2019年07月05日

現代消費文化を斬る-星に願いを-「ディズニー七夕デイズ」からみる短冊の意味-

生活研究部 研究員 廣瀨 涼

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4――短冊の分類と考察

筆者は、ディズニーリゾートにおける短冊の内容を以下の9つに分類した。さらに、この分類は、非ディズニー要素((1)から(4))、ディズニー要素((5)~(9))の大きく二つに分けることができる。

(1) 自分自身の願い 痩せますように、宝くじが当たりますように、結婚したい、○○が欲しい等
(2) 夢  教員になりたい、パイロットになりたい等明確な職業名が書いてあるもの等
(3) 他人に対する願い ○○の怪我が治りますように、日本代表が勝ちますように等
(4) 社会に対する願い 世界平和、地震が起きませんように、戦争が起きませんように等
(5) キャラクターに対する願い ミッキーのショーが成功しますように、ミッキーがいつまでも愛され続けますように等
(6) 自分がキャラクターに対して願う ミッキーともっと会えますように等、自分のキャラクターに対する願望をかいているもの等
(7) 自分がディズニーリゾートに対して願う ○○のグッズができますように、○○のアトラクションができますように等
(8) グッズ   年間パスポートが欲しい、新しい○○のグッズが欲しい等、物欲を記したもの
(9) 海外パークに対する願い

この短冊観察で得た特質すべきことは、ディズニーランド内と外で、同じディズニーリゾートにおいても短冊の内容が大きく異なるということである。

たしかにディズニーリゾート内であってもイクスピアリ自体はテーマパークではなく、入場料を支払うこともないただの商業施設である。実際には、ディズニーランド目的以外の客層も多い。その結果、非ディズニー要素の短冊が98%を占め、数少ないディズニー要素の短冊も、「また、ディズニーランドに来たい」「○○とディズニーに来たい」といった、日常に身を置いた自身の視点からの願い事が大半を占めた。このカテゴリーに分類できる短冊を書いた人にインタビューをした結果、「深い意味はないけどディズニーランドが近くにあるからお願いした。」と、隣接するディズニーランドを意識したうえでの願いである、との答えだった。多くのイクスピアリで確認できたディズニー要素の短冊は、このような動機の下、書かれているのだろう。
表1 TDL、TDS、イクスピアリの願い事の種類の比較
図1 ディズニー要素と非ディズニー要素の割合
本リサーチを行う前に予備調査として、専門性のある施設で短冊内容のリサーチを行った。リサーチ期間は2018年7月1日~4日の間で動物園、スポーツジム、スーパーマーケット、市役所、小学校、学習塾、コンビニエンスストアにおいて、設営してある七夕飾りに吊るされた短冊内容をリサーチした。結果、短冊に書かれる内容は(1)書く場所、(2)書く場所との関与度、(3)見られる対象、(4)書かれる時期、に左右されると考察した。

まず、「書く場所」だが短冊を書く場所の専門性が高い場合、その専門に対する願いが書かれる傾向が強いことがわかった。スポーツジムでは体力、体型、ダイエット等肉体や健康についての願い事が全体の79%、動物園では動物の健康や地球温暖化に対する願い等、動物や環境に関する願い事が全体の32%、塾では合格祈願が全体の100%であり、短冊に書かれる内容は書かれる場所に大きな影響を受けていることが解っている。一方で、スーパーマーケット、コンビニ、市役所、小学校など生活空間に根付いた場所で書かれた短冊においては、イクスピアリの短冊同様、よりパーソナルで書かれた場所に影響を受けない内容がほとんどであった。

次に、「書く場所との関与度」が大きな要因であり、スポーツジムや塾といった会費を支払い、自らの意思でその場所に通っている場合、その場所と自身の関与度が高く、その施設に関係する願いを書くことで願掛けの意味を込めているようである。これは、江戸時代に寺子屋で子供たちが、「字がうまくなりますように」との願いを短冊にこめた現象と同じであると考えられる。

次に、短冊が「見られる対象」であるが、ジムや塾という施設内の閉鎖されたコミュニティにおいて個人的な願い事を書くことよりも、短冊にコミュニティにおけるコミュニケーションツールとしての役割を見出し、その専門性に沿った内容を他のコミュニティメンバーと同調して書く傾向があった。

最後に短冊が「書かれる時期」は、妊娠中、新婚、受験期などライフステージの内容が反映される個人的な時期と社会的な時期が関係しており、今回のリサーチではワールドカップの年であり、日本代表を願う短冊が予備調査、および本リサーチでも多く見られた。

このような要因から、ディズニーランド内においてはディズニー要素のウィッシングカードが両パークともに35%以上を占めていた。この結果には、ディズニーランドが聖地である点が影響していると考察している。ディズニーランドという装置は,能登路雅子のいう聖地の役割を果たしており、ディズニーランド来園者が日常生活の規範から逸脱し、境界状態にある人間の不確定な状況である「リミナリティ」の状況に置かれ、ディズニー内で「コミュニタス」状態(日常的な秩序が逆転・解体した非日常的な社会状態)を経験5することが、ディズニーランド内での「非日常性」を生んでいる。ディズニーランドという非日常空間においては、ディズニーが提供したストーリー性がすべてである。七夕デイズにおけるストーリーは、ミニーマウスが織姫、ミッキーマウスが彦星であり、ゲストはミッキーとミニーに対して願うのである。予備調査より、短冊の内容は書かれる場所に強く影響を受けると分かったが、ディズニーのウィッシングカードは顕著な例であり、書かれた場所、書かれた場所での七夕のストーリー性をゲストが汲み取った結果、ディズニーランド内では、ディズニー要素が多い短冊が観察できると考察した。
 
5 Turner、Victor.1969. The Ritual Process: Structure and Anti-Structure: Transaction Publishers. 富倉光雄訳.1976『儀礼の過程』新思索社.
 

5――個々の短冊内容の検証

5――個々の短冊内容の検証

次に個々の短冊の内容を検証する。ディズニー要素に関する短冊には、以下のようなものを多く確認することができた。

・「また○○とディズニーに来られますように」
・「ミッキーに会いたい」
・「アトラクションAのグッズを増やしてくれ」
・「日本でもキャラクターBに会えますように」
・「抽選ショーCが当たりますように」

前節で短冊を「非ディズニー要素」と「ディズニー要素」の2つに分類したが、ディズニー要素の短冊も2つに細分類できる。まず織姫彦星伝説にあやかり、願いを短冊に託すものである。これは伝統的な七夕伝説の恋愛要素とディズニーランドという人気のデートスポット6が相まって、恋愛成就や恋愛円満をディズニーという場所で祈ることに意味を見出し、一種のパワースポットとしての位置づけとしてディズニーランド、七夕デイズを見ているようである。非ディズニー要素の「自分自身の願い事」の42%も恋や結婚に関する内容であった。また、ディズニーオタクからすれば、ディズニーの「聖地」でカリスマである「ミッキーマウス」に「ディズニーのこと」を願うことは、それ自体に意味があり、「ディズニーでの七夕」に神聖な価値を見出している。

次に、七夕にあやかり、ウィッシングカードに「オリエンタルランド」への要望を書いている人々である。彼らにとってのウィッシングカードは、ミッキー、ミニーの織姫彦星に対する「祈願」という側面よりも、オリエンタルランドへの直接「お客様の声」という形で伝えるという位置づけで書かれている。前述したとおり、オリエンタルランドは東京ディズニーランドの運営を行っており、ショー、パークフード、グッズ販売などの計画を行っている。彼らの短冊は主に、特定キャラクターのグッズ販売要請、終わってしまったショーの復活、混雑を緩和するお願い、抽選ショーが当たりやすくなるように、など短冊を管理する運営に対して短冊という目に見える形で要望を伝えているようである。その多くは、Twitter等に載せられることで、自身の書いた内容を他のディズニーオタクに見せることができる。ディズニーに関連する着眼点の鋭いお願いは、拡散や多くの反応を受けることで、承認欲求の充足や他のオタクに対するマウンティングにつながる。
 
6 中西純夫.2011.「東京ディズニーランドにおけるディズニー文化の受容」『千葉大学人文社会科学科研究』22.
 

6――結論

6――結論

本リサーチを通して、以下のことを確認することができた。
 
  1. 短冊内容は多様化している
  2. 人々は短冊を書く場所に強い影響を受ける

本来の短冊は「字が上手になりますように」といった、なんらかの上達を願うものであった。しかし、現代の七夕は、「星に願い事をする日」であり、短冊を「願いのかなう絵馬」として解釈を拡げている。そのため、「宝くじ当選」といった欲まみれのものや、「○○がほしい」といったクリスマスのサンタクロースに対する願いのようなものまで、幅広い願望が短冊に書かれるようになった。

一方で、人々は短冊を一種のコミュニケーションツールとして位置付けており、短冊の内容は(1)書く場所、(2)書く場所との関与度、(3)見られる対象、(4)書かれる時期、に左右されていることが確認できた。特にウィッシングカードはディズニーランド内で書かれるため、ディズニーのストーリー性を含む願い事の割合が多い。またディズニーランドにロマンチック性を見出しているため、「恋愛成就」に関する願い事の割合も多かった。このことから筆者は、短冊に短冊を書いている場所のテーマ性を付与しようとする傾向があると考察した。

さらに、我々は短冊を書く場所、環境、見られる対象を考慮しながら短冊を書いていることとなり、その短冊もそのテーマ性を保つ一部となるのである。言い換えれば、非日常下で書かれる短冊は、内容自体もエンターテインメント化し、日常生活で書かれる内容と異なる傾向があるのである。つまり、我々はTPOに合わせて短冊内容を書き分けている傾向もあると考察した。
 
-さいごに-
 皆さんの七夕が素敵な夜になりますように・・・                 (終)


参考文献
岩井宏実.1974.『絵馬 ものと人間の文化史12』法政大学出版局
上田弓子.2014.「現代日本におけるスピリチュアリティについての一考察」『教養デザイン研究論集』6 明治大学大学院.
小南一郎.1991.『西王母と七夕伝承』平凡社.
佐藤善之.2009.「いかにして神社は聖地となったか : 公共性と非日常性が生み出す聖地の発展」『北海道大学文化資源マネジメント論集』7.
鈴木大拙.1972.『日本的霊性』岩波文庫.
瀬野精一郎.1988.「短冊」『国史大辞典』.
中村喬.1988.『中国の年中行事』平凡社.
宮家準.1980.『日本宗教の構造』慶応通信.
室井綽.1973.『竹』法政大学出版局.
李守愛.2006.「日本の平安時代における「七夕」・「乞巧奠」の受容の過程について」『成大宗教與文化学報(国立成功大学) 第七期』.
和歌森太郎.1957.『年中行事』至文堂.
Barber、N. 2012. Why Atheism Will Replace Religion .Kindle edition.
Gennep、A、V. 1909. Les rites de passage,.Emile Nourry. 綾部恒雄・綾部裕子訳 .1977.『通過儀礼』岩波文庫.
Luckmann、T. 1967. The Invisible Religion. The Problem of Religion in Modern Society 赤池憲昭・ヤンスィンゲドー訳.1976.『見えない宗教--現代宗教社会学入門』ヨルダン社.
Weber、Max.1920-1921. Gesammelte Aufsätze zur Religionssoziologie. 大塚久雄, 生松敬三訳.1972.『宗教社会学論選』みすず書房.

■参考サイト
http://kanko.ogori.net/index.php?cID=165 小郡市観光協会 七夕神社(媛社神社)ページ(2018年9月18日閲覧)
http://www.zojoji.or.jp/ 増上寺ホームページ(2018年9月18日閲覧)
https://www.kodaiji.com/ 高台寺ホームページ(2018年9月18日閲覧)
http://www.oisi-food.net/G-tanabata-TEX2.html#top 五節供の会ホームページ(2018年9月18日閲覧)
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/767971 国立国会図書館デジタルコレクション年中恒例記
(2018年9月18日閲覧)
https://www.tokyodisneyresort.jp/tdl/ 東京ディズニーリゾート公式サイト(2018年9月18日閲覧)
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000727.000008372.html
三越伊勢丹銀座店七夕プレス記事(2019年2月7日閲覧)
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廣瀨 涼 (ひろせ りょう)

研究・専門分野
消費文化、マーケティング、ブランド論、サブカルチャー、テーマパーク、ノスタルジア

経歴
  • 【経歴】
    2019年 大学院博士課程を経て、
         ニッセイ基礎研究所入社

    ・令和6年度 東京都生活文化スポーツ局都民安全推進部若年支援課広報関連審査委員

    【加入団体等】
    ・経済社会学会
    ・コンテンツ文化史学会
    ・余暇ツーリズム学会
    ・コンテンツ教育学会
    ・総合観光学会

(2019年07月05日「基礎研レポート」)

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