2020年04月17日

老後資金の取崩し(2)-リスクを味方につけ、より豊かな生活の実現を目指す

金融研究部 主任研究員・年金総合リサーチセンター・ジェロントロジー推進室・ESG推進室兼任   高岡 和佳子

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1――資産運用にはリスクが伴う

資産寿命を延ばすためには、就労期間を延長するなど総収入を増やすか、節約し総支出を減らすか、資産運用により資産自体を増加させるか、またはそれらの合わせ技で資産寿命の延命を図るしかない。総収入を増やす取り組みや総支出を減らす取り組みの成果は確実だが、資産運用には不確実性が伴う。運が悪ければ、逆に資産寿命を縮めてしまう可能性がある。一方、資産運用により資産寿命の延長を図りつつ、生存中に資産が枯渇しない運用方法や適正な取崩し額の考え方についての研究も進んでいる。代表的な方法は、資産の半分を株式に、残りの半分を国債に投資し、定期的にその配分を維持するよう資産の入れ替えを行う方法で、過去のデータから適正な取崩し額は、1年あたり退職時点の資産残高4%程度とされている。
 
先のレポート1では、「安く買って高く売る」という投資の基本に忠実な取崩し方法(以下、二つの財布法)を提案し、これによって代表的な方法より資産寿命の短期化リスクを軽減できる可能性を示した。「二つの財布法」とは、株式などの不確実性を伴う資産(以下、株式)と、預貯金などの不確実性を伴わない資産(以下、預貯金)を保有し、株価が高い時は株式から取崩し、低い時は預貯金から取り崩すという方法である。
 
残念ながら、「二つの財布法」は調査・研究段階にあり、(ア)今後30年間の平均収益率が想定収益率と大きく乖離する可能性を加味する、(イ)株式への投資割合の適切な設定方法を検討する、(ウ)取崩しルールの改良、(エ)生存確率も加味する、(オ)株式の価格変動の程度が「二つの財布法」の効果に与える影響評価など、多くの課題が残る。

そこで、今回は株式の価格変動の程度が「二つの財布法」の効果に与える影響の評価を通じて「二つの財布法」に対する理解を深める。  

2――株式の価格変動の程度による影響の評価法

2――株式の価格変動の程度による影響の評価法

先のレポートと同様に、退職時に株式への投資割合と想定収益率、保有資産額に応じ、毎年の取崩し額を決定するものとする。株価が概ね想定収益率に沿って変動することを仮定してシミュレーションし、資産寿命の短命化リスクを評価する。株式の想定収益率は0%、2%、4%、6%の4パターン、株式の価格変動の程度(標準偏差)は、13%程度(以下、低リスク)、20%程度(以下、中リスク)、28%程度(以下、高リスク)の3パターンである。評価に用いる指標は(1)想定する生存期間(今回は30年)内に資産が枯渇する確率と、(2)枯渇する場合、資産が枯渇するのは平均的に退職の何年後かの二つで、参考指標として(3)枯渇しない場合、想定する生存期間(30年)後の平均残存資産額が、退職後時点の資産額に対してどの程度残っているか(平均残存率)と、(4)想定する生存期間後の平均残存率が、取崩し率の何倍に相当するかも確認する。
 

3――「二つの財布法」はリスクを味方につける

3――「二つの財布法」はリスクを味方につける

結果を図表1に示すが、先のレポートと同様に価格変動の程度による評価指標の差にのみ着目し、数値や水準自体は参考にしない。

「(1)30年内に資産が枯渇する確率」は、リスクが高いほど小さい傾向がある。ただし、退職時点の株式への投資割合が75%で想定収益率が2%、4%の場合に限り、リスクが高いほど「(1)30年内に資産が枯渇する確率」も高くなる。「(2)枯渇する場合、資産が枯渇するのは平均的に退職の何年後か」も、リスクが高いほど好ましい傾向がある。ただし、退職時点の株式への投資割合が50%で想定収益率が0%の場合と、退職時点の株式への投資割合が75%で想定収益率が4%以下の場合、リスクが高いほど短くなる傾向がある。

株式への投資割合と想定収益率によって異なるが、総じて資産寿命の短期化リスクという点ではリスクが高い方が好ましい傾向がある。

4――低リスク・低リターンの金融商品が本当に正しい選択か?

4――低リスク・低リターンの金融商品が本当に正しい選択か?

高齢者を対象としたアンケート調査結果2によると、「あれば良いと考える金融商品」のトップは「投資収益率は低い(1-2%)が、あまり値下がりの可能性(10%くらいの下落にとどまる)の高くない金融商品」で、次いで「毎月、定額で受け取れる分配金がある投資信託」である。図表1を参考に退職後の資産運用において、低リスク・低リターンの金融商品が本当に正しい選択かを考える。
 
まず、保有資産の100%を想定収益率が2%だが低リスクの金融商品に投じる場合と、保有資産の50%を想定収益率が4%の高リスク商品に投じ、残りを預貯金で保有し、「二つの財布法」を実践する場合を比較する(図表1の赤枠)。まず、保有資産全体でみると期待収益率はいずれも2%となる(2%×100%と4%×50%)。このため、退職時点の保有資産額が等しければ、毎年の取り崩し額も等しい。価格変動の程度は、低リスク商品が13%程度、高リスク商品が28%程度なので、保有資産全体の価値変動の程度も、退職時点ではほぼ等しい(13%×100%と28%×50%)。厳密には、「二つの財布法」を実践する方が保有資産全体の価値変動の程度は多少高いにも関わらず、「(1)30年内に資産が枯渇する確率」は「二つの財布法」を実践する方が圧倒的に低い。また、「(2)枯渇する場合、資産が枯渇するのは平均的に退職の何年後か」も、「二つの財布法」を実践する方が、資産が枯渇するまでの期間が長い。更に、資産枯渇リスクが顕在化しなかった場合、「(3)枯渇しない場合、想定する生存期間(30年)後の平均残存資産額が、退職時点の資産額に対してどの程度残っているか(平均残存率)」と、「(4)想定する生存期間後の平均残存率が、取崩し率の何倍に相当するか」も「二つの財布法」の方が良い結果となる。
 
次に、想定収益率が4%で中リスクの金融商品に保有資産の75%を投じ、残りを預貯金で保有し、「二つの財布法」を実践する場合と、想定収益率が6%の高リスク商品に保有資産の50%を投じ、残りを預貯金で保有し、「二つの財布法」を実践する場合を比較する(図表1の青枠)。先の比較例(赤枠)と同様に、資産全体でみると、期待収益率や毎年の年崩し額は等しく、退職時における価格変動の程度もほぼ等しい。「(3)枯渇しない場合、想定する生存期間後の平均残存資産額が、退職時点の資産額に対してどの程度残っているか(平均残存率)」と、「(4)想定する生存期間後の平均残存率が、取崩し率の何倍に相当するか」には違いがあるが、(1)や(2)の資産寿命の短期化リスクは変わらない。先の比較例(赤枠)との相違はいずれも「二つの財布法」を実践している点である。やはり、「二つの財布法」は資産寿命の短期化リスクに有効な手法と考えられる。

以上から、低リスクの金融商品だからといって全資産をリスクのある資産に投入するよりも、リスクを伴わない資産(預貯金)を一定程度保有しつつ、資産の一部をリスクは高いが、高いリターンが期待できる金融商品を購入する方が、良いことが分かる。
図表1 株式の価格変動の程度による産寿命の短命化リスクへの影響(二つの財布法)
 
2 野尻哲史「高齢者の金融リテラシー~生活に不安を抱えながらも資産の持続力に楽観的~」フィデリティ退職・投資教育研究所

5――低リスク・低リターンのバランス型ファンドはどうだろうか?

5――低リスク・低リターンのバランス型ファンドはどうだろうか?

低リスク・低リターンの金融商品には、比較的に健全性が高い地方公共団体や企業が発行する債券などがある。また、株式などリスクの高い資産へも投資するが、債券などリスクの低い資産への投資配分が多く、全体としてリスクを低く抑えたバランス型ファンドも低リスク・低リターンの金融送品である。バランス型ファンドは、基準となる資産構成比から実際の資産構成比が乖離しないよう、定期的に資産の入れ替えを行う。つまり、特定の資産クラスについて「価格が上昇した時ほど多く売却する方針」を内包しているので、全資産をバランス型の投資信託に投じ、退職時に定めた金額を毎年取り崩せば、資産運用により資産寿命の延長を図りつつ、生存中に資産が枯渇しない運用方法や適正な取崩し額に関する代表的な方法(リバランス法)が実践できると思われる。
 
そこで、図表1と同じ条件で、「リバランス法」による資産構成比の短期化リスクを確認した(図表2)。まず、想定収益率が2%だが、低リスクの金融商品に保有資産の100%を投じる場合と、想定収益率が4%の高リスク商品に保有資産の50%を投じ、残りを預貯金で保有し、「リバランス法」を実践する場合を比較する(図表2の赤枠)。「価格が上昇した時ほど多く売却する方針」を内包する「リバランス法」にも、資産寿命の短期化リスクを軽減する効果があることが確認できる。
 
次に、「二つの財布法」と「リバランス法」の効果を比較する。図表1の「二つの財布法」の同一のセルと比較して、より良い場合は薄桃色又は濃桃色で表示している(図表2)。これよると、株式のようなリスクの高い資産への投資割合が低いと総じてリバランス法の方が好ましい。高齢者が望む低リスク・低リターンのバランス型ファンドは、リスクの高い資産への投資割合が低いので、「リバランス法」の方が効果的なように見える。しかし、株式の想定収益率や株価の価格変動の程度は、過去の実績や今後の経済見通しなどを基に決定するため、所与のものとして裁量の余地はないと考えるべきだが、株式への投資割合には裁量の余地がある。つまり、セル毎に比較し、「二つの財布法」と「リバランス法」の優劣を比較するのではなく、縦長の長方形(4つのセル)毎に比較すべきである。株式への投資割合には裁量の余地も加味して「二つの財布法」と「リバランス法」比較すると、「リバランス法」の方が好ましい結果が得られたのは、リスクは高いが想定収益率が低い場合のみである(図表2の濃桃色)。一般的には、リスクが高いほどリターンも高い傾向があるので、リスクは高いが想定収益率が低い資産を選んで「リバランス法」を実践する必要はない。
図表2 株式の価格変動の程度による産寿命の短命化リスクへの影響(リバランス法)

6――総括と今後の課題

6――総括と今後の課題

多くの高齢者は、低リスク・低リターンの金融商品を望むが、退職後の生活をより豊かにするため、より資産寿命を延ばすためには、必ずしも低リスク・低リターンの金融商品が最適とは言えない。リスクは高いが高いリターンが期待できる金融商品と、リスクを伴わない資産(預貯金)を併せ持ち、取崩し方法によってリスクをコントロールすることで、より退職後の生活を豊かに、かつより資産寿命を延ばすことができるかもしれない。顧客が望む金融商品が顧客の利益につながるとは限らない良い例と言えるのではないだろうか。
 
高齢者が2番目に「あれば良いと考える金融商品」が「毎月、定額で受け取れる分配金がある投資信託」である点も興味深い。平成 28 事務年度の「金融レポート」において、毎月分配型投資信託には、(1)長期の資産運用で得られるはずの複利効果が効きにくい、(2)元本が取崩されるので運用効率が低下する、(3)元本が取崩されるといった毎月分配型商品の特性に対する顧客の認識が不十分なまま販売されているなど、様々な問題が指摘されている。
 
しかし、老後の生活費不足を補うための老後資金なのだから、定期的に定額を受け取りたいと考えるのは自然なことではないかと思う。老後資金の特性を鑑みると、元本の取崩しによる運用効率の低下や、長期の資産運用で得られるはずの複利効果が多少減少することも致し方ない。分配金として自動的に資産を取崩さなくても、バランス型の投資信託を保有して顧客が定期的に必要額を解約すれば、資産寿命の短期化リスクを軽減する効果は期待できる。しかし、「二つの財布法」の方が効果的である可能性が高いので、元本が取り崩されることを前提に、「二つの財布法」を実践し、30年間など定額の分配を目指す投資信託があれば、老後資産が限られる高齢者の生活水準の向上、安定化に寄与するのではないだろうか。
 
冒頭にも記した通り、「二つの財布法」には、残された検討課題が多い。引き続き、退職後のより良い老後資産の取り崩し方法についての調査を進めていきたい。
 
 

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金融研究部   主任研究員・年金総合リサーチセンター・ジェロントロジー推進室・ESG推進室兼任

高岡 和佳子 (たかおか わかこ)

研究・専門分野
リスク管理・ALM、価格評価、企業分析

(2020年04月17日「基礎研レポート」)

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