- シンクタンクならニッセイ基礎研究所 >
- 経済 >
- 労働市場 >
- 70歳雇用推進の背景と今後の課題 - 企業や個人の状況に合わせたより多様な定年制度の実施を -
70歳雇用推進の背景と今後の課題 - 企業や個人の状況に合わせたより多様な定年制度の実施を -

生活研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 金 明中
文字サイズ
- 小
- 中
- 大
1――政府が70歳雇用を発表
今回の改正案では、企業が労働者を同じ企業で継続して雇用することを義務化した上記の三つの選択肢に加えて、社外でも就労機会が得られるように、(4)他企業への再雇用支援、(5)フリーランスで働くための資金提供、(6)起業支援、(7)NPO活動などへの資金提供という項目を追加した。定年延長による人件費増を懸念する企業にも配慮した措置だと言える。
2――70歳雇用推進の背景
政府が定年延長を推進するもう一つの大きな理由は社会保障制度の持続可能性を拡大するためである。国立社会保障・人口問題研究所が発表した2017年度の年金、医療、介護などに充てられた社会保障給付費は116.9兆円と前年度に比べて1.3%増加した。さらに、高齢者人口が4千万人近くなり、ピークに達すると予想される2040年には社会保障給付費は約190兆円に増加すると推計されている。このままだと、社会保障制度を支えている生産年齢人口は減少しているのに、主な給付対象である高齢者だけが増加し、社会保障制度を維持することが難しくなる。そこで、政府は定年延長を推進し、社会保障財政の安定化を志向することになったのである。
3――雇用延長の現状や今後の課題
60歳を境に正社員としての身分が失われ、嘱託やパート・アルバイトなど非正規型の雇用形態に変わるケースが多い。このため、高齢者の賃金水準が定年前に比べて大きく低下し、場合によっては、本人の貢献度よりも低い賃金を受け取っている可能性も高い。こうしたことは、高齢者の働く意欲の低下を招くとともに、職場の生産性にも少なからず影響を及ぼしていることが懸念される。改正高年齢者雇用安定法が2013年4月に施行されたことにより、高年齢者がより長く労働市場で活躍することになったものの、低い賃金水準ゆえに、労働市場に長く参加していることが、必ずしも高齢者の生活の質を高めたとは言えないのが現状である。
定年後研究所が定年制度のある企業に勤務している40代・50代男女、および、定年制度のある企業に勤務し60歳以降も働いている60代前半男女、合計516人を対象に実施したアンケート調査(2019年6月4日)によると、「70歳定年」(70歳定年あるいは雇用延長)について「とまどい・困惑を感じる」(38.2%)や「歓迎できない」(19.2%)と回答した、「アンチ歓迎派」は57.4%で、「歓迎する」と回答した「歓迎派」の42.6%を上回った。「とまどい・困惑を感じる」最も大きな理由としては「収入が得られる期間が延びてよいが、その分長く仕事をしなければならないから」(65.5%)が、また「歓迎できない」最も大きな理由としては「自分としては60歳あるいは65歳以降は働きたくないから」(65.7%)が挙げられた。年金の給付を含めた老後の収入さえ確保できれば、労働者の多くは60歳あるいは65歳定年を迎えて労働市場から離れ、余暇を楽しみたいと考えているのだろう。一方、最近、金融庁の金融審議会は、夫婦の老後資金として公的年金だけでは「約2,000万円不足する」という試算結果を示し、不足分を補うためには資産運用などの「自助」の充実が必要と訴えた。この報告を聞いた労働者の多くは「いつまで働かなければいけないのか」という不安を抱くことになっただろう。
高齢者定年延長にあたっては、個人差はあるが、視力や聴力など身体的な老化も顕著になってくることから、より多くの職種・職務の選択肢を考えていくことが望ましい。その一環として、50代前半から、個々の従業員が60代の働き方を考えて方向を定めそこに向かって準備することを支援する制度の実施が求められる。また、企業はテレワークや短時間勤務など多様な働き方に対する人事管理および人事評価制度の一層の整備を推進する必要がある。すべての企業や個人に一律的に適用される定年制度より、企業や個人の状況に合わせたより多様な定年制度の実施を推進することが重要である。
(2019年06月26日「基礎研レター」)

生活研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任
金 明中 (きむ みょんじゅん)
研究・専門分野
高齢者雇用、不安定労働、働き方改革、貧困・格差、日韓社会政策比較、日韓経済比較、人的資源管理、基礎統計
03-3512-1825
- プロフィール
【職歴】
独立行政法人労働政策研究・研修機構アシスタント・フェロー、日本経済研究センター研究員を経て、2008年9月ニッセイ基礎研究所へ、2023年7月から現職
・2011年~ 日本女子大学非常勤講師
・2015年~ 日本女子大学現代女性キャリア研究所特任研究員
・2021年~ 横浜市立大学非常勤講師
・2021年~ 専修大学非常勤講師
・2021年~ 日本大学非常勤講師
・2022年~ 亜細亜大学都市創造学部特任准教授
・2022年~ 慶應義塾大学非常勤講師
・2024年~ 関東学院大学非常勤講師
・2019年 労働政策研究会議準備委員会準備委員
東アジア経済経営学会理事
・2021年 第36回韓日経済経営国際学術大会準備委員会準備委員
【加入団体等】
・日本経済学会
・日本労務学会
・社会政策学会
・日本労使関係研究協会
・東アジア経済経営学会
・現代韓国朝鮮学会
・韓国人事管理学会
・博士(慶應義塾大学、商学)
金 明中のレポート
日付 | タイトル | 執筆者 | 媒体 |
---|---|---|---|
2025/04/15 | 韓国は少子化とどう闘うのか-自治体と企業の挑戦- | 金 明中 | 研究員の眼 |
2025/03/31 | 日本における在職老齢年金に関する考察-在職老齢年金制度の制度変化と今後のあり方- | 金 明中 | 基礎研レポート |
2025/03/28 | 韓国における最低賃金制度の変遷と最近の議論について | 金 明中 | 基礎研レポート |
2025/03/18 | グリーン車から考える日本の格差-より多くの人が快適さを享受できる社会へ- | 金 明中 | 研究員の眼 |
新着記事
-
2025年05月02日
金利がある世界での資本コスト -
2025年05月02日
保険型投資商品等の利回りは、良好だったが(~2023 欧州)-4年通算ではインフレ率より低い。(EIOPAの報告書の紹介) -
2025年05月02日
曲線にはどんな種類があって、どう社会に役立っているのか(その11)-螺旋と渦巻の実例- -
2025年05月02日
ネットでの誹謗中傷-ネット上における許されない発言とは? -
2025年05月02日
雇用関連統計25年3月-失業率、有効求人倍率ともに横ばい圏内の動きが続く
レポート紹介
-
研究領域
-
経済
-
金融・為替
-
資産運用・資産形成
-
年金
-
社会保障制度
-
保険
-
不動産
-
経営・ビジネス
-
暮らし
-
ジェロントロジー(高齢社会総合研究)
-
医療・介護・健康・ヘルスケア
-
政策提言
-
-
注目テーマ・キーワード
-
統計・指標・重要イベント
-
媒体
- アクセスランキング
お知らせ
-
2025年04月02日
News Release
-
2024年11月27日
News Release
-
2024年07月01日
News Release
【70歳雇用推進の背景と今後の課題 - 企業や個人の状況に合わせたより多様な定年制度の実施を -】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。
70歳雇用推進の背景と今後の課題 - 企業や個人の状況に合わせたより多様な定年制度の実施を -のレポート Topへ