2019年01月17日

フランス・マクロン政権の第2幕-国民討論会は分断緩和の糸口となるか?-

経済研究部 常務理事 伊藤 さゆり

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2018年のフランスの最も印象的な出来事は黄色いベスト運動

燃料税引き上げへの抗議活動に始まった「黄色いベスト運動」は、仏調査会社・Ifopの世論調査1で「2018年の最も印象的な出来事」に関する回答の57%を占め、同じ12月に起きたストラスブールのテロ(41%)、ロシア・ワールドカップでのフランスの優勝(25%)を抑えて第1位だった。

筆者にとっても、「黄色ベスト運動」の拡大を受けて、フランスのマクロン大統領が方針転換を迫られたことは、2018年に欧州で起きた様々な出来事で最も印象的だった。

2019年以降の欧州にとっても、混迷の様相を深める英国のEU離脱の行方以上に、潜在的に大きな影響を及ぼし得ると思っている。
 
1 https://www.ifop.com/wp-content/uploads/2018/12/116059-Rapport.pdf。印象的な出来事の第1位ないし第2位として選んだ割合の合計。「黄色いベスト運動」を第1位として選んだ割合も38%でトップだった。
 

マクロン大統領の支持率は一旦下げ止まり

マクロン大統領の支持率は一旦下げ止まり

「黄色いベスト運動」の抗議活動が始まったのは18年11月17日のことだった。

マクロン大統領は、当初は、抗議活動が拡大しても方針転換しないと言い続けてきた。しかし、4週間にわたる抗議活動が「反マクロン政権」の様相を帯び、一部が暴徒化したことなどを受けて、12月10日のテレビ演説で、国民に和解を呼び掛けるとともに謝罪、燃料税引き上げの撤回とともに最低賃金の引き上げや税・社会保険料の免除などの所得対策を迫られた。

大幅な譲歩で、マクロン大統領の支持率は一旦下げ止まった。仏調査会社・Ifopが1月3~4日に実施した世論調査によれば2、大統領の支持率は最低水準を更新した12月の23%から28%に持ち直した(図表1)。
図表1 マクロン大統領支持率

マクロン政権第1幕の問題-改革推進で支持者の期待に応えたが、支持層の拡大に失敗

マクロン大統領の支持率は、就任当初の60%台から劇的に低下したように見えるが(図表1)、そもそも幅広く支持を得て選出された訳ではない点に注意が必要だ。17年の大統領選挙決選投票での66.1%という得票率や、大統領選挙後の国民議会選挙でのマクロン大統領率いる「共和国前進(REM)」の地滑り的勝利は、大統領を第1回投票で候補者を2人に絞り込む二回投票制で選び、大統領選挙直後に国民議会選挙を行うフランスの選挙制度特有の結果という面がある。大統領選挙の決選投票では国民戦線(当時)のルペン候補と一騎打ちとなり、極右の大統領を阻止すべきという判断が、マクロン大統領に追い風として働いた。しかし、決選投票は、有権者の25.44%が「棄権」し、8.59%は「白票」ないし「無効票」だった。マクロン大統領の得票率は、有権者総数比では43.6%に過ぎない3

マクロン大統領の支持率は、大統領選挙の第1回投票での得票率が24.01%(有権者総数比で18.19%)あったことを考えると、支持率は「変わっていない」と見ることもできる。

「黄色いベスト運動」を受けた方針転換までを「マクロン政権第1幕」と位置付けるならば、マクロン大統領は、公約とした改革に意欲的に取り組むことで、有権者のおよそ4分の1の当初からの支持者の期待にはある程度応えた。しかし、積極的に支持しなかった4分の3に支持を広げることができなかった。  

黄色いベスト運動への支持の低下、浮き彫りになる格差と世論の分断

黄色いベスト運動への支持の低下、浮き彫りになる格差と世論の分断

「黄色いベスト運動」による毎土曜日の抗議活動は、マクロン大統領が、引き金となった燃料税の撤回を決めた後も続いている。仏内務省は、1月12日のデモには8万4000人が参加したとしている。11月17日の初回の28万2000人から大きく減っているが、12月29日の3万2000人を底に勢いを盛り返している。

ただ、一部の参加者の行動の過激化もあり、世論の支持は下がっている。仏調査会社・Odoxaによれば、11月22日の時点では「黄色いベスト運動」の継続を支持する割合が66%に達していたが、1月10日公表の調査4では52%まで低下している。

全体としての支持の低下で世論の分断も浮き彫りになりつつある。同社の1月3日公表分の調査5、では、運動の「継続」を支持する割合は、家計の月収の1500ユーロ(1ユーロ=123円で換算した場合18万4500円)未満では72%を占めるが、所得水準が上がるに連れてその割合が低下、3500ユーロ(同43万500円)以上では38%に低下するという結果が出ている(図表2)。
図表2 世論調査:「黄色いベスト運動は継続すべきか停止すべきか?」
黄色いベスト運動の継続と停止を支持する割合は支持政党によって大きく異なる。マクロン大統領の与党「共和国前進(REM)」の支持者は94%が「停止」と答え、右派の共和党(LR)と左派の社会党(PS)の支持者も「停止」が過半を超える。他方、ルペン党首率いる極右の国民連合(RN)は84%、メランション党首率いる急進左派の「不服従のフランス(FI)」では78%が「継続」を支持する。  

マクロン改革に中低所得者・地方を切り捨てる意図はないが、痛みは先行する

マクロン改革に中低所得者・地方を切り捨てる意図はないが、痛みは先行する

マクロン政権第1幕の最大の失敗は、「エリート、富裕層、大企業、大都市」を向いており、「中低所得者、地方」の犠牲を顧みないというイメージが定着してしまったことだろう。

マクロン大統領の改革は、労働法の改正や、資産税廃止、法人税減税などを通じて、企業のフランス国内における雇用と投資の意欲を刺激し、潜在成長率を高め、財政の健全化を実現する狙いがある。こうした政策を「エリート、富裕層、大企業、大都市」や、経済の専門家やEU、国際機関なども歓迎したことは事実だ。フランス経済の構造問題である高コスト体質を是正する改革に精力的に進めたからだ。

改革の効果は、いずれ「中低所得者、地方」にも行き渡ることが期待されており、犠牲にする意図はなかったはずだ。しかし、財政構造改革や規制改革は、痛みを伴い、効果が実感できるようになるまで時間が掛かる。

政策の方向は正しかったが、国民の理解を求める努力や痛みを緩和する措置への配慮が不十分なまま、改革を急ぎ過ぎた。「頭脳明晰」であり、時に「傲慢」とも評されるマクロン大統領の個性や、EUの中でリーダーシップをとるためにも、財政赤字の削減を急ぎたいという意欲が引き起こした問題であったように思う。

タイミングと手法にも問題があった。抗議行動の直接のきっかけである燃料税の引き上げは、財源確保の確実な手段だが、潜在的にマクロン改革に不満を持つ、地方や中低所得者層に負担が大きい。特に、18年下期は、エネルギー価格の押上げ圧力で、インフレが加速し(図表3)、購買力が圧迫されていたことで、不満が高まりやすくなっていた。
図表3 インフレ率と労働コスト指数
Odoxa の1月3日公表分の調査でも、2019年の最優先課題に対する回答のトップは「購買力の引き上げ」で54%を占め、「貧困の解消」が45%、「減税」が41%と続く。「失業の削減」が32%だった。2015年の調査との比較では、「失業の削減」が27ポイント低下、「購買力の引き上げ」と「貧困の解消」が、それぞれ13ポイント、12ポイント上昇しており、暮らし向きの改善を望んでいる人々が増えている。
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経済研究部   常務理事

伊藤 さゆり (いとう さゆり)

研究・専門分野
欧州の政策、国際経済・金融

経歴
  • ・ 1987年 日本興業銀行入行
    ・ 2001年 ニッセイ基礎研究所入社
    ・ 2023年7月から現職

    ・ 2011~2012年度 二松学舎大学非常勤講師
    ・ 2011~2013年度 獨協大学非常勤講師
    ・ 2015年度~ 早稲田大学商学学術院非常勤講師
    ・ 2017年度~ 日本EU学会理事
    ・ 2017年度~ 日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
    ・ 2020~2022年度 日本国際フォーラム「米中覇権競争とインド太平洋地経学」、
               「欧州政策パネル」メンバー
    ・ 2022年度~ Discuss Japan編集委員
    ・ 2023年11月~ ジェトロ情報媒体に対する外部評価委員会委員
    ・ 2023年11月~ 経済産業省 産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会 委員

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