2019年08月07日

日本のキャッシュレス化の現在と未来-政府によるポイント還元策の導入効果に対する考察

基礎研REPORT(冊子版)8月号

金融研究部 主任研究員・年金総合リサーチセンター兼任   福本 勇樹

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1―キャッシュレス化に対する大手企業と中小企業の温度差

日本では主に大手企業がキャッシュレス化を進展させているとみられる。日本は少子高齢社会にあり、近い将来訪れる労働人口減少の問題に対処していく必要がある。その対応策の一つとしてキャッシュレス化が注目されている。キャッシュレス決済を導入して現金取扱業務を削減し、人員再配置や人件費削減を行って業務効率化を進めようということである。具体的には、現金取扱業務がなくなれば、盗難・紛失のリスクが逓減するだけではなく、現金取扱業務の労働力をそれ以外の顧客対応などの業務に配置することも可能となる。大手流通・小売店を中心に「現金取扱お断り店舗」や「無人レジ」等の実験が行われており、業務効率化に一定の効果が認められている。

順調にキャッシュレス化が浸透していけば、金融機関も営業店舗や銀行ATMを効率化して、現金取扱業務を削減することができるようになる。金融機関はデビットカードの利用を推進するだけではなく、モバイル送金のサービスにも続々と参入し始めている。

キャッシュレス化ではビッグデータ利活用も期待されている。購買履歴データを収集することで、商品配置を最適化することや消費者個人の趣味・嗜好に合わせた広告を提供することなども可能となる。つまり、ビッグデータを利活用することで販売機会の拡大を行おうということである。特にスマートフォンは購買履歴データだけではなく位置データの収集も効率的に行えるため、大手通信業やIT企業も続々とスマートフォン決済に参入している。

また、キャッシュレス決済は「プラットフォーム」としての特徴を持つと指摘されることもある。「プラットフォーム」とは利用者と利用者をつなげるサービスのことである。プラットフォームの特徴として利用者が増えれば増えるほどネットワーク効果により利便性が増してロックイン効果(顧客が特定の製品やサービスに固定されること)が働くことが挙げられる。決済ビジネスに参入する大手企業の目的に既存顧客を囲い込みたいという意図もあると思われる。

一方で、キャッシュレス化に及び腰なのは中小企業である。中小企業は大手企業と比較して人員配置の最適化やビッグデータ利活用による効果が小さく、インセンティブに乏しい。また、キャッシュレス決済を導入すると端末導入費用や決済手数料もかかるというデメリットも無視できない。しかも、決済サービス業者に対して交渉力のある大手企業とは異なり、中小企業は相対的に高い手数料を支払っている。さらに、売上金を回収するまでに半月から1ヶ月かかる決済サービスが多く、資金繰りのコストも別途かかることになる。そのため、中小企業ではあえて現金決済で対応し、現金取扱業務にコストをかけることで端末導入費用や決済手数料を負担せず、現金回収を早めようとしているところも多い。特に生鮮食品を取り扱う店舗や薄利多売の業態であればあるほど、キャッシュレス決済を導入するインセンティブはないであろう。

そこで、2019年10月に予定されている消費増税に伴って、中小企業においてキャッシュレス化を進めるための政策導入が予定されている(いわゆる「ポイント還元策」)。中小企業で物やサービスを購入すると消費者に5%(フランチャイズチェーン等の場合は2%)還元されるというものである。ただし、還元の対象となるのは政府指定の決済サービス事業者経由でポイント還元策に参加する中小企業に限られる点には注意を要する。店舗に対してキャッシュレス端末の導入を義務化するわけではなく、政府方針はあくまでも消費者や中小企業がキャッシュレス決済を利用するインセンティブを高めていくような方向性である。それゆえ、政府のポイント還元策は、大手企業と中小企業で対応が分かれるだけではなく、中小企業であってもポイント還元策に参加するところと参加しないところに分かれることになる。

中小企業に対して直接的にキャッシュレス化を促進するような方策も含まれている。ポイント還元策に参加すると、決済手数料(手数料の上限を3.25%とすることを条件に、国が3分の1を補助)や端末導入費用(決済サービス事業者による3分の1負担を条件に、国が3分の2を補助)に対して補助金が支払われる。

しかしながら、実施が9ヶ月間と短期間であり、長期的に中小企業にメリットのある形で導入されないと、ポイント還元策に参加したとしても現金決済に回帰するところが出てくる可能性が大いにあるものと考えている。図表1は業種別・規模別の売上高経常利益率(経常利益÷売上高)を比較したものである。経常利益には端末導入費用や決済手数料、資金繰りにかかる費用が反映されている。ポイント還元策に参加すると、中小企業にかかる決済手数料の上限は約2.16%になる。しかしながら、販売価格を維持したままで新規でキャッシュレス決済を導入すると、規模に関係なく小売業や飲食店の利益水準だとかなり厳しいことが分かる。キャッシュレス化に伴うコストを負担すると赤字になる店舗では、企業規模が小さくなれば小さくなるほど、「現金決済を継続する」か「決済手数料を価格転嫁する」という選択肢が現実的になる。
[図表1]法人企業(中小)と法人企業(全規模)の売上高経常利益率の比較(2017年度)

2―日本のキャッシュレス化の将来展望

日本銀行による2018年6月の生活意識に関するアンケート調査(第74回)における「決済手段を選択する際に重視すること」では、決済手段を選択する際に最も重視しているのは「ポイントや割引などの便益面」(51%)であった。消費者がキャッシュレス決済を利用することによって受けられる経済メリットを最も重視していることが分かる。そういう意味では、政府のポイント還元策は、消費者が中小店舗においてキャッシュレス決済で商品やサービスを購入するインセンティブを大いに高める政策といえる。その次に「支払金額の大きさ」(42%)を重視している。高額消費の場合はクレジットカードを利用することが一般的になっている。特に高額消費では紛失や盗難の対策としてクレジットカードの保険や補償機能も重視されているものと考えられる。また、支払金額が大きくなれば、享受できるポイント還元額も大きくなる。その一方で家計簿ソフトの活用など、キャッシュレス化による利便性の向上は経済メリットと比べて重視されていない。また、「キャッシュレスとデビットカード利用意向に関する実態調査2019」(JCB)では、消費者は「単価が高い」&「大手企業が販売する」商品であればあるほどキャッシュレス決済を望む傾向がある。一方で、キャッシュレス決済端末が導入されていたとしても、消費者はお祭りの屋台や駄菓子屋などの「単価が低い」&「中小企業が販売する」商品に対してキャッシュレス決済の利用を望まない傾向がある。

以上の考察から、政府のポイント還元策は、これまでの「単価が高い」(=消費者にとって経済メリットが大きい)&「大手企業が販売する」(=企業サイドの導入インセンティブが高い)商品だけではなく、「単価が高く」&「中小企業で販売する」商品や「単価が低く」&「大手企業で販売する」商品の領域でのキャッシュレス化に対して効果的な政策ではないかと考えている。「単価が低く」&「大手企業で販売する」のカテゴリについては、フランチャイズチェーン等で2%還元が適用されるため、直営店であっても企業独自のポイントサービスで同水準の経済メリットを消費者が得られるように対応するものと予想される。さらに、飲食料品であれば軽減税率(2%)も適用されるため、ポイント還元策への対応が別れる個別店舗とは異なり、飲食料品を販売するフランチャイズチェーン等が消費者にとって分かりやすく魅力的なのではないか。

一方で、ポイント還元策を導入したしても「単価が低い」&「中小企業が販売する」商品は消費者にも店舗サイドにもキャッシュレス化のインセンティブに乏しく、進展しにくいだろう。消費者の経済メリットが大きくなく、「店舗サイドがキャッシュレス決済のコストを負担するのを憂慮する」「浪費を避ける」「財布の中の硬貨を減らす」などの理由で現金決済が用いられるケースが多いものと見られる。この領域でキャッシュレス化を進展させていくには、現金決済における金融機関の営業店舗や銀行ATMの機能を代替するような「全国共通の公共的な即時決済型の決済手段」(例:デビットカード、モバイルによる銀行送金や個人間送金)の普及が必要になるだろう。
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金融研究部   主任研究員・年金総合リサーチセンター兼任

福本 勇樹 (ふくもと ゆうき)

研究・専門分野
リスク管理・価格評価

(2019年08月07日「基礎研REPORT(冊子版)」)

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