2019年12月10日

生命保険のついで買い-生命保険加入チャネルと人生のターニングポイントとの親和性 

生活研究部 研究員 廣瀨 涼

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1――人はどこで「生命保険」に出会うのか

生命保険業界に身を置くようになり、ヒアリング調査等を通じてなぜ人が生命保険に加入するのかを考える機会が増えた。筆者が思うに生命保険に加入する人には「明確な目的を持っている」タイプと「なんとなく加入している」タイプがいる。そもそも、生命保険加入に際し、学資保険や養老保険のように明確に給付金がいつ受け取れるのかわからない限り、ビジョンを描くことは難しい。加入者の中には「身近な人の死」に直面したことを機に加入を検討する者ももちろんいるが、一般的にみると、「結婚」や「出産」、「就職」といった人生のターニングポイントを機に検討する傾向があるようである。では、人生のターニングポイントを迎え、保険加入を検討するとき、人はどこで保険と出会うのだろうか。
 

2――きっかけによって異なる加入チャネル

2――きっかけによって異なる加入チャネル

それぞれのライフイベントを迎えた消費者は、どのチャネルを利用して生命保険加入を検討したのだろうか。弊社が行った「平成30年度生命保険マーケット調査」1から、主要な生命保険加入のきっかけ別に情報源として接触したチャネルの関係を分析した結果をみると、全体では「営業職員」が14.4%で一番多い(表1)。加入のきっかけ別にみると、“結婚”と“就職・転職・親からの独立”は、“営業職員”が概ね20%と全体(14.4%)よりも高い。また、“妊娠・出産・子どもの就学”“住宅を購入・建替え”では、「独立系FP」がそれぞれ6.5%、6.8%で全体(5.2%)をわずかながら上回っている。このほか“住宅を購入・建替え”では、「税理士や会計士などの専門家」も2.7%と全体(0.5%)を上回って高い。
表1 生命保険加入のきっかけと情報源として接触したチャネル(上位10項目)
一方、調査項目にはないものの、「退職」を契機とした加入におけるきっかけと情報源を確認するため、60~64歳のうち直近の加入時に自身が60歳前後であった者に限定して、生命保険に加入したきっかけをみると、「生活設計・家計の見直し」(31.7%)「営業職員からの勧誘」(20.6%)「銀行や保険ショップからの勧誘」(14.2%)の順に多い3。また、情報源として接触したチャネルでは「保険商品のパンフレット」が41.3%で最も多く、「営業職員」(20.6%)、「家族・親戚、友人・知人」(14.3%)の順で続く(表2)。それぞれのきっかけ別に情報源として接触したチャネルを見ると、サンプルが限られているため参考値ながら“生活設計・家計の見直し”では「営業職員」が30.0%で「保険商品のパンフレット」(45.0%)に次いで多く、「退職」計の20.6%より高い。“保険会社の営業担当者からの勧誘”、“銀行や保険ショップ等からの勧誘”では、それぞれのチャネルで最も多い。
表2「退職」が生命保険加入のきっかけと想定される層の加入のきっかけと情報源として接触したチャネル(上位10項目)
このように、各ライフイベントによって、情報源として接触したチャネルは異なっている。これは、消費者が各ライフイベントを迎えた際に、生命保険を検討する背景理由と出会う接点が各々異なるためと考えられる。「結婚」と「就職・転職・親からの独立」で保険会社の営業が利用されるのは、就職した企業に出入りする営業職員に勧められたり、結婚する際に今入っている保険を見直したりするために営業職員に相談しているからであると推測できる。「妊娠・出産・子どもの就学」に関しては、従来から教育資金の準備手段として学資保険が定着しているものの、近年では低解約返戻金型終身保険などの貯蓄性の高い保険や投資信託などの保険以外の商品まで多様化していることから、金融商品全般に関して知見のあるFPに相談するという動機は理解できる。「住宅を購入・建替え」においても、住宅を購入する際に自身の家計をお金の専門家であるFPや税理士・会計士に相談することは自然な流れである。近年では住宅ローンの主な融資先である銀行が、「住まいの相談会」と呼ばれるようなFPや会計士に家計を相談できる機会を提供していることも要因として考えられる。「退職」については、昨今では定年退職間際に企業や自治体が対象者に対して、退職金の用途や退職後の生活設計のために保険業者や銀行員、FPなどを呼んでセミナーを開くことがある。その際に他人から助言を受け、自身の退職金を基に投資目的として生命保険に加入を検討する人がいることも推量できる。
 
1 調査対象は全国の20~69歳男女個人。有効回収数:7600サンプル、うち生保加入者5358サンプル。インターネット調査。
2 全体を20%以上上回るものを赤色で示している。
3 生命保険に加入している60歳代全体が1448人、内条件対象者は63人であった。
 

3――「ついで買い」と親和性

3――「ついで買い」と親和性

さて、ここまでは従来の消費者と生命保険の接点を検証した。ここからは生命保険が今後消費者とどのように接触機会を増やせるかを考えてみよう。一般的な接点としては先にみた通り、営業職員や保険代理店・保険ショップの窓口がある。これら以外に、消費者が人生のライフイベントを迎える際に、そのタイミングにより親和性をもって生命保険と接する機会を作れないだろうか。筆者は例えば、コンビニのレジに置いてあるお菓子をついつい買ってしまったり、いいジャケットを買った後にワイシャツを勧められてついつい買ってしまったりなどのついで買いの心理、所謂「テンション・リダクション効果4」に生命保険と消費者との間に親和性を見出す鍵があるのではないかと考えている。
 
4 買い物のついでにその商品と親和性の高い商品をついでに購入する、高い買い物をした後に財布の紐が緩むなど、大きな決断した際に、緊張状態から解かれて気が緩んでしまうこと。
 

4――生命保険における「ついで」とは

4――生命保険における「ついで」とは

例えば「結婚」を例に挙げると、2008年から結婚情報誌の「ゼクシィ」が保険販売に参入している5。ゼクシィ保険ショップでは、結婚式の急なキャンセルに対応するための損害保険のみならず、FPによる夫婦のライフスタイルに合った生命保険の提案を受けることができ、契約を結ぶことができる。そもそも「プロポーズされたらゼクシィ」というキャッチコピーは広く認知されており、雑誌の「ゼクシィ」を起点として、「ゼクシィ相談カウンター」と呼ばれる結婚式相談所に足を運ぶのは大変自然な流れである。また結婚式に関する提案と合わせて、夫婦の将来に適した生命保険を提案すると言うことも大変自然な流れである。テンション・リダクション効果そのものの側面から見ても、何十万、何百万という費用がかかる結婚式の契約のついでに、月々数千円の生命保険を勧められたら抵抗なく受け入れてしまう心理も理解できる。

冒頭にも述べたように、生命保険の加入者には「明確な目的を持っている」タイプと「なんとなく加入している」タイプがいるとすれば、「結婚」というライフイベントを迎えて、結婚と親和性のあるゼクシィで生命保険を勧められるだけで、後者にとってもそれは十分な理由となり、結婚式をする「ついでに」生命保険を検討するきっかけとなる。

また「怪我」や「入院」といったライフイベントに備え、消費者の健康を意識・増進させる目的として、2017年11月から大手ドラッグストアのマツモトキヨシは、第一生命と生命保険の販売で業務提携を開始している6。ドラッグストアは病気をすでに患っている人の来店が多い一方で、日ごろから将来の健康を意識している消費者も多く利用しており、消費者と生命保険の新たな接点を意識していると考えられる。

このようにライフイベントと寄り添う、親和性の高い機会の創出に生命保険チャネルの新しい可能性があると筆者は考えている。
 
5 https://hoken.zexy.net/
6 「マツキヨと第一生命、「連携」の微妙な温度差」『東洋経済』(2018/01/16) https://toyokeizai.net/articles/-/204653?page=2
 

5――商品との親和性・サービスとの親和性

5――商品との親和性・サービスとの親和性

「ついでに生命保険を…」を誘発させる親和性には、商品との親和性とサービスとの親和性の二種類あると筆者は考えている。まず商品との親和性を検討してみよう。消費者は、各ライフイベントを迎えるに当たり、ライフイベントと親和性の高い商品を購入する。例えば「子どもの就学」においては、ランドセルの購入が挙げられる。久我(2018)は、ランドセルの市場規模を推計し、少子化にも関わらず、2008年の405億円から2018年には546億円と、3割拡大していると指摘している7。実際に、ランドセル工業会の「ランドセル購入に関する調査2019」8によると、2019年のランドセルの平均価格は5万2,300円で、2009年から5割も値上がりしている。1世帯あたりの子どもの数が減る中で、子ども一人に投資する金額が大きくなっていると言えるだろう。このランドセル購入の「ついで」に、子どもの将来への投資として、学資保険を提案できないだろうか。同調査によれば、ランドセルの代金を支払うのは、61%が祖父母であったことを踏まえれば、自身のかわいい孫が就学するに当たり、不自由なく孫が育つために何かしたいと願う祖父母心に、生命保険は手を差し伸べることができるかもしれない。

同様に、「就職」において親和性の高い商品は、ビジネススーツである。どの業種に就職したとしても、大抵ビジネススーツを用意する。その際に、「ついで」に生命保険を検討する機会を提供できるのではないか。明確な目的はないがライフイベントを迎えるから「なんとなく加入したい」と思う消費者にとって、社会で戦っていくための戦闘服を購入するタイミングで生命保険という安心を検討する機会を持つことは、彼らの「なんとなく」というニーズを満たすことができるかもしれない。

次にサービスとの親和性である。例えば子どものお宮参りや、七五三、入園・入学時の写真撮影は、子ども写真館の嚆矢でもある「スタジオアリス」が店舗数拡大を続けているほか、同様のビジネスモデルをとる「スタジオマリオ」の参入、更には充実した設備やスタジオを貸切できることを訴求する先も現れるなど、広く一般に定着した感がある。写真を取るタイミングは子どもにとってのライフイベントの時であり、子どもたちの成長を振り返り、未来に期待する時でもある。その際に学資保険という子どもに対する投資の選択肢を提示することで、親御さんに子どもの成長と生命保険の親和性に気づく機会を提供できるのではないだろうか。同様に、子どもたちの将来を実現するための教育や留学などの準備と学資保険には親和性があるといえるのではないだろうか。子どもに自身の将来を意識させる機会として人気の「キッザニア」は、親御さんにとっては、子どもが望む「職業」につかせるために必要なことを検討する機会にもなる。すでに2009年3月より日本生命がスポンサー企業のひとつとして出店しているが「ついで」を誘発する機会として十分に活用できているか、再考の余地もあるのではないか。

「死去」においては昨今の終活ブームで葬儀を自身で契約したり、墓石を早い段階で用意したりする消費者の風潮を見ると、そこにも生命保険との親和性を見出すことができる。相続目的で一時払い終身保険のような生命保険に入る人も少なくはなく、商品にもよるが90歳まで加入することができるものもある。生命保険には節税効果もあり、終活をしている消費者にとって、自身の財産分配の手段として、墓や葬儀の相談をした「ついでに」に生命保険加入を検討することは自然な流れであると考える。

以上は、あくまでも生命保険検討を誘発させられるであろうテンション・リダクション効果の一例であり、実現可能性を考えると難しい点もあるかもしれない。しかし、消費者と生命保険のまだまだ開拓されていない新しい接点を、生命保険会社が提供する余地があると言えるのではないだろうか。
 
7 久我尚子(2018)「夏に売れるのはアイスクリームと何?ランドセル商戦の変容と市場拡大~消費者の今を知る」『基礎研レター』(2018/07/24)https://www.nli-research.co.jp/files/topics/59151_ext_18_0.pdf?site=nli
8 http://www.randoseru.gr.jp/graph/
 

6――まとめ

6――まとめ

消費者の潜在的な生命保険に対するニーズを掻き立てるためには、消費者の置かれた現状と生命保険の親和性が重要である。親和性の高さは、消費者にとって「なぜ生命保険が必要なのか」認識させることになるからである。「ついで買い」とは「ついでに必要だから」買うことである。ライフイベントという人生の岐路に立たされたとき、新しい人生を歩む「ついでに」生命保険を検討できるようなチャネルを開拓することで、消費者と生命保険の親和性を高めることができるかもしれない。
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生活研究部   研究員

廣瀨 涼 (ひろせ りょう)

研究・専門分野
消費文化、マーケティング、ブランド論、サブカルチャー、テーマパーク、ノスタルジア

経歴
  • 【経歴】
    2019年 大学院博士課程を経て、
         ニッセイ基礎研究所入社

    ・令和6年度 東京都生活文化スポーツ局都民安全推進部若年支援課広報関連審査委員

    【加入団体等】
    ・経済社会学会
    ・コンテンツ文化史学会
    ・余暇ツーリズム学会
    ・コンテンツ教育学会
    ・総合観光学会

(2019年12月10日「基礎研レター」)

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【生命保険のついで買い-生命保険加入チャネルと人生のターニングポイントとの親和性 】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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