2019年12月24日

コワーキングスペース「WeWork」の事業収益性を考える

金融研究部 准主任研究員・ESG推進室兼任 原田 哲志

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4新規拠点の収益化を考える
続いて、「開設から間もない拠点の収益化」について考えてみたい。「WeWork」は、新規拠点の稼働率が上昇し収益化するには2年が必要としている。

図表8は「WeWork」と「IWG」の会員数と席数を比較したものである。席数については「WeWork」が 約60万席、「IWG」が約59万席、会員数については「WeWork」が約53万人、「IWG」が約250万人となっている。「WeWork」の席数が「IWG」と同程度の一方で会員数は1/5にとどまり、席数に対して会員数が少ないと言える7
図表8 「WeWork」と「IWG」の会員数と席数
「WeWork」の座席の開設時期を見ると、2017年以前が21%、2018年が51%、2019年が28%となっている (図表9)。これに対して、「IWG」の開設時期は、2017年以前が79%、2018年が14%、2019年が7%である (図表10)。「WeWork」は「IWG」と比較して、開設から間もない座席が多くを占めている。また、図表11は「IWG」の開設時期別の稼働率及び損益状況を示している。2017年以前に開設された座席の稼働率は75.2%、2018年は50.3%、2019年は26.5%である。通常、開設から間もない座席の稼働率は低く、会員の募集には相応の年月が必要であることが分かる。損益をみても開設から間もない座席は赤字となっている。これは、開設から間もない座席が多くを占める「WeWork」にとって、今後の稼働率上昇に伴い収益が改善に向かう可能性はあると言える。
図表9 「WeWork」の座席の開設時期別割合/図表10 「IWG」の座席の開設時期別割合
図表11 「IWG」の開設時期別の稼働率及び収益(座席ベース)
 
7 コワーキングスペースが提供する座席は、専用型の座席と共有型の座席に大きく分けることができる。専用型の座席は特定の会員が占有し、利用する。一方で、共有型の座席は一つの座席を多数の会員が共有して利用する。このため、コワーキングスペースでは、会員数が席数を上回るのが一般的であり、大きく上回っているのは好調な状況とみられる。
 

4――会員当たり売上高を比較する

4――会員当たり売上高を比較する

「WeWork」の特徴として、会員当たりの売上高が大きいことが挙げられる。2019年上半期の会員当たり売上高を比較すると、「IWG」が520英ポンド(7.1万円)であるのに対して、「WeWork」 が2,913米ドル(31.4万円)であり、「IWG」の4.4倍となっている(図表12)。これは、以下の理由が考えられる。
 

・ 都市中心部への集中
・ 大規模な拠点
・ コミュニティ・プラットフォーム、ブランド価値

図表12 「WeWork」と「IWG」の会員あたりの売上高(2019年上期)
<都市中心部への集中>
ニューヨーク市周辺部を例にすると、「WeWork」が都市中心部に集中して拠点を開設しているのに対して、「IWG」は郊外にも広く拠点を開設している(図表13、14)。一般に、都市中心部はオフィス賃料が高いため、「WeWork」の会員当たり売上高が「IWG」より高くなっている可能性が考えられる。
図表13 ニューヨーク市周辺の「WeWork」拠点の分布/図表14 ニューヨーク市周辺のRegus(IWG)拠点の分布
<大規模な拠点>
図表15は、「WeWork」と「IWG」の拠点当たり座席数を示している。拠点あたりの座席数は「WeWork」が1144席、「IWG」は181席であり、「WeWork」の座席数が「IWG」の6.3倍となっている。大きな拠点を開設するには、1フロア面積の大きいオフィスビルが必要となる。一般的に、大規模ビルは賃料が高いため、「WeWork」の会員当たり売上高が「IWG」より高くなっていると考えられる。
図表15 「WeWork」と「IWG」の拠点当たり席数
<コミュニティ・プラットフォーム、ブランド価値の提供>
「WeWork」は会員を結び付けるコミュニティ・プラットフォームなどのサービスやグレード感、快適性の高いオフィス空間を提供している(図表16)。こうした他社にはない付加価値の提供が「WeWork」のブランド価値を高め、顧客および投資家を惹きつけてきた。
 

・ 植栽などインテリアを多く配置し、オフィスのデザイン性、グレード感といった魅力を高める
・ オフィス内に階段を配置し、立体的な空間を演出
・ サービス・アメニティなどの充実により、利用者の快適性を高める

図表16 「WeWork」のオフィス風景

5――事業黒字化に向けて必要な会員数を試算する

5――事業黒字化に向けて必要な会員数を試算する

「WeWork」は事業黒字化に向けて、新規会員の獲得に注力する一方で、新規拠点開設の凍結や人員削減など運営費用の削減計画を発表している。それでは、事業が黒字化、もしくは「IWG」と同水準の利益を確保するには、どれほどの会員が必要であろうか。以下に示す4つのケースについて、一定の前提条件8のもと、試算したい(図表17)。

(1) 現状の費用が変わらないケース(図中黒線)
(2) 「新規スペースの拡大費用」をゼロとしたケース(図中赤線)
(3) 「新規スペースの拡大費用」をゼロ、「既存スペースの運営費用」を20%削減したケース(図中紫線)
(4) 「新規スペースの拡大費用」をゼロ、「既存スペースの運営費用」を40%削減したケース(図中青線)

(1) のケースでは、黒字化には会員数が約160万人(現状比+201%)、「IWG」と同等の1.9億米ドル(203億円)の営業利益には175万人(現状比+230%)の会員が必要である。現状、黒字化には大幅な会員の増加が必要なことが分かる。

(2) のケース(新規開設を凍結)では、黒字化には会員数が約86万人(現状比+62%)、「IWG」の利益水準には101万人(現状比+90%)が必要となる。新規開設を凍結し事業拡大を停止したとしても、大幅な会員数の増加が必要である。従って現実的には「既存スペースの運営費用」の削減が必要となる。

(3) のケースでは、黒字化には会員数が約68万人(現状比+23%)、「IWG」の水準には約80万人(現状比+51%))が必要となる。「WeWork」では、従業員の約20%に相当する人員削減計画を発表した。仮に、人件費に加えて他の運営費用を20%削減できたとしても、会員数を現状の1.3倍~1.5倍に増加する取り組みが求められる。

(4) のケースでは、黒字化には会員数が約56万人(現状比+5%)、「IWG」の水準には66万人(現状比+24%)が必要となる。運営費用を40%削減できれば、早期の黒字化が達成できると言えそうだ。ただこの場合、「WeWork」の魅力、つまりブランド価値を失うリスクがある。
図表17 「WeWork」の営業利益黒字化に必要な会員数(試算)
 
8 試算にあたり、便宜上、「オフィススペースの確保に係る費用」を固定費、「既存スペースの運営費用」を変動費、会員当たり売上高は現行水準とした。
 

6――さいごに

6――さいごに

本稿では、「WeWork」の事業収益性についてみてきた。「既存スペースの運営費用」と「新規スペースの拡大費用」が高額であること、「開設から間もない拠点が多く、収益化に時間が必要であること」が、「WeWork」の赤字の要因であることを確認した。

事業収支の改善には会員数の増加とともに大幅な費用削減が必要となる。もっとも、費用削減により、「WeWork」の提供するコミュニティ・プラットフォーム機能や快適で生産性を高めるオフィス空間の提供が困難となれば、他社との差別化が難しくなるだけでなく、「WeWork」のコーポレートアイデンティティやテック企業としての企業価値も失われてしまう。「WeWork」は収支の改善、会員への付加価値の提供、ブランド価値の維持など、難しいかじ取りが求められている。
 
 

(ご注意)本稿記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本稿は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものでもありません。
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金融研究部   准主任研究員・ESG推進室兼任

原田 哲志 (はらだ さとし)

研究・専門分野
資産運用、オルタナティブ投資

経歴
  • 【職歴】
    2008年 大和証券SMBC(現大和証券)入社
         大和証券投資信託委託株式会社、株式会社大和ファンド・コンサルティングを経て
    2019年 ニッセイ基礎研究所(現職)

    【加入団体等】
     ・公益社団法人 日本証券アナリスト協会 検定会員
     ・修士(工学)

(2019年12月24日「不動産投資レポート」)

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