2020年06月05日

Withコロナ時代のチャイナリスク

三尾 幸吉郎

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1――新型コロナ禍とチャイナリスク

米国に次ぐ世界第2位の経済大国となった中国は、「中国の特色ある社会主義」を掲げて中国共産党による国家の指導(中国語では「領導」)を正当化するとともに、その指導は国内企業ばかりか日系の現地企業にも及び、「国家資本主義」と称される異形の経済運営をしている。欧米先進国でビジネス展開する場合には、資本主義、民主主義、財産権の保護、法の支配、言論の自由など基本的枠組みに共通点が多いため馴染みやすいが、中国でビジネス展開する場合には、中国特有のリスク(チャイナリスク)を理解しておく必要がある。

チャイナリスクには、マクロ経済的なリスクとミクロ経済的なリスクの2つがある。前者は中国経済が変調をきたして、中国発で日本を含む世界経済を大きく揺さぶるようなケースで、最近では2015年に起きた中国株のバブル崩壊があてはまる。後者は中国ビジネスを展開する日系など外資系企業が、中国の異形な政治・経済・社会的要因により不利益をこうむるリスクで、知的財産権の侵害や模倣品問題、行政手続きの不透明性、ストライキ・賃上げなどの労務問題、輸出制限や輸入品に対する高関税、中国製品・食品の安全性問題、政治的に対立したときに起きるデモや不買運動などがある。最近では2012年に起きた日本政府による沖縄県・尖閣諸島の国有化に端を発する反日デモが記憶に新しい。

そして、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的大流行(パンデミック)でWithコロナ時代が到来し、それが折からの米中対立の火に油を注ぐこととなってきたことから、改めてチャイナリスクを再考してみることとしたい。
 

2――マクロ経済的リスクの巨大化と日本経済

2――マクロ経済的リスクの巨大化と日本経済

第一に挙げられるチャイナリスクの変化としては、中国経済が日本に与えるマクロ経済的なリスクが巨大化してきたことがある。今回の新型コロナ禍で中国経済は、19年10-12月期の前年同期比6.1%増から20年1-3月期には同6.8%減へと急ブレーキが掛かった。これを受けて中国の輸入(ドルベース)は10-12月期の前年同期比3.4%増から1-3月期には同2.9%減へ一気にマイナスに転じた。そして、日本からの輸入も前年同時期より4.8%も減少した。日本から見た中国向け輸出は全体のおよそ2割を占めるだけにその影響は大きい。

また、新型コロナ禍で海外からの旅行者が激減することとなった。日本政府観光局(JNTO)が発表した統計によると、20年1-4月期の訪日外客数は394万人余りで、前年同期比64.1%減となり、これまで増加傾向にあったインバウンド関連消費に急ブレーキが掛かった。特に中国本土からの旅行者は激減しており、この4月はたったの200人だった。19年に訪日した外客数は約3188万人で、うち959万人余りが中国本土からの来訪者で、全体の約3割を占める[図表-1]。また、中国本土からの旅行者は1.69億人で、うち訪日は5.7%を占めるに過ぎず、しかも09年に4,766万人だった旅行者がこの10年で3.5倍に増えていたことから、新型コロナ禍が無ければまだ増えた可能性もある[図表-2]。

中国経済が変調をきたして日本経済に悪影響を及ぼす事態はこれまでも何度かあったが、ここまで大きな影響を与える状況になったと改めて認識するとともに、巨大化した中国のマクロ経済的なリスクへの備えが、その重要性を増している。
[図表-1]訪日外客数(2019年)/[図表-2]中国本土からの旅行者数の推移

3――中国に依存し過ぎた日本企業のサプライチェーン

3――中国に依存し過ぎた日本企業のサプライチェーン

[図表-3]世界の自動車生産シェア(2019年) 第二に中国生産に依存し過ぎたサプライチェーンのリスクである。新型コロナ禍が世界に蔓延していく過程では、どの国でもマスク、ゴーグル、防護服などの医療物資の需要が急激に増えたため、欧米先進国を含む各国が自国民の健康を守るために輸出規制を発表、世界は供給不足に陥った。特に、中国に生産の大半を依存していたマスクは、欧米先進国が値を吊り上げて大量調達に動いたこともあって、日本ではほとんど調達できない状況に陥った。そして、日本の安倍首相は4月29日、「国民の健康に関わる重要な物資の生産、サプライチェーンは国内で確保することが重要だ」と述べている。

同様のリスクは自動車産業でも顕在化した。新型コロナ禍が爆発的感染を起こした武漢は、自動車産業の有力な集積地で、日系自動車メーカーの多くが工場を構えていた。その武漢で新型コロナ禍が猛威を振るったため、旧正月(春節)連休に入る直前の1月23日、中国政府は全土への感染拡大を防ぐため公共交通機関の運行を停止し、高速道路も閉鎖して、武漢を都市封鎖(ロックダウン)する措置に踏み切った。しかし、新型コロナ禍の猛威は留まることを知らず、操業再開は先へ先へと延期されることとなった。また、その影響は中国国内にある工場だけでなく日本にも及んだ。武漢の工場が操業停止したため日本にある工場にも部品が供給できなり、減産を余儀なくされた。同様の事象は韓国や遠く離れた欧州の工場でも起きた。自動車を完成させるには3万点以上といわれる部品のひとつでも欠くことができない。ジャスト・イン・タイムで在庫をギリギリまで削減し、国際的な価格競争に打ち勝つためコストを極限まで切り詰めたサプライチェーンは、極めて効率的な生産体制だったが、新型コロナ禍にその弱点をつかれることとなった。世界の自動車生産の3割を占めるようになった中国は、米国を遥かに超える巨大な自動車市場となっており、中国を抜きに自動車市場は語れなくなっているが、過度に依存するリスクを再認識せざるをえなくなった[図表-3]。

もうひとつの例が「アビガン」である。アビガンは富士フイルム富山化学が開発した抗インフルエンザ薬だが、新型コロナウイルス感染症に対する治療効果が期待できるため、日本政府は増産を指示した。ところが、日本の製薬会社は国内で原料を製造するとコストが高くつくため原料生産の多くを中国、インド、韓国などに依存する体制となっていた。そして、アビガンのように日本が開発した薬であっても、機動的に増産することができないという現実に直面することとなった。これまで日本企業は生産効率を最大限まで引き上げるべくグローバリゼーションを進め、2012年に中国で起きた反日デモに際してはリスクを軽減するためチャイナプラスワンに軌道修正するような対応をしてきたが、新型コロナ禍で世界各国が自国優先に走るのを目の当たりにして、このままで良いのか、サプライチェーンの再考を迫られることとなった。
 

4――新型コロナ禍で激しさを増す米中対立と日本

4――新型コロナ禍で激しさを増す米中対立と日本

第三に新型コロナ禍で激しさを増した米中対立に関わるリスクである。米中両国は20年1月15日、貿易交渉を巡る“第1段階の合意”に至った。しかし、新型コロナ禍が中国の武漢で爆発的感染を起こし、それが世界に波及して猛威を振るい、米国では中国を遥かに超える感染者や死亡者を出すこととなった。そして、トランプ米大統領はツイッターで「中国ウイルス」と連呼し、ポンペイオ国務長官は「このような過ちには大きな代償を伴うことを中国共産党に思い知らせてやらなければならない」として、トランプ米政権は新型コロナウイルス拡散に対する損害賠償を中国に求めるような動きがある。一方、中国では120年前の義和団の乱で清朝が列強から押し付けられた賠償金を思い起こし、強く反発している。中国外務省の華春瑩報道官は、「武漢が都市封鎖された1月23日、米国が公表した感染者は1人だった」「2月2日、米国が中国に対し国境を閉鎖した際、米国の公式統計では感染者はわずか11人だった」「3月13日、米国が非常事態を宣言した際、米国内の感染者は1264人だった」「4月4日、中国が武漢の「都市封鎖」措置を解除した際、米国内で確認された感染者は40万人に達した」「米国内の感染者が1人から100万人になるのに100日足らずだった」といった事実を列挙した上で、「この100日間に米政府はいったい何をしたのか」「十分反応し、対応した国があるのに、なぜ米国は感染を今日のレベルまで広げたのか。米国には何ら反省すべき点はないというのだろうか」「なぜ米国は世界で最も早く武漢の総領事館の館員を引き揚げさせたのか」「米国疾病対策センターが最近発表した報告書は、検査規模が限られたことで潜在的感染などの問題を招き、2月から3月にかけ米国で感染が急速にまん延したと明確に指摘している。これも中国の誤りのためなのか」と述べて反論している。

そして、米国は中国企業を排除する動きを強めた。米国商務省産業安全保障局(BIS)は5月15日、中国の華為技術(ファーウェイ)と関連企業114社への輸出管理を強化することを明らかにした。この変更に伴って、BISが指定したエンティティー・リスト(EL)上の主体に、米国の技術・ソフトウエアを用いて米国外で製造した製品の再輸出などを行うことが困難になった。こうした動きを背景に、米中対立の最前線にある台湾では、米国の規制に抵触することを恐れた台湾積体電路製造(TSMC)が、新たにファーウェイから半導体受託生産を請け負うのを止めたり、中国外で生産することを求める顧客が増えたことを背景に、製造拠点を中国外へ移転させたり動きを加速している。
[図表-4]日米中の国際特許出願の推移比較 一方の中国は、特定の米国企業を締め出すような“中国版EL(エンティティー・リスト)”の導入には今のところ慎重だが、米国など他国に頼らず自らの力で立ち上がろうと“自力更生”に動き出し、科学技術力を高めてきている。中国は2015年に打ち出した「中国製造2025」で半導体産業の育成に乗り出したが、ここもと国有半導体大手である紫光集団傘下の紫光展鋭(UNISOC)や中国半導体受託生産大手である中芯国際集成電路製造(SMIC)を支援して技術力・生産力の増強に動いている。そして、中国は科学技術力を着実に高めてきており、国際特許出願を見ると2019年には米国に並ぶまでになった[図表-4]。そして、中国がさらに科学技術力を高めれば、“中国版EL”を導入に踏み出して、米国がファーウェイを締め出したように、中国が特定の米国企業を締め出すような事態に陥る恐れも排除できない。日本企業は、米中対立が激しさを増す中で、米中どちらに与するのか“踏み絵”を迫られるような場面がこれまで以上に増えることになりそうだ。
 

5――Withコロナ時代のチャイナリスクと日本

5――Withコロナ時代のチャイナリスクと日本

以上のように、今後の日本は、新型コロナ禍がつきまとうWithコロナ時代に突入し、中国経済のマクロ経済的な影響力が巨大化する中で、米中両国の覇権争いが激化して産業デカップリング(切り離し)が進むという環境の下におかれると予想される。

こうした環境下で日本は、政治面では同盟国である米国との協力を最重視するのはもちろんだが、経済面で緊密な関係にある中国とも決定的な対立を避ける必要がある。しかし、それを日本一国で実践するのは心許なく有力なパートナーが必要だ。その点、EUや英国の立ち位置は日本と似ているため、日本はEUや英国と意思疎通を図り協同して米中両国の自国第一主義と対峙していくのが有効だろう。そして、米中デカップリングが進む中でのグローバル戦略は“地産地消”という基本に立ち返り、巨大化した中国市場向けには中国で生産し、それ以外の市場向けには中国企業抜きで生産するというような米中新冷戦の時代に適合したサプライチェーンの再構築が必要となってくるだろう。

なお、新型コロナ禍では、今回のような緊急事態になると、どの国も自国優先となり他国は後回しになるという残酷な現実が明らかとなった。日本としては、国民の安全を守るために最低限必要な医療機器や物資に関しては、コスト高を覚悟した上で国内生産に切り替えるべきではないか、国を挙げた議論をする必要があるだろう。それは食糧やエネルギーなど国民の安全を守る上で最低限必要なもの全般に言えることでもある。
 
 

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三尾 幸吉郎

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(2020年06月05日「基礎研レター」)

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