2019年08月22日

公的年金財政検証の復習と予習 ~2019年財政検証結果の主な注目点は…

保険研究部 上席研究員・年金総合リサーチセンター 公的年金調査室長 兼任 中嶋 邦夫

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1 ―― 大事な前提:2017年に保険料(率)の引上げが停止。今後は給付で財政バランスを調整

公的年金の財政検証(将来見通し)では、給付水準の見通しが示される。これまでの将来見通しでは、将来の給付水準が足下から数十%低下する見通しが示されてきた。このように給付水準が低下するのは、2017年に公的年金の保険料(率)1の引上げが停止されたためである。

保険料(率)の引上げ停止は、2004年改正で決まった。当時の試算では、当時の給付水準を維持するには厚生年金の保険料率を将来的に労使合計で25.9%まで引き上げる必要がある、という結果であった(図表1)。
図表1 厚生年金保険料率の推移
しかし、労使ともに保険料の引上げに反対したため、保険料率の引上げを18.3%で停止し、その代わりに将来の給付水準を削減して、年金財政のバランスを取ることになった。そこで、少子化に連動して給付を段階的に引き下げ、「ここまで下げれば大丈夫」となったら引下げを停止する仕組み(マクロ経済スライド)が採用された2

給付水準の引下げは年金財政が健全化するまで続くが、いつ年金財政が健全化するかは、今後の人口や経済の見通しによって変わる。そこで、国勢調査が5年ごとに行われることを踏まえて、政府は少なくとも5年ごとに年金財政の見通しを作成する(財政検証を行う)ことになっている。
 
1 会社や会社員が負担する厚生年金保険料では給与に対する率(保険料率)が、自営業等が負担する国民年金保険料では実質的な保険料額が固定されている。ただし、厚生年金保険料(金額)は個人の給与変動に応じて変わり、国民年金保険料(金額)は社会全体の給与変動(賃金上昇率)に応じて改定される。
2 マクロ経済スライドの仕組みは、拙稿「2019年度年金額改定の意味」などを参照。

2 ―― 注目点1=今後の給付水準:いつまで、どこまで下がるか。特に基礎年金に要注目

2 ―― 注目点1=今後の給付水準:いつまで、どこまで下がるか。特に基礎年金に要注目

前述のとおり、現在の制度は将来の給付水準を引き下げて年金財政のバランスを取る仕組みになっている。そのため、年金財政の将来見通しでは、収支の見通しに加えて将来の給付水準が示される。給付水準が、いつまで、どこまで(どの程度まで)低下するかが、第1の注目点である。

給付水準は、法律で定められたモデル世帯の所得代替率で示されるが、所得代替率の値自体は解釈が難しい。そこで注目すべきなのは、所得代替率が足下と比べてどの程度低下しているか(低下率)である3。前回(2014年)の財政検証では、足下(2014年度)の所得代替率が62.7%だったのに対し、今後の経済状況によって51.0~35.0%へと段階的に低下する見通しが示された(人口の前提が中位の場合・図表2)。これは、足下の水準と比べて、給付水準が2~4割程度低下することを意味する(図表2の最下段)。
 
図表2 2014年財政検証での給付水準の見通し
もう一歩踏み込んで見ると、給付水準の低下は厚生年金(2階部分)よりも基礎年金(1階部分)で大きくなっている。この問題は基礎年金のみを受給する人(自営業など)の問題だと考えられがちだが、基礎年金の受給権者のうち加入期間が自営業等(第1号被保険者)の期間だけなのは全受給権者の約1割、2017年に65歳になった受給権者では約4%に過ぎない。つまり、年金に占める基礎年金の割合が大きい人、すなわち会社員OBの中でも現役時代の給与が少ない人への影響を気にする必要がある4

今回の見通しでモデル世帯や基礎年金/厚生年金別の給付水準がどの程度下がるか、要注目である5
 
3 現在の仕組みに切り替わった2004年時点などを基準にする見方もある。また財政検証では、所得代替率以外に、物価上昇率で現在価値に換算した年金額も示される。この年金額は将来に向かって増えていくため、所得代替率の低下とどう整理して理解すべきかが分かりにくい。1つの整理方法には、「年金財政としては所得代替率で示されるように給付を低下させる必要があるが、賃金の伸びが物価の伸びを上回れば、物価を基準にした実質価値では低下がカバーされる」という解釈があるだろう。今回の財政検証では、経済変動の中で一時的に賃金の伸びが物価の伸びを下回るケースが含まれる予定となっており、その結果が注目される。
4 基礎年金の水準が低下する原因や問題については、拙稿「基礎年金の水準低下問題への対策試案」などを参照。
5 給付水準の示し方について、モデル世帯は専業主婦世帯を想定するなどの点で標準的でなく、共働き世帯や単身生態など数多くの世帯類型を示すべき、という声も聞かれる。しかし、公的年金が基礎年金と厚生年金で構成され、年金額の多寡は働き方だけでなく現役時の給与の多寡で決まることを考えれば、基礎年金・厚生年金別の給付水準に注目する方が本質的だろう。

3 ―― 注目点2=厚生年金の適用拡大:年金財政の観点からは、未適用業種に要注目

3 ―― 注目点2=厚生年金の適用拡大:年金財政の観点からは、未適用業種に要注目

前回(2014年)の財政検証からは、現行制度に基づいた将来見通しに加えて、制度改正案の影響を見るための試算(オプション試算)も行われており、今回も行われる予定である。今回試算される改正案は明確でないが、想定される改革案のうち改正の実施が確実なのが、厚生年金の適用拡大である6。ここ数年の「経済財政運営と改革の基本方針」(いわゆる骨太方針)に盛り込まれてきたため、拡大を前提として、どの基準がどう拡大されるのかが注目点となる。

厚生年金の適用拡大といえば短時間労働者(パート労働者)への拡大が注目されがちだが、年金財政の観点からは、現在は厚生年金の強制適用の対象となっていない事業所への拡大が注目される。厚生年金の加入は、労働時間などの働き方だけでなく、職場(事業所)が厚生年金の対象か否かにも影響される。現在の制度では、法人の事業所は業種や規模に関係なく厚生年金の強制適用の対象である一方で、個人事業所は法律で決められた16業種(法定16業種)かつ従業員が5人以上の場合にのみ、強制適用の対象となる。それ以外の個人事業所は適用拡大の対象となり得るが、従業員が5人未満の事業所は、既に強制適用の対象となっている法人において実際の適用が不十分という問題がある。そのため着実な実施を重視する観点からは、従業員が5人以上の法定16業種以外の個人事業所への適用拡大が優先される可能性がある。

仮に法定16業種以外への適用拡大が実施された場合、対象となる労働者(約300万人)は、国民年金の第1号被保険者(自営業と同じ扱い)から第2号被保険者(他業種の会社員と同じ扱い)へと移る(図表3)。

3 ―― 注目点2=厚生年金の適用拡大:年金財政の観点からは、未適用業種に要注目

図表3 厚生年金の適用状況 (事業所種別×週労働時間の概要)
年金財政にとっては、基礎年金拠出金の対象者が国民年金財政から厚生年金財政に移ることになり、結果として、国民年金財政の基礎年金拠出金の対象者(いわば加入者)1人当りの積立金額が増加する。これは国民年金財政の好転を意味するため、国民年金(基礎年金)の給付水準低下を、適用拡大しなかった場合よりも抑えることが出来る7。その結果、前述した基礎年金の給付水準低下を抑える効果を持つ。

厚生年金の適用拡大では、拡大された個人が基礎年金に加えて厚生年金も受けとれることが分かりやすいメリットだが、基礎年金の底上げという加入者全体の観点からも注目される。
 
 
6 詳細は、拙稿「年金改革ウォッチ 2019年4月号~ポイント解説:パート以外への厚生年金適用拡大」「年金改革ウォッチ 2019年6月号~ポイント解説:パート労働者への厚生年金の適用」などを参照。
7 この仕組みは、拙稿「年金改革ウォッチ 2018年10月号~ポイント解説:適用拡大の年金財政への影響」などを参照。要は、基礎年金拠出金の対象者が国民年金財政から厚生年金財政に移っても、積立金は移されないため、このような結果となる。しかし、国民年金財政の積立金の中には、当該移動者の将来の基礎年金拠出金に対応する財源が含まれている。2016年に行われた適用拡大の検討時は、対象者が約25万人と限定的だったこともあってこの論点は注目されなかったが、法定16業種以外への適用拡大は300万人程度と大規模になる見通しである。積立金を移さないにしても、きちんと議論して根拠を整理すべきだろう。
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中嶋 邦夫 (なかしま くにお)

研究・専門分野
公的年金財政、年金制度全般、家計貯蓄行動

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