2018年12月05日

病理診断の展開-病理医は、臨床医療革新のカギを握っている

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

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5|病理医と面会することで、患者の理解や納得感が高められる
患者は、臨床医を通じて病理医の診断結果を聞き、臨床医とともに今後の治療方針を検討していく。 これまで、患者が病理医に直接会って病理診断の内容を聞くことは、あまり行われてこなかった。

(1) セカンドオピニオン
臨床医とは別の第三者の診断内容の説明を受けることは、患者が自分が受ける医療の内容を理解し、納得感を高める上で、重要なポイントとなる可能性がある。現在、セカンドオピニオンの仕組みがある。セカンドオピニオンの場合、これまで患者の診療に関与してこなかった医師が、診療データをもとに一から診断を行うこととなる。患者は、現在の主治医にセカンドオピニオン用の紹介状を書いてもらうとともに、病理診断や各種検査データ等の連携のための準備をしてもらう。セカンドオピニオンにかかる医療費は保険適応とならず、患者が自己負担する。患者にとって主治医への申し出、別の病院にいく手間や費用などの面で負担が生じる。

(2) 病理医と患者のコミュニケーション
病理医は病理診断にあたり、検体を通じて、すでに患者を診ている。患者は、臨床医と同じ病院内で、病理医に面会できる場合がある。この場合、セカンドオピニオンの扱いとはならず、主治医に紹介状を書いてもらう必要はない。医療費は、保険適応となる。

ただし現状では、患者が「病理医に相談したい」と切り出すことは、簡単ではないかもしれない。患者に、「主治医の治療に不満があるかのようにとられてしまう」との不安があるためだ。そこで、その不安を払拭するために、病院に病理外来窓口を設けるなど、患者が病理医と面会するための仕組みをつくることが期待される37。病理医と患者がコミュニケーションをとることで、患者は、セカンドオピニオンに伴う負担を避けつつ、自分の病気に対する理解や納得感を高められる可能性がある。
 
37 なお、病院内で、病理医が所属する科名は、「病理部」、「病理科」、「病理検査室」、「検査部」、「中央検査部」、「研究検査科」、「臨床検査科」など、病院ごとにさまざまである。患者は、わからない場合は、病院の受付等で尋ねる必要がある。
 

5――病理医が行う診断の内容

5――病理医が行う診断の内容

病理医が診断対象とする疾病は、人間の病気すべてである。病理診断は、主として、顕微鏡で組織や細胞を見ることで進められる。

細胞のうち血管の組織や血液の細胞(赤血球、白血球など)を見ることで、血液循環を確認し、循環障害の疾患を診断する。たとえば、心臓疾患、脳血管疾患、高血圧などがこれにあたる。また、腫瘍の細胞を見ることで、良性・悪性を確認し、がんや上皮内がんの診断をする。そのほかにも、肝臓などの臓器の組織を見て代謝障害の疾患を診断したり、虫垂や胃や甲状腺などの組織を観察して炎症の状態を見きわめたりする。

本章では、病理医が日々行っている病理診断を大まかに把握するために、細胞の異常、代謝障害、循環障害、炎症について、概観していく。次章では、病理医の診断が特に重要となる腫瘍についてみていく。ただし、医学的な厳密さは求めず、医療関係者以外の一般の人が理解できる内容にとどめる。

1|細胞の異常 : 細胞をみることは病理診断の基本
人体は、約37兆個の細胞からなるとされる38。細胞の種類は、分類の仕方にもよるが、200~300種類。細胞のうち、6割以上は赤血球が占める。細胞が集まって一定の機能を有する単位や構造をなすと、「組織」と呼ばれる。たとえば筋組織、神経組織、脂肪組織などがある。病理医は、組織や細胞を顕微鏡で見ることにより、病理診断を行う。組織が集まって、特定の形態や機能を持ったものは、「臓器」と呼ばれる。人体には、心臓、肝臓、胆嚢、膀胱、脳、脊髄、筋肉など、さまざまな臓器がある。

多くの病気は、臓器や組織になんらかの異常が認められる「器質的疾患」である。ただし、精神医療におけるこころの病気のように、細胞レベルでの異常が確定していない「機能的疾患」と呼ばれる病気もある。病気は、基本的に、細胞の異常によるものとみられている。
 
38 “An estimation of the number of cells in the human body” Eva Bianconi et al.(Annals of Human Biology, 2013)によると、人体の細胞は全部で37.2兆個とされている。従来は、約60兆個とされていることが一般的であった。

(1) 細胞の変性
細胞は傷害を受けると、形態や機能が変化して、細胞の容積が減少したり数が減ったりする「萎縮」と呼ばれる現象を起こす。傷害が強い場合は、元の状態に戻れずに「細胞死」となる。細胞死には、傷害による「壊死(えし)(ネクローシス)」のほかに、「アポトーシス」と呼ばれる細胞の自殺もある。逆に、傷害に対して細胞の機能を正常に戻すために、細胞自体が大きくなる「肥大」、細胞の数が増える「過形成」、本来の組織ではない他のタイプの細胞に変化する「化生(かせい)」が生じることもある。
図表17. 細胞の変性 (主なもの)
(2) 壊死とアポトーシス
1) 壊死
細胞が壊死する原因は、酸素の供給が止まり、酸素不足となることによる。壊死が起こると炎症反応が生じ、白血球や、白血球の一種であるマクロファージ39が来て、壊死した細胞を貪食(どんしょく)する40。動脈が血栓などのために塞がって血液が流れなくなり、その動脈が支配する細胞が壊死した場合、「梗塞」と呼ばれる。通常、臓器に梗塞が起きると、タンパク質の変性により、梗塞した部分が固くなる「凝固壊死」となる。ただし、脳については、梗塞した部分が融解する「融解壊死」が生じる。脳の神経細胞には、脂質成分が多く含まれるためと考えられているが、そのメカニズムは現在の医学では未解明のままとなっている。
 
39 細菌・異物・細胞の残骸などを細胞内に取りこみ消化する力の強い大型の単核細胞。炎症の修復や免疫にあずかる。大食細胞。組織球。(「広辞苑 第七版」(岩波書店)より)
40 貪食とは、細胞が細胞外の異物をとりこむこと。

2) アポトーシス
一方、アポトーシスは、あらかじめプログラムされた細胞死とされる。たとえば、胎児の成長過程では、手のうち指として残る部分以外の細胞がアポトーシスで死ぬことで、手の形ができるとされる。また、女性の月経は、子宮内膜細胞がアポトーシスで死ぬことで、子宮壁から脱落して生じる41

病理医は、顕微鏡を用いて、さまざまな細胞の変性42を読み取る。これにより、患者の病態を正しく診断し、適切な治療につなげることが求められている。
 
41 傷害によって生じるアポトーシスもある。放射線などにより細胞のDNAが損傷すると、大量な場合は壊死するが、中程度の量の場合は、アポトーシスにより細胞が自殺する。また、抗がん剤の中には、細胞のアポトーシスの仕組みを利用して、腫瘍細胞を死に至らせるものもある。
42 変性とは、「異常な物質がたまっている」「異常な量の物質がたまっている」「異常な場所に物質がたまっている」といった質的、量的、部位的な異常物質の出現が生じている状態といえる。(「図解入門 よくわかる 病理学の基本としくみ」田村浩一著(秀和システム, 2011年)をもとに、筆者がまとめた。)


2|代謝障害 : 代謝は体内の物質加工
(1) 肝臓の代謝障害
体内に取り込まれた物質は、臓器や細胞で、エネルギーの獲得や、有機材料の合成のために、いろいろな形に加工される。これは「代謝」と呼ばれる43。代謝を行う中枢の臓器は、肝臓とされる。

肝臓機能の低下などにより、物質の供給、加工、排出・消費が異常をきたすと、代謝障害となる。代謝が滞って肝臓に蓄積する物質によって、肝臓の色が変化する。

骨髄の赤血球産生機能が損なわれた患者が大量の輸血を受けると、輸血された血液中の利用できない鉄が肝臓に蓄積する。この結果、肝臓は赤色になる。

また、大量のアルコールの摂取等により脂肪の代謝が障害されると、肝臓は脂肪肝となって黄色になる。脂肪肝は、動脈硬化をひき起こすこともあるため、診療が必要となる(後述)。

さらに、肝炎で肝細胞が壊れて肝機能が低下したり、胆石や腫瘍により胆管が詰まって胆汁の輸送が遮断されたり、不適合輸血による溶血44で赤血球の分解量が増えたりした場合、胆汁色素であるビリルビンが血液や組織の中に増加する。その結果、皮膚に黄疸(おうだん)が生じる。ビリルビンは、酸化されるとビリベルジンという緑色の物質に変化する。黄疸の強い肝臓をホルマリンにつけて固定すると、このビリベルジンにより、肝臓は緑色になる。
図表18. さまざまな代謝障害による肝臓の色の変化 (主なもの)
 
43 代謝とは、「生命維持活動に必須なエネルギーの獲得や、成長に必要な有機材料を合成するために生体内で起るすべての生化学反応の総称。(以下、略)」(「ブリタニカ国際大百科事典 小項目電子辞書版」(ブリタニカ・ジャパン)より。)
44 赤血球が破壊され、その成分が血漿中に出る現象。(「広辞苑 第七版」(岩波書店)より)

(2) 脂質異常と動脈硬化
動脈硬化は、脂質の代謝障害によって起こる疾患とされる。まず、肝臓で脂質の産生が異常となり、血液中に脂質が過剰に存在する「高脂血症」の状態になる。血管内で、血流の緩やかな部分の動脈壁に脂質、特にコレステロールがたまっていく。コレステロールやそれを取り込んだマクロファージは、「粥腫(じゅくしゅ)」と呼ばれる、お粥(かゆ)のような塊となる。

粥腫は、血管壁で線維に取り囲まれる45。粥腫が大きく、線維の壁が薄いと、潰瘍(かいよう)ができて軟らかい動脈硬化となる46。一方、厚い線維の壁ができると、カルシウムなどの無機質が溜まっていき(「石灰沈着」といわれる)、硬い動脈硬化となる。
図表19. 動脈硬化の進行
粥腫や線維により、血管内に血栓ができたり、血管内腔に狭窄(きょうさく)・閉塞が生じたりして、血液の循環障害を引き起こすことがある。

病理医は、代謝障害の様子を把握するとともに、血管壁の粥腫の組織所見から、動脈硬化の原因や病状を正確に診断することが必要となる。
 
45 具体的には、血管の中膜を構成する平滑筋細胞が内膜に伸びていき、線維芽細胞に変化する。
46 粥状硬化症と呼ばれる。


3|循環障害 : 循環は酸素運搬のカギ
体内には、体重の約13分の1の重さの量の血液があるとされる。血液中の赤血球は、体内のさまざまな組織に酸素を運搬する役割を担っている。仮に、出血により血液が30%以上失われると、組織への酸素供給が滞り、臓器の機能障害が生じる恐れがある。

循環に関する病気の1つに、「血栓塞栓症」がある。本来は、けがで出血すると、まず血小板が凝集して止血栓を作って出血を止める。一方、血漿中の凝固因子といわれるタンパクやカルシウムイオンが活性化されて、いくつかの反応を経て、フィブリンというタンパクを作る。このフィブリンが、血小板の表面でつながってポリマーを作り、強固な安定した血栓となって出血を止める。

ところが、けがで出血していないにもかかわらず、血管内で血栓ができてしまうことがある。これが「血栓症」といわれる病気である。血栓症でできた血栓が血管内を流れていき、細い血管を塞いでしまうと血栓塞栓症となる。特に、肺で起こる「肺血栓塞栓症」の発症が多い47。また、血栓が心筋に血液を送る冠動脈の内腔を塞ぐと、心筋細胞が壊死して「心筋梗塞」をひき起こす48

さらに、心筋梗塞や大量出血などから血圧低下を招き、ショック49に至ることもある。これにより、皮膚温度の低下、乏尿・無尿、意識レベルの低下などの症状が生じることがある。ショックにより、肺、肝臓、腎臓、膵臓などに機能障害が起こることもある。さらに、複数の臓器の機能障害から、多臓器不全となる場合もある。
図表20. ショックの分類 (主なもの)
病理医は、血栓塞栓症や心筋梗塞の病態を読み取ったり、ショックによる臓器の機能障害を適切に診断したりすることが必要となる。
 
47 有名なものは、エコノミークラス症候群で、飛行機中などで長時間座ったままでいると、体の静脈の流れが悪くなり、下肢に血栓ができやすくなる。手術後にしばらく寝たままの状態になる患者も、血栓症となる恐れがある。そこで、下肢に血栓ができるのを防ぐために、患者に医療用の弾性ストッキングを履いてもらうことがある。
48 心筋梗塞や心臓を原因とする胸部不快感・胸痛では、首、あご、歯、肩など別の部位に痛みを感じる「放散痛」が起こることもある。(「症状を知り、病気を探る 病理医ヤンデル先生が『わかりやすく』語る」市原真著(照林社, 2017年)等をもとに、筆者がまとめた。)
49 医学的な意味のショックは、日常で用いられる精神的なショックとは意味が異なる。「急激な末梢血液循環の不全状態。血圧および体温の低下、意識障害等を来し、重症の場合、脳・心臓・腎臓などの機能障害をひき起こして死に至る。出血・外傷・細菌毒素の作用などが原因。」(「広辞苑 第七版」(岩波書店)より)
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保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1992年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所へ

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員

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