2020年02月17日

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(2) 働き方改革に後押しされたオフィス環境の改善に対する意識の高まり
 2016年より始まった「働き方改革」に多くの企業が積極的に取り組んでいる。デロイトトーマツ「働き方改革の実態調査」によれば、「働き方改革を推進中」もしくは「実施した」を回答した企業の割合は、約9割に達している。「働き方改革の目的」として、「従業員満足度の向上・リテンション」との回答が最も多く、次いで「多様な人材の維持獲得、D&Ⅰ促進」、「採用競争力強化」との回答が多い(図表-11)。

従業員満足度の向上を目的として、オフィス環境の整備に取り組む企業は多い。リフレッシュルームなどの共用部や打ち合わせスペースが充実したオフィスへの移転を検討する企業は増えている模様だ。「オフィスニーズ調査」によれば、「オフィス環境づくりにおける課題」について、「社内のコミュケーション強化」との回答が最も多く、「効率的なレイアウトによるコストダウン」、「社員への健康配慮」との回答が多い。2015年調査と比較すると、「効率的なレイアウトによるコストダウン」との回答が大幅で減少した一方、「社内コミュケーション強化」や「社員への健康配慮」との回答が増加している(図表-12)。
図表-11 働き方改革の目的/図表-12 オフィス環境づくりにおいての課題
また、採用競争力の強化や、従業者の通勤利便性向上を目的として、好立地のオフィスビルへ移転を検討する企業は多い。オフィスニーズ調査では「新規賃借する理由」として、「立地のよいビルに移りたい」との回答は「業容・人員拡大」に次いで2番目に多い回答となった(図表-13)。一方、「賃料や価格の安いビルに移りたい」との回答は減少傾向にある。企業のオフィス選定基準は、コスト削減から快適なオフィス環境の構築に力点がシフトしている。

また、「新規賃借する場合に妥当だと考える月額賃料」に関しても、3.0万円以上と回答した企業が増加しており、2019年調査では初めて2割を超えた(図表-14)。

オフィス環境の改善や、従業員の通勤利便性の向上などを目的として、一定水準以上の賃料負担を許容する企業が増えており、東京都心部Aクラスビルへの移転ニーズが高まっていると考えられる。
図表-13  新規賃借する理由/図表-14 新規賃借する場合に妥当だと考える月額賃料(1坪当たり、共益費含む)
(3) 市場拡大が続くサードプレイスオフィス
堅調なオフィス需要を支えている要因の1つに、「レンタルオフィス5」や「シェアオフィス6」、「コワーキングスペース7」等のサードプレイスオフィスの増加が挙げられる。ザイマックス不動産総合研究所によれば、東京都区部のフレキシブルオフィス8は2020年1月時点で569件(図表-15)、総面積は約16万坪となっており(図表-16)、年々拡大している。
図表-15 フレキシブルオフィスの累計件数/図表-16 フレキシブルオフィスの累計面積
企業は、「働き方改革」により、従業員の働きやすさを担保し、ワークライフバランスの向上を図るため、働く場所に関して多様な選択肢の提供が求められている。デロイトトーマツ「働き方改革の実態調査」によれば、「働き方改革の施策内容」として、「在宅勤務や、シェアードオフィス等のオフィス外勤務の促進」(57%)を挙げる企業も多い(図表-17)。
サードプレイスオフィスは、こうした働き方改革への対応等を目的とした大企業の利用のほか、スタートアップ企業や、フリーランスをターゲットとしている。

一般財団法人ベンチャーエンタープライズセンターによれば、国内ベンチャーへの投資額は2019年に入り増加している。直近の2019年第3四半期の投資額は586億円となり、調査開始(2013年第1四半期)の最高額に達した(図表-18)。また、ランサーズ「フリーランス実態調査」によれば、日本のフリーランス人口は、2019年に1,087万人となり、2015年の913万人から+19%増加している。

こうしたスタートアップ企業やフリーランスによる利用ニーズ等を見込み、2016年以降、大手不動産会社によるサードプレイスオフィス事業への進出が相次いている。現在、サードプレイスオフィスの拠点は、利用者の利便性を重視し、千代田区や中央区、渋谷駅や新宿駅等のターミナル駅周辺に多く集積しており、東京都心部Aクラスビルの需要を下支えしている。
図表-17 働き方改革の施策内容/図表-18 国内ベンチャーへの投資額
 
5 会議室などを共用部分に設置して共有し、専用の個室をそれぞれ持つ、いわば合同事務所のようなオフィス形態。
6 フリーアドレスでデスクを共有して利用するオフィス形態。
7 オープンなワークスペースを共用し、各自が自分の仕事をしながらも、自由にコミュニケーションを図ることで情報や知見を共有し、協業パートナーを見つけ、互いに貢献しあう「ワーキング・コミュニティ」の概念およびそのスペース(コワーキング協同組合による定義)。
8 一般的な賃貸借契約によらず利用者契約を結び、事業者が主に法人ユーザー提供するワークプレイスサービス」の総称
 

3. 東京都心部Aクラスビル市場の見通し

3. 東京都心部Aクラスビル市場の見通し

3-1. 経済見通しおよびオフィスワーカー数の見通し
ニッセイ基礎研究所では、今後10年間の実質GDP成長率は平均1.0%となり、過去10年平均と同程度の伸びになると予想している9。各年の実質GDP成長率は、2019年度から2021年度まで、ゼロ%台後半の低成長が続くと見込む。2022年度以降は、2026年度に想定する消費税率引き上げ前後で振幅が大きくなることを除けば、概ね1%台前半の成長が続くと予想する(図表-19)。
図表-19 実質GDP成長率見通し
東京都「東京都就業者数の予測」によると、東京都心5区における就業者は、2010年を100とした場合、2020年に98、2030年に95となり、緩やかに減少する見通しである。一方で、「情報通信業」の就業者数は、2020年に115、2030年に120へと増加する見通しである(図表-20)。また、「学術研究,専門・技術サービス業」の就業者も、2020年に110、2030年に111と緩やかに増加する。これらの業種は、引き続きオフィス需要を下支えすると見込まれる。
図表-20 都心5区の産業別就業者数見通し
 
9 経済見通しは、ニッセイ基礎研究所経済研究部「中期経済見通し(2019~2029年度)」(2019.10.15)、斎藤太郎「2019~2021年度経済見通し-19年7-9月期GDP2次速報後改定」(2019.12.09)などを基に設定。
3-2. Aクラスビルの新規供給見通し
三幸エステートの調査によれば、2019年の東京都心部Aクラスビルの新規供給量は約12万坪となり、2003年に次いで高水準であった2018年(約23万坪)の半分程度に留まった。

2020年は、港区虎ノ門の「神谷町トラストタワー」や千代田区丸の内の「Otemachi One」、港区芝浦の「田町ステーションタワーN」等、大規模ビルの竣工が多数予定されており、約20万坪の大量供給が見込まれている。ただし、コリアーズ・インターナショナルによれば、2019年12月時点で、2020年の新規供給予定物件のテナント内定率は85%、2021年も既に39%に達しているとのことである。テナントリーシングは順調に進捗しており、大量供給が短期的に需給バランスを悪化させるとの懸念は小さい。

2021年の新規供給量は約6万坪、2022年は約11万坪となり、供給は一旦落ち着く。しかし、翌2023年は港区で大規模ビルの竣工が複数棟予定されており、新規供給量は25万坪を上回り、過去最高水準を更新する見込みである(図表-21)。
図表-21 東京都心部Aクラスビル新規供給見通し
3-3. Aクラスビルの空室率および成約賃料の見通し
東京都心部Aクラスビルの空室率は、旺盛な需要に支えられ、当面の間、現時点の極めて低い水準を維持すると見込む。2020年は大規模ビルの竣工が多く予定されているが、テナントリーシングは順調に進捗しており、空室率が大きく上昇する懸念は小さい。2021年と2022年の新規供給が限定的なこともあり、需給のひっ迫が続くと見込む。その後、2023年は過去最高水準の大量供給が予定されることから、需給は若干緩和すると予想する。ただし、底堅いオフィス需要に下支えされて、過去10年平均の4%を下回る3%台の上昇に留まると見通しである(図表-22)。
図表-22 東京都心部Aクラスビルの空室率見通し
東京都心部Aクラスビルの成約賃料(月・坪)は、逼迫した需給環境を背景に、当面の間、4万円台の高い水準での推移を見込む。ただし、2023年以降は、大量供給による空室率の上昇を受けて弱含みで推移する見通しだ(図表-23)。2024年には3万8千円台となり、現在の水準から▲10%下落するが、2017年の賃料水準(34,599円)を上回り、長期的にみると高い水準を維持すると予想する10
図表-23 東京都心部Aクラスビルの成約賃料見通し
 
10 本稿に示した空室率および成約賃料の見通しは、新型肺炎(コロナウィルス)の感染拡大が経済に及ぼす影響を考慮していない。今後、感染拡大が経済に甚大な影響を及ぼし、経済見通し等に変更が生じた場合、空室率および成約賃料の見通しを見直す予定である。
 
 

(ご注意)本稿記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本稿は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものでもありません。
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金融研究部   主任研究員

吉田 資 (よしだ たすく)

研究・専門分野
不動産市場、投資分析

経歴
  • 【職歴】
     2007年 住信基礎研究所(現 三井住友トラスト基礎研究所)
     2018年 ニッセイ基礎研究所

    【加入団体等】
     一般社団法人不動産証券化協会資格教育小委員会分科会委員(2020年度~)

(2020年02月17日「不動産投資レポート」)

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【「東京都心部Aクラスビル市場」の現況と見通し(2020年)】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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