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2018年08月14日
インシュアテック「スタートアップ」 に対する「既成保険会社」の対応 -敵対か、協調か。意外にも協調路線が多数派を占める-
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1――はじめに
2018年5月8日の「保険・年金フォーカス」では、「インシュアテック」の一方の主役である新興企業「スタートアップ」の資金調達動向を通じて、「インシュアテック」が勢いを増している様子を見た1。今回は「インシュアテック」のもう一方の主役である「既成保険会社」による「スタートアップ」への対応を取り上げる。なお本項で「既成保険会社」とは、従来型の保険会社のことを言い、再保険会社を含むものとする。
まず前回の繰り返しになるが、「インシュアテック」における「既成保険会社」と「スタートアップ」の関係を確認しておきたい。
「既成保険会社」はミスが許されないという事業特性から、これまで堅実性を第一とする事業遂行を行ってきた。そのため「既成保険会社」における新商品・サービスの開発と実施には長い準備時間がかかりがちであった。しかしテクノロジー優位の「インシュアテック」においては、「失敗は成功の母」と、試行錯誤を繰り返す事業スタイルが必要となる。そのような事業遂行は、小回りが効く新興小企業である「スタートアップ」が得意とする所である。
そうした背景があって、「スタートアップ」の資金調達状況が「インシュアテック」の動向を示す指標的なものとして注目を集めることとなった。
さて、「インシュアテック」を含むいわゆる「デジタル化」は、既成の業界のビジネスモデルに破壊的なインパクトをもたらすと言われる。例としてよく引き合いに出されるのが、フィルム写真からデジタル写真への移行がフィルム業界に与えた影響や紙の出版から電子出版への移行が出版業界に与えた影響等である。最近では、アマゾンが進出を開始した業界で破壊的な変化が起こる「アマゾンエフェクト」という言葉が新聞・雑誌等を賑わしている。
そうした文脈から、「インシュアテック」という言葉も「既成保険会社」に破壊的なインパクトを与えるとのイメージを帯びている。
そこで気になるのが、「既成保険会社」が「インシュアテック」の推進者である「スタートアップ」にどう対応しているかである。考えられる対応としては、(1)無視する、(2)観察、様子見を決め込む、(3)勝ち残るために「インシュアテック」の開発を「スタートアップ」と競う、(4)「スタートアップ」との連携、協力を図り、インシュアテックの成果の取り込みを狙う、等があり得る。
結論から言うと、これまでのところは、(4)に該当する、「既成保険会社」と「スタートアップ」が協力関係を築いている事例が多い。
本レポートでは、前回と同じく、ウイリス・タワーズワトソン・セキュリティーズ、ウイリス リー、CB インサイトによる「The Quarterly InsurTech Briefing Q4 2017」2を主な情報源として、「スタートアップ」の資金調達に対する「既成保険会社」の対応を見、「インシュアテック」の現状を見る。
1 「インシュアテックスタートアップの資金調達-米国、欧州勢が先行し、中国、インド等のアジア勢も急追-」保険・年金フォーカス2018年5月8日http://www.nliresearch.co.jp/files/topics/58600_ext_18_0.pdf?site=nli
2 https://www.willistowerswatson.com/-/media/WTW/PDF/Insights/2018/01/quarterly-insurtech-briefing-q4-2017.pdf
まず前回の繰り返しになるが、「インシュアテック」における「既成保険会社」と「スタートアップ」の関係を確認しておきたい。
「既成保険会社」はミスが許されないという事業特性から、これまで堅実性を第一とする事業遂行を行ってきた。そのため「既成保険会社」における新商品・サービスの開発と実施には長い準備時間がかかりがちであった。しかしテクノロジー優位の「インシュアテック」においては、「失敗は成功の母」と、試行錯誤を繰り返す事業スタイルが必要となる。そのような事業遂行は、小回りが効く新興小企業である「スタートアップ」が得意とする所である。
そうした背景があって、「スタートアップ」の資金調達状況が「インシュアテック」の動向を示す指標的なものとして注目を集めることとなった。
さて、「インシュアテック」を含むいわゆる「デジタル化」は、既成の業界のビジネスモデルに破壊的なインパクトをもたらすと言われる。例としてよく引き合いに出されるのが、フィルム写真からデジタル写真への移行がフィルム業界に与えた影響や紙の出版から電子出版への移行が出版業界に与えた影響等である。最近では、アマゾンが進出を開始した業界で破壊的な変化が起こる「アマゾンエフェクト」という言葉が新聞・雑誌等を賑わしている。
そうした文脈から、「インシュアテック」という言葉も「既成保険会社」に破壊的なインパクトを与えるとのイメージを帯びている。
そこで気になるのが、「既成保険会社」が「インシュアテック」の推進者である「スタートアップ」にどう対応しているかである。考えられる対応としては、(1)無視する、(2)観察、様子見を決め込む、(3)勝ち残るために「インシュアテック」の開発を「スタートアップ」と競う、(4)「スタートアップ」との連携、協力を図り、インシュアテックの成果の取り込みを狙う、等があり得る。
結論から言うと、これまでのところは、(4)に該当する、「既成保険会社」と「スタートアップ」が協力関係を築いている事例が多い。
本レポートでは、前回と同じく、ウイリス・タワーズワトソン・セキュリティーズ、ウイリス リー、CB インサイトによる「The Quarterly InsurTech Briefing Q4 2017」2を主な情報源として、「スタートアップ」の資金調達に対する「既成保険会社」の対応を見、「インシュアテック」の現状を見る。
1 「インシュアテックスタートアップの資金調達-米国、欧州勢が先行し、中国、インド等のアジア勢も急追-」保険・年金フォーカス2018年5月8日http://www.nliresearch.co.jp/files/topics/58600_ext_18_0.pdf?site=nli
2 https://www.willistowerswatson.com/-/media/WTW/PDF/Insights/2018/01/quarterly-insurtech-briefing-q4-2017.pdf
2――「スタートアップ」の6割超は「既成保険会社」の保険バリューチェーンの向上、強化を図るビジネスに取り組んでいる
マッキンゼー&カンパニーの論説記事3によると、インシュアテックの「スタートアップ」による資金調達案件を分析した結果では、「スタートアップ」の61%が「既成保険会社」の保険バリューチェーンを向上、強化するビジネスに取り組んでいたという。「スタートアップ」の約6割は「既成保険会社」と対抗するのではなく、協調する路線を選んでいるわけだ。
「既成保険会社」から顧客を切り離す」ことを目指している「スタートアップ」は30%、本格的な保険バリューチェーンの「破壊」を目標としている「スタートアップ」は9%であった。
「既成保険会社」から顧客を切り離す」ことを目指している「スタートアップ」は30%、本格的な保険バリューチェーンの「破壊」を目標としている「スタートアップ」は9%であった。
3――「既成保険会社」によるインシュアテック「スタートアップ」への投資件数の推移
4――「既成保険会社」が投資している「スタートアップ」の概要
「既成保険会社」は、自らのコア保険ビジネスに適用出来る可能性があるテクノロジーに関心を示している。ウイリス・タワーズワトソン・セキュリティーズ等の分析によれば、これまでに「既成保険会社」が行った投資の65%は、自社の商品販売、保険引受、保険金請求処理等の保険バリューチェーンを効率化、機能アップしたり、顧客の体験をより良好なものにすることができる可能性のあるテクノロジーに取り組んでいる「スタートアップ」に当てられていたとのことである。「既成保険会社」は、テクノロジーイノベーションの成果をいの一番に取り込むことができるよう、有望な「スタートアップ」への持ち分権を確保するために、「スタートアップ」の資金調達に対応している。
一方、「既成保険会社」のこれまでの投資の35%は、より破壊的なビジネスモデルの「スタートアップ」に向かっていた。
これに対し、保険業界外部の資本は、最初はクレージーにも見えるような、破壊的なアイデアや画期的な技術に資金を提供しているとのことである。
一方、「既成保険会社」のこれまでの投資の35%は、より破壊的なビジネスモデルの「スタートアップ」に向かっていた。
これに対し、保険業界外部の資本は、最初はクレージーにも見えるような、破壊的なアイデアや画期的な技術に資金を提供しているとのことである。
5――「既成保険会社」による「スタートアップ」への投資体制
6――「既成保険会社」が投資を行ったスタートアップの本拠国分布状況
グラフ4は「既成保険会社」によって行われたインシュアテック「スタートアップ」への投資案件の、投資対象「スタートアップ」の本拠国分布状況を見たものである。左側のグラフは2012年から2017年末までの間に行われた全投資案件、右側のグラフは2018年第一四半期に行われた投資案件を対象としている。
米国を本拠とする「スタートアップ」への投資が、2012年から2017年末までの案件の62%、2018年第一四半期案件の56%を占めている。このような米国が過半を占める状況は、インシュアテック「スタートアップ」の資金調達全般の状況をそのまま反映している。
米国に次ぐ本拠国は、2012年から2017年末案件では、フランス(11%)、中国(9%)、イギリス(6%)、2018年第1四半期案件では、イギリス(11%)、カナダ(8%)、フランス(7%)、ドイツ(7%)、イスラエル(7%)、日本(4%)となっている。
米国を本拠とする「スタートアップ」への投資が、2012年から2017年末までの案件の62%、2018年第一四半期案件の56%を占めている。このような米国が過半を占める状況は、インシュアテック「スタートアップ」の資金調達全般の状況をそのまま反映している。
米国に次ぐ本拠国は、2012年から2017年末案件では、フランス(11%)、中国(9%)、イギリス(6%)、2018年第1四半期案件では、イギリス(11%)、カナダ(8%)、フランス(7%)、ドイツ(7%)、イスラエル(7%)、日本(4%)となっている。
7――さいごに
以上見てきたように、2017年までの状況を見る限りでは、インシュアテックの「スタートアップ」が、従来型の「既成保険会社」に破壊的なインパクトを与えるだけの存在感を持っているとは言いがたい。
とはいえ、最終的に「既成保険会社」がインシュアテックの動向をコントロールすることは可能だろうか。
現時点の「既成保険会社」と「スタートアップ」の協調ムードの背景には、保険業界のICT(情報通信技術)利活用が相対的に遅れているため、いまだICTが行き渡っていない業務部分が多くあって、そこに対応することが「スタートアップ」、「既成保険会社」双方にとって、手っ取り早く合理的であったからと見るのが妥当ではないかと思われる。
そうした意味では、破壊的なビジネスモデルを志向する「スタートアップ」への投資が「既成保険会社」からの投資中に35%もあったことの方が、より注目すべき状況であるように思われる。
今後、「インシュアテック」の流れが、「既成保険会社」に破壊的なインパクトを与えるような形に方向を変えていくのか、動向を見守りたい。
とはいえ、最終的に「既成保険会社」がインシュアテックの動向をコントロールすることは可能だろうか。
現時点の「既成保険会社」と「スタートアップ」の協調ムードの背景には、保険業界のICT(情報通信技術)利活用が相対的に遅れているため、いまだICTが行き渡っていない業務部分が多くあって、そこに対応することが「スタートアップ」、「既成保険会社」双方にとって、手っ取り早く合理的であったからと見るのが妥当ではないかと思われる。
そうした意味では、破壊的なビジネスモデルを志向する「スタートアップ」への投資が「既成保険会社」からの投資中に35%もあったことの方が、より注目すべき状況であるように思われる。
今後、「インシュアテック」の流れが、「既成保険会社」に破壊的なインパクトを与えるような形に方向を変えていくのか、動向を見守りたい。
(2018年08月14日「保険・年金フォーカス」)
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【インシュアテック「スタートアップ」 に対する「既成保険会社」の対応 -敵対か、協調か。意外にも協調路線が多数派を占める-】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。
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