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- デジタル市場の競争環境が激変するとき
1――はじめに
有力デジタル・プラットフォーマーが市場を席巻し、その支配が長らく続くと見る向きも多い。一方、わずか数年でデジタル・プラットフォーマーの競争環境が激変することもある。
2――日本のプラットフォーマーが席巻、国内モバイル向けゲーム市場
2007年、グリーは自社プラットフォーム上で、フィーチャーフォン向けソーシャルゲームの草分けとなる「釣り★スタ」をリリースする。2009年には、ディー・エヌ・エーがリリースした「怪盗ロワイヤル」がヒットしたこともあって、市場は大きく成長していく。両社の内製ゲームを中心にプラットフォーム上で提供していたが、2010年頃から大手ゲーム会社や新興企業等の外部デベロッパーが開発したゲームも提供し始めた。プラットフォーマーは、外部デベロッパーのゲームから得られた有料課金から、「場所代」として自社の取り分を差し引いて、外部デベロッパーに収益を分配する。コナミデジタルエンタテイメントがグリーのプラットフォーム上でリリースした「ドラゴンコレクション」がヒットするなど、外部デベロッパーよる人気タイトルも増えていく。
また、海外のゲーム会社等の買収等を通じて、海外展開も進めていく。2010年、ディー・エヌ・エーは米国ngmoco社を最大4億300万ドルで買収する。一方のグリーは、2011年に米国OpenFeint社を約1億400万ドルで買収し、2012年には米国Funzio社を約2億1,000万ドルで買収した。なお、ディー・エヌ・エーは、2011年にプロ野球の横浜ベイスターズの株式を取得し、プロ野球への参入も果たしている。
両陣営の争い、外部デベロッパーの囲い込みが激しくなる中、2011年6月には公正取引委員会がディー・エヌ・エーに対して、競争者に対する取引妨害を行ったとして排除措置命令を行った1。自社プラットフォームにゲームを提供する有力外部デベロッパーに、ライバル陣営のグリーにゲームを提供しないように働きかけていた、というものだ。公正取引委員会の資料によれば、有力外部デベロッパーがライバル陣営にゲームを提供した場合、自社プラットフォーム上に表示している「イチオシゲーム」、「新着ゲーム」、「カテゴリ検索」等の欄に、そのデベロッパーのゲームのリンクを掲載しないこととしていた。外部デベロッパーがユーザーを獲得する主要な導線を断つことで、ライバル陣営にゲームを提供しないようにさせていた、とされている。
また、ユーザーの射幸心を煽って課金させている、との批判も巻き起こった。ショッピングセンター等に設置されているカプセル入り玩具の自動販売機(「ガチャガチャ」や「ガチャポン」等と称される)のように、どのようなアイテム等が出るのかやってみないと分からない「ガチャ」と呼ばれる課金の仕組みがある。このガチャによって特定の数種類のアイテム等を揃えることで、別の希少なアイテム等を入手することができる「コンプリートガチャ(コンプガチャ)」という仕組みも登場する。希少なアイテム等を手に入れるために、ガチャに多額のお金を使うユーザーが現れて、社会的に問題となった。2012年5月、消費者庁はこのコンプガチャが景品表示法の景品規制に違反するとの見解を発表し、それを明記する形で「『懸賞による景品類の提供に関する事項の制限』の運用基準」を改正した。
他にも、ゲーム内のアイテム等をインターネットオークション等で売買する「リアルマネートレード(RMT)」も問題になった。
1 公正取引委員会「株式会社ディー・エヌ・エーに対する排除措置命令について」(2011年6月9日)
https://www.jftc.go.jp/dk/ichiran/dkhaijo23_files/110609honbun.pdf
3――スマートフォンの普及という環境変化
2012年には、ガンホー・オンライン・エンターテイメントが、ロール・プレイング・ゲーム(RPG)とパズルゲームの要素を組み合わせたスマートフォン向けゲームアプリ「パズル&ドラゴンズ」をリリースし、大ヒットする。ディー・エヌ・エーやグリーのプラットフォームの「外側」で、「それまでのソーシャルゲームとは違ったタイプのゲーム」のヒットタイトルが生まれるようになった一例だ。
スマートフォンの普及が急速に進む中で、高い収益率を確保していたフィーチャーフォンの市場はどこまで維持できるのか、スマートフォンに経営資源をどれだけシフトさせるべきか、アプリストアの影響を受けたとしても伸びているゲームアプリに注力すべきか、といった難しい舵取り、経営判断に直面したものと考えられる。
フィーチャーフォン向けの売上が落ちていく中、モバイル向けゲームはスマートフォンのゲームアプリが主流となっていく。2013年頃から、両社ともスマートフォンのゲームアプリに舵を切り始めるとともに、コストコントロールを一層強化していく。しかしながら、かつての急成長期のようにはヒットタイトルを量産することができず、次第に減収減益トレンドに陥る。スマートフォン向けのゲーム市場は拡大していくものの、圧倒的であった両社の存在感は薄れていくこととなった。両社はゲーム事業の立て直しに注力しつつ、ゲーム以外の新規事業創出も模索していくこととなる。
4――変化の激しいデジタル市場
かつて、ソーシャルゲームのコンプガチャが景品表示法違反とされたように、社会問題等を契機に規制が強化される可能性がある。そして、その規制そのものがゲームチェンジを引き起こす可能性もある。例えば、インターネット広告におけるクッキー等のオンライン識別子を規制の対象とするという議論がある。EUの「一般データ保護規則(General Data Protection Regulation/GDPR)」(2018年5月施行)においては、クッキー等のオンライン識別子も、規制の対象となる「個人データ(personal data)」に該当するとされた。世界的にインターネット利用者のプライバシー保護を強化する機運が高まっている中、米国の巨大IT企業も手を打ち始めている。例えば、アップルは自社が提供するブラウザ「Safari」に、「Intelligent Tracking Prevention(ITP)」と称する機能を実装し、ターゲティング広告等に広く活用されているサードパーティークッキー3に制限を加えた。こうした動きによって、今後インターネット広告事業者等の競争環境が変化していく可能性がある。
また、ソーシャルゲームのプラットフォーマーの変遷を振り返ると、「ユーザーとインターネットの接点」が変わった時の地殻変動の大きさを、改めて思い知らされる。フィーチャーフォンでインターネットにアクセスする人が増えたことは、後に新興プラットフォーマーに大きな商機をもたらし、ソーシャルゲームは「ドル箱事業」に育った。一方、フィーチャーフォンからスマートフォンに接点が変わった時、業界に君臨していた両社はゲームチェンジによって難しい舵取りを迫られた。
「ポスト・スマートフォン」も見据えて、既に巨大IT企業はVR(Virtual Reality)、AR(Augmented Reality)、スマートスピーカー等にも触手を伸ばしている。「ポスト・スマートフォン」時代も巨大IT企業がデジタル市場を席巻するのであろうか。それとも、日本企業が巻き返しを図るのであろうか。今後の展開に注目したい。
3 閲覧しているウェブサイトの運営主体から直接発行されるクッキーを「ファーストパーティークッキー」、閲覧しているウェブサイトの運営主体以外から発行されるクッキーを「サードパーティークッキー」という。
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中村 洋介
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(2020年03月18日「研究員の眼」)
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