2019年09月06日

ケアプランの有料化で質は向上するのか-本質は報酬体系の見直し、独立性の強化

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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4|公正中立性の欠落が需要を誘発?
公正中立性が失われている証左として、供給者が需要を生み出している可能性を挙げることができる。これは元々、医療経済学で「供給者需要誘発」(Supplier induced demand)仮説と呼ばれ、都道府県別で見た1人当たり病床数と医療費の間に相関関係が見られることが有名である50。介護についても、論文数は医療ほど多くないが、同様の現象が起きているという先行研究が見られる51

しかし、これは医療と介護の違いに着目すると、奇妙に映る。第1に、医療サービスで需要誘発が起きるのは、患者―医師の間で情報格差が大きいためである。どんなに患者が医療情報に精通したとしても、医師との間では情報格差が残るため、最後は医師の判断に委ねるしかなくなる。一方、医師も患者のためにベストなサービスを提供しようとするため、「念のための入院や検査」が生み出されるなど、医療サービスのレベルは供給制約の上限に引き上げられることになる52

しかし、介護保険制度では利用者―専門職の間で情報格差が小さい。分かりやすい例を挙げれば、医療の場合、「腹が痛い」という理由や原因、症状の深刻度、これを解消する方法を知っているのは医師であり、患者ではない。これに対し、「要介護になった後の生活上の不便」を理解しているのは利用者や家族であり、ケアマネジャーや介護職ではない。

実際、医療では患者―医師の間の情報格差が大きく、対等な関係性の下での契約が難しいが、介護では情報格差が小さいため、利用者と事業者が対等な立場で契約する前提になっている。もちろん、介護についても、リハビリテーションなど専門的な支援を要する場合、利用者と専門職の情報格差は大きくなるが、供給者需要誘発を起こりやすい医療と、本来は起こりにくい介護の情報格差の違いに留意する必要がある。
表1:専門職と利用者の関係性を巡る医療と介護の違い 第2に、制度的な違いである。表1の通り、医療の場合、(a)治療の必要性を判断、(b)治療の内容を決定、(c)治療を提供――というプロセスを担うのは全て医師である53。つまり、全て同じ主体が担う以上、供給者である専門職が優位に立ちやすい構造となっている。これに対し、介護は表1の通り、(a)は市町村による要介護認定、(b)はケアマネジャー、(c)は介護職員などの専門職という形で異なる分、供給者である専門職優位になりにくい構造となっている54

ただ、介護でも供給者需要誘発が起きているのであれば、(b)と(c)のプロセスが分離されておらず、供給者優位になっている可能性がある。こうした状況で、ケアマネジャーは「利用者の代理人機能」ではなく、「事業所の営業担当機能」を担っていることになり、利用者の納得感は高まらないし、利用者の信頼関係も得にくくなる。これは専門職として不幸な状況と言わざるを得ず、利用者の納得感や満足感が高まらなければ、ケアプランやケアマネジメントの質も上がりにくい。

では、ケアプランやケアマネジメントの質を引き上げる方策として、どんな選択肢が考えられるだろうか。先に触れた「報酬体系の問題」「独立性の問題」という2つの構造的な問題を意識しつつ、想定できる選択肢と利害得失を整理しよう。
 
50 医師需要誘発仮説(Physician induced demand)という言葉も使われているが、今回は介護も含めた議論なので、「供給者」という言葉を使う。日本の供給者需要誘発仮説については、西村周三(1987)『医療の経済分析』東洋経済新報社、泉田信行ほか(1998)「医師需要誘発仮説の実証分析」『季刊・社会保障研究』Vol.33 No.4、地域差研究会編(2001)『医療費の地域差』東洋経済新報社、印南一路編著(2016)『再考・医療費適正化』有斐閣などを参照。
51 例えば、岸田研作(2015)「在宅介護サービスにおける需要誘発仮説の検証」『医療経済研究』Vol.27 No.2、湯田道生「介護事業者密度が介護サービス需要に与える影響」『季刊・社会保障研究』Vol.40 No.4、山内康弘(2004)「訪問介護費と事業者密度」『医療と社会』Vol.14 No.2などを参照。中でも岸田論文では「併設サービスのある居宅介護支援事業所でケアプランを作成した利用者の方が多くサービスを利用する」「誘発される需要は非営利セクターよりも、営利の方が大きい」という点を実証している。
52 さらに公的医療保険制度の下では、患者、医師の双方は費用負担を気にせずに済むため、医療サービスは供給制約の上限に張り付きやすくなる。
53 最近はチーム医療が増えているため、一概に医師が全て担うとは言えないが、日本の医療制度における関連専門職は「医師の指示」の下で動くことが法律で義務付けられており、医師の存在感は大きい。
54 施設サービスの場合、(b)は施設所属のケアマネジャー、(c)は施設所属の介護職であり、ほぼ同じになる。
 

8――ケアマネジメントの質を高めるための選択肢

8――ケアマネジメントの質を高めるための選択肢

1報酬体系の見直し
第1に、「報酬体系の問題」「独立性の問題」という2つの問題のうち、前者を解決する方策として、報酬体系を見直す選択肢である。先に触れた通り、現在の報酬体系では、ケアマネジャーの仕事が介護「保険」支援専門員として、介護保険制度の枠内にとどまりやすい構造になっているため、ソーシャルワーク的な仕事を報酬として評価する制度改正が選択肢として考えられる。実際、厚生労働省のあり方検討会の中間整理では「利用者の支援に当たって、ケアプランに位置付けられたサービスがインフォーマルサービスのみであり、結果として給付管理が発生しない場合であっても、介護支援専門員のケアマネジメントを適切に評価する仕組みを検討すべきである」との文言が盛り込まれている。さらに、日本ケアマネ協会が2017年11月、社会保障審議会介護給付費分科会に提出した要望書でも、「介護保険給付サービスを一つでも導入しないと算定できない」「保険給付を伴わないインフォーマルサポートのみのケアマネジメントへの評価をお願いしたい」としている55
 
55 2017年11月22日、第152回社会保障審議会介護給付費分科会資料を参照。
2|ケアマネジメントの報酬引き上げ
第2に、「独立性の問題」を解決する手段として、ケアマネジメントの報酬を引き上げる選択肢である。独立型ケアマネジャーが増えない一因として、報酬水準の低さが論じられていた経緯を踏まえると、この選択肢を見逃すことはできない。

中でも、実利用者が100人を超えると収支差が黒字になっている現状を踏まえると、報酬の引き上げを通じて事業規模を大きくするように誘導する選択肢が想定される。実際、日本ケアマネ協会は「独立的かつ一定以上の事業規模であることが重要」と指摘している56

しかし、厳しい財政事情の中、認知症ケアや在宅ケアの充実など新しいニーズに対応しなければならない現状で、ケアマネジャー向け報酬を大幅に引き上げる選択肢は採りにくく、他の選択肢を組み合わせる方策が必要となりそうだ。
 
56 同上を参照。
3|経営体の分離、あるいは情報交換の規制
第3に、「独立性の問題」を解決する手段として、居宅介護事業所と併設事業所の分離が考えられるが、制度が定着した現段階で、政府が民間の事業所を強制分離することは難しいのではないだろうか。

もう一つの選択肢として、情報交換などについて一定の規制を設定することも考えられる。その際に一つの参考になるのが、金融業界で実施されている「チャイニーズウォール規制」「ファイヤーウォール規制」かもしれない。これらのルールでは、例えば銀行が証券部門を通じて証券商品を顧客に買わせるといった利益相反の防止を図るため、情報交換などを制限している。

だが、医療・介護連携を含めた専門職同士の連携が求められている中、情報を遮断することは難しく、「利益相反が起きている」と判断する線引きが困難な側面もあり、この考え方を介護に適用することは現実的とは思えない。
4|給付から切り離す選択肢
第4に、「報酬体系の問題」「独立性の問題」を同時に解決する手段として、ケアプラン作成を含めた居宅介護支援費を給付から切り離す選択肢も想定される。この場合、居宅介護支援費については、地域包括支援センターの運営費などに充当している地域支援事業に組み込むことになり、ケアマネジャーが勤務する居宅介護支援事業所に対し、市町村が費用を支払う形に変わる。

この結果、ケアプラン作成費に相当する居宅介護支援費は単なる給付管理ではなく、社会資源を取り込むソーシャルワークを評価しやすくなり、ケアマネジャーの公共性も高められる可能性がある。

実際、▽ケアマネジメントは公共性が強く、保険制度のサービスとして馴染みにくい、▽社会資源を含めて、介護保険サービスを超えた多様なサービスを結び付けることが求められている以上、介護保険制度の枠内に位置付けることが難しい――といった理由の下、ケアマネジメントの専門家は「介護保険制度にケアマネジメントを取り込むことに強い躊躇感」を持った57として、こうした選択肢を主張する意見が一部に見られる58。さらに、軽度な要支援者を対象としたケアプラン作成の一部は「介護予防・日常生活支援総合事業」の介護予防ケアマネジメント(第1号介護予防支援事業)に改組した経緯もある。筆者としては、この選択肢は(1)報酬体系の問題、(2)独立性の問題――をクリアする上で、重要と考えている。

しかし、この選択肢は「介護保険制度の転換」と受け止められる可能性がある。つまり、ケアプラン作成を含めたケアマネジメントを給付に組み込んだのは「居宅サービスの受給権に直結する(略)。その利用自体を権利として保障されるべきという考え方」だった59。このため、給付から切り離す選択肢に対し、「自己選択を重視した利用者の権利性を失わせる」という批判を招く恐れがある。

さらに、ケアマネジャーが元々、利用者の代理人であるとともに、「保険者の代理人」として介護給付費抑制の「尖兵」になり得る側面を併せて持っていることを考えると、ケアマネジャーの専門性を失わせるような形で、市町村の権限が乱用される危険性も想定される。
 
57 白澤政和(2011)『「介護保険制度」のあるべき姿』筒井書房p168を参照。
58 白澤政和(2019)『介護保険制度とケアマネジメント』中央法規出版pp237-238。
59 堤修三(2018)『社会保険の政策原理』国際商業出版p241を参照。
5|その他の制度改正
ケアマネジャーやケアマネジメントの質を高めるため、ケアマネジャー同士の競争を促す観点に立ち、「介護サービス情報公表システム」の充実を図ることが考えられる。これは居宅介護支援事業所に限らず、介護保険サービス事業所などについて事業所の名称や位置情報、介護報酬の加算取得状況、利用者の数、職員数などを開示するシステムであり、少しずつ機能が充実している。今後、居宅介護支援事業所については利用者の満足度や入退院支援の状況などを反映させるなど、一層の拡充を図る必要がある。

このほか、日本ケアマネ協会はケアマネジャーの国家資格化を主張しており、今年7月の参院選に向けた自民党の政策集60でも「社会保障制度において重責を担う介護支援専門員の国家資格化を目指します」と書かれている。ケアマネジャーの法的根拠は現在、介護保険法に定められているに過ぎず、その権能を高めるために国家資格化が論じられているようだ。

ただ、国家資格に位置付けたからと言っても、質が引き上げられるとは限らないし、「公正中立性問題」を含めた2つの課題が解消するとは思えない。むしろ、「利用者の代理人機能」を果たす点など、ケアマネジャーの本来の役割に立ち返った研修制度や試験の見直しなどが重要ではないだろうか。
 
60 2019年6月17日、自民党「総合政策集2019 J-ファイル」を参照。
 

9――おわりに

9――おわりに

ケアマネジメントは十分な学問的な根拠もない状態で制度化された――。介護保険制度創設に関わった元厚生省幹部の解説書を読むと、こんな一節がある61。これを読むと、本格的に「輸入」されたケアマネジメントと、専門職のケアマネジャーの質を巡る問題は制度創設時点から懸案だったことが分かる。

しかし、これは制度創設から約20年を経た現在も解決されておらず、医療との連携など新たな問題が迫られる中、むしろ複雑化していると言えるかもしれない。ケアマネジャーが感じている「勤務上の悩み」を尋ねた調査結果62(複数回答可)を見ると、「自分の能力や資質に不安がある」という回答項目が半数近くに及んでおり、問題の深刻さを理解できる。

こうした観点に立てば、「介護保険制度の根幹を成すケアマネジメントをどうするか」「そのための費用負担をどうするか」「ケアマネジメントを担うケアマネジャーの質をどう高めていくか」といった点は真剣に考えなければならない課題であり、ケアプラン有料化は小さな問題に過ぎない。

2021年度制度改正に向けた議論では、制度創設時の理念や経緯に立ち返りつつ、本レポートで挙げた選択肢の利害得失も勘案し、単なる自己負担の是非だけにとどまらない広範な議論を期待したい。
 
61 堤修三(2010)『介護保険の意味論』中央法規出版p55を参照。
62 「居宅介護支援事業所及び介護支援専門員の業務等の実態に関する調査研究事業報告書」(2015年度調査)を参照。有効回答数は4,772人であり、「自分の能力や資質に不安がある」という回答項目を44.1%のケアマネジャーが選んだ。調査研究事業は三菱総合研究所の運営。なお、この報告書では同じ設問項目について、2003年からの調査結果も掲載しており、サンプル数の違いがあるが、「自分の能力や資質に不安がある」という回答項目が5~6割で推移している。
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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

(2019年09月06日「基礎研レポート」)

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