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- コロナ危機でブレグジットはどうなるか?
2020年05月08日
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新型コロナウイルス(以下、新型コロナ)の世界的な感染の拡大によって、今夏の東京オリンピック・パラリンピックを始めとする世界的なスポーツ・イベントや、11月に英国のグラスゴーで開催予定だった第26回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP26)など国際会議は日程変更を迫られている。スポーツ・イベントでは、テニスのウィンブルドン選手権のように中止となるものもあり、国際会議は主要7カ国(G7)や主要20カ国・地域(G20)サミットなどテレビ会議形式で行われるケースも増えている。
今年1月末に実現したEU離脱(ブレグジット)後の英国とEUの将来関係協定の協議も、コロナ危機以前に想定されていた日程、形式で行うことが難しくなっている。
現在、英国とEUの関係は、「移行期間」として基本的に離脱前と同じ状態が維持されているが、英国政府にとっては居心地の悪い状態でもある。英国は、EUの閣僚理事会や首脳会議に参加せず、欧州議会に議席も持たず、欧州委員会の委員も輩出していない。つまり、英国はEUの意思決定に影響力を行使できないが、EUの法規制は受け入れ続けなければならない。離脱したものの、主権を制限された状態が続いている。
英国とEUの協議は、6月までに集中協議をする過密日程が組まれていた。20年末までの「移行期間」は、7月1日以前に、英国とEUが同意すれば、1回限り2年までの延長が可能だ。主権の奪還を急ぎたいジョンソン首相は、EU離脱が争点となった19年12月の総選挙の段階から、延長拒否の姿勢を明確にしてきた。EU側も、20年末の「将来関係協定なき移行期間終了」という激変回避のために交渉を急ぐつもりだった。
しかし、新型コロナの感染拡大で、日程変更を余儀なくされた。3月2~5日の第1回協議こそ予定通り開催されたが、3月18~20日に予定されていた第2回協議は延期。英国のジョンソン首相とEU側の首席交渉官であるミッシェル・バルニエ氏は感染が確認され、英国側の交渉責任者のデビッド・フロスト氏も軽微な兆候が見られたとして自己隔離に入るなど、新型コロナは交渉の最前線を直撃した。
協議の形式の変更も迫られている。本稿執筆時点で、英国も、欧州委員会の本部があるベルギーも、バルニエ主席交渉官の母国フランスも、イタリアやスペインとともに全土都市封鎖(ロックダウン)の最中にある。英国とEUの交渉担当者が一堂に会する協議の再開は見通せず、3月30日の英国とEUが立ち上げた「合同委員会」1の第1回会合もテレビ会議で開催された。EUは、第2回交渉の予定日に、ブレグジット前にまとめた英国とEUの将来関係協定についての「政治合意」に沿ってEU加盟国が承認した協定の原案を公開、英国も幾つかの法的文書を提案する方針としており、文書のやり取りを通じた作業は継続しているようだ。
仮に、移行期間終了後、速やかに新協定が発効しても、ビジネス環境は大きく変わる。ジョンソン政権がEUに求めているのは「カナダ型自由貿易協定(FTA)」だ。関税ゼロ、数量規制なしの物品のFTAと、サービス分野での規制や監督機関の自主的な協力を組み合わせたもので、EUの単一市場からも関税同盟からも離脱する。物品に関しては、税関審査や検疫手続きが必要になり、サービス業は、英国からEUへのサービスの提供に、業務の移転などの対応が必要となってくる。
英国とEUが合意できず、「将来関係協定なき移行期間終了」となるリスクもある。第1回の協議では、EUが警戒する競争条件の公平性確保の取り扱い、司法・警察協力の条件、将来関係協定、漁業協定の様式などで、英国とEUの考え方の違いが確認された。テレビ会議や文書を通じた協議で解決策を見出すことは容易ではないだろう。
そもそも、「戦時下」と形容されるような状況で、英国も多くのEU加盟国も、最優先で取り組むべきは新型コロナ対策だ。将来関係協定を巡る駆け引きに時間を費やしている場合ではない。EU主要国では、感染拡大のペースには、ピークアウトの兆候がようやく見え始めたものの、なお警戒を要する情勢だ。英国は感染拡大のピークを前に医療崩壊の懸念が高まっている。英国の課題に関するユーガブの世論調査2でも、ブレグジットへの関心の低下と、健康と経済に関する懸念の高まりが確認できる。
20年末までの将来関係協定の妥結は、そもそも野心的な目標だったが、コロナ危機で目標達成の困難さは著しく増した。英国も3月24 日からロックダウンに入り、企業は需要の消失や供給網の寸断、家計は雇用の喪失や所得の減少という突然の強いショックを受けている。政府は異例の規模の財政措置で、企業の資金繰りや、雇用、所得を下支えし、ロックダウンによる打撃の恒久化を阻止しようとしている。20年後半には、状況は今よりも改善しているかもしれないが、ワクチンや特効薬、抗体検査などの開発と普及が進み、不安が払拭され、経済活動が平時の姿を取り戻すには至らないだろう。企業や家計に「カナダ型FTA」への移行準備をする余裕はなく、まして「将来関係協定なき移行期間終了」という激変には耐えられないだろう。
英国政府は、新型コロナへの不安の払拭までは、先行きの不確実性を一つでも減らすために、「移行期間」延長に動くべきだろう。EUも、昨年までの「離脱協定」の交渉段階では想定できなかった非常時に相応しく柔軟な姿勢を示すべきだ。
1EU在住の英国民、英国在住のEU市民の権利の保全や、離脱清算金、アイルランドと北アイルランドの国境の厳格な管理回避のための方策など「離脱協定」の実行のために設立したもので、英国のゴーブ・ランカ スター公領相と欧州委員会のマロシュ・シェフチョビッチ副委員長が共同議長を務める。
今年1月末に実現したEU離脱(ブレグジット)後の英国とEUの将来関係協定の協議も、コロナ危機以前に想定されていた日程、形式で行うことが難しくなっている。
現在、英国とEUの関係は、「移行期間」として基本的に離脱前と同じ状態が維持されているが、英国政府にとっては居心地の悪い状態でもある。英国は、EUの閣僚理事会や首脳会議に参加せず、欧州議会に議席も持たず、欧州委員会の委員も輩出していない。つまり、英国はEUの意思決定に影響力を行使できないが、EUの法規制は受け入れ続けなければならない。離脱したものの、主権を制限された状態が続いている。
英国とEUの協議は、6月までに集中協議をする過密日程が組まれていた。20年末までの「移行期間」は、7月1日以前に、英国とEUが同意すれば、1回限り2年までの延長が可能だ。主権の奪還を急ぎたいジョンソン首相は、EU離脱が争点となった19年12月の総選挙の段階から、延長拒否の姿勢を明確にしてきた。EU側も、20年末の「将来関係協定なき移行期間終了」という激変回避のために交渉を急ぐつもりだった。
しかし、新型コロナの感染拡大で、日程変更を余儀なくされた。3月2~5日の第1回協議こそ予定通り開催されたが、3月18~20日に予定されていた第2回協議は延期。英国のジョンソン首相とEU側の首席交渉官であるミッシェル・バルニエ氏は感染が確認され、英国側の交渉責任者のデビッド・フロスト氏も軽微な兆候が見られたとして自己隔離に入るなど、新型コロナは交渉の最前線を直撃した。
協議の形式の変更も迫られている。本稿執筆時点で、英国も、欧州委員会の本部があるベルギーも、バルニエ主席交渉官の母国フランスも、イタリアやスペインとともに全土都市封鎖(ロックダウン)の最中にある。英国とEUの交渉担当者が一堂に会する協議の再開は見通せず、3月30日の英国とEUが立ち上げた「合同委員会」1の第1回会合もテレビ会議で開催された。EUは、第2回交渉の予定日に、ブレグジット前にまとめた英国とEUの将来関係協定についての「政治合意」に沿ってEU加盟国が承認した協定の原案を公開、英国も幾つかの法的文書を提案する方針としており、文書のやり取りを通じた作業は継続しているようだ。
仮に、移行期間終了後、速やかに新協定が発効しても、ビジネス環境は大きく変わる。ジョンソン政権がEUに求めているのは「カナダ型自由貿易協定(FTA)」だ。関税ゼロ、数量規制なしの物品のFTAと、サービス分野での規制や監督機関の自主的な協力を組み合わせたもので、EUの単一市場からも関税同盟からも離脱する。物品に関しては、税関審査や検疫手続きが必要になり、サービス業は、英国からEUへのサービスの提供に、業務の移転などの対応が必要となってくる。
英国とEUが合意できず、「将来関係協定なき移行期間終了」となるリスクもある。第1回の協議では、EUが警戒する競争条件の公平性確保の取り扱い、司法・警察協力の条件、将来関係協定、漁業協定の様式などで、英国とEUの考え方の違いが確認された。テレビ会議や文書を通じた協議で解決策を見出すことは容易ではないだろう。
そもそも、「戦時下」と形容されるような状況で、英国も多くのEU加盟国も、最優先で取り組むべきは新型コロナ対策だ。将来関係協定を巡る駆け引きに時間を費やしている場合ではない。EU主要国では、感染拡大のペースには、ピークアウトの兆候がようやく見え始めたものの、なお警戒を要する情勢だ。英国は感染拡大のピークを前に医療崩壊の懸念が高まっている。英国の課題に関するユーガブの世論調査2でも、ブレグジットへの関心の低下と、健康と経済に関する懸念の高まりが確認できる。
20年末までの将来関係協定の妥結は、そもそも野心的な目標だったが、コロナ危機で目標達成の困難さは著しく増した。英国も3月24 日からロックダウンに入り、企業は需要の消失や供給網の寸断、家計は雇用の喪失や所得の減少という突然の強いショックを受けている。政府は異例の規模の財政措置で、企業の資金繰りや、雇用、所得を下支えし、ロックダウンによる打撃の恒久化を阻止しようとしている。20年後半には、状況は今よりも改善しているかもしれないが、ワクチンや特効薬、抗体検査などの開発と普及が進み、不安が払拭され、経済活動が平時の姿を取り戻すには至らないだろう。企業や家計に「カナダ型FTA」への移行準備をする余裕はなく、まして「将来関係協定なき移行期間終了」という激変には耐えられないだろう。
英国政府は、新型コロナへの不安の払拭までは、先行きの不確実性を一つでも減らすために、「移行期間」延長に動くべきだろう。EUも、昨年までの「離脱協定」の交渉段階では想定できなかった非常時に相応しく柔軟な姿勢を示すべきだ。
1EU在住の英国民、英国在住のEU市民の権利の保全や、離脱清算金、アイルランドと北アイルランドの国境の厳格な管理回避のための方策など「離脱協定」の実行のために設立したもので、英国のゴーブ・ランカ スター公領相と欧州委員会のマロシュ・シェフチョビッチ副委員長が共同議長を務める。
2YouGov,“The most important issues facing the country” 3月28~30 日調査での回答に占める割合は、健康が74%、経済が45%、ブレグジットが25%だった。
(2020年05月08日「ニッセイ年金ストラテジー」)
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経歴
- ・ 1987年 日本興業銀行入行
・ 2001年 ニッセイ基礎研究所入社
・ 2023年7月から現職
・ 2011~2012年度 二松学舎大学非常勤講師
・ 2011~2013年度 獨協大学非常勤講師
・ 2015年度~ 早稲田大学商学学術院非常勤講師
・ 2017年度~ 日本EU学会理事
・ 2017年度~ 日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
・ 2020~2022年度 日本国際フォーラム「米中覇権競争とインド太平洋地経学」、
「欧州政策パネル」メンバー
・ 2022年度~ Discuss Japan編集委員
・ 2023年11月~ ジェトロ情報媒体に対する外部評価委員会委員
・ 2023年11月~ 経済産業省 産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会 委員
伊藤 さゆりのレポート
日付 | タイトル | 執筆者 | 媒体 |
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2025/03/17 | 欧州経済見通し-緩慢な回復、取り巻く不確実性は大きい | 伊藤 さゆり | Weekly エコノミスト・レター |
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