コラム
2020年05月25日

緊急事態宣言 完全解除-感染防止と経済再開の新しい両立の道を目指す

総合政策研究部 常務理事 チーフエコノミスト・経済研究部 兼任 矢嶋 康次

総合政策研究部 准主任研究員 鈴木 智也

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1――約2か月にわたる緊急事態宣言は解除

政府は5月25日、首都圏の4都県および北海道に発令されている緊急事態宣言の解除を決定する見込みだ。解除後も、過去にクラスターが発生した施設や3密のある場所への外出は、極力避けるように求められるものの、国民生活の正常化に向けて経済活動を再開させていくことになる。

これまでの外出自粛により国内の最終家計消費支出は、少なくとも約15兆円(対GDPで▲2.8%程度)消失したと推計される。今後、経済活動が再開されるのに伴って、消費水準は徐々に戻ると予想されるが、入場規制や座席数の削減といった措置は感染防止策として取らざるを得ず、コロナ危機以前の水準まで回復するには長い時間が掛かると見られる。実際、Googleなどが公表している人の移動状況を示すモビリティーデータを見ると、5月に入って国内外で人出は徐々に戻り始めているが、コロナ危機以前の水準に比べると開きがある[図表1]。これを見ると、社会全体の稼働率が急回復すると期待することは難しそうだ。
[図表1]交通機関における人の移動状況
ワクチンが早期に開発されて、世界に広く供給されるという「V字回復」の前提が揃わない中では、コロナとの共存を考えた「新たな生活様式」を模索せざるを得ず、社会全体が「Withコロナ」の新状態に適応することが活動水準を上げるためのカギになる。企業にとっては、その適応能力が運命を分けるものとなるだろう。

2――感染防止と経済活動の再開のフェーズに、withコロナの適応が社会、企業、個人に求められる

緊急事態宣言は、ある意味「ショック療法」だ。今回、全ての都道府県で緊急事態宣言が解除されることになり、コロナ禍における対策は「フェーズII」へと移る[図表2]。すなわち、経済を完全停止させてでも防疫対策を優先する「フェーズI」から、感染防止と経済活動の両立を目指す段階への移行だ。ここからは、ウイルスとの共存を図りながら時間を稼ぐ戦略へとシフトする。さらに「フェーズIII」へと移行するには、(1)有効なワクチンの開発、または、(2)治療法の確立が必要だ。

厄介なのは、「フェーズIII」へと移行するのにどれだけ時間が必要か、分からないことだ。感染の第2波や第3波が来た場合には、防疫対策を最優先にしなければならない「フェーズI」へと逆戻りする可能性も高く、流動的な事態への対応を求められる難しさがある。
[図表2]新型コロナウイルスへの対応
[図表3]は、政府がこれまでに実施してきた主な政策を整理したものである。徐々にではあるが、金融市場、企業、家計の各部門に対して、時間的な猶予を作る政策が打ち出されて来た。6月17日までを会期とする今国会において成立を目指す第2次補正予算には、中小企業に対する劣後ローンや優先株による資本注入などを可能とする仕組みの導入が追加された。まさに長期戦に向けて手を打つものだと言える。ただし、これまでに用意された政策の実施スピードは、未だ上がってはいない。「フェーズII」において人々に安心感を与えるだろう医療や検査体制の構築でも、海外に比べて見劣りするのが現状だ。引き続き、質量ともに改善すべき点は多い。

コロナ禍の収束が見通せない中で、海外との経済の再開は相当先になると予想される。2013年以降にインバウンド需要で急成長してきた産業は、この先も厳しい状況が継続しそうだ。また、3密対策が必須となる業界では、「Withコロナ」の新状態に則したビジネスモデルへの転換が必要になる。経済が再開したとしても、直ぐに新しいビジネスモデルへと転換できる企業は僅かであり、多くの企業では模索の時間が続くことになるだろう。
[図表3]政府政策の概要
今回のコロナ禍と対比されるリーマンショックでは、生産の動きが危機前の水準をほぼ回復するまでに2年近い時間が掛かった[図表4]。現在の当社予想では、GDPがコロナ禍以前の水準に戻るのは2022年度以降になると見込んでいる。その間に、社会全体の供給能力を落とす倒産や失業も相次ぐと予想され、企業や国民生活を支える政策は、今後、益々重要になると見られる。
[図表4]リーマン・ショック時の推移

3――Afterコロナを見据えたデジタル化は進めるべき

今回のコロナ危機は、影響があまりにも甚大だ。そのため、現在取っている政策が、将来的に困った問題を引き起こす可能性は、十分に考えられる。

例えば、現状でも1,000 兆円を超える巨額の累積債務を抱える財政の問題だ。筆者は、コロナ禍に対する財政政策については、十分な規模で実施していくことが肝要であると考える。規模を抑えることで対応が後手に回り、不十分な対策しか打てずに、社会経済に壊滅的な影響が及べば、取り返しがつかない。対策には、かなりの支出を覚悟すべきだろう。しかし、危機を乗り越えた後には、国も民間も過剰な債務による問題を確実に抱える。また、過去の危機時にも浮上したように、ゾンビ企業の問題も出てくると見られる。企業への資本増強などの支援にあたり、本来市場から退場すべき企業を国の支援により助ける必要があるのか、との議論が出て来ることも予想される。しかし、残すべき企業と退場を促すべき企業を危機の真っただ中で選別することは難しい。そのような意味で、現在取るべき政策と将来あるべき姿との間には、利益が相反する問題が数多く存在している。

ただ今回の危機では、日本全体のデジタル化が、諸外国に比べて周回遅れになっているという事実が、改めて認識される結果となった。社会のデジタル化は、コロナ禍への対応という意味でも、将来の成長を目指すうえでも矛盾しない、極めて重要な問題だ。この点については、直ぐにでも具体的な行動に落とし込んでいかなければならないだろう。

6月は、毎年「骨太の方針」が打ち出される季節でもある。今年は、コロナへの対応が中心となるため、社会保障改革などの議論は先送りされるものが出て来るだろう。しかし、デジタル化に関する問題だけは、数年で達成を目指すというような悠長なことは許されない。民間は、生き残りを掛けてデジタル化を急ピッチで進めている。その中で行政や公的部門が、未だアナログな仕組みを当たり前にするようでは、民間の生き残りに向けた動きを阻害し、この危機を乗り越えることも困難にする。今回の骨太では、これまで検討に留めていたものや、将来の達成時期だけが示されてきたものが、今年でやりきるといった強い姿勢に変わるかどうかが注目される。
 
 

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総合政策研究部

矢嶋 康次 (やじま やすひで)

総合政策研究部

鈴木 智也 (すずき ともや)

(2020年05月25日「研究員の眼」)

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