2019年01月17日

フランス・マクロン政権の第2幕-国民討論会は分断緩和の糸口となるか?-

経済研究部 常務理事 伊藤 さゆり

このレポートの関連カテゴリ

文字サイズ

方針転換でEU改革のリーダーとしての役割にも疑問符

今回の方針転換は、EU、ユーロ制度の改革にも影を落とす。マクロン大統領は、フランスの構造改革と共にEU、ユーロ制度の改革に意欲を示してきたからだ。特に影響を受けるのは、ユーロ圏の統合で、最も遅れている財政面でのリスク分担、「ユーロ圏予算」の議論だ。

マクロン大統領が積極的に支持してきた「ユーロ圏予算」の議論は、今、大詰めを迎えている。ユーロ圏内では、必ず起こる次の危機に備えて財政面でのリスク分担の枠組みが必要というコンセンサスは形成されつつある。18年12月14日に開催されたユーロサミット(ユーロ圏首脳会合)でも、ユーログループ(ユーロ圏財務相会合)に、EUの多年時予算枠組みにユーロ圏の収斂と競争力のための予算枠を設ける作業を進めるよう指示、19年6月のサミットで大枠合意を目指す方針を確認している6

フランスが、ユーロ圏で唯一の「過剰な財政赤字国」となりかねない状況となったことは、「ユーロ圏予算」の議論で主導権を握ることを難しくする。マクロン大統領が、12月10日のテレビ演説で約束した一連の政策は、総額100億ユーロ相当。2019年の財政赤字は、当初の計画の名目GDP比2.8%から同3.2%に膨らむ。そもそも、フランスの財政赤字は、2008年から実に9年にわたり、EUが「過剰な赤字」の基準とする同3%を超えていた。マクロン政権初年度の2017年に、ようやく同2.7%で過剰な赤字を脱したばかりだが、僅か2年で過剰な赤字国に戻る。
図表4 フランス、イタリア、スペインの財政収支名目GDP比
欧州委員会のモスコビシ経済・財務・税制担当委員(フランス出身、前財務相)は、フランスの財政赤字の3%基準の超過は、「一時的、例外的、限定的」であれば「許容し得る」としている。イタリアは、再提出した暫定予算案も違反とされ、12月19日に、19年の財政赤字の同2.4%から2.04%への削減(図表4)や、欧州委員会と対立していた甘すぎる成長見通しを改定するなどの修正を行うことで違反手続きをとりあえず回避したところだ。フランスとイタリアでは、政府債務残高の水準も違うため、EUのルール上、求められる財政健全化のスピードは異なる。とは言え、マクロン政権が、過剰な赤字を2019年限りに留めることができなければ、欧州委員会は「イタリアに厳しく、フランスに甘いダブル・スタンダード」という批判は免れない。

マクロン大統領のEUにおける発言力は、フランス国内での財政健全化や構造改革の成果次第だ。  

第2幕の課題は改革と財政赤字削減、支持基盤拡大の同時達成。

第2幕の課題は改革と財政赤字削減、支持基盤拡大の同時達成。5月の欧州議会選は試金石

2019年に本格的に始まる「マクロン政権第2幕」では、フランスにとって必要な改革を継続しつつ、支持者を拡大することが課題となる。EUにおけるフランスの影響力を維持拡大し、EU改革の主導権を握るためにも、「財政の大盤振る舞い」を繰り返す訳にはいかない。

最初の試金石となるのが、今年5月の欧州議会選挙だ。「共和国前進(REM)」が政党として欧州議会選挙に臨むのは今回が初だが、現時点では状況は厳しい。14年の前回選挙では、国民戦線(現、国民連合(RN))が24.9%の票を獲得し、当時の与党・社会党(PS)や最大野党・共和党(LR)を抑えて得票率第1位となった。今回の欧州議会選挙に関する世論調査の結果は、調査によって多少のばらつきがあるが、RNが2割強、REMが2割弱で、マクロン大統領は劣勢だ。マクロン大統領の与党の劣勢も懸念材料だが、PS、LRと二大政党の支持が細ったまま。不服従のフランス(FI)が左派のPSを上回ることは確実で、LRに並ぶ可能性もある。

フランスにおいても、EU加盟国に広く観察されるEU統合を推進してきた二大政党への支持の低下、左右両極への票の分散が生じており、中道を掲げるマクロン大統領のREMが一種の砦となる構図は17年の大統領選挙時と変わっていない。
 

リベラルな世界秩序、EUの担い手として期待も掛かるが、現時点では劣勢

リベラルな世界秩序、EUの担い手として期待も掛かるが、現時点では劣勢

昨年12月与党・党首を辞任したドイツのメルケル首相の終わりは時間の問題7であり、マクロン大統領には、EUさらにはリベラルな世界秩序の担い手として期待が掛かる。

しかし、この点でも劣勢は否めない。5月の欧州議会選挙について、各国の世論調査を基に作成しているPollof­Polls8のまとめでは、REMの予想獲得議席数(図表5では欧州自由民主同盟(ALDE)の会派に分類)は22議席でRNが22議席(同、国家と自由の欧州(ENF)の会派に分類)だ。欧州議会で、RNと同じENFに属するイタリアの「同盟」は、連立パートナーの「五つ星運動」を抑えて、同国で得票率第1位となることは確実な情勢だ。予想獲得議席は29議席でREMを大きく上回りそうだ。同じくEUの基本的価値観への違反が問題視されているポーランドの与党・右派の「法と正義(PiS)」は、EU離脱を決めた英国の与党・保守党と同じ「欧州保守改革(ECR)」会派に属する。PiSも同国で得票率第1位となる見通しで、25議席を獲得すると予想されている。「同盟」を率いるサルビー二副首相は、マクロン大統領を敵視してきた。ポーランドの現政権とフランスとの関係も良好ではない。欧州議会選挙の結果を材料に、マクロン批判、EUの既存の枠組みの修正を求める勢いを強めそうだ。
図表5 欧州議会選挙の議席獲得予想
米国のトランプ大統領が「米国第一主義」に批判的なマクロン大統領の支持の伸び悩みを、自身の政策を正当化する材料とすることを許す苦しい局面も続きそうだ。昨年11月6日の中間選挙の結果を「勝利」と位置づけるトランプ大統領は、第一次世界大戦終戦100年記念式典のためのパリ訪問から帰国後の同月13日のツィッターに問題はエマニュエル・マクロンが26%という低い支持率とほぼ10%という失業率に苦しんでいることだ。」と書き込んだ9
 
7 21年9月の次期総選挙まで任期を全うする方針だが、大連立政権の崩壊などで前倒し総選挙となった場合には、メルケル首相の引退時期は早まる。
8 https://pollofpolls.eu/EU
9 https://twitter.com/realdonaldtrump/status/1062333534214520832
 

全国的な国民討論会は分断の緩和の糸口となるか

全国的な国民討論会は分断の緩和の糸口となるか

マクロン大統領は、18年の大晦日の新年メッセージ10で、2019年を「決定的な年」と位置づけ、改革への意欲を示し、「現実を直視すること」、「尊厳を保つこと」、「希望を持つこと」の3つの願いとして掲げ、改革への理解と協力を呼び掛けた。

マクロン大統領は、今月13日に国民向けの書簡を発表、15日の北部ウール県を皮切りに、3月にかけて「全国的な国民討論会」を開催し、国民の意見に耳を傾け、政策に反映する方針を表明している。果たして国民討論会は、分断の緩和の糸口となり、改革と財政赤字削減、支持基盤の拡大の同時達成を可能にするのか。

「マクロン政権第2幕」の成否は、フランスばかりでなく、今後のEU、世界経済の流れを変え得る。今後の展開を見守りたい。
 
 

(お願い)本誌記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本誌は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。
Xでシェアする Facebookでシェアする

このレポートの関連カテゴリ

経済研究部   常務理事

伊藤 さゆり (いとう さゆり)

研究・専門分野
欧州の政策、国際経済・金融

経歴
  • ・ 1987年 日本興業銀行入行
    ・ 2001年 ニッセイ基礎研究所入社
    ・ 2023年7月から現職

    ・ 2011~2012年度 二松学舎大学非常勤講師
    ・ 2011~2013年度 獨協大学非常勤講師
    ・ 2015年度~ 早稲田大学商学学術院非常勤講師
    ・ 2017年度~ 日本EU学会理事
    ・ 2017年度~ 日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
    ・ 2020~2022年度 日本国際フォーラム「米中覇権競争とインド太平洋地経学」、
               「欧州政策パネル」メンバー
    ・ 2022年度~ Discuss Japan編集委員
    ・ 2023年11月~ ジェトロ情報媒体に対する外部評価委員会委員
    ・ 2023年11月~ 経済産業省 産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会 委員

(2019年01月17日「Weekly エコノミスト・レター」)

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【フランス・マクロン政権の第2幕-国民討論会は分断緩和の糸口となるか?-】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

フランス・マクロン政権の第2幕-国民討論会は分断緩和の糸口となるか?-のレポート Topへ