コラム
2020年04月24日

事業会社への資本注入-危機対応として制度の準備は必要

総合政策研究部 常務理事 チーフエコノミスト・経済研究部 兼任 矢嶋 康次

総合政策研究部 准主任研究員 鈴木 智也

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新型コロナウイルスによる経営破綻が、ついに現実になり始めた。感染拡大の影響で深刻な経営難に陥っていた豪航空大手ヴァージン・オーストラリアが、事実上の経営破綻に追い込まれた。同社は、もともと格安航空会社(LCC)等との競争が激化したことで業績不振に陥っていたが、新型コロナウイルスによる需要の急減が追い討ちをかけた格好だ。

今や、新型コロナウイルスによる感染は世界規模に拡大し、各国で移動制限や休業自粛といった措置が取られている。これだけ大規模かつ長期に渡って経済がフリーズすると、企業の現金流出は、コストカットなどの止血策だけでは間に合わず、早晩、多くの企業が資本不足に陥る事態が訪れると予想される。

既に米国では、先んじて事業会社への資本注入などの政策を動かし始めている。たとえ、将来活用することがなかったとしても危機管理の観点から、日本においても「資本注入」の議論をはじめ、既存のスキーム活用を含む制度を準備しておくことは必要だろう。

1――米国は、すでに事業会社への「資本注入」に動く

米連邦準備理事会(FRB)は4月9日、新たに2兆3,000億ドルの資金供給を実施することを公表した。格付けが下がった企業の社債を購入し始めるほか、資金繰り難に陥った中小企業を支援するため、民間銀行を通じた間接融資にも踏み込む。これらの措置は、3月末に政府と議会が合意して成立させた経済対策に基づくものであり、中央銀行としては極めて異例の措置となる。さらに、危機感を強める米国政府は、ピンポイントで事業会社の資本政策にまで踏み込む支援を始めている。

米航空大手各社は4月14日、米国政府から総額500億ドルもの支援を受け取ることで合意した。この合意により大手各社は、給与補償のための支援金と無担保・低利といった有利な条件で融資を受けることが可能となる。支援を受けるための条件は、9月末まで従業員の雇用を維持することや団体交渉合意の変更ができないことのほか、自社株買いや役員報酬および配当への制限を受け入れることに加え、支援総額の10%に相当する株式の米国政府による取得を受け入れることなどである。米国政府の株式取得は「新株予約権(ワラント)」の割り当てとなる。新株予約権は、将来、予め設定された条件で株式を購入できる権利のことであり、業況が回復した株高局面において売却することにより、利益が得られる。このスキームは、2008年のリーマン・ショック時にも採用されて成功した手法であり、このとき米国政府は、最終的に投じた金額以上の売却額を確保している。

この手法を用いることのメリットは2つある。1つは、債務増加による財務体質の悪化を最小限に抑えることができるため、事態の収束後にいち早く動き出すことができる点にある。特に今回の危機では、世界各地で同様のことが起こっているため、財務体質が良好な企業ほど、回復に手間取る世界の優良企業に対し、積極的に買収を仕掛けていくことができる。そのような企業は、今後の競争力の面でも優位に立ち、危機からのV字回復も実現しやすくなると考えられる。2つ目は、政府サイドから見て、財政赤字の縮小を短期間に果たせる点にある。企業支援に融資だけでなく、一部でエクイティを用いることにより、市場での売却を通じた早期の資金回収が可能となる。新型コロナウイルス対策で大規模な財政出動を行っていることから、財政健全化は危機後の大きなテーマにとなることは間違いなく、迅速な資金回収は大きな助けになるだろう。

2――日本も、危機対応の観点から「資本増強策」の議論を開始すべき

日本企業の内部留保は海外に比べて厚く、最近まで内部留保課税の議論が持ち上がるなど、特別な資本増強策を準備する必要はないとの意見も聞かれる。しかし、感染拡大の収束時期は見通せず、自粛の長期化がほぼ避けられない現状を踏まえれば、特に資本調達の難しい中小企業や特定業種の大企業には、何らかの支援制度を準備しておく必要がある。資本注入の必要な業種や企業を絞り込み、日本政策投資銀行や産業再生支援機構などの既存スキームの活用も含め、資本増強に関する議論を始めておくべきだろう。この制度が用意されているか否かで、将来の企業存続や雇用維持、危機後のV字回復後における日本の成長率に至るまで変わる可能性があり、先手を打つ政策が、今こそ求められていると言える。

日本では危機収束後、中小企業ができるだけV字回復の軌道に乗れるよう、財務的な体力を維持させることが重要であると考える。国内における会社企業のうち約155万社は、資本金1億円未満の中小零細企業である1。これら企業の立ち直りが遅ければ、その分だけ日本経済の回復も遅れてしまう。なお、企業の財務体力を図る指標としては、純資産を総資産で割って求める自己資本比率がある。国内企業全体の自己資本比率は、2019年末に43.7%2と直近10年間で7.7pt上昇してきた[図表1]。全体としてみれば、リーマン・ショック時に比べて格段に危機への耐性は高まってきたと言えるが、企業規模別にみると、資本金1,000万円以上1億円未満の中小企業は41.8%であり、資本金10億円以上の大企業の45.3%に比べると心許ない。事態の収束時期が見通せない中、大企業でも財務の悪化が懸念される状況であり、中小企業においては尚更だろう。足元では、永久劣後ローンによる中小企業への資本増強といった提言3も出て来ている。筆者も、現実的かつ効果的な策であると感じている。

新型コロナウイルスとの戦いが長期戦を余儀なくされつつある現状を踏まえれば、資本注入などの資本増強策の必要性はかなり高まっている。現状は、リーマン・ショックを遥かに超える危機の直中にあり、対策を打ち出すスピードが何よりも求められている。既存スキームの活用に加えて、新たな枠組みの創設など、様々な方策について議論を開始しておく必要があるだろう。
[図表1]日本企業の貸借対照表(BS)
 
1 総務省統計局「経済センサス 活動調査」(2016年)
2 財務省「法人企業統計調査」
3 日本経済新聞社「(コロナ危機 私の提言)中小支援、永久劣後ローンで5兆円」(2020.04.03)
 
 

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矢嶋 康次 (やじま やすひで)

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鈴木 智也 (すずき ともや)

(2020年04月24日「研究員の眼」)

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