コラム
2019年06月17日

現代消費文化を覗く-あなたの知らないオタクの世界(3)

生活研究部 研究員 廣瀨 涼

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1.メイドカフェの起源

秋葉原の名物ともなった「メイド喫茶」1。歴史はここ20年ほどで築きあげられたものである。 そもそもメイド喫茶の起源は、1997年に遡る。成人向け恋愛シュミレーションゲーム『Pia♡キャロットへようこそ!!2』の発売を受け、「東京キャラクターショー1998」にアニメゲームの企画・制作とショップ「ゲーマーズ」を運営するブロッコリーが、同タイトルの舞台を再現したレストランを出店した。そこでは、そのゲームのコスプレをした女の子がドリンクやグッズなどを販売し、ファンから好評を博した。翌1999年7月ブロッコリーは運営するショップ「ゲーマーズスクエア店」内に同ゲームのコンセプトカフェを期間限定でオープンすると、立て続けにコスプレウェイトレスが接客を行うカフェをオープンしていく。そして2000年「ゲーマーズスクエア店」に「Café de COSPA」がオープンし、これが後の元祖メイドカフェである「キュア メイド カフェ」の前身となった2。アキバ名物の、メイドのコスチュームを身につけたスタッフが接客を行うという独創的なスタイルは、ここから始まった。現在無数のコスプレ系カフェが点在している秋葉原だが、「メイドカラオケ」、「メイドカジノ」とその形態を拡張することで様々な切り口が生み出されている。現在では、「喫茶」と「メイド」が分離され、それぞれの市場を拡大している。
 
1 めいど喫茶やメイドカフェなどと表記されることもある。
2 『アキバが地球を飲み込む日 秋葉原カルチャー進化論』 東洋経済新報社 (2007)より。

2.「NO MUSIC, NO LIFE」「NO MAID, NO LIFE.」

2005年にアキバやオタクメディア露出が増えると、アキバとメイドの結びつきを強くしようと様々な企業がメイドとのコラボレーションを行った。例えば2007年3月メイドカフェ「Café Mai:lish」はCD、DVD販売を行う「タワーレコード」とコラボレーションした。同コラボはタワーレコードのコーポレートボイスである「NO MUSIC, NO LIFE」と秋葉原のメイドカルチャーの融合を狙い、新たなキャッチフレーズ「NO MAID, NO LIFE.」のもとに、秋葉原・メイド・音楽・ファッションを掛け合わせて発生する文化に着目した試みであった3。「メイド文化」はメイド喫茶から始まり、メイドそのものに対する需要も拡大し、それと共に秋葉原内でのビジネスが転換されていった、そんな時代であった。
 
3 メード喫茶とタワレコが初コラボ-「アキバ経済新聞」2007年3月9日「No Maid, No Life.」https://akiba.keizai.biz/headline/377/

3.「お帰りなさいませ!ご主人様 ♡」

2005年は、「電車男」のヒットや「AKB48」のデビューなどアキバが世間の目にさらされる機会が多かった。中でもユーキャン流行語大賞の上位10 作品に「萌え~」が入賞するなど、「萌え」を基盤とする秋葉原のメイドカフェは、アキバ商業における象徴といえただろう。確かに秋葉原にはオタクの街といわれるだけあり、マンガやアニメを専門で取り扱う店が数多く点在し、多かれ少なかれ、萌えを売り物にしていたかもしれない。しかし、筆者があえてメイドカフェを萌えの象徴と考えるのには、理由がある。

メイドカフェに一歩客が来店するとそこでは、客は主人となり、メイド服姿の若い女の子は仕えるものという、簡易的な主従関係が生まれる。「お帰りなさいませ、ご主人様 ♡」の出迎え文句は「開けゴマ(Open sesame)」の様に一種のスイッチとなり、それまで一般人であった一個人を、主人というカーストの中に適合させてしまうのである。そして、適合された主人は、従順に仕えるメイドに対して、命令をだす。(これは形式であり、金銭は発生する。)主人(客)及びメイド(店員)は、ロールプレイのごとく自身の役を全うしようとする。多くのオタクは、この「非日常」を求め、メイドが待つメイドカフェに帰宅(来店)するのであった。このように「萌え」とは視覚的な刺激により創出させられるだけでなく、経験によって創出されることもあり、「萌え」そのものが、疑似恋愛の一種と揶揄される理由でもある。今で言う「コト消費」の走りとも言えるだろう。メイドカフェは、萌え消費の追及により創出された産物であり、「当時」のアキバの象徴といえただろう。

4.メイドビジネスの闇

メイド文化の流行は、メイド文化の終わりの始まりでもあった。メイドカフェ風のキャバクラや風俗店が乱立、神田1丁目付近では、秋葉系キャバクラの客引きで溢れている。繁華街である歌舞伎町と何ら変わらなくなった街の情景に、行き場を失ったオタクも数多くいるのではないだろうか。コンプレックスや、過去に女性に対していい思い出がないオタクにとって、ある意味でそれにつけ込んだ形で、話しかけてくるメイドカフェをはじめとした客引きは、オタクに女性とコミュニケーションをとる場を提供してくれていた。しかし、一般の観光客向けに店が乱立し、貪欲な客取り合戦が加熱した結果、そのような秋葉原に不快感を示すオタクも増えた。

5.メイドのないしょ話

筆者は、メイドカフェで働く女性100人にインタビュー調査をした経験がある。その一部であるが興味深いものを選んでみた。

Aさん
「最近来る客は昔よりもおしゃれな人が増えて、オタクっぽくないです。積極的に話しかけてきて、アドレスや携番(携帯番号)を聞いて来たりナンパ目的で来る人もいる。外人も多いから店長はかわいくなくても英語話せる人を採用してるみたい。」

Bさん
「昔みたいにオタクっぽい人は少なくなったけど、彼らのほうが一回の会計で払ってくれる額がでかかったから楽だった。あんまり話さなくてもよかったしね。今はみんな観光客だから30分くらいしたら帰っちゃうから回転は速いけど疲れる。」

Cさん
「オタクが来ると積極的にアテンドするようにしている。頼むといろいろ注文してくれるしお小遣いくれたりする。女慣れしてないみたいだから扱いが楽。」
 
オタクも多様化し、観光客も増え、メイドカフェも増え、もちろんメイドも増えた。メイド文化の受容は、メイドビジネスを飽和させ、客引きを加熱させた。もう昔のような“オタク”のためのメイドカフェの姿はそこにはなく、オタクとメイドの距離は離れたんだろうな、と感慨深くなった。そんな哀愁どこ吹く風で、今日もアキバは変化している。(続)
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廣瀨 涼 (ひろせ りょう)

研究・専門分野
消費文化、マーケティング、ブランド論、サブカルチャー、テーマパーク、ノスタルジア

(2019年06月17日「研究員の眼」)

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