コラム
2020年03月18日

デジタル市場の競争環境が激変するとき

中村 洋介

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1――はじめに

デジタル・プラットフォーマーの行き過ぎた行いを牽制すべく、政府はデジタル市場のルール整備を進めている。これまで、データの価値評価も含めた企業結合審査の見直しや、「特定デジタルプラットフォームの透明性及び公正性の向上に関する法律案」の検討等が進められてきた。

有力デジタル・プラットフォーマーが市場を席巻し、その支配が長らく続くと見る向きも多い。一方、わずか数年でデジタル・プラットフォーマーの競争環境が激変することもある。

2――日本のプラットフォーマーが席巻、国内モバイル向けゲーム市場

かつて、急成長していた日本のモバイル向けゲームの市場は、ディー・エヌ・エー(Mobage、旧モバゲータウン)とグリー(GREE)という「ソーシャルゲーム」のプラットフォーマー2強が牽引していた。ソーシャルゲームとは、SNS上でプレイするゲームのことで、ユーザー同士が競い合ったり、協力したりして遊ぶこともできる。ディー・エヌ・エーとグリーは、自社プラットフォーム上で会員向けにゲームを提供する。ユーザーは無料でプレイすることができるが、ゲームを有利に進めるための「アイテム」等を購入することができる。ユーザーはそれぞれのプラットフォーム上で使える「コイン」を購入し、そのコインでアイテム等を購入する。こうした一部のユーザーによる有料課金が収益となる。パソコンでプレイするゲームもあるが、日本では主にフィーチャーフォン(いわゆる「ガラケー」)向けのゲームが人気を博した。市場が急速に拡大し、家庭用ゲーム機が主流だった時代が変わる、これからはフィーチャーフォン等のモバイル向けゲームの時代になる、と大いに注目を集めた。

2007年、グリーは自社プラットフォーム上で、フィーチャーフォン向けソーシャルゲームの草分けとなる「釣り★スタ」をリリースする。2009年には、ディー・エヌ・エーがリリースした「怪盗ロワイヤル」がヒットしたこともあって、市場は大きく成長していく。両社の内製ゲームを中心にプラットフォーム上で提供していたが、2010年頃から大手ゲーム会社や新興企業等の外部デベロッパーが開発したゲームも提供し始めた。プラットフォーマーは、外部デベロッパーのゲームから得られた有料課金から、「場所代」として自社の取り分を差し引いて、外部デベロッパーに収益を分配する。コナミデジタルエンタテイメントがグリーのプラットフォーム上でリリースした「ドラゴンコレクション」がヒットするなど、外部デベロッパーよる人気タイトルも増えていく。

また、海外のゲーム会社等の買収等を通じて、海外展開も進めていく。2010年、ディー・エヌ・エーは米国ngmoco社を最大4億300万ドルで買収する。一方のグリーは、2011年に米国OpenFeint社を約1億400万ドルで買収し、2012年には米国Funzio社を約2億1,000万ドルで買収した。なお、ディー・エヌ・エーは、2011年にプロ野球の横浜ベイスターズの株式を取得し、プロ野球への参入も果たしている。

両陣営の争い、外部デベロッパーの囲い込みが激しくなる中、2011年6月には公正取引委員会がディー・エヌ・エーに対して、競争者に対する取引妨害を行ったとして排除措置命令を行った1。自社プラットフォームにゲームを提供する有力外部デベロッパーに、ライバル陣営のグリーにゲームを提供しないように働きかけていた、というものだ。公正取引委員会の資料によれば、有力外部デベロッパーがライバル陣営にゲームを提供した場合、自社プラットフォーム上に表示している「イチオシゲーム」、「新着ゲーム」、「カテゴリ検索」等の欄に、そのデベロッパーのゲームのリンクを掲載しないこととしていた。外部デベロッパーがユーザーを獲得する主要な導線を断つことで、ライバル陣営にゲームを提供しないようにさせていた、とされている。

また、ユーザーの射幸心を煽って課金させている、との批判も巻き起こった。ショッピングセンター等に設置されているカプセル入り玩具の自動販売機(「ガチャガチャ」や「ガチャポン」等と称される)のように、どのようなアイテム等が出るのかやってみないと分からない「ガチャ」と呼ばれる課金の仕組みがある。このガチャによって特定の数種類のアイテム等を揃えることで、別の希少なアイテム等を入手することができる「コンプリートガチャ(コンプガチャ)」という仕組みも登場する。希少なアイテム等を手に入れるために、ガチャに多額のお金を使うユーザーが現れて、社会的に問題となった。2012年5月、消費者庁はこのコンプガチャが景品表示法の景品規制に違反するとの見解を発表し、それを明記する形で「『懸賞による景品類の提供に関する事項の制限』の運用基準」を改正した。

他にも、ゲーム内のアイテム等をインターネットオークション等で売買する「リアルマネートレード(RMT)」も問題になった。
(図表1)ディー・エヌ・エー ゲーム事業 国内コイン消費額の推移 ディー・エヌ・エーのプラットフォームでの有料課金(コイン消費額)の推移(図表1)を見ると、2012年頃にかけて大きく成長しているのが見て取れる。市場が急速に拡大する中で、独占禁止法上の問題や社会問題が噴出する等、経済成長の起爆剤ともなり得る新興のプラットフォーマーへの期待と、行き過ぎた行いへの懸念が入り混じっていた。市場の規模感は違うが、デジタル市場のルール整備の議論が進む現在と、相通ずる面がある。
 
1 公正取引委員会「株式会社ディー・エヌ・エーに対する排除措置命令について」(2011年6月9日)
 https://www.jftc.go.jp/dk/ichiran/dkhaijo23_files/110609honbun.pdf

3――スマートフォンの普及という環境変化

(図表2)ソーシャルゲームプラットフォーマーの業績推移 2008年のリーマンショックと2011年の東日本大震災の影響が、景気や株式市場に暗い影を落とす中でも、2012年頃にかけてディー・エヌ・エーとグリーの業績は拡大し(図表2)、株価も右肩上がりとなっていた。テレビでは連日のように両社のCMを目にするほどであったが、次第に大きな環境変化の影響を受け始める。スマートフォンの普及による影響だ。
(図表3)スマートフォン個人保有率の推移 日本でアップルのiPhoneが発売されたのは2008年である。2012年頃にかけてモバイル向けゲームの市場が拡大する裏側で、スマートフォンの普及が急速に進んでいく(図表3)。ボタンで操作するフィーチャーフォンと、タッチパネルで操作するスマートフォンでは、操作性が大きく異なる。フィーチャーフォンのソーシャルゲームでは単純操作のものが主体だったが、スマートフォンのゲームアプリでは、フィーチャーフォンではできなかったグラフィックや操作も可能となり、新しいタイプのゲームが登場するようになる。フィーチャーフォンのブラウザ上で提供されるゲームと、スマートフォンのゲームアプリでは、開発に必要とされる技術も違い、人材転用や二正面作戦も簡単な話ではない。また、スマートフォンのゲームアプリの場合、別のプラットフォームが介在するという変化も生じる。ユーザーはアップルやグーグル等が運営するアプリストアを通じてゲームアプリをダウンロードする。ゲームアプリ上の課金に対しては、アップルやグーグル等のアプリストアに支払う手数料負担が発生する(例えば、アップルのアプリストア「App Store」の場合、ゲームアプリ内での課金に対して30%分の手数料が徴収される2)。更に、アプリストアによる審査を受ける必要がある。そこで両社は、アプリストアの影響を受けない、スマートフォンのブラウザ上で遊べるブラウザゲームを収益の軸にしつつ、ゲームアプリへの取り組みも模索していく。しかし、端末にダウンロードして遊ぶゲームアプリと比べて、ブラウザゲームはサーバーとの通信が頻繁に発生して動作が遅くなってしまうという課題もあった。また、アプリストアを利用してゲームやアプリを探すスマートフォンユーザーも増え、新規ユーザーの流入経路にも変化が生じていく。

2012年には、ガンホー・オンライン・エンターテイメントが、ロール・プレイング・ゲーム(RPG)とパズルゲームの要素を組み合わせたスマートフォン向けゲームアプリ「パズル&ドラゴンズ」をリリースし、大ヒットする。ディー・エヌ・エーやグリーのプラットフォームの「外側」で、「それまでのソーシャルゲームとは違ったタイプのゲーム」のヒットタイトルが生まれるようになった一例だ。

スマートフォンの普及が急速に進む中で、高い収益率を確保していたフィーチャーフォンの市場はどこまで維持できるのか、スマートフォンに経営資源をどれだけシフトさせるべきか、アプリストアの影響を受けたとしても伸びているゲームアプリに注力すべきか、といった難しい舵取り、経営判断に直面したものと考えられる。

フィーチャーフォン向けの売上が落ちていく中、モバイル向けゲームはスマートフォンのゲームアプリが主流となっていく。2013年頃から、両社ともスマートフォンのゲームアプリに舵を切り始めるとともに、コストコントロールを一層強化していく。しかしながら、かつての急成長期のようにはヒットタイトルを量産することができず、次第に減収減益トレンドに陥る。スマートフォン向けのゲーム市場は拡大していくものの、圧倒的であった両社の存在感は薄れていくこととなった。両社はゲーム事業の立て直しに注力しつつ、ゲーム以外の新規事業創出も模索していくこととなる。

4――変化の激しいデジタル市場

ソーシャルゲームの市場は、スマートフォンの普及によって、わずか数年で市場環境や競争環境が激変した。デジタル市場の状況が変化するスピードは非常に速い、という1つの事例である。足もとで政府が進めているデジタル市場のルール整備についても、こうした変化の速さを念頭に、絶えず見直しの議論が必要になる。

かつて、ソーシャルゲームのコンプガチャが景品表示法違反とされたように、社会問題等を契機に規制が強化される可能性がある。そして、その規制そのものがゲームチェンジを引き起こす可能性もある。例えば、インターネット広告におけるクッキー等のオンライン識別子を規制の対象とするという議論がある。EUの「一般データ保護規則(General Data Protection Regulation/GDPR)」(2018年5月施行)においては、クッキー等のオンライン識別子も、規制の対象となる「個人データ(personal data)」に該当するとされた。世界的にインターネット利用者のプライバシー保護を強化する機運が高まっている中、米国の巨大IT企業も手を打ち始めている。例えば、アップルは自社が提供するブラウザ「Safari」に、「Intelligent Tracking Prevention(ITP)」と称する機能を実装し、ターゲティング広告等に広く活用されているサードパーティークッキー3に制限を加えた。こうした動きによって、今後インターネット広告事業者等の競争環境が変化していく可能性がある。

また、ソーシャルゲームのプラットフォーマーの変遷を振り返ると、「ユーザーとインターネットの接点」が変わった時の地殻変動の大きさを、改めて思い知らされる。フィーチャーフォンでインターネットにアクセスする人が増えたことは、後に新興プラットフォーマーに大きな商機をもたらし、ソーシャルゲームは「ドル箱事業」に育った。一方、フィーチャーフォンからスマートフォンに接点が変わった時、業界に君臨していた両社はゲームチェンジによって難しい舵取りを迫られた。

「ポスト・スマートフォン」も見据えて、既に巨大IT企業はVR(Virtual Reality)、AR(Augmented Reality)、スマートスピーカー等にも触手を伸ばしている。「ポスト・スマートフォン」時代も巨大IT企業がデジタル市場を席巻するのであろうか。それとも、日本企業が巻き返しを図るのであろうか。今後の展開に注目したい。
 
3 閲覧しているウェブサイトの運営主体から直接発行されるクッキーを「ファーストパーティークッキー」、閲覧しているウェブサイトの運営主体以外から発行されるクッキーを「サードパーティークッキー」という。
 
 

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中村 洋介

研究・専門分野

(2020年03月18日「研究員の眼」)

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