2019年02月19日

不動産開発と容積率について考える

金融研究部 准主任研究員 渡邊 布味子

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1---- はじめに

皆さんの身近で「永らくのご愛顧、ありがとうございました」と貼り紙をして閉店した店舗が、しばらく見ないうちに新しいオフィスビルやマンションになった場所はないだろうか。不動産開発とは、新しい建物を建てて街づくりをすることの総称で、そのうち既存の建物を取り壊して新しい建物を建築することを建替え、これまで有効利用されていなかった土地を再整備し新しいビルやマンションを建てることを再開発という。皆さんが暮らすマンション、勤務先のオフィスビル、休日に訪れるショッピングセンターも、かつて古い建物が解体されて新たに建替えられた建物である。

近年、大都市の中心部では、建替えや再開発が盛んに行われている。森トラストの「東京23区の大規模オフィスビル供給量調査 '18」(2018年4月)によると、2018年から2022年までの5年間で新たに供給されるオフィスビルの面積は約501万㎡で、これは東京ドーム107個分の広さに相当する(図表1)。このうち、建替えが225万㎡(45%)、再開発等が276万㎡(55%)となっているが、こうした建替えや再開発は容積率の高い場所で行われることが多い。そこで、本稿では不動産開発と容積率の関係について考えてみたい。
 
図表1 開発用地別の供給量と供給割合(東京都)

2---- 容積率とは何か

2---- 容積率とは何か

容積率とは、「敷地面積に対する建築延べ面積の割合」のこと1をいい、建物の大きさを制限するものである。例えば、容積率500%の土地の場合、土地面積の5倍までの大きさの建物を建てることができる。そして、容積率には指定容積率、基準容積率、使用容積率という用語がある。

指定容積率と基準容積率は容積率の制限を示す際に用いられる。指定容積率とは、都市計画で定められる容積率の最高限度のことをいう。基準容積率とは、この指定容積率と前面道路の幅員によって定まる容積率の最高限度2のうち、小さいほうの容積率のことをいう。

使用容積率とは、その土地にある建物の実際の容積率のことをいい、使用容積率は、原則として基準容積率を上回ってはならない。そして、基準容積率と使用容積率の差の部分を容積率の未消化という。通常、建物を新築する際には容積率いっぱいの建物を建てるため、基準容積率が、建物の大きさを決定することが多い。

一般に、指定容積率は行政の判断で駅前エリアや、広い道路沿いのエリアなどで高く設定されている。以下では、具体的な事例として「ニッセイ基礎研究所周辺」と「渋谷駅前周辺」の2ヶ所を取り上げたい。

東京都千代田区九段(市ヶ谷)にある「ニッセイ基礎研究所周辺」の指定容積率は、「広い道路沿い」に700%、その後背地は500%、400%となっている(図表2-1)。道路を中心に容積率が指定される場合、1つの道路に沿って同じ容積率となることが多く、同じ高さの建物が並ぶことになる。

次に「渋谷駅前周辺」は、「駅を中心」として広範囲にわたって高い指定容積率となっている(図表2-2)。この場合、駅前に高層の建物が集積することになる。
(図表2-1)「ニッセイ基礎研究所周辺」の指定容積率/(図表2-2)「渋谷駅周辺」の指定容積率
 
1 建築基準法第52条。
2 前面道路の幅員が12m未満の場合、基本的には道路幅員に住居系用途の地域なら0.4、それ以外の用途地域なら0.6を乗じで求める。
 

3---- 不動産の開発利益とは何か

3---- 不動産の開発利益とは何か

経年により使い勝手が悪くなったり、耐震性に不安が生じたり、時代やそのエリアの特性に合わなくなってしまった建物はいずれ建替えられる。建替えによって賃料収入が増加し、また収入の安定度の高まりなどにより不動産のキャップレート(評価利回り)も低下することから、新建物の評価額は旧建物の評価額を上回ることになるが、築古となった建物がすべからく建替えられるわけではない。なぜなら、建替えには立退費や解体費、設計費、建築費など、多額のコストが発生するからである。建替えを行うことでトータルの損益(以下、開発利益)がマイナスになると判断した場合、建物所有者にとっては建替えをしないで既存の建物を使い続けることが合理的な投資行動となろう。

では、開発利益は、どのようにして求めればよいのであろうか。例として、次のような計算式が考えられる3(図表3)。
(図表3) 開発利益の求め方
図表3の通り、「開発利益(R))は「建替えによる付加価値」から「開発コスト」を控除して求めることができる。「建替えによる付加価値」は「新建物の評価額」から「旧建物の評価額」を引いた金額(a-b)、「開発コスト」は「立退費」や「旧建物の解体費」、「新建物の建築・設計費」、「その他費用」を合計した金額(c+d+e+f)であり、付加価値の増加額が開発コストを上回れば開発利益はプラスとなる。

それでは、「新建物の評価額」が「旧建物の評価額」の何倍になれば開発利益はプラスになるのであろうか。以下で計算したい。具体的には、500㎡の土地(容積率300%~800%)に建つオフィスビル(地下なし)の建替えを想定する。計算の前提条件として、「立退費」を1億円(1フロア当たり)、「旧建物の解体費」を15万円/坪、「新建物の建築費」を130万円/坪、「設計費」を5%(総建築費比)、「その他費用(予備費)」を15%(総建築費比)とした。また、「旧建物の評価額」の前提として、賃料を16,000円/月坪、不動産の還元利回り(キャップレート)を5.0%とした4(図表4)。

図表4で示す通り、いずれの容積率(300%~800%)でも、「新建物の評価額」が「旧建物の評価額」に対して2倍近くに増加しなければ開発コストを賄うことができない結果となった。また、容積率が高くなるにつれて必要な倍率が低下するものの(容積率300%:2.10倍→容積率800%:1.97倍)、建替えのハードルは低いものではないと言える。

現在、オフィス賃料が上昇し不動産のキャップレート(投資家要求利回り)も低下する局面で、不動産開発を検討するには良い環境にある。しかし、不動産開発に要する期間は数年以上に及ぶため、いつまでも追い風が吹き続けてくれる保証はない。また、開発コストは建物所有者が全てコントロールできるものではなく、計画外の費用が発生しコストが膨らんでしまう可能性もある。

しかしながら、「新建物の評価額」に着目すると、評価額は概ね将来の家賃収入の現価に比例し、容積率の違いは評価額に大きく影響する。すなわち、容積率が大きくなれば賃貸面積も大きく、総額の賃貸収入も多く見込めるため、新建物の評価額を通じて「建替えによる付加価値」を高めることができる。

そこで、以下では、容積率を大きくする手段として、法令等による容積率の緩和制度を取り上げる。
(図表4)新建物の評価額が旧建物の何倍になれば開発利益はプラスになるか?
 
3 鑑定評価には開発法という開発用地の価格を求める手法がある。ただし、開発法は土地の不動産価格を求める方法であり、建替えの損益額を算出するには適さない。
4 各数値は想定額であり、実際の開発に要する金額は不動産によって異なる。
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金融研究部   准主任研究員

渡邊 布味子 (わたなべ ふみこ)

研究・専門分野
不動産市場、不動産投資

経歴
  • 【職歴】
     2000年 東海銀行(現三菱UFJ銀行)入行
     2006年 総合不動産会社に入社
     2018年5月より現職
    ・不動産鑑定士
    ・宅地建物取引士
    ・不動産証券化協会認定マスター
    ・日本証券アナリスト協会検定会員

    ・2022年、2023年 兵庫県都市計画審議会専門委員

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