2020年03月31日

高齢者の運転免許返納は増加したか?~返納率は上昇するも、都道府県差は拡大

保険研究部 主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任 村松 容子

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1――2019年5~7月は、交通事故による死者数が大幅に減少。85歳以上の死亡事故も減少。

図表1 月別交通事故による死亡数 警察庁交通局の「道路の交通に関する統計」によると、月別の交通事故による死亡者数は、いずれの月も年々減少傾向にある。特に、2019年の5~7月は、2018年までと比べて大幅に減少していた(図表1)。

また、年齢別免許保有者10万人当たり(原付以上、第一当事者)の年間死亡事故件数をみると、2018年と比べて全体では0.38件の減少にとどまったのに対し、85歳以上のドライバーによる事故は4.71件と、大幅に減少していた(図表2)。

2019年4月に池袋で起きた事故を発端に、高齢運転者による事故が社会の注目を集めたことで、国民全体で安全意識が高まったり、高齢者が運転を控えた可能性がある。
図表2 年齢層別免許保有者10万人当たり死亡事故件数(原付以上、第1当事者)
図表3 年齢層別・危険認知速度別死亡事故件数(原付以上、第1当事者) 75歳未満が起こした死亡事故では、「前方不注意」や「安全不確認」といった要因が多いのに対し、75歳以上ではハンドルの操作不適やブレーキとアクセルの踏み間違い等の「操作不能」が多い。しかも、高齢では、3割が停止中、または20Km/h以下の無理のないと思われるスピードでも事故が起きている(図表3)。加齢による身体機能や認知機能、判断の速さの衰えが原因と思われる。

加齢による身体機能や認知機能、判断の速さの衰えへの対策として、免許の返納を推進しているほか、免許更新時の検査の厳格化、自動ブレーキのような安全装置を搭載する自動車限定の免許導入等が検討されている。各自治体では、バスやタクシーなどの公共交通機関の運賃割引が受けられる等の施策を設けて、運転に替わる移動手段を提供している。
 
1 危険認知速度とは、 運転者が相手車両、人などを認め、危険を認知した時点の速度
 

2――高齢者の免許返納率は上昇するも、都道府県差は拡大

2――高齢者の免許返納率は上昇するも、都道府県差は拡大

1|全国の免許返納率は上昇
高齢運転者の免許返納も進んだだろうか。

免許返納数は、近年増加し続けている2(図表4)。2018年にやや低迷したが、2019年は再び増加した。今回は、70~75歳未満でも返納が増加したことが特徴だ。その結果、年齢別の返納率は、2019年には65歳以上で3.1%、75歳以上で6.2%、85歳以上で14.4%となった。
図表4 免許返納数、返納率の推移
 
2 2017年は75歳以上の免許返納数が多かった。これは、2017年に道路交通法改正によって、認知機能検査が厳格化されたことによると考えられる。
図表5 都道府県別75歳以上返納率 2|返納率の都道府県差が拡大
全国で返納率は上昇しているものの、公共交通機関の整備状況に応じて地域差があることは、前稿3で紹介したとおりである。2019年における都道府県別の75歳以上の免許保有人口あたり返納率は、最高が東京都の9.29%、次いで大阪府(8.24%)、神奈川県(7.75%)と大都市圏で高い(図表5)。例えば、返納が進む東京都の免許返納数は、2019年4月までは継続して月3000~4000件ペースだったが、5月以降は少なくとも半年にわたって6000~7000件に増加したと言う4
 

2018年から2019年の返納率の伸びを、2018年返納率の上位5都府県(東京都、大阪府、兵庫県、神奈川県、静岡県)の平均と、下位5県(高知県、茨城県、山梨県、岐阜県、長野県)の平均で比較すると、上位5都府県が昨年から+0.86ポイント上昇していたのに対し、下位5県は+0.61ポイントにとどまり、返納率が高い地域と、低い地域の差は、拡大傾向にある(図表6)。

図表6 免許返納率の推移2018年からの伸びの都道府県差
 
3 村松容子「高齢者による運転免許返納率の都道府県差」2019年3月22日 ニッセイ基礎研究所  基礎研レター
4 時事通信社 2019年11月12日 時事ドットコムニュース「池袋暴走後、免許返納2倍に 都内で3万8000人―高齢者交通手段に課題」や、産経新聞2019年11月12日「免許返納が急増 池袋暴走、高齢ドライバー対策の転換点」
 

3――高齢者運転対策

3――高齢運転者対策~運転技能検査の厳格化や「サポカー限定免許」の導入の議論が進む

高齢者の免許更新も厳格化される見込みだ。政府は、一定の違反歴のある75歳以上の高齢運転者の免許更新時に運転技能検査を義務づけることや、自動ブレーキや踏み間違い時の加速抑制装置が搭載された安全運転サポート車(サポカー)に限定して運転できる「サポカー限定免許」の創設を盛り込んだ道路交通法改正案を国会に提出している。

現在、高齢運転者対策としては、71 歳以上では免許の有効期限が短縮されるほか、70 歳以上では高齢者講習受講が、75 歳以上では免認知機能検査受検が義務付けられている。改正案では、さらに、一定の違反歴のある高齢運転者に対し、免許更新時に運転技能検査を義務づける(2022年に導入される見込み)。運転技能検査の対象外となる70歳以上の運転者についても、講習の中で運転技能を評価し、技能不足の場合は免許の自主返納や安全運転サポート車限定免許への変更を勧めることを検討している。
 
2019年は4月に池袋で起きた事故をはじめとして、高齢運転者による死亡事故に注目が集まり、高齢運転に対する議論が活発になった。一時的かもしれないが、交通事故による死亡は減少したほか、大都市圏では免許の返納もこれまで以上に増えた。しかし、返納しやすい地域としにくい地域との差は拡大傾向にある。

現在、運転免許保有者の2割強が65歳以上である。さらに、近く、これまでよりも免許保有率が高く、人口の多い団塊の世代が75歳を迎え始める。移動のための代替手段が確保できない限り、高齢者の自立した生活を確保するためには、安全に運転を継続できる環境整備が必要だ。

これまで高齢者に対しては、免許更新時に認知機能検査を実施していたが、加齢によって低下するのは認知機能だけでなく、視力や聴力といった知覚や運動機能も同様である5。道路交通法改正案では、運転技能検査も課せられるが、現在のところ、対象となるのは一定の違反歴がある高齢者だけだ。加齢によって視力や聴力といった知覚や運動機能も低下するが、そういった低下は過去の違反歴や免許更新のタイミングとは関係なく起きうる。日ごろの健康状態の悪化や加齢による衰えをカバーするようなサポート体制が必要だろう。
 
5 飯田真也 他「高齢者の運転能力の判定」日本老年医学会雑誌 第55巻(2018年)2号
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保険研究部   主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任

村松 容子 (むらまつ ようこ)

研究・専門分野
健康・医療、生保市場調査

(2020年03月31日「基礎研レター」)

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