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数字で振り返る介護保険制度の20年-サービス利用、保険料の変遷などで浮き彫りになる光と影

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳
5――サービス提供体制の変遷
では、こうしたサービス利用を支えるサービス提供体制はどのように変わったのだろうか。ここでは制度創設後に大きく伸びた訪問介護、通所介護を中心に見て行こう。
毎年、開示されている『介護サービス施設・事業所調査』は途中で集計方法に変更が加えられており、一概に比較できない面があるが、介護保険制度がスタートした2000年時点で、訪問介護の事業所数は9,833カ所、通所介護は8,037カ所だった。これに対し、最新の2017年データでは訪問介護が3万5,311カ所、通所介護が2万3,597カ所に増えており、訪問介護で3.6倍、通所介護で2.9倍となったことになる。
なお、通所介護のピークは2014年度の4万3,406カ所だった。その後、既に述べた通り、小規模な通所介護事業所は2016年度以降、地域密着型サービスの「地域密着型通所介護」に移行しており、こちらの事業所数は2017年度現在で2万492カ所に上る。このため、通所介護と地域密着型通所介護を足した実質的な数字で言うと、制度創設後の伸びは5.5倍になる。
では、どういった開設者が訪問介護、通所介護の増加に寄与したのだろうか。(上)で述べた通り、介護保険制度の創設に際しては、高齢者の自己選択が重視され、選択肢を広げる観点に立ち、民間企業やボランティア組織の参入を認めた。さらに制度創設時には保険料だけを取られるのにサービス提供を受けられない「保険あってサービスなし」の状態が懸念されたことも重なり、新たに拡充することが期待されていた在宅サービスの担い手として、民間企業が大きな役割を果たすと期待されていた。
一方、制度が始まる以前、社会福祉制度の担い手だった社会福祉法人については、2000年度時点で訪問介護の43.2%、通所介護の66.0%を占めていたが、2017年度現在で訪問介護の18.2%、通所介護の38.8%にまでシェアを減らした。このため、様々な担い手の参入を認めることで、在宅サービスの拡大を図る当初の意図は奏功したと言える。
しかし、コムスンによる介護報酬の不正請求事件など営利法人の利益至上主義が批判を招くこともあり、2009年度制度改正で事業者の法令順守強化が図られた。さらに既述した通り、「お泊まりデイ」を提供する小規模な通所介護事業者を規制するため、▽小規模な事業所を地域密着型サービスに移行し、市町村によるチェックを強化、▽「お泊りデイサービス」の届出制度の導入――といった制度改正も実施された。
筆者自身、「福祉の世界に営利法人は合わない」とか、「営利法人は金もうけ主義なので悪、非営利法人だから善」といった単純な二元論には与しないが、こうした経緯は営利法人の参入を幅広く認めた「負の側面」と言える。
では、ここまで述べたような人口変動やサービス利用の変遷を受けて、介護保険財政はどう変わったのだろうか。あるいは財政を支える負担はどのように推移しているのだろうか。この点を次に詳しく述べる。
6――財政、保険料の変遷

まず、介護保険の財政規模である。(上)で少し触れた通り、自己負担を含む総予算は図5の通り、約3.6兆円から約10.2兆円まで増えた。これは高齢化に伴う要介護者の増加に加えて、在宅を中心にサービス利用が拡大した影響である。
では、こうした増加は想定されていなかったのだろうか。実は、表2で示した当時の費用推計を見ると、それほど大きくブレているとは言えない。これは制度創設に向けた議論が本格化していた1995年12月、当時の厚生省(現厚生労働省)が示した試算であり、サービスの整備率と単価の伸び率に分けて推計している。それによると、1997年度に制度をスタートさせた後、3年目の2000年度には4.6~5.0兆円、8年目の2005年度に6.4兆円~7.6兆円、13年目の2010年度に9.2兆~12.1兆円になると予想されていた。
これを2000年度にスタートした実際の数字(自己負担を含めた総予算)と比べると、3年目の2003年度は約5.2兆円、8年目の2007年度は約6.7兆円、13年目の2013年度は9.2兆円であり、推計の範囲内に収まっていたことになる。

まず、高齢者の保険料である。図6の通り、介護保険の財政構造はシンプルであり、公費(税金)と保険料で折半している。このうち、保険料部分に関しては、65歳以上の高齢者(第1号被保険者)が23%、40~64歳の人(第2号被保険者)は27%を負担している。
実は、保険料の案分割合は3年に一度、高齢者人口の増加割合に応じて政令で見直されており、制度創設時では第1号が17%、第2号が33%だった。その後、3年ごとに第1号被保険者の負担を1%ずつ増やす半面、第2号被保険者の負担割合を1%ずつ減らしたため、現在は23%:27%という現在の割合となっている。
このうち、第1号被保険者の保険料は3年に1回、市町村が決定しており、市町村ごとに異なる上、所得水準に応じても変動するが、平均の月額基準保険料は制度創設時の2,911円から5,869円まで増えた。
次に、現役世代の負担を見る。40~64歳の人が支払う保険料については、医療保険料に上乗せする形で徴収されており、各保険者が「納付金」という形で拠出している。ここでは中小企業の従業員が主に加入する協会けんぽ(2008年度以前は政府管掌健康保険)、大企業の従業員を対象とした健康保険組合、高齢者や自営業者が多く加入する国民健康保険、公務員などをカバーする共済組合、船舶会社の社員などで構成する船員保険の各保険制度に区分けしつつ、拠出金額の推移を見て行こう。
その結果は図7の通りである。これを見ると、多少の増減が見られるものの、介護保険給付費の規模拡大に伴って負担が増えて行っている様子を見て取れる。
さらに、図7には反映し切れていないが、被用者保険(協会けんぽや健康保険組合など)に課せられる納付金の案分方法が変わり、2017年度以降、2020年度までに加入者割から総報酬割に段階的に移行した6。この結果、協会けんぽの負担が減り、健康保険組合の負担が増加しており、健康保険組合連合会は「1人当たり介護保険料がこの10年間で3万円増加し、10万円を超えた。2020年には全面総報酬割になるなど介護保険料負担も増加することは確実で、今後も現役世代は過重な負担を強いられ続ける」と危機意識を募らせている7。
6 総報酬割移行の理由や論点については、拙稿2017年11月14日「介護保険料引き上げの背景と問題点を考える」を参照。
7 2019年4月22日、健康保険組合連合会「2019年度健康保険組合予算早期集計結果と『2022年危機』に向けた見通し等について」。
7――負担と給付を巡る関係の再考が必要~20年の「光」と「影」~
しかし、「影」の部分が大きくなっているのも事実である。まず、財政の逼迫は深刻な問題となっており、高齢者が支払う介護保険料を引き上げる余地は小さくなっている。(上)でも述べた通り、基礎年金の月額平均支給額が約5万円であり、65歳以上の介護保険料が基礎年金から天引きされていることを考えると、高齢者の保険料を大幅に引き上げることは難しいと言わざるを得ない。
さらに、40~64歳に課している保険料についても厳しい状況になりつつある。筆者自身の意見として、相対的に負担能力の高い健康保険組合の負担を増やす選択肢は止むを得ないと考えており、保険料の納付開始年齢引き下げも一つの選択肢と考えている8が、40~64歳の第2号被保険者が支払っている保険料は反対給付を期待しにくい点で、その性格は税に等しい。このため、総報酬割のように財源対策だけで負担増を強いる方法には限界があると考えており、(下)でも述べた通り、負担と給付の関係を再考する時期が来ている。
8 納付開始年齢引き下げに関する論点や保険料増収の試算については、拙稿2019年2月26日「介護保険料の納付開始年齢はなぜ40歳なのか」を参照。
8――介護職員数の変遷
しかし、(下)で述べた通り、介護現場は人手不足にあり、その理由は高齢者人口の増加に伴って需要が供給を上回っているためである。しかも通常の労働市場と異なり、介護事業所は公定価格の介護報酬に収入の多くを依存しており、市場メカニズムによる裁定が働きにくい。
一方、政府は2009年度以降、介護職員に関する賃金の引き上げに努めているが、有効な打開策が見当たらない。さらに厚生労働省の試算によると、人口的にボリュームの大きい「団塊世代」が75歳以上となる2025年には55万人程度の介護人材が不足するとされており、財源問題と同様、制度の制約条件となりつつある。
9――おわりに
ただ、制度が国民に一定程度、定着したことで費用が膨張している結果、保険料の負担は限界に近付きつつある。さらに、介護現場で働く労働力の不足も深刻化しつつあり、現状のまま制度を持続できるかどうか疑問であり、「影」の部分は大きくなりつつある。こうした中で、認知症ケアや独居世帯への対応、医療・介護連携など新しい課題に対応しなければならない点で言うと、かなり難しい舵取りを迫られている。
現在、介護保険制度の改正論議は社会保障審議会(厚生労働相の諮問機関)介護保険部会を中心に、関係団体の利害調整に終始しており、(上)で述べた地域支援事業の見直しなど、細かい制度改正の議論が続く展開になっている。白地で制度をゼロから議論できた当時と比べると、財源や人手の制約が強まっているのは事実だが、定期的な制度改正論議はいったん棚上げにしてでも、「高齢者福祉をどう再構成するか」「そのための負担をどう分かち合うか」「人材をどう確保するか」といった議論がいま一度、必要なのではないだろうか。
(2020年04月21日「基礎研レポート」)
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- プロフィール
【職歴】
1995年4月~ 時事通信社
2011年4月~ 東京財団研究員
2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
2023年7月から現職
【加入団体等】
・社会政策学会
・日本財政学会
・日本地方財政学会
・自治体学会
・日本ケアマネジメント学会
【講演等】
・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)
【主な著書・寄稿など】
・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数
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