2020年06月05日

オンライン診療を巡る議論を問い直す-初診対面原則の是非だけに囚われない視点を

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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1――はじめに~オンライン診療を巡る議論を問う~

新型コロナウイルスを受けた制度改正として、オンライン診療を巡る規制が緩和された。それまでは初診を対面で対応した患者に限定する「初診対面原則」が導入されていたが、院内感染などを防ぐ観点に立ち、この原則が事実上、時限的に撤廃された。さらに、コロナ収束後の「ポスト・コロナ」、あるいは感染再拡大を意識した「ウイズ・コロナ」を巡る議論ではオンライン診療を拡大させる観点に立ち、特例の恒久化を求める意見が出始めた。

しかし、初診対面原則は本当に不要なのだろうか。さらに、オンライン診療は政策の方法論に過ぎず、単に「コロナの後には戻れない」といったムードに乗った議論ではなく、その目的やメリット、デメリットを整理する必要がある。

そこで、本レポートでは「ポスト・コロナ」「ウイズ・コロナ」を意識しつつ、オンライン診療を巡る議論を問い直す。具体的には、現在は初診対面原則の是非だけに囚われている感があるため、医療制度の議論で良く使われる「アクセス」「コスト」「質」の3点について整理し、質の低下やコスト増を招く危険性を含めて、オンライン診療の利害得失を論じる。その上で、患者の利便性を図るアクセスの側面だけに注目するのではなく、医療制度の基本である患者―医師の信頼関係を構築する方向で、オンライン診療を拡大する制度改正を提案する。
 

2――オンライン診療の現状

2――オンライン診療の現状

まず、オンライン診療の現状を見ることにする。後述する通り、新型コロナウイルスの拡大を受けて規制が緩和されており、現在は図1の通りである。具体的には、最初に患者がオンライン診療を実施している医療機関を把握するところから始まる。現在、厚生労働省のウエブサイト1で対応医療機関のリストが都道府県別に公開されており、例えば東京都であれば1,915医療機関が実施している(2020年6月3日現在)。
図1:オンライン診療の主な流れ 患者がオンライン診療を望む場合、このリストから最寄りの医療機関などを選び、医療機関に電話するなどの方法を通じて、オンライン診療を利用できるかどうか相談する。

その上で、患者は専用アプリや電話などで予約し、パソコンやスマートフォン、電話などで受診する。受診後については、患者がクレジットカードか、銀行振込などの方法で医療機関に自己負担分を支払うほか、薬については、配送か、薬局で受け取ることになる。このうち、配送の場合、患者は薬を出してもらう最寄りの薬局を医療機関に伝えた上で、診察後に薬局にも連絡し、電話やオンラインによる服薬指導を受けた後、薬が配送される。

こうしたオンライン診療は今回、新型コロナウイルスへの対策として、かなり思い切って規制が緩和された。具体的には、初診を対面で診察した医師に限定するよう義務付ける「初診対面原則」が事実上、撤廃されたのである。

では、どのようなプロセスで初診対面原則は撤廃されたのだろうか。この点を探る上では、保険診療として初めて本格的に認められた2018年度診療報酬改定に遡る必要がある2
 
1 厚生労働省ウエブサイト「新型コロナウイルス感染症の感染拡大を踏まえたオンライン診療について」。
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryou/rinsyo/index_00014.html
2 なお、ここでは詳しく触れないが、オンライン診療の歴史は元々、1987年12月の通知に遡る。ここでは遠隔診療を直接の対面診療を補完と位置付けるとともに、初診や急性期の疾患については直接の対面診療を義務付けた。さらに 対象に関しても、離島やへき地の住民、慢性期疾患の患者など病状が安定している患者に限定していた。地域・分野限定で規制緩和などに取り組む「国家戦略特区」の枠組みでも、2018年6月から愛知県、兵庫県養父市、福岡市で遠隔服薬指導に関するプロジェクトが始まった。
 

3――オンライン診療の制度改正を巡る経緯

3――オンライン診療の制度改正を巡る経緯

1|2018年度以降の動き3
2018年度診療報酬改定ではICTを医療現場に導入するため、オンライン上の診察を保険診療として認める「オンライン診療料」などが創設された。その際、診療報酬の細目を議論する中央社会保険医療協議会(中医協、厚生労働相の諮問機関)の席上、日本医師会が「顔色も息遣いも雰囲気も表情も、その時の状況も全て対面」「どんなにICTが発達しても、(筆者注:対面診療の)補完。医療の本質は変わらない」と主張した4ことで、少しずつ対象を拡大する漸増主義的な手法が採用され、保険診療の算定に際しては、図2のような厳しい要件が設定された。
図2:オンライン診療を巡る経緯
こうした規制緩和を踏まえ、福岡市と連携したベンチャー企業の新事業などの事例が生まれたが、全般的には参入事例が少ないとして、2020年度診療報酬改定では要件の緩和が論じられ、事前の対面診療期間を6カ月間から3カ月間に縮減するとともに、対象疾患に慢性頭痛を追加するなどの制度改正が決まった。さらにオンラインを使った外来患者への服薬指導も診療報酬で手当てされた。

ただ、新型コロナウイルスの拡大を受け、状況が一変した。院内感染、あるいは患者が医療機関に殺到することで必要な医療が提供されなくなる「医療崩壊」を防ぐ手段として、オンライン診療に期待が集まったためである。これを受けて、厚生労働省としても2~3月の間に段階的に規制を緩和していた5が、3月31日の経済財政諮問会議(議長:安倍晋三首相)で安倍首相がオンライン診療を拡大するよう指示6。これを受けて、厚生労働省は4月2日の検討会で、限定的に初診対面原則を緩和する案を示した。

しかし、政府の規制改革推進会議(議長:小林喜光三菱ケミカルホールディングス会長)は「今までの延長線上の物の考え方。危機的な状況なのに、いろいろなところに配慮して、なかなかクリアカットな施策が出てこない」と批判7し、一層の規制緩和を求めた。

最終的に4月7日に閣議決定された「新型コロナウイルス感染症緊急経済対策」では「国民・患者が安心して医療を受けることができるよう、初診も含め、電話や情報通信機器で医療機関へアクセスし、適切な対応が受けられる仕組みを整備する」という方針が盛り込まれた。その後、4月10日の中医協で診療報酬の単価や基準などが決まるとともに、通知が発出された。

つまり、オンライン診療の対象について、日本医師会など関係団体が参加する中医協での利害調整を経て、少しずつ拡大してきたものの、新型コロナウイルスの拡大で一気に規制が緩和されることになり、厚生労働省と日本医師会の反対を押し切る形で、時限的緩和とはいえ、初診対面原則が事実上、撤廃されたと言える。

さらにコロナ収束後の「ポスト・コロナ」、あるいは感染再拡大を意識した「ウイズ・コロナ」を見据えつつ、時限的緩和の継続を求める意見が政府内で出始めた。次に、その動きを見て行こう。
 
3 2018年度から初診対面原則の撤廃までの流れについては、2020年4月24日の拙稿「2020年度診療報酬改定を読み解く」を参照。
4 日本医師会の中川俊男副会長による発言。2017年1月11日の中医協総会議事録を参照。
5 具体的には、2月28日の事務連絡で、▽慢性疾患などを治療している患者を電話やオンラインで診察し、治療薬を処方すること、▽薬剤師が調剤後に医薬品を患者に送付し、電話やオンラインで服薬指導すること――を認めていた。さらに3月19日の事務連絡でも、既に診断して治療を始めている慢性疾患を有する患者の発症に対し、電話やオンライン診療による薬剤の処方を認めるなどの規制緩和を実施していた。
6 2020年3月31日経済財政諮問会議議事要旨。
7 2020年4月13日『週刊社会保障』、4月3日『m3.com』配信記事。
2|国家戦略特区諮問会議のやり取り8
オンライン診療をはじめ社会のあらゆる分野で遠隔対応を一気に進めることで、未来を先取りするような新たな日常を作り上げていきたい――。5月19日に開催された国家戦略特区に関する諮問会議(議長:安倍首相)の席上、安倍首相はこう述べた。

国家戦略特区とは地域・分野限定で規制緩和や税制優遇に取り組む制度。つまり、「ポスト・コロナ」「ウイズ・コロナ」を想定した「新たな日常」の中で、国家戦略特区の枠組みを使いつつ、オンライン診療の拡大を模索した発言と言える。

実際、諮問会議では有識者から「新型コロナウイルスが収束した後においても現行のオンライン診療を可能にし続けるべきであると考えます。(略)規制の一部を元に戻すには、よほど十分なエビデンスが必要だと考えます」といった意見が示されたほか、国家戦略特区でオンラインの遠隔診療・遠隔教育に取り組んでいる兵庫県養父市の広瀬栄市長が「今後とも継続して初診を含めたオンライン診療を可能とする制度」を提案した。続いて大阪府の吉村洋文知事も「軽度の慢性的な疾患において、待ち時間なしで診察ができる。オンライン診療を選択したい府民の選択が可能になる。自宅で全国の医療機関の受診が可能になる」と発言。初診対面原則の緩和・撤廃にはダイレクトに言及しなかったが、オンライン診療の「一層の拡充」を要請した。

ここでの焦点は「規制の一部を元に戻す」「初診を含めた」という部分である。つまり、国家戦略特区の諮問会議としては、規制の一部を元に戻したくない、つまり初診対面原則を撤廃する時限的な対応を「ポスト・コロナ」「ウイズ・コロナ」でも継続するよう訴えたわけだ。
 
8 この項目は2020年5月19日国家戦略特別区域諮問会議(議事要旨)を参照。
3|経済財政諮問会議のやり取り9
5月29日に開催された経済財政諮問会議でもオンライン診療が話題に上った。まず、有識者議員が「全国で14,500超の医療機関がオンライン診療に対応しており、オンライン診療は進み始めている」「東京都におけるオンライン診療の普及率(12.9%)は全国平均(13.2%)を下回る一方、約5割の897医療機関が初診から対応している」とする資料を提出するとともに、「オンライン診療等の高度化の重要性が再認識された。感染の終息に全力を挙げつつ、並行して、今回の経験をしっかり分析・評価し、強靭かつ柔軟、安心できる社会保障の構築に向けて改革を推進すべき」と訴えた。

これに対し、安倍首相は「新たな日常の構築により、質の高い経済社会の実現を目指してまいります」「新たな日常の定着・加速に向けて、既に見られ始めている日本社会の進化を元に戻さない」「世界がコロナの時代の新たな日常に向けた取組を模索する中で、我が国がそのフロントランナーとなることが重要」と述べた。

以上の発言を踏まえると、経済財政諮問会議でも「ポスト・コロナ」「ウイズ・コロナ」を想定した「新たな日常」に言及しつつ、オンライン診療の在り方が問われていることが分かる。今後、経済財政諮問会議を中心に、骨太方針(経済財政運営と改革の基本方針)の策定作業が進む中、初診対面原則の是非を含めて、オンライン診療は一つの焦点になりそうだ。
 
9 この項目は2020年5月29日経済財政諮問会議資料、議事要旨を参照。
4|何のためにオンライン診療が導入、拡充されたのか
では、オンライン診療は一体、何のために進められて来たのか。現在の議論を見ていると、初診対面原則の是非だけに関心が集まっており、「どうしてオンライン診療を進めなければならないのか」という「そもそも論」が抜けている印象を持つ。

そこで、2018年度診療報酬改定に向けた基本方針を見ると、「ICT等の将来の医療を担う新たな技術の着実な導入」という項目は「医療従事者の負担軽減、働き方改革の推進」の一つに位置付けられている。さらに大阪府の吉村知事が論じている通り、オンライン診療が普及すれば、患者は自宅で問診などを気軽に受けられるようになるほか、待ち時間の短縮で患者の利便性も向上する。

これに対し、新型コロナウイルスを受けた時限的緩和は院内感染や医療崩壊を防ぐための手立てであり、コロナ後も継続すべきかどうか再考の余地がある。

もちろん、依然として院内感染のリスクは残っている上、今後も感染が拡大する危険性を踏まえれば、オンライン診療を活用していくことは必要と考えるが、医療崩壊の危機を一先ず乗り切った状況で、時限的緩和を恒久化する意味がどこにあるのか考え直す必要がある。

そこで、以下では初診対面原則の是非をいったん脇に置き、医療制度改革の議論で頻繁に使われる「鉄の三角形」(The Iron Triangle of Health Care)を用いて、オンライン診療の利害得失を再考することにしたい。
 

4――オンライン診療の利害得失を再考

4――オンライン診療の利害得失を再考

1|医療を巡る鉄の三角形
一般的に医療制度を考える時、「アクセス」「コスト」「質」の3つが判断基準として使われ、往々にしてトレードオフの関係になるため、「鉄の三角形」と呼ばれる時がある10。つまり、患者にとっての利便性を向上させれば、医療サービスを使う人が増えてしまうため、医療費を押し上げることになる一方、コストを減らせば医療サービスのアクセスが悪化したり、質が低下したりする危険性がある。このため、医療制度改革を考える際には、3つがバランスする部分、分かりやすい言葉で評すると「丁度いい水準」を模索する必要がある。

さらに、医療は通常の財やサービスと異なる側面が多い。例えば、夕食にカツ丼を選ぶか、カレーを頼むか考える際、消費者はカツ丼やカレーを食べることによる満足(効能)を事前に予想できるが、医療では患者―医師の間で情報格差が大きいため、患者は医療の質を事前に予想できない。さらに、医療には不確実性や個体差を踏まえた対応が欠かせず、患者だけでなく、医師も不確実な意思決定を強いられている。このため、医療制度改革に際しては、患者―医師の信頼関係を構築できるようなシステムが望ましいと考えられ、オンライン診療が患者―医師の信頼関係にどう影響するのかという点も意識する必要がある。

以下、初診対面原則の是非に囚われずに議論を進めるため、患者―医師の信頼関係への影響を視野に入れつつ「アクセス」「質」「コスト」の3点について、オンライン診療の利害得失を論じる。

なお、以下は新聞や雑誌、ネット媒体などに出ている医師の声11に加えて、筆者自身がSNSやセミナーなどで見聞きした医師や患者の声を参考にしているが、煩雑さを避けるため、全てについて出典を明らかにしない。
 
10 William L.Kissick(1994)“Medicine’s Dilemmas”Yale University Press, pp1-10.
11 2020年6月1日『AERA』、5月20日『北海道新聞』、5月17日『京都新聞』『下野新聞』、5月15日と8日『m3.com』配信記事、5月4日『大分合同新聞』、4月24日『朝日新聞』ウエブサイトを参照。
2|アクセス
まず、患者にとってのアクセス改善である。患者から見れば、医療機関に行くまでの時間やコストが不要になり、気軽に自宅で受診できるようになる点で言えば、オンライン診療が患者の利便性向上に繋がることは容易に想像できる。中でも、先に触れた吉村知事の発言に見られる通り、軽度な慢性疾患の患者に対する状態把握や問診、常用している薬の処方はオンライン診療に適している。

さらに医師サイドから見ても、「待ち時間や通院までにかかる時間を削減できるだけでなく、患者と会話をする時間が十分に確保できることも大きなメリット」という指摘が出ており、アクセスの改善は患者、医師の双方にとってメリットを期待できると言える。

しかし、必ずしもアクセス改善がコストや質に良い影響を与えるとは言い切れない。例えば、先に触れた通り、アクセスが良くなると受診回数が増加し、医療費を増やす方向に働きかねない。さらに、患者のオンライン診療の利用が不必要に多くなり過ぎれば、医療現場への負荷も大きくなる危険性がある。患者が多くの医療機関をハシゴする「ドクター・ショッピング」が増えれば、患者―医師の信頼関係の構築が難しくなる点にも留意する必要がある。
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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

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