時間の制限などを目指す医師の働き方改革を進めようとしている。その際、慢性疾患などで病状が安定していることが対面診療で把握できている患者については、「医師の指示があれば、オンライン診療で薬剤師、看護師などが病状を診断したり、処方したりできるようにする権限移譲」を加味すれば、患者の利便性が向上するだけでなく、医師の働き方改革に寄与する。既に薬剤師の服薬指導がオンライン診療で時限的に認められたが、他の職種に権限していくタスクシフトの要素を取り込んで行く必要がある。

さらに、医療資源の偏在是正に繋げる視点も必要である。元々、オンライン診療は「遠隔診療」と呼ばれていた時代から離島、へき地で例外的にスタートした経緯があり、オンライン診療は距離に関係なく、診察できるメリットがある。一方、都道府県を中心とした医師偏在是正14が今年度から始まっており、医師が相対的に少ない「医師少数区域」ではオンライン診療を積極的に活用できるようにする案も想定できる。

このほか、地域医療構想15を含めて近年は医療機関の役割分担を明確にしたり、関係機関の連携を強化したりする必要性が論じられているため、オンライン診療で得られた診察・健康データを地域ごとのEHR(Electronic Health Record)システムなどと連動させる観点も求められる。例えば、A病院で初診を受けた患者がEHRシステムで繋がっているB病院でオンライン診療を希望した場合、初診のデータはA病院とB病院で連携できるため、こうしたケースは初診からのオンライン診療を認める選択肢も考えられる。

ICTの活用を絡めることも重要である。例えば、本人確認に際しては、マイナンバーカードや医療IDの活用が必要であろう。さらに近年はAIを使った診断システムが国内外で開発・実験されており、オンライン診療の懸念材料として指摘されている見落としや誤診のリスクに関しては、AIで対応できる可能性が想定される。こうした技術革新の要素についても制度改正に柔軟に取り組みつつ、規制緩和を弾力的に検討していく必要がある。
 
14 医師偏在是正については、2020年2~3月の「医師偏在是正に向けた2つの計画はどこまで有効か」(2回シリーズ、リンク先は第1回)を参照。
15 地域医療構想については、過去の拙稿を参照。2017年11~12月の「地域医療構想を3つのキーワードで読み解く」(全4回、リンク先は第1回)、2019年5~6月の拙稿「策定から2年が過ぎた地域医療構想の現状を考える」(全2回、リンク先は第1回)、2019年10月31日「公立病院の具体名公表で医療提供体制改革は進むのか」、2019年11月11日「『調整会議の活性化』とは、どのような状態を目指すのか」
 

6――おわりに

6――おわりに

患者の利便性向上や医師の働き方改革を踏まえると、オンライン診療を進める必要性については、恐らく誰も異論を挟まないであろう。しかし、患者―医師の情報格差が大きい医療の特性を踏まえると、単純に初診対面原則を撤廃・緩和すればいいとも考えにくいし、「対面の補完」と固定的に考える必要もない。その際には「コロナの前には戻れない」「新しい生活様式に沿っている」といった議論ではなく、「アクセス、質、コストの3つの面でオンライン診療がどう影響を与えたのか」という点について、もう少し丁寧に検証・議論するする必要がある。

その際には単に患者のアクセス改善とか、初診対面原則の是非に囚われるのではなく、医療制度の基本である患者―医師の信頼関係を構築する観点が欠かせない。オンライン診療はコミュニケーション手段の多様化と理解しつつ、患者―医師の信頼関係を支えるような制度改正を模索する必要がある。
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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

(2020年06月05日「基礎研レポート」)

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