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成功報酬型の医薬品価格設定-効いたときにだけ薬剤費を支払う仕組みの課題とは?

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也
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1――はじめに
欧米では、新薬の価格設定に成功報酬を導入するケースが増えている。投与した薬が効いたときにだけ、薬代が支払われる仕組みだ。国内の医薬品メーカーの中にも、ヨーロッパでの販売で、この方式を導入する動きがある。もし日本でも成功報酬が導入されれば、高額医薬品の薬剤費が抑えられるのではないか、との声も一部にある。しかし、現在のところ、日本ではその議論は進んでいない。
本稿では、欧米での成功報酬型の価格設定を概観して、その特徴や課題をみていくこととする。
2――各国の薬剤価格
1 このデータ比較には、アメリカは他国に比べて薬剤価格が高い、ということを示す狙いがあるものとみられる。
3――成功報酬型導入の動き
これに対して、欧米で行われている成功報酬型の価格設定では、薬の有効性に応じて代金が変わってくる。そこには、いくつかの特徴がみられる。簡単にみていこう。
アメリカでは、医薬品を保険適用とするかどうかは、医薬品メーカーと制度運営者(公的制度や民間保険の保険者など)の交渉で決まる。費用対効果の評価等の結果、価格が高いために保険適用が推奨されない場合、交渉によっては、成功報酬型の価格設定を行って販売する道がある。
同様に、ヨーロッパでも、医薬品メーカーが、公的医療保険制度等の保険者や医療制度の運営者との契約を交わしたうえで、成功報酬型の価格設定が行われることがある。
これに対して、日本では、医療用医薬品の薬価は公定価格として全国一律に定められており、成功報酬型は導入されていない。導入の議論も、ほとんど行われていない。
アメリカでは、成功報酬型の価格設定が拡大しつつある。成功報酬型のさらなる拡充のために、法制度の見直しを要望する声が、医薬品メーカーなどからあがっている。具体的には、メディケイドにおけるベストプライス規制、適用外使用の販売促進ルール、反キックバック法の見直しである。
(1) メディケイドのベストプライス規制
ベストプライス規制は、メディケイドの加入者のための規制だ。所定の割合以上の人に適用される最低価格がある場合には、すべての人がその最低価格で薬剤を使用できるという内容。医薬品メーカーからみると、価格の引き下げ、利益の減少につながる。この規制により、医薬品メーカーとメディケイド間で、成功報酬型の価格設定が導入しにくいとの声がある。実際には、薬剤が効かずに価格が下がる患者の割合は、この所定割合未満であることが多く、規制は影響していないとの見方が多い。
(2) 適用外使用の販売促進ルール
従来より、連邦の規則では、安全性に関する不適切な証拠があったり、有効性についての証拠が不足していたりする場合には、薬剤が承認されない。かつては、こうした薬剤を適用外使用する場合について、医薬品メーカーの販売促進は限られていた。しかし、法律やガイドラインが整備され、適用外使用についても、販売促進の柔軟性が高まってきた。これにより、当局が示す処方情報には含まれないような使用について、成功報酬型の内容を示すことが可能となった。
(3) 反キックバック法
アメリカでは、反キックバック法により、医薬品などの購入を促す見返りに報酬を支払うことは犯罪と位置づけられている。違反した場合、5年以下の禁錮刑等が科される。これは、医師による診療上の判断が、医薬品メーカーからの働きかけで歪められることを防ぐための規定で、患者や医療制度を守る目的があるとされている。成功報酬型の価格設定は、薬剤費が返還されるかどうか、不確実性を伴う。このため規制当局は、この法律にもとづく措置を講じるかわりに、特定の契約の保護を図るほうが適切であるとみている模様だ。
このように、アメリカでは、現在の法制度が成功報酬型の価格設定を阻害しているとはいえない。ただし、新たな仕組みを拡充するときは、関連する実務上の諸ルールを整備することが前提となる。これらのルールについて、引き続き議論・検討が進められるものとみられる。
成功報酬型の価格設定の最大の利点は、早期の市場投入といえる。価格を1つに定めるためには、医薬品の価値を評価する必要がある。医薬品の価値が明らかな場合は、それに応じた価格設定が可能だろう。しかし、医薬品の価値に不確実性が伴う場合、価格を1つに定めることは困難を伴う。価値と価格の間の乖離、いわゆる「ミスプライシング」が起こりかねないためだ。ミスプライシングは、医薬品メーカーの創薬インセンティブを失わせる恐れがある。このような場合、価格を成功報酬型とすれば、まず市場に投入して、後日、判明した価値に見合った適切な価格設定を行うことができる。すなわち、創薬インセンティブを維持しつつ、市場投入の早期化が図られるというメリットがある。
4――成功報酬型導入の課題
医薬品メーカーの側からみると、新薬の承認後に、成功報酬の内容について、保険会社等と契約交渉を行う必要がある。その交渉が長引けば、それだけ手間がかかりコストの増加を招く。また、発売できないことに伴う、利益の逸失も生じよう。これらを反映して、薬剤価格が高くなる可能性もある。
成功の定義をどのようにするかは、熟考を要する。たとえば、医薬品の効果の有無を患者ごとにみるか、集団内で改善した患者の比率でみるか、といった定義の違いがある。これらは、医薬品が対象にする病気の種類や、効果の内容に応じて、適切に設定することが必要となる。次章の成功報酬型の医薬品の事例で、いくつか確認していこう。
一般に、同じ医薬品でも、投与される病気の種類が違う場合、効果は異なってくる。成功報酬型の価格設定は効果に応じて価格が決まる。このため、病気の種類に応じて価格が異なることとなる。たとえば、リンパ性白血病の治療薬であるキムリアは、成人の非ホジキンリンパ腫の治療にも用いられる。ただし、前者にだけ成功報酬型が導入されているため、両者で価格が異なることとなっている。
5――成功報酬型の事例
キムリアは、投与後1ヵ月間に病状が改善した場合に、効果があったとして、薬剤費を医薬品メーカーに支払うこととされている2。
レパーサは、投与された患者が心臓発作や脳卒中となった場合に、効果がなかったとして、医薬品メーカーは領収済の薬剤費を返還することとなる3。
エントレストは、投与後、心不全による入院患者の比率が低下した場合に、効果があったとして、薬剤費を医薬品メーカーに支払うこととなる。
エンブレルでは、2年契約で6つの基準による効果判定手順に基づいて薬剤費が決められる4。
このように、医薬品が対象とする病気等により、成功報酬の仕組みは異なっていることがわかる。
2 ただし、投与後1ヵ月間に病状が改善したとしても、その後に病状が再び悪化することもあるため、この成功の定義については、さまざまな議論が生じている模様。
3 レパーサで、患者が心臓発作や脳卒中となり薬剤費が返還されるケースは、約3.5%とされる。(“Value-based pricing vs. outcomes-based contracting”(Drug Pricing Lab-Memorial Sloan Kettering,2017.6.21)より)
4 基準は、患者の遵守、薬剤の変更・追加、投与量の増加、ステロイド干渉などであり、患者にプラスの影響をもたらす尺度として有効とされる。
6――おわりに (私見)
いっぽう、その実現のためには、成功の定義や評価方法、データ整備のためのインフラなど、数多くの準備が必要となる。これらの準備にかかるコストがかさめば、制度そのものの意義が問われることともなろう。
日本では、成功報酬型の価格設定の議論は進んでいない。当面は、欧米での動きを見定めることで、そのメリット、デメリットをじっくりと整理していくことが必要と考えられる。その意味で、今後も引き続き、動向を注視していくこととしたい。
(2020年04月22日「基礎研レター」)

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員
篠原 拓也 (しのはら たくや)
研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務
03-3512-1823
- 【職歴】
1992年 日本生命保険相互会社入社
2014年 ニッセイ基礎研究所へ
【加入団体等】
・日本アクチュアリー会 正会員
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