2019年06月06日

投資信託の信託報酬とリスク・リターンの分析(1)~投資信託の評価基準について整理する~

金融研究部 准主任研究員・ESG推進室兼任 原田 哲志

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1――はじめに

個人投資家が投資信託を通じて投資を行う場合、信託報酬という手数料を支払い資産運用のプロに運用を委託することとなる。この時、投資家が支払う信託報酬はどれだけ収益の獲得に結びついているのだろうか。今回から3回に分けて、実際に運用されている投資信託を対象に信託報酬やリスク・リターンの水準などを分析し、この疑問について検証する。第1回では、投資信託のパフォーマンス評価について基本的な事項を整理したい。
 

2―――個人投資家が金融商品・金融機関選定において重視する基準

2――個人投資家が金融商品・金融機関選定において重視する基準

個人投資家にとって望ましい投資信託を考えるうえで、金融庁による「リスク性金融商品販売にかかる顧客意識調査」(2019年4月公表)が参考となるだろう。この中で、金融庁は個人投資家が投資を行うにあたって重視する項目を調査している。これによると、個人投資家は金融商品の購入に際して「過去の運用成績が良い」、「手数料が安い」、「元本が毀損するリスクが低い」といった点を重視していることが分かる(図表1)。
図表1 現在保有している金融商品を購入した理由
また、金融庁は個人投資家が「顧客本位の業務運営」に取り組む金融機関を選ぶ場合に、どのような情報や数値を比較して決めたいかについて調べている。これによると、個人投資家は金融機関の選定において「提案できる商品の数」や「お客様向けセミナーの開催数」などよりも「顧客全体の損益状況」や「預かり残高の大きい商品のリスクや手数料、リターン」を比較したいとしている(図表2)。

こうした状況を踏まえて、金融庁はリスク・リターンとコストに関する指標を「共通KPI」1として定義し、金融機関に対して公表を促している。今後は、金融機関が投資信託を販売するにあたりその商品に関するリスク・リターン及びコストに関する顧客説明が、一層求められることになりそうだ。
図表2 「顧客本位の業務運営」に取り組む金融機関を選ぶ場合に各金融機関のどのような情報や数値を比較して決めたいか
 
1 KPIとは「Key Performance Indicator」の略で、企業目標の達成度を評価するための主要評価指標のことをいう。金融庁はリスクや手数料等に見合ったリターンがどの程度生じているかを「見える化」するために、比較可能な指標を公表している。詳細は金融庁(2018)「投資信託の販売会社における比較可能な共通KPIについて」を参照。
 

3―――投資信託のパフォーマンス評価方法

3――投資信託のパフォーマンス評価方法

前章では、個人投資家が投資信託を選定するにあたってリスク・リターンやコストを重視していることを述べた。それでは、投資家はこれらの項目をどのようにして評価すれば良いのだろうか。以下では、図表3に示す国内株式に投資する「ファンドA」と「ファンドB」を例に挙げて、投資信託のパフォーマンス評価方法について整理する。
(1)投資信託のリターンの評価方法
まず、投資信託のリターンについて述べたい。図表3の「ファンドA」と「ファンドB」はともに国内株式を投資対象とした実在の投資信託である。「ファンドA」は市場全体を上回る収益の獲得を目指す投資信託(以下、アクティブファンドという)であり、「ファンドB」は市場全体の値動きに連動した収益の獲得を目指す投資信託(以下、インデックスファンドという)である2

2016年3月末から2019年3月末(3年間)におけるリターン(信託報酬控除後)は、「ファンドA」が+79.8%(年率+21.6%)、「ファンドB」が+23.2%(年率+7.2%)となっている。また、同期間における市場全体の値動きを表わすTOPIX(以下、ベンチマークという)のリターンは+26.0%(年率+8.0%)であり、両ファンドとベンチマークのリターンの差(以下、超過収益率という)は、「ファンドA」が+53.8%(年率+13.6%)、「ファンドB」が▲2.7%(年率▲0.7%)となっている。
図表3 投資信託のリターン分析(2016年3月末=100、3年間)
つまり、投資信託のリターンは市場全体の収益率を表わす「ベンチマークリターン」とその差である「超過収益率」に分解し、分析することが可能である。上記のケースでは、「ファンドA」は「過去3年においてベンチマークを大きく上回る超過収益率(年率+13.6%)を獲得できた」と評価できる。一方で、「ファンドB」のリターンは「ファンドA」を下回るものの、「本来の目的であるベンチマークに連動した収益を概ね獲得した」と評価できそうだ。
 
2「アクティブファンド」と「インデックスファンド」の相違点などついては、第2回レポ-トで説明する。
(2)投資信託のリスクの評価方法
次に、投資信託のリスクについて述べる。リスク3とはリターンのばらつきの度合いのことを表しており、資産運用の世界ではこれを標準偏差という数値で表現することが多い。標準偏差とは、ある期間の投資信託の平均リターンから各リターン(例えば月次リターン、年次リターン等)がどの程度離れているかを示す統計的な数値である。この値が大きい(小さい)ほど、ファンドのリターンのぶれも大きい(小さい)ことを表している。また、リターンが正規分布に従うとした場合、リターン分布の約3分の2が「リターンの平均値±標準偏差」の範囲に収まることになる。
 
図表4は投資信託のリターンの分布からリスクを算出するイメージを示したものである。リターンの分布が平均値(3%)の近辺にまとまっていれば標準偏差は小さくなり、すなわちリスクは小さくなる(赤線の分布)。これに対して、リターンの平均値が同じ3%であっても、リターンの平均値から分布がちらばっていれば標準偏差は大きくなり、すなわちリスクは大きくなる(青線の分布)。
図表4 リスク算出のイメージ
先ほどのケースでは、「ファンドA」のリスクは年率18.6%、「ファンドB」のリスクは年率13.6%と計算され、「ファンドA」のリスクが「ファンドB」よりリスクが大きいこととなる(図表5)。そして、「ファンドA」の年率換算リターンの約3分の2は「21.6%±18.6%(+3.0%~+40.2%)」の範囲内に収まり、「ファンドB」の年率換算リターンの約3分の2は「7.2%±13.6%(▲6.4%~+20.8%)」の範囲内に収まることが見込まれる。
図表5 投資信託のリスク・リターン分析
また、リスクはリターンの分析と同様に市場全体(ベンチマーク)のリスクと投資信託とベンチマークリターンの差である超過収益率のリスクに分解することができる(図表6)。 市場全体のリスクについてはベンチマークリターンの標準偏差で計算し、これを「ベンチマークリスク」という。また、超過収益率の標準偏差のことを「トラッキングエラー」という。このように投資信託のリスクは市場全体のリスクに起因するものか、あるいは投資信託固有のリスクに起因するものか分析することができる。
図表6 投資信託のリスクの分解
図表7は「ファンドA」、「ファンドB」の超過収益率の分布とトラッキングエラーの算出について示したものである。「ファンドA」の超過収益率は平均値からのばらつきが大きいため、トラッキングエラーは13.8%と大きな値となる。これに対して「ファンドB」の超過収益率は平均値からのばらつきが小さいため、トラッキングエラーは0.1%と小さな値となる。

前述のリターンとあわせて考えると、「ファンドAは、アクティブファンドとしてトラッキングエラーを高め、大きな超過収益を獲得した」。一方で「ファンドBはインデックスファンドとしてトラッキングエラーを抑え、ベンチマークに連動した超過収益を獲得した」といえそうだ。
図表7 トラッキングエラー算出の例
 
3 リスクは計測期間の0.5乗に比例して大きくなる。通常、算出したリスクは年率換算で表示する。
  具体的には月次リターンから算出した標準偏差に12の平方根を掛けて算出する。
(3)投資信託のコストについて
最後に、投資信託のコストについて述べる。投資信託に係わるコストでは信託報酬という手数料が大部分を占めており4、信託報酬は投資信託の目論見書で確認することができる。

投資家の受け取る収益は運用による収益から信託報酬などのコストを控除したものである。仮に運用による収益が同じであれば、信託報酬が低い方が投資家の取り分は大きくなる。特に長期の運用ではコストの差が積み重なり、最終的なリターンに大きな差が生じる。

図表8は運用による収益が年率+3%で同じだが、信託報酬だけが異なる二つのファンド(「ファンドC」:信託報酬0.5%、「ファンドD」:信託報酬1.0%)に100万円を投資した場合の資産額の推移を示したものである。30年後の運用結果は、「ファンドC」が209.8万円、「ファンドD」が181.1万円となり、信託報酬0.5%の差が累積し、28.7万円の差が生じることとなった。信託報酬の差が長期間積み重なることで最終的なリターンに大きな影響を及ぼすことが分かる。
図表8 信託報酬の違いによる収益への影響の比較(投資額100万円の場合)
 
4 信託報酬以外の投資信託に係わるコストとしては、販売手数料などがある。
 販売手数料とは、投資家が投資信託を購入する際に証券会社などの販売会社に支払う手数料のことである。
 販売手数料が無料の投資信託もあり、このような投資信託をノーロード型投資信託と呼ぶ。
 

4―――まとめ

4――まとめ

本稿では、投資信託のパフォーマンス評価について基本的な事項を整理した。(1)リターンについては、市場全体の騰落率を表わす「ベンチマークリターン」とその差である「超過収益率」に分解して分析すること、(2)リスクについては、「ベンチマークリスク」と超過収益率のバラツキ(標準偏差)を表わす「トラッキングエラー」に分解して分析すること、(3)信託報酬については、同じリターンが期待できるのであれば低いほうが望ましく、特に長期投資では最終リターンに大きな差が生じることを確認した。

次回は、実際に運用されている投資信託(国内株式)の運用データをもとに、これらの評価方法を用いて投資信託のリスク・リターンや信託報酬の傾向についてみてみたい。
 
 

(お願い)本誌記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本誌は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。
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金融研究部   准主任研究員・ESG推進室兼任

原田 哲志 (はらだ さとし)

研究・専門分野
資産運用、オルタナティブ投資

経歴
  • 【職歴】
    2008年 大和証券SMBC(現大和証券)入社
         大和証券投資信託委託株式会社、株式会社大和ファンド・コンサルティングを経て
    2019年 ニッセイ基礎研究所(現職)

    【加入団体等】
     ・公益社団法人 日本証券アナリスト協会 検定会員
     ・修士(工学)

(2019年06月06日「基礎研レター」)

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