2020年03月31日

「健康経営」はどう広められてきたか~全国紙に対する計量テキスト分析によるアプローチ

保険研究部 上席研究員・年金総合リサーチセンター 公的年金調査室長 兼任 中嶋 邦夫

保険研究部 主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任 村松 容子

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1 ―― 問題意識

新型コロナウイルスの拡大防止策として、不要不急な業務の免除や在宅勤務の推進が進んでいる。このような従業員の健康に配慮した企業行動は、近年取り沙汰される「健康経営1」にも通じる動きである。

ただ、従業員の良好な健康状態を業績向上に結びつけたり健康状態の悪化による業績低下を避けるのは企業の役割だとしても、従業員の健康の維持や向上は企業の行動だけでは実現できない。従業員やその家族の理解と協力が必要である。

そこで本稿では、従業員や家族における理解の広がりを測る1つの手がかりとして、全国紙2における「健康経営」に関する記事を、計量テキスト分析(テキストマイニング)の手法で分析した。
 
1 「健康経営」は特定非営利活動法人健康経営研究会の登録商標。
2 後述する5紙。従業員や家族が接するメディアには全国紙以外にも多様な物が存在するが、分析の第1歩として、データの入手しやすさや地方紙には重複する記事(通信社の配信記事)が存在することを考慮して、全国紙を分析対象とした。
 

2 ―― 背景:日本における「健康経営」推進の主な動き

2 ―― 背景:日本における「健康経営」推進の主な動き

「健康経営」とは、従業員のライフスタイルや労働環境、家族や同僚、余暇などにも配慮して従業員の健康度を向上させることが組織の収益性を高めると考え、従来分断されてきた経営管理と健康管理を統合的にとらえようとする経営のアプローチである3。1992年にアメリカで出版された“The Healthy Company ; A Human Resource Approach(Robert H. Rosen著)”で提唱された言葉だと言われている。

日本においては、2013年に閣議決定された「日本再興戦略」の改訂版で「健康経営」という言葉が使われた。その取り組みの一環として、経済産業省は2014年10月に「企業の『健康経営』ガイドブック~連携・協働による健康づくりのススメ~」を公表したほか、2015年以降は東京証券取引所と合同で、「健康経営銘柄」を毎年選定している4。また、2015年7月に発足した「日本健康会議5」は、2017年以降、健康経営に取り組む法人を「健康経営優良法人」「ホワイト500」として毎年認定している6。さらに、日本政策投資銀行は、2012年から「DBJ健康経営格付け」を開始し、健康経営に取り組む企業に対して有利な貸付を行っている。

また、前述した「日本再興戦略」には、全ての健康保険組合に対して、レセプト等のデータの分析や、それに基づく加入者の健康保持増進のための事業計画としての「データヘルス計画」の作成・公表、事業実施、評価等の取組を求めることが掲げられている。これを受けて、2015年に第1期、2018年に第2期のデータヘルス計画が開始しており、健康診断やレセプトのほか、歩数や活動、食事の記録(ログ)等のデータ分析に力を入れている企業もある。
 
3 (独)労働者健康福祉機構 東京産業保健推進センター 産業保健情報誌「東京さんぽ21」NO.30、平成18年7月「健康経営のすすめ」岡田邦夫 https://tokyos.johas.go.jp/pdf/sanpo21/s30.pdf
4 初回は2015年3月に「平成26年度 健康経営銘柄」が公表された。
5 国民の健康寿命の延伸や医療費適正化に向けて実効的な活動を行うことを目的とした、経済団体・保険者・自治体・医療関係団体など民間組織が連携した団体。
6 「健康経営優良法人」には、大規模法人部門と中小規模法人部門がある。「ホワイト500」は、2019年までは健康経営優良法人の大規模法人部門の全社を称していたが、2020年は健康経営優良法人の大規模法人部門のうち上位500社を認定している。なお、2020年の健康経営優良法人とホワイト500は、2020年3月2日に公表された。
 

3 ―― 分析方法

3 ―― 分析方法

1|計量テキスト分析の概略
計量テキスト分析は、(1)文章を単語(形態素)に分解し、(2)各単語の出現回数を分析単位(本稿の場合は記事)ごとに集計し(イメージは図表1)、(3)その集計表(数値データ)を統計手法で分析する、という手法である7
図表1各単語の出現回数を集計するイメージ
分析結果を見る際には、(1)意味を考慮していない、(2)読者の印象に影響を与えると考えられる文字の大きさや紙面中の位置などを考慮していない、(3)同時出現の分析では単語間の近さや頻度を考慮していない(同一記事に登場したか否かだけを考慮している)、という点に留意する必要がある。このような留意点がある一方で、この分析方法には、(1)文字情報(新聞記事)の分析結果を数量として把握できる、(2)客観的な判断であり第三者が結果を再現できる8、というメリットがある9
 
7 この部分は、中嶋邦夫(2018)「『年金カット法案』は全国紙3紙でどう報道されたか:計量テキスト分析による試み」『日本年金学会誌』 37: 26-30. に依拠している。
8 ただし、設定やツールは分析者が決定するものであり、これらを変えれば異なる結果になり得る。
9 この他に、大量の文字情報をコンピュータで処理できる、という特徴もあるが、後述するように分析結果を解釈するには人間が原文を読む必要があるため、必ずしもメリットとは言えない。
2|本稿で用いた方法(分析時の設定)
本稿の分析対象紙は、朝日新聞(以下、朝日)、産経新聞(同、産経)、日本経済新聞(同、日経)、毎日新聞(同、毎日)、読売新聞(同、読売)の朝夕刊である。対象記事は日経テレコンで検索した「健康経営」を含む記事であり、対象期間は2019年12月31日までとした(図表2)。

分析ツール(ソフトウェア)にはKHcoder310を使い、単語の抽出に用い形態素解析エンジンと辞書には「茶筌(IPADIC)」を使用した。単語抽出に際しては、「健康経営銘柄」等の複合語を「健康」「経営」「銘柄」に分解しないよう、NEologdで抽出された結果を参考に複合語を指定した。また分析に際しては、「会社」と「企業」と「法人」、「特定健康診査」と「健康診断」、「経済産業省」と「経産省」等、ほぼ同じ意味で使われている思われる単語を、同一の単語とみなすように指定した。
図表2 分析対象
 
10 樋口耕一(2014)「社会調査のための計量テキスト分析」、ナカニシ出版
 

4 ―― 分析結果

4 ―― 分析結果

1|該当記事数の推移
(1) 5紙合計の推移
本稿で分析対象とした「健康経営」を含む新聞記事数(5紙合計)の推移を見たのが、図表3である。最も古いものは1994年の1件で11、その後は、2005年に1件、2010年に2件、2012年に3件、であった。2013年には9件あり、この年以降は各紙で年1件以上が掲載されていた。

大きく増加したのは、2015年と2017年である。2015年は東証と経産省による「健康経営銘柄」が、2017年は日本健康会議による「健康経営優良法人」が始まった時期とそれぞれ重なっており、新たな動きとして取り上げられたと考えられる。2018年以降は件数が減少していることからも、目新しさがないと新聞には取り上げられにくいことが想像される。
図表3 分析対象とした「健康経営」を含む新聞記事数の推移(5紙合計)
 
11 最初の記事は1994年の読売新聞によるもので、読売新聞が主催した企業内の医療制度の充実を考える「21世紀への医療―はたらく人々の健康」シンポジウムの中での発言だった(読売新聞 1994年12月22日)。
(2) 新聞別の推移
新聞別に見ると(図表4)、分析期間中の記事数は、日経が155件で、全記事数の4割を占めていた。次いで読売が74件、朝日が68件、産経が43件、毎日が33件だった。日経は、特に2015年以降で他紙よりも記事数が多い。東証と経産省による「健康経営銘柄」が始まったことなどが、影響しているとみられる12
図表4 分析対象とした「健康経営」を含む新聞記事数の推移(掲載紙別)
 
12 ただし「健康経営銘柄」を含む記事数は、2016年に日経が7件で次の読売(3件)の2倍以上だったが、他の年は他紙と同水準である。
2|頻出語の傾向
(1) 各単語の出現回数
分析対象とした記事で、各単語の出現回数をみた。図表5に頻出語の上位50語を示す。

最も多く使われた単語は「健康」で1608回。その他、上位50語に含まれた健康に関連する単語には、「健康診断13」(279回)、「運動」(158回)、「産業医」(157回)、「健保」(154回)、「医療費」(151回)、が見られた。

また、上位50語には入らなかったが、「データ」が111回、「スマホ/スマートフォン」が99回、「アプリ/アプリケーション」が77回抽出された。健康診断と診療報酬明細書(レセプト)のデータを組み合わせた従業員の健康増進に向けた取り組みや、スマホを使った運動推進や生活習慣の改善などが取り上げられていたことが、うかがわれる。

「健康」に次いで2番目に多く使われた単語は「会社14」(1401回)で、その他、会社や働き方に関連する単語としては、「社員15」(1294回)、「健康経営」(583回)、「事業」(398回)、「仕事」(282回)、「生産性」(230回)、「働く」(215回)、「労働」(203回)、「働き方改革」(139回)、が見られた。このほかに、「本部長」「執行役員」「本部」「担当」といった単語の出現回数が多いのは、会社の人事異動に関する記事が含まれているためである。それらの記事では、「最高健康経営責任者」「健康経営推進本部長」「健康経営推進室長」など、その企業の推進体制(力の入れ方)を示すような肩書きが見られた。

また、上位50語には入らなかったが、「経産省/経済産業省」は124回、「認定」が113回、「健康経営銘柄」は79回、「健康経営優良法人」は49回、使われていた。前述したように、2015年や2017年から始まった「健康経営銘柄」や「健康経営優良法人」の認定が取り上げられていたことが、うかがわれる。
図表5 頻出単語 (上位50語)
 
13 「健康診断」には、「健診」「特定健康診査」「特定健診」を含む
14 「会社」には「企業」「法人」を含む
15 「社員」には「従業員」を含む
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