2019年09月06日

インシュアテック企業「オスカー」は、米国医療市場でデータヘルスの先駆けとなるか

基礎研REPORT(冊子版)9月号

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1―はじめに

「インシュアテック」とは、進化したデジタルテクノロジーを使って、魅力的な保険商品・サービスや効率的な保険事業を生み出そうとするものである。デジタルテクノロジーを医療に適用するのが「データヘルス」である。
 
今回紹介する米国の医療保険会社「オスカー」は、いち早く世界の注目を浴びたインシュアテックの新興企業であるとともに、最先端のデータヘルス企業でもある。以下、オスカーの開示情報から、同社のあり方を見、デジタルを活用した「これからの医療」、「これからの保険経営」を考えるヒントを探っていきたい。

2―米国医療のあり方にもの申す

オスカーは米国における医療のあり方を変えるべく参入した新興医療保険会社である。
 
同社の米国医療市場についての基本認識は、「競争的でも透明でもないので、高価である。患者は、自分のケアを選択する際、質や価値についての信頼できるシグナルをほとんど持っていない。病院や専門医は、地域での市場支配力が許す範囲で料金を請求する。」とのものであり、「壊れた医療システムを修正する唯一の方法は消費者に権限を与えることである。」として、「手頃な価格で質の高い医療を提供するためにオスカーを設立した。」としている。
 
オスカーが参入した米国の医療市場は独特な世界である。高齢者向けと低所得層向けを除いて公的な医療保険がない米国では、民間の医療保険会社が果たす役割は大きい。その民間医療保険市場は、少数の大手社が支配する寡占市場である。
 
薬価や診療報酬が公的に定められるわが国と異なり、米国ではこれらは、市場原理に則り、民間事業者による自由交渉で定められる。医療保険会社、病院、製薬会社等の市場参加者は、交渉を有利にしようと、日々、合併や買収を通じた大型化等に邁進している。
 
オスカーは、そのような巨人ひしめくマーケットにテクノロジーだけを武器に参入した。その姿は、風車に向かって突き進むドン・キホーテのようにも見えるが、資金調達にそうそうたるメンバーが投資するなど、評価は高い。
 
保険会社として医療市場に参入
 
オスカーは、自身が保険会社であることを必須の条件と考えている。公的な関与がなく、民間のやり取りで医療費の支払等が行われる米国医療制度では、患者のヘルスケアに関する情報が、必ず医療保険会社を経由するからだ。
 
「保険会社として、私たちはすでに市場内の誰よりも多くのデータを持っている。」、「保険会社は何が起こっているのかをリアルタイムで確認できる。製薬会社、医療プロバイダーなど、医療分野のパートナーやベンダーはリアルタイムのデータ分析に近いものは何も準備していない。」と、オスカーのCEOはインタビューで述べている。

3―オスカーの概要

1|会社概要
 
同社の直近会社概要は以下の通り。
● 2013年、ニューヨークに設立
● 2014年、事業開始
● 創業者は、ハーバードビジネススクールの元同級生3人。1人はデータサイエンティストである。トランプ大統領の娘婿クシュナー氏の弟も創業者の1人である。
● 事業地は、ニューヨーク、カリフォルニア等の9州。毎年、段階的にテリトリーを拡大しつつある。
● 契約者(メンバー)数は26万人。
● 従業員数は700人超。新しい会社の割には従業員が多い。
● NPS(ネットプロモータースコア:顧客ロイヤルティの指標)は業界平均を大きく上回っている[図表1]。
NPSの状況
2|オスカーの提供する「顧客体験」

オスカーが提供する主なサービスを顧客目線で列挙すると、以下の通り。
● ウェブサイトや専用アプリ(オスカーアプリ)で、全ての手続き、リクエストが可能
● 予防ケアの受診が無料
  毎年の健康診断、予防注射、各種スクリーニングが無料。
● 専用のコンシェルジュチーム
    ケアガイド3名と登録看護師1名で構成される各人専用の「コンシェルジュチーム」 
    が、あらゆる側面でメンバーをサポートする。
● 年中無休、24時間可能な遠隔医療サービス(ドクターオンコール)
● ウェブサイトやオスカーアプリで医師を探し予約できる
● 歩数に応じて報酬が得られるトラックステップス
  設定されたゴール歩数に到達するごとにAmazon®ギフトカードの報酬が1ドルずつ、
  年間上限240ドルまで積み上がる。
● 処方箋、治療履歴、保険金請求履歴等が閲覧可能
 
 

4―データを基軸に経営するオスカーの事業戦略

オスカーのサービスは、個々人ごとに属人的な形で提供される。それを可能にしているのがテクノロジーとデータを重視する事業戦略である。

以下、オスカーの事業戦略を見る。
 
1|エンゲージメントを増やす

オスカーはメンバーとのエンゲージメントを最重要の課題としている。エンゲージメントは「交流度を図る指標」で、つながり、対話、交流といった、関与を意味する言葉である。

オスカーは双方向のやり取りによる健康管理のサポート等を通じて、メンバーに積極的に関与し、信頼関係を築くことによって、エンゲージメントを高める戦略をとっている。

調査会社YouGovによる2017年の調査によると、契約している医療保険会社を信頼していると答えたメンバーの割合は業界全体では半数に満たなかったが、オスカーに限れば74%であったとのことである。

コンシェルジュチームの働き

エンゲージメントを高める上で特に重要な役割を果たしているのが、コンシェルジュチームである。最善の医師を見つけることから、慢性疾患を管理すること、医療プロバイダーやラボからの請求に対処することまで、メンバーのあらゆる心配や悩みに付き添いナビゲートする。コンシェルジュチームは2018年1年間の間に、メンバーの77%から寄せられた120万の質問に対応したという。55歳未満のメンバーの75%、55歳以上のメンバーの83%、健康なメンバーの70%、臨床的に深刻な状況にあるメンバーの92%が、コンシェルジュチームに連絡を取った。

また、トラックステップスも健康なメンバーのエンゲージメントを高めるツールとしての役割を担っている。
 
2|バーチャルケアの積極活用でメンバーの負担、医療費を引き下げる

オスカーはバーチャルケア(パソコン、スマホ、電話等によるやり取り、対話を通じたケア)を重視している。

軽微な症例については、メンバーが医療機関に出向くことなく、電話や写真のメール送信等を通じて、診断・治療できるようにすれば、メンバーの手間と時間を節約し、医療費を抑えることもできる。急性の疾病についても、バーチャルケアの第一次診療医が症例を判断し、必要とあれば専門医を紹介、予約することで、症状への対応を一歩早めることができる。

図表2で見られるように、オスカーでは軽微な症例のかなりの割合がバーチャルで対処されている。

 
遠隔医療だけで解決したケースの割合
その結果としての医療費削減効果も大きなものがある[図表3]。
遠隔医療による医療費節減効果
バーチャルケアを実践するのは、遠隔医療の医師(バーチャル第一次診療医)、コンシェルジュチームの専門看護師(医師の務めの多くを遂行する資格のある看護師)、コンシェルジュチームのケアガイドたちである。

遠隔医療を提供するドクターオンコールはバーチャルケアの要であるが、2017年にはメンバーの25%がドクターオンコールを利用したという。これは他の医療保険会社の遠隔医療利用率の平均を大きく超える高率である。
 

3|メンバーの状態に最適で、かつリーズナブルなケアに案内する
 
オスカーはメンバーの健康状態をリアルタイムでトレースすることを目指している。新しい薬が投与された瞬間、新しい検査結果が得られた瞬間など、あらゆる種類のリアルタイムデータを捉えることにより、これは推進される。
 
コンシェルジュチームは、遠隔医療相談、リアルな専門医、緊急ケアクリニック等の中から、メンバーの状態に最も適切かつリーズナブルなケアにメンバーを案内する。そのため、コンシェルジュチームには、各メンバーの臨床履歴や過去の対話履歴等、全記録を鳥瞰できる画面が提供される。AIが判断した、注意を向けるべき潜在的な問題点も提示される。
 
なお、こうしたメンバーに関する情報は、コンシェルジュチームだけでなく、バーチャル第一次診療医、リアルの医療プロバイダーなど、ケア参加者全員に共有されており、いわゆる電子カルテの役割を果たしている。
 
オスカーの紹介を受けてメンバーを診察するリアルの医療プロバイダーの診断、処方等に関する情報もリアルタイムで共有されるので、オスカーはメンバーの健康状態をリアルタイムで把握することができる。
 
コンシェルジュチームが、こうしたリアルタイムの兆候を捕まえ、メンバーに積極的に関与することもある。例えば、「7つ以上の併用薬がある」、「電話による遠隔医療で深刻な病気が疑われた」、「ERに入院している」等が重要なシグナルの1つと考えられている。
 
4|独自の、狭いが有効なネットワークを構築する
 
先行大手の医療保険会社が医療プロバイダーネットワークを広く築き、メンバーが受診できる医療機関の多さをアピールしてきたのと異なり、オスカーは「狭いネットワーク」をアピールしている。全ての病院が全ての保険会社のネットワークに含まれる「広いネットワーク」では、コストや品質に関する病院間の競争がほとんど働かず、価格は品質と無関係に決められてしまうことになるからだ。
 
オスカーが提携を望む医療プロバイダーは、テクノロジーの活用に積極的で、顧客体験の改善に理解がある、ブランド力の高い医療グループである。
 
そうしたグループと選択的に提携し、テクノロジーとオペレーションの深い統合を推し進め、電子医療記録の共有等を実施し、メンバーにシームレスでシンプルな顧客体験を提供する。
 
煩雑さで医療プロバイダーを悩ませてきた保険請求手続き等でも、ファックスや電話によるやり取りを極力省き、プロバイダーの利便を尊重している。
 
5|すべての主要なテクノロジーを自前で構築する
 
オスカーは他社の保険請求支払いシステムを「ファックスで請求を送りあう80年代のままのシステム」と酷評し、「米国医療の非効率、無駄、遅れの最大の要因の1つは、ほとんどの保険会社が使用しているレガシー(時代遅れの)保険請求支払いシステムである。」とし、「レガシーシステムに惑わされることなく向上させることができる、独自のシステムをゼロから構築し、すべてのデータとツールを所有、更新する」として、保険金支払に関するシステムを自前で構築した。
 
これにより、保険請求の91パーセントが自動裁定で支払われるようになり、他の保険会社が14~16日の日数を支払いにかけているのに対して、オスカーは3~4日で支払えるようになった。
 

5―さいごに

データを活用するオスカーのサービスは、いかにもテック企業らしい特徴を備えている。しかし、同時にオスカーはコンシェルジュチームや医師による24時間遠隔医療対応など、人海戦術的で人間味のある事業にも深く取り組んでおり、総合的な保険会社としての完成度が高い。
 
2018年夏にグーグルの親会社、アルファベットから3.75億ドルの出資を受けたこともオスカーへの世間の注目を高めた。データの巨人グーグルも医療関連事業への取組を強めつつある中、両社の今後の関係が注目される。
 
オスカーの事業展開速度はたいへん速い。スタート当初は「スマホで手続きができ、歩くと報酬がもらえる」等がアピールポイントの、技術重視の新規な医療保険会社というイメージにすぎなかったが、コンシェルジュチームの発足など、年々、事業の厚みを増し、充実度を上げてきた。これからもオスカーはその姿を頻繁に変えるはずである。その動向を注視していきたい。
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松岡 博司

研究・専門分野

(2019年09月06日「基礎研マンスリー」)

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