2019年08月27日

「東京都心部Aクラスビル市場」の現況と見通し(2019年8月時点)

金融研究部 主任研究員 吉田 資

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2-3-2. サードプレイスオフィス市場の成長可能性
次に、サードプレイスオフィスと人口減少・高齢化社会との関係を整理した上で、市場の成長可能性について考えたい(図表11)。
図表-11 人口減少・高齢化社会とサードプレイスオフィスの関係
(1) 人口減少・高齢化が企業・就業者に及ぼす影響
人口減少・高齢化社会が到来し、生産年齢人口の減少に伴う労働力不足に直面する中で、企業は「労働力(就業者)の確保」が深刻かつ喫緊の課題となっている。また、労働力不足や外部環境の変化に対応するために、生産性の向上とともにイノベーションの創出がこれまで以上に求められている。一方、人々の長寿化が進み、人生100年時代が到来する中で、将来に備えた収入源の確保や新たなスキル・人脈獲得等の目的から、副業・兼業を希望する就業者は増加しており、それを容認する企業も増えつつある。
(2) 労働市場の変化
企業は、労働力確保の観点から、「高齢者および女性就業者の雇用増加」や「外国人労働者の受け入れ」、従業員の高齢化に伴い増加している「介護離職の防止」に積極的に取り組むだろう。価値創造のためのダイバーシティ経営8も推進されていることから、就業者および就業形態の多様化が進むと考えられる。

また、労働力を補うため、企業に属さないフリーランスに委託するケースも増えると思われる。イノベーションの創出を意図して、先進的な事業に取り組むスターアップ企業やフリーランスとの協力・業務提携は進むだろう。前述の通り、副業・兼業を希望する就業者も増加していることから、今後、個人・小規模事業者は増加すると見込まれる。
 
8 多様な人材を活かし、その能力が最大限発揮できる機会を提供することで、イノベーションを生み出し、価値創造につなげている経営(経済産業省「新・ダイバーシティ経営企業100選」より)
(3) ワークプレイスに求められる条件
ワークプレイスに求められる条件として、「多様化する働き方への対応」を挙げられる。2016年より始まった「働き方改革」により、ワークライフバランス向上の必要性も相俟って、従業員の働きやすさを担保するため、働く場所に関して多様な選択肢を用意することが求められている。

また、生産性の向上とともにイノベーションの創出が求められる中で、オフィスワーカーは単純な情報処理業務から知識創造業務に取り組む割合が拡大している9。ワークプレイスは、ただの「作業空間」ではなく、多様な人材が相互作用できる「創造空間」であることが求められるだろう。
 
9 仲 隆介 「日本のワークプレイスのこれまでとこれから-働く空間と働き方の関係及びその社会的背景に着目して」日本労働研究雑誌 No.709 August 2019
(4) サードプレイスオフィス市場の成長可能性
「多様化する働き方への対応」や「創造空間の構築」の動きに後押しされて、サードプレイスオフィス市場の成長は当面の間、継続すると思われる。

橋本(2016)10によれば、特に拠点が急増しているコワーキングスペースについて、利用者は「共存・共有」や「共信」を経て「協創・協働」に至るとしている(図表11)。

「共存・共有」は、場所や設備の共有を意味し、シェアオフィスやレンタルオフィスの形態に近い。第2段階の「共信」は、場所や設備を共有するオフィスワーカーが、情報交換等を通じて、信頼関係を築く段階としている。最終段階の「協創・協働」では、信頼関係を構築したオフィスワーカーが、互いのスキル・ノウハウを共有し、協働して新たな価値を創造する。

現状、場所や設備の共有は一定程度進んでいるものの、オフィスワーカー同士がスキル・ノウハウを共有し、協働を行うケースはまだ少ないようである。今後、ワークスペースには「創造空間」の役割が一層求められることを鑑みると、利用者同士の「協創・協働」の進捗度合いが、サードプレイスオフィス市場の成長の鍵となるだろう。
 
10 橋本 沙也加「コワーキングスペース/シェアオフィス空間による協創型ワークプレイスの出現-都市マーケティングとマネジメントの観点から-」大阪市立大学共同出版会 OMUPブックレット No.57 2016年6月
 

3. 東京都心部Aクラスビル市場の見通し

3. 東京都心部Aクラスビル市場の見通し

3-1. Aクラスビルの新規供給見通し
三幸エステートの調査によれば、2019年の東京都心部Aクラスビルの新規供給量は約12万坪となり、2003年に次ぐ高水準であった2018年(約23万坪)の半分程度に留まると見込む。2020年は、港区虎ノ門の「神谷町トラストタワー」や千代田区丸の内の「OH-1計画」、港区芝浦の「田町ステーションタワーN」等、大規模ビルの竣工が多く予定されており、約20万坪の大量供給になると見込む。日経不動産マーケット情報によれば、2020年4月までに完成する大型オフィスビルの稼働率は90%に達しているとのことである。テナントリーシングは順調に進捗しており、短期的に需給バランスが大きく悪化するとの懸念は小さい。

2021年と2022年の新規供給量は、年間10万坪を下回り、供給は一旦落ち着く。しかし、翌2023年は港区で大規模ビルの竣工が複数棟予定されており、新規供給量は25万坪を上回り、過去最高水準に達すると見込む(図表12)。
図表-12 東京都心部Aクラスビル新規供給見通し
3-2. Aクラスビルの空室率および成約賃料の見通し
東京都心部Aクラスビルの空室率は、旺盛な需要に支えられ、現時点の極めて低い水準を維持する見通しである。2020年末の空室率は、大量供給の影響を受けて、小幅ながら上昇するものの、2%程度に留まると見込む。その後、2021年と2022年の新規供給が限定的なこともあり、空室率は2%台で推移するが、2023年末には過去最高水準の大量供給の影響を受けて再び上昇しよう。ただし、底堅いオフィス需要に下支えされて、過去10年平均の5%を下回る4%程度に留まると見込む(図表13)。

東京都心部Aクラスビルの成約賃料は、逼迫した需給環境を支えられ、当面の間、40,000円台/月・坪の水準を維持すると見込む。ただし、2020年以降は、大量供給による空室率の上昇や東京五輪開催後のマイナス成長の影響を受けて下落基調で推移し、2023年には約35,000円となると予測する(図表13)。現在の賃料水準から▲15%下落するものの、2017年の賃料水準(34,599円)と同水準に留まる見通しである。
図表-13 東京都心部Aクラスビルの空室率および成約賃料見通し
 
 

(ご注意)本稿記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本稿は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものでもありません。
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金融研究部   主任研究員

吉田 資 (よしだ たすく)

研究・専門分野
不動産市場、投資分析

経歴
  • 【職歴】
     2007年 住信基礎研究所(現 三井住友トラスト基礎研究所)
     2018年 ニッセイ基礎研究所

    【加入団体等】
     一般社団法人不動産証券化協会資格教育小委員会分科会委員(2020年度~)

(2019年08月27日「不動産投資レポート」)

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