2019年03月22日

【アジア・新興国】東南アジア経済の見通し~底堅い成長続くも、輸出の停滞色強まり減速へ

経済研究部 准主任研究員 斉藤 誠

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2-2.タイ
タイ経済は輸出主導の回復がみられた2017年の+4.0%成長に対し、2018年が内需の拡大により+4.1%成長へと小幅に加速、過去6年間で最も高い成長率を記録した(図表8)。成長率は7-9月期に5期ぶりの減速となったが、10-12月期に再び上昇するなど高めの成長ペースを維持している。

10-12月期は、内需と観光客の増加が輸出と政府支出の伸び悩みの影響を上回り、成長率が加速した。民間消費は国内の雇用・所得環境の改善や低インフレ・低金利環境の継続に加え、政府が実施している福祉カード等の政府の低所得者支援策により家計の購買力が向上したことも追い風になっている。また投資は、製造業の設備稼働率が70%前後まで上昇し、投資が加速する75%の水準に接近するなど民間部門が堅調に推移する一方、公共投資が新規のインフラプロジェクトが乏しかったことから失速した。財貨輸出は10-12月期にプラスに回復したものの、海外経済の減速や米中貿易戦争を背景とする鈍化傾向に改善の兆しはみられない。一方、サービス輸出は、観光業が持ち直してきた。訪タイ外国人観光客数は、7-9月期にタイ南部プーケットにおけるボート転覆事故の発生やサッカーワールドカップ・ロシア大会の開催により前年比1.9%増まで低下したものの、12月には同7.7%増まで回復した。

先行きのタイ経済は、海外経済の減速とITサイクルのピークアウトを背景に輸出の鈍化が重石となるものの、内需が堅調を維持して概ね+3%台後半の成長が続くだろう。景気の牽引役は消費だ。民間消費は自動車の買い替え需要が一服するものの、良好な雇用・所得環境の継続や3月の総選挙の関連支出の拡大、政府の低所得者対策を背景に堅調な伸びを維持しよう。また今後も観光業の回復傾向が続くと共に、東部経済回廊(EEC)などの政府主導の開発プロジェクトの進展などから公共投資の加速が期待できる。こうした公共投資の呼び水効果や消費需要の拡大を背景に民間投資も底堅い伸びが維持されると予想する。もっとも輸出関連企業の業績が伸び悩み、更なる雇用・所得環境の改善や投資の拡大が難しくなるため、足元の民間部門の改善傾向は頭打ちすると予想する。

総選挙後に、政権交代がスムーズに執り行われれば政策の先行き不透明感が払拭されて投資の追い風になるだろう。しかしながら、直近の選挙情勢を見るとウボンラット王女の首相擁立騒動でタクシン派政党(タイ国家維持党)の解党が決まるなど、総選挙の行方は混沌としている。分割政府やデモの激化など、新政権発足後も不安定な政治情勢が続く展開を予想する。

金融政策は、昨年末に0.25%の利上げが実施された(図表9)。先行きのインフレ率は内需拡大や悪天候に伴う食品インフレを背景に上昇するだろう。タイ中央銀行は順調な景気が続くなかで政策余地を確保すべく利上げを検討するものの、周辺国の金融緩和やバーツ高を背景とする輸出競争力の低下を警戒して政策金利は据え置かれると予想する。

実質GDP成長率は、19年が+3.6%と、年前半に高成長が続いた18年の+4.1%から低下し、20年が更なる輸出の減速により+3.4%まで低下すると予想する。
(図表8)タイの実質GDP成長率(需要側)/(図表9)タイのインフレ率と政策金利
2-3.インドネシア
海外経済の減速傾向が強まるなか、インドネシア経済は内需主導で+5%強の底堅い成長が続いている(図表10)。10-12月期の実質GDP成長率は前年比5.18%増(7-9月期:同5.17%増)の横ばいとなり、底堅い内需が成長を牽引した。輸出は最大の輸出相手国である中国向けを中心に落ち込み、投資も今年4月に予定される大統領選挙を控えて手控えられたが、緩やかな民間消費の回復が下支えとなった。順調な賃金上昇による中間所得層の増加や燃料補助金の積み増しを背景に低インフレが継続、またジョコ政権下のビジネス環境の改善により失業率が低下するなど、消費を巡る環境は改善している。

先行きのインドネシア経済は、引き続き+5%台強の横ばい圏の成長を予想する。まず経済の牽引役となる民間消費は今後も物価の安定と良好な雇用所得環境が続くと共に、政策面のサポートが追い風となり堅調に拡大すると予想する。政府は19年度予算で教育・社会保障予算や燃料補助金を拡充、公務員給与・年金支給の増額を盛り込み、1月には補助金付き燃料価格と電気料金の年内の据え置く方針を示している。こうした選挙対策を強めた経済運営が物価の安定と家計の購買力向上に繋がるものと見込まれる。また4月には大統領選挙と総選挙が予定されており、政党等による選挙関連支出が年前半の消費を押し上げるだろう。

投資は底堅い伸びが続くと予想する。インフラ投資は着工済みのインフラプロジェクトの進展により当面堅調に推移するが、その後は政府が19年度予算でインフラ予算の増額を抑制したために新規プロジェクトの着工が伸び悩むにつれて鈍化するとみられる。しかし、大統領選挙後の政策の先行き不透明感の緩和やオーストラリアとの自由貿易協定(FTA)、ネガティブリストの緩和などから、民間投資が徐々に回復に向かうだろう。

外需については、まず輸出が中国経済の減速を背景に資源関連を中心に鈍化しよう。輸入は政府の輸入抑制策が機能するものの、堅調な消費需要を背景に拡大するだろう。結果として、純輸出の成長率寄与度は今後もマイナス寄与が続くと予想する。

金融政策は、中央銀行が昨年5月から11月にかけて、通貨防衛を目的に積極的な利上げを実施し(計+1.75%)、その後は据え置かれている(図表11)。昨年末頃から米国の利上げ打止め観測が次第に強まるなか、通貨ルピアは資金流出圧力の後退により増価傾向にあり、ペリー中銀総裁は金融政策を緩和方向に転換する可能性について言及している。内需拡大により経常赤字の縮小は進まず、通貨ルピアはリスク回避局面で狙い撃ちされる恐れがあるため、中銀は金融市場を睨みながら年1回の利下げを実施すると予想する。

実質GDP成長率は19年が+5.2%と、18年の+5.2%から横ばいとなり、20年が+5.1%と若干低下すると予想する。
(図表10)インドネシア実質GDP成長率(需要側)/(図表11)インドネシアのインフレ率と政策金利
2-4.フィリピン
フィリピン経済は昨年初まで概ね+6%台後半の高成長を続いたが、直近3四半期は成長率が+6%強の水準まで伸び悩んでいる(図表12)。足元の景気減速の主因は、GDPの約7割を占める民間消費の鈍化にある。昨年は消費者物価が年初の物品税増税の影響で上向き、その後もコモディティ価格の上昇、ペソ安に伴う輸入インフレ、台風被害による食品価格の値上がりなどを受けて昨年9月には+6.7%増まで上昇するなど、消費を巡る環境は悪化した。10-12月期は政府のインフレ抑制策や中央銀行の利上げ(年間+1.75%)、コメの輸入拡大、油価下落などを背景にインフレ圧力が後退したこと、海外出稼ぎ労働者からの送金額(ペソベース)が堅調に拡大したことが追い風となり、民間消費は若干持ち直した。しかし、投資は政府主導のインフラ整備計画「ビルド・ビルド・ビルド」の実施により建設投資こそ好調だが、設備投資が失速して景気の重石となった。


経済の先行きは、短期的には政府支出の遅れによる景気の下振れが懸念される。その後は消費を中心に回復して、来年も+6%強の横ばいの成長を予想する。

まず政府支出が景気を押下げるだろう。2019年度予算案は2月に国会で承認された後も内容の改変を巡って両院が対立しているために大統領が予算案に署名しておらず、現在は2018年予算が再執行されている。また中間選挙前に45日間の公共支出が禁止されることも踏まえると、年前半の政府支出の停滞は避けられないだろう。

投資も昨年ほどの好調は見込みにくい。海外経済の減速や金利上昇に伴う借入コストの増加、そして企業優遇税制の縮小を盛り込んだ税制改革第2弾の行方が不透明であるため、企業の設備投資は勢いを欠く展開になりそうだ。また建設投資は予算成立の遅れにより新しいインフラ整備計画が進まず一時停滞するものの、年央までには19年度予算が執行されて再び好調に推移するだろう。

純輸出については、19年の輸出の増勢が18年から鈍化する一方、輸入は建設と機械資材、消費財を中心に増加しよう。結果として、純輸出の寄与度は再び悪化すると予想する。

一方、民間消費はコメ輸入の数量規制撤廃と原油価格の落ち着きにより物価水準が正常化するなかで持ち直しに向かうだろう。また政府のインフラ整備事業による雇用創出(約90-110万人)や5月の中間選挙と11月の東南アジア競技大会の開催に伴う関連需要が消費の下支えとなるだろう。

金融政策は、インフレ高進を受けて中央銀行が昨年5月から段階的な利上げ(計+1.75%)を実施してきた(図表13)。しかし、インフレ率は昨年末にピークアウトし、年明けには増税の影響が剥落して中銀の物価目標(+2-4%)の上限付近まで低下しており、今後もコメの輸入規制の撤廃の影響で低下傾向で推移すると予想される。中央銀行はインフレ率が目標の中央値付近まで低下する今春から政策金利の引き下げを開始すると予想する。

実質GDP成長率は、19年が投資の鈍化により+6.1%となり、インフレ高進に苦しんだ18年の+6.2%から更に低下するものの、20年が予算執行の改善により+6.3%と小幅に上昇すると予想する。
(図表12)フィリピン 実質GDP成長率(需要側)/(図表13)フィリピンのインフレ率と政策金利
2-5.ベトナム
ベトナム経済は2018年の実質GDP成長率が前年比7.1%を記録、政府目標の6.5~6.7%を上回り、07年以来の7%台を達成した(図表14)。周辺国が輸出鈍化を受けて成長ペースを落とすなか、ベトナムは二桁成長の製造業を中心に好調な景気が続いた。昨年は冬季五輪やサッカーワールドカップなどの大型イベント開催の影響からテレビや電話・同部品の生産・輸出が1-3月期に急増、その後も米中貿易戦争を背景に主力製品のアパレル関連が好調に推移した。しかし、年末からは中国経済の減速やスマートフォン需要の鈍化などにより輸出が失速しており、製造業が経済の牽引役である構図には変化がみられる。サービス業は年央のインフレ率の加速(図表15)が重石となったものの、製造業の生産拡大に伴う雇用・所得環境の改善を背景に卸売・小売業を中心とする堅調な拡大が続いた。農林水産業はこれまでの回復傾向が頭打ちした後も4%弱の底堅い伸びを維持している。一方、鉱業は生産コストが割高な国内油田の減産により低迷した。

先行きのベトナム経済は製造業の減速により昨年の7%成長から低下するものの、堅調を維持するだろう。製造業は中国経済の減速やITサイクルのピークアウトの影響で主力の電話・同部品の輸出が落ち込むため鈍化しよう。しかし、19年も中国からの生産移管や自由貿易協定(CPTPP、EVFTA)の発効に伴ってアパレル関連を中心に企業進出の活発な動きが続くと見込まれるため、年末にかけて復調すると見込まれる。なお19年単年で見ると、米中貿易戦争で得られる「漁夫の利」の恩恵よりも債務圧縮や貿易摩擦を背景とする中国の設備投資の抑制がベトナムの輸出に及ぼす悪影響の方が大きいと予想する。建設業は政府が公的債務の抑制を背景に大幅な拡大は見込みにくいが、民間資金を活用したインフラ整備や住宅開発が進むことから堅調に推移するだろう。

サービス業は、19年の賃金上昇率の低下(19年が平均5.3%増、18年が同6.5%増)や外国人観光客数の増勢の鈍化を受けて増勢が鈍化しよう。もっとも製造業の生産能力拡張により雇用の拡大が続くと見込まれるため、サービス業は中間所得層の増加により堅調な伸びを維持するだろう。

金融政策は、中央銀行が17年7月に約3年ぶりの利下げを実施して以降、据え置かれている。インフレ率は昨年6-7月には原油高を背景に政府目標(年平均+4%以下)を上回るまで上昇したが、その後は政府が一部の医療費の値下げや油価下落によりインフレ率が直近で+2%を下回るまでに低下した。物価の先行きは3月の電気料金値上げをきっかけに底打ちするものの、政府の価格統制によって上昇幅は限定的となってインフレ目標の+4%を下回るだろう。インフレ率が物価目標近辺で推移することや成長目標の達成に向けて、政策金利は据え置かれると予想する。

実質GDP成長率は19年が政府目標(+6.6~6.8%)下限の+6.5%と、製造業が好調だった18年の+7.1%から低下し、20年が+6.5%と横ばいの成長を予想する。
(図表14)ベトナム実質GDP成長率(供給側)/(図表15)ベトナムCPI上昇率(主要品目別)
 
 

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経済研究部   准主任研究員

斉藤 誠 (さいとう まこと)

研究・専門分野
東南アジア経済、インド経済

経歴
  • 【職歴】
     2008年 日本生命保険相互会社入社
     2012年 ニッセイ基礎研究所へ
     2014年 アジア新興国の経済調査を担当
     2018年8月より現職

(2019年03月22日「Weekly エコノミスト・レター」)

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