2020年03月02日

医師偏在是正に向けた2つの計画はどこまで有効か(下)-外来機能で初の計画導入、開業規制との批判、問われる実効性

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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6――外来医療計画の評価(1)~医師確保計画、地域医療構想との比較~

まず、医師確保計画や地域医療構想との比較である。医師確保計画は(上)で述べた通り、医師の養成プロセスから偏在是正に努める政策であり、医師偏在を目指す点では同じである。さらに、人口的にボリュームが大きい団塊世代が75歳以上となる2025年時点を意識した地域医療構想3も病床削減や在宅医療の拡大などを目指しており、医療提供体制改革を目指す点は共通している。

だが、相違点も見受けられる。最も大きな違いとしては、外来医療に関して計画行政が初めて導入される点である。例えば、医師確保計画に関しては、多くの都道府県が独自に実施していた医師偏在是正を全国化した側面があり、既に現場レベルでは取り組みが先行していた。病院についても、1980年代に導入された医療計画制度を通じて、病床過剰地域での病床規制や機能再編などを目指しており、これを加速させるために地域医療構想が制度化された面がある。

これらと比べると、診療所を中心とした外来機能に関しては、診療報酬改定による関与を除けば、ほとんど施策が講じられておらず、医師の偏在是正という切口で、初めて計画行政が採用されたと言える。

こうした行政の関与は論理的な正しさを持っていると考えられる。つまり、医師の養成段階で偏在を是正しようとしても、サービスが提供される段階で取り組みを実施しなければ、偏在是正の努力は水泡に帰すかもしれない。その意味では、「医師養成、病床規制に続き、手付かずだった外来機能に関しても計画が必要」と考えられた点は当然の帰結と言える。

さらに地域医療構想を通じて、効率的な医療提供体制改革を進めようとしても、地域医療構想の力点はベッドコントロールに置かれているため、外来機能との連携が欠かせない。この意味でも外来分野に関して計画行政が持ち込まれた意味合いは大きく、外来医療計画に関するガイドラインでも「外来医療に係る医療提供体制の確保に当たっては、外来医療が入院医療や在宅医療と切れ目なく提供されるよう医療機関の自主的な取組や医療機関相互・地域の医療関係者間の協議等による連携が不可欠」との問題意識を示している。

しかし、日本は民間中心の提供体制であり、民間医療機関に対して、国や都道府県がダイレクトに命令するスタイルを取っておらず、外来医療計画は「現状の可視化→新規開業者に対する情報提供→協議の場による合意形成→民間医療機関の自主的な対応」という進め方を想定している。

こうした流れについては、地域医療構想の進め方との共通点を見出せる。地域医療構想では病床に関して2025年時点の需給ギャップを可視化した上で、都道府県や医療機関経営者、地元医師会などの関係者で構成する地域医療構想調整会議を通じて合意形成を図り、民間医療機関の自主的な対応を促すことが想定されており、「可視化→合意形成→自主的な対応」という方法は共通している。その意味では、外来医療計画は「地域医療構想の外来版」という側面を持っている。
 
3 地域医療構想については、2017年11~12月の4回連載の拙稿レポート「地域医療構想を3つのキーワードで読み解く」、2019年5~6月に2回連載した拙稿レポート「策定から2年が過ぎた地域医療構想の現状を考える」。(いずれもリンク先は第1回)、2019年10月31日「公立病院の具体名公表で医療提供体制改革は進むのか」、2019年11月1日「『調整会議の活性化』とは、どのような状態を目指すのか」を参照。
 

7――外来医療計画の評価(2)

7――外来医療計画の評価(2)~医療行政の都道府県化との関係~

外来医療計画は近年、進んでいる「医療行政の都道府県化」ともリンクする。この関係では、2017年6月の骨太方針(経済財政運営と改革の基本方針)で地域医療構想を含めた医療計画の改定、医療費適正化計画の改定、国民健康保険の都道府県化4の「3点セット」を意識し、医療行政に関する「都道府県の総合的なガバナンスの強化」に言及した。さらに、全世代型社会保障検討会議(議長:安倍晋三首相)が2019年末に取りまとめた中間報告でも、地域医療構想、医師の働き方改革、医師偏在是正を「三位一体」として、都道府県の権限強化を検討する旨が示されており、外来医療計画は「医療行政の都道府県化」を構成していると理解できる。

例えば、ガイドラインでは外来医療機能に関する協議の場について、地域医療構想調整会議を使える可能性を示しており、例示した東京都の外来医療計画でも同じスタンスを取っている。今後、都道府県を中心に、地域医療構想との一体的な運用が進む可能性がある。

さらに、外来医療計画は国民健康保険の都道府県化とも絡んでくる。この点は(上)でも述べたが、2018年度の都道府県化に際しては、高齢化率や所得など地域の責任で解決できない要素を考慮した上で、都道府県から市町村に税金が分配されるようになり、高齢化率と所得、世帯構成が同じであれば、保険料の水準が都道府県内で同じになる仕組みとなった。

この時、医療機関が林立している区域と、医療機関が極端に少ない区域を比較すると、前者の区域では患者が医療機関に簡単にアクセスできるが、後者では医療サービスを気軽に使えないのに、都市部の人と同じ保険料の水準を強いられる。この状況では負担の平等性が確保されるかもしれないが、受益は平等と言えなくなるため、都道府県としては医師を確保したり、外来機能や医療機器に関する偏在是正に努めたりすることが求められる。

言い換えると、保険料率を統一する上では、医療サービスに対する患者のアクセスを平準化することが必要であり、医師確保計画と同様、外来医療計画は国民健康保険の都道府県化とリンクしている。
 
4 国民健康保険の都道府県化に関しては、2018年4月に掲載された全3回の拙稿レポート「国保の都道府県化で何が変わるのか」を参照(リンク先は第1回)。
 

8――外来医療計画の評価(3)

8――外来医療計画の評価(3)~医療機器に関して計画行政を採用した意義~

医療機器についても、計画行政が採用されるのは初めてのことであり、その意義は大きい。中でも、日本のCT、MRIの保有台数は群を抜いて多いことで知られ、2019年時点のOECD(経済協力開発機構)調査5に基づき、人口10万人当たりで見た日本の保有台数を見ると、CTが111.49台、MRIが55.21台であり、世界トップである。しかも、CTの2位はオーストラリアの67.2台、MRIの2位はアメリカの39.1台であり、群を抜いて多い。

こうした提供体制は高コストを招くと問題視されており、例えば財務省は2018年度の予算執行調査では、人口10万人当たりのCT、MRIの台数で見ると、CTは全ての都道府県で、MRIはほぼ全ての都道府県でOECD平均(CTは2.6台、MRIは1.6台)よりも多い点を指摘し、「既存の医療資源の効率的な活用を促すとともに、医療機関における過剰投資を防止する観点からも、配置の在り方について検討する必要がある」と指摘していた。

こうしたデータや経緯を踏まえると、医療機器について計画行政が初めて採用された意義は大きいと言える。
 
5 OECD Health Statistics 2019 databaseを参照。調査年次は国
 

9――外来医療計画の限界

9――外来医療計画の限界~自由と統制のバランスをどう確保するか~

1|民間中心の提供体制における難しさ
しかし、こうした外来医療計画の実効性を担保するのは難しいと言わざるを得ない。先に触れた通り、日本は民間中心の提供体制であり、国や都道府県が民間医療機関に対してダイレクトに関与できる余地は少ない。具体的には、医師や医療機関には「どこで開業するか」「どんな医療機器を買うか」という判断に際して、「営業の自由」が認められている。このため、外来医療計画の策定を経ても、外来医師多数区域で新規開業を希望する医師に対して、都道府県や地区医師会が強制力を行使することで、医療機関の行動を完全に統制できるわけではない。

例えば、ある医療機関が外来医師多数区域で開業を希望した場合、認可に際して都道府県から「その地域は外来機能が過剰気味です」とか、地区の医師会から「不足している外来機能に転換して下さい」「高額な医療機器は近くの大学病院で共同利用して下さい」などと働き掛けられても、医師や医療機関に従う義務はない。誤解を恐れずに言えば、「開業した者勝ち」「医療機器を買った者勝ち」になってしまう可能性がある。

つまり、民間中心の提供体制の下、医療機関の「営業の自由」を侵害せず、都道府県が関与する計画行政を採用したため、実効性の面では大きな課題を残している。

こうした難しさは(上)で述べた医師確保計画、あるいは病床再編を目指す地域医療構想と共通しており、だからこそ外来医療計画、医師確保計画、地域医療構想は民間中心の提供体制の下、行政が強制力を行使できない分、「現状を可視化→会議の場での合意形成→民間医療機関の自主的な対応」という流れを想定していると言える。
2|日本医師会は開業規制ではないと繰り返し否定
こうした難しさを裏付ける一例として、外来医療計画に対して「診療所の開業や医療機器の購入が制限されるのではないか」という懸念が示されている点が挙げられる。この点については、日本医師会が繰り返し否定しており、「開業するにはどの地域が適切かを“見える化”する。(略)これは強制力を持つものではなく、決して国の管理でも、自由開業規制でもありません」6、「同意が得られれば、協議の場に出てくる必要はない。また協議の場に強制権限はないので、仮に協議が決裂したからといって、開業ができないわけではない」7などと述べている。

さらに、厚生労働省も審議会の席上、「憲法上の医師の営業の自由を保障するという観点から、強制というのは難しいということが(筆者注:制度化のプロセスで)ありました」「開業を強制力をもって制限するものではないということだけは改めて申し添えさせていただきたい」と強調している8ほか、例示した東京都の外来医療計画素案でも「開業者自身の自主的な行動変容を促すものであり、開業を制限するものではありません」と明記しており、関係者が気を配っている様子を見て取れる。

言い換えると、開業規制にならない範囲で計画行政を採用した結果、その分だけ「自主的な対応」に期待する点で、実効性や強制力を伴わない形となったのは事実である。今後は「営業の自由」と「計画行政による統制」のバランスが争点になる可能性がある。
 
6 2019年7月4日『m3.com』配信記事。インタビュー記事における今村聡副会長のコメント。
7 2019年7月24日『m3.com』配信記事。定例記者会見における釜萢敏常任理事のコメント。
8 2019年7月18日、社会保障審議会第67回医療部会における鈴木健彦地域医療計画課長のコメント。
3|新規参入者だけ規制するのは公正か?
外来医療計画の今後を展望する上では、医師確保計画、地域医療構想と違う点も念頭に置く必要がある。例えば、医師確保計画の場合、医師養成への関与であり、医師の行動の自由を縛るわけではない。地域医療構想についても、既存の病床のコントロールであり、病床の新設に対する制限ではない。これに対し、外来医療計画は既存の事業者に手を付けないまま、新規開業を希望する者だけに規制を掛けようとしており、他の制度とは大きく異なる。

むしろ、外来医療計画は医療計画制度に基づく病床過剰地域における病床数の上限規制との共通点を見出せる。医療計画制度では、病床が過剰な2次医療圏に上限(基準病床)を設定し、新設を認めない対応を取っているが、社会保障法の分野では「どの医療機関の病床が過剰であるか一概に判断できない以上、常にその責めを新規参入者に負わせていることが職業選択の自由を制限する態様として合理的といえるか大いに疑問が残る」との指摘がある9

ここで引用した部分の「病床」を「外来」「医療機器」に置き換えれば、そのまま今回の外来医療計画にも当てはまる議論である。つまり外来医療計画では、新規開業を希望する医師や診療所よりも、既存の医師や診療所が優れているとは限らないのに、新規希望者だけに責任を負わせており、これが果たして公正と言えるのか、議論の余地がある。このため、「新規開業者だけに規制を掛ける点が競争政策的に望ましいのか」といった指摘が浮上する可能性も想定される。
 
9 加藤智章ほか(2019)『社会保障法(第7版)』有斐閣p149。
 

10――おわりに

10――おわりに

以上、2回シリーズで医師偏在是正に向けた「医師確保計画」「外来医療計画」を考察してきた。いずれも可視化されたデータを基に、都道府県を中心とした関係者の合意形成に力点を置いており、医師の養成プロセスだけでなく、外来機能や医療機器も意識した総合的な対策が企図されていると言える。中でも、外来機能、医療機器について計画行政が採用されたのは初めてであり、かなり踏み込んだ内容も含まれている。

しかし、民間中心の提供体制の下、どこまで実効性が担保されるのか疑問が残る。このため、今後の展開次第では、国や都道府県の強制力を強化するよう求める意見が強まることが想定され、移動や開業、医療機器の購入など「営業の自由」と、「計画行政による統制」のバランスが争点として浮上するかもしれない10

このほか、都道府県の役割も争点になる可能性がある。(上)で述べた医師確保計画、本レポートで紹介した外来医療計画は医師偏在是正を促す施策として位置付けられており、2つの計画で進めようとしている医師偏在是正は地域医療構想、医師の残業時間の上限を設ける医師の働き方改革を加味した「三位一体」と意識されている。このため、都道府県は医療提供体制改革の「司令塔」として複雑かつ多面的な調整が求められる。

さらに先に触れた通り、全世代型社会保障検討会議が昨年末に取りまとめた中間報告では、医療行政の都道府県化を意識した制度改正に取り組む方針が示されており、今後は国民健康保険を含めた保険制度の見直しも絡んでくる可能性がある。こうした中で都道府県は今後、複雑かつ多面的な調整を図りつつ、医療提供体制改革に取り組むという難しい舵取りを迫られる。
 
10 今回はガイドラインを中心とした記述になったため、詳しく述べなかったが、日常的な病気やケガに対応するプライマリ・ケアの強化を含めた外来機能の役割分担や、病院・診療所連携なども重要な論点として残されている。
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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

(2020年03月02日「基礎研レポート」)

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