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10年が過ぎた後期高齢者医療制度はどうなっているのか(上)-負担構造、制度運営から見える論点
保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳
こうした分析を通じて、全体的な傾向として以下のことが言えるであろう。第1に、高齢化の進展に沿って後期高齢者医療制度の医療費が増加している点である、第2に、伸び率を見ると、75歳以上高齢者の保険料や自己負担よりも、国・自治体の税金と74歳以下の人から支払われる支援金の方が大きい点である。しかも国・自治体の財政は均衡しておらず、かなりの部分を借金で賄っている状況を考えると、結果的に国・自治体の税金部分については、ツケを将来世代に回していることになる。
もちろん、年齢を重ねれば心身に不具合が生じるのは避けられず、いたずらに世代間対立をあおることは本意ではないが、やや分かりやすく言えば、75歳以上の高齢者医療費の負担を現役世代と将来世代が負っているのは間違いない。
さらに、人口のボリュームが大きい団塊の世代が75歳以上となる2025年になると、後期高齢者医療費が増える可能性が高まり、何らかの改革策は避けられないのではないだろうか。想定される対応策については(下)で触れることとして、今後10年程度で「75歳以上の高齢者医療費を社会全体(将来世代も含む)でどう賄うのか」が問われることは念頭に置く必要がある。
4――後期高齢者医療制度導入の理由
では、こうした後期高齢者医療制度の現状をどう評価すべきだろうか。後期高齢者医療制度の前身に当たる老人保健制度3については、(1)現役世代と高齢者の費用・負担関係が不明確、(2)保険料を納める主体と、医療費を使う主体が分離している――といった問題点4が指摘され、それを改善する方策として後期高齢者医療制度が創設された。
実際には制度化のプロセスで関係者の間で様々な利害調整がなされた結果、2つの課題を解決するに至らなかったのだが、制度化に至るプロセスについては(下)に回すとして、ここでは上記の2点に立ち返りつつ後期高齢者医療制度の現状を評価する。
3 このほか、退職者を対象とした退職者医療制度もあったが、ここでは触れない。
4 それ以外にも「加入する医療制度や市町村で保険料額に高低が生じている」という点も課題の一つとして指摘されていたが、本レポートでは土佐和男編著(2008)『高齢者の医療の確保に関する法律の解説』法研の説明に沿って、2つの点について論点や課題を整理する。
1番目の「現役世代と高齢者の費用・負担関係が不明確」という点を理解する上では、老人保健制度の背景や仕組みを理解する必要がある。
元々、老人保健制度は増加する高齢者医療費の確保が目的であり、国民健康保険(以下、国保)を救済する目的があった。具体的には、1973年の老人医療費無料化で高齢者医療費が増加したことで、高齢者を多く受け入れている国保の財政が悪化した。それに加えて、1980年代以降に国の財政が悪化したことで、国の財政支援を拡大することが困難になってきたため、相対的に財政が豊かな被用者保険の保険料を財源対策に用いる財政調整が選ばれるようになり、老人保健制度がスタートした。制度創設時点では3割を国・自治体の税金で確保し、残りの7割を各医療保険制度からの拠出金で賄う仕組みを採用した5。
しかし、主に健保組合の負担が増えたことで、健保連は「高齢者と現役世代の負担の在り方が不明確」といった不満を持つに至った。そこで、後期高齢者医療制度では75歳以上高齢者と74歳以下の人が支払う保険料を区分するとともに、74歳以下の人は支援金という形で75歳以上の高齢者医療費を支援する枠組みが採用された。
5 老人保健制度については、吉原健二・和田勝(2008)『日本医療保険制度史』東洋経済新報社、渡邉芳樹(1992)「老人保健法制定の立法過程」『北大法学編集』第42号第4号を参照。
第2の点については、老人保健制度時代の事務に触れる必要がある。当時の仕組みでは、それぞれの医療保険組合が被保険者から保険料を徴収し、一定のルールに基づいて拠出し合う仕組みを採用しており、実質的には高齢者が少ない被用者保険の保険料が、退職後の勤め人を含めて高齢者を多く受け入れている国保に流入していた。
だが、これでは保険料を納める主体と使う主体が異なるため、医療給付費の抑制に責任を発揮できないなどの批判がなされ、高齢者医療費を管理する主体として都道府県単位の広域連合が設置された。
では、こうした2点に沿って、現状はどうなっているのか。以下、(1)現役世代と高齢者の費用・負担関係が不明確、(2)保険料を納める主体と、医療費を使う主体が分離している――という2つの点に関連し、現状を分析する。
5――制度の現状分析(1)~現役世代と高齢者の不明確な費用・負担関係~
まず、高齢者と現役世代の保険料が区分された点は改革の成果と言えるだろう。しかも75歳以上高齢者の保険料を基礎年金からの天引きとしたことで、全国平均の徴収率は制度創設時から99%前後で推移している。
後期高齢者医療制度が導入された時の経緯を振り返ると、75歳以上高齢者の保険料が年金天引きであることは不評を招く一因となった6が、これは見方を変えれば高齢者の負担を可視化したことによる反動だったと言えるかもしれない。
実際、年金天引きとあいまって高い徴収率を保っていることを考えると、現役世代と高齢者の費用・負担関係は一定程度、明確になったと言える。
6 例えば『日本経済新聞』2008年4月13日では街の声として、年金から保険料を天引きしたことに加えて、制度が複雑で分かりにくい点、「後期高齢者」の名称を不快に思う点などを紹介している。ここでは詳しく触れないが、後期高齢者を対象とした診療報酬制度も批判された。
だが、現役世代の負担については、老人保健制度時代の課題が残された。詳細は(下)で述べることとし、75歳以上高齢者の保険制度を独立させる際、税金で賄う提案が出ていたが、結局は約4割を支援金で賄うことになった。
さらに、65~74歳の前期高齢者についても、老人保健制度に近い枠組みが残されたことで、加入者に高齢者が少なく相対的に財政が豊かな健保組合の負担が増えた。図9は前期高齢者納付金、後期高齢者支援金など健保組合が自らの給付以外に使った各種拠出金7の年次推移であり、2008年度の制度創設以降、ほぼ一貫して増加し、健保組合の経常支出の約4割が支援金を含む各種拠出金に充当されている様子を理解できる。
7 旧老人保健制度時代の拠出金、療養病床転換支援金などを含む。
支援金については、社会保障法の研究を中心に批判する意見がある。例えば、現行制度では75歳以上になると、それまでに入っていた保険者から完全に離脱することになるため、老人保健制度時代の拠出金のような受益者負担的な説明が困難な点などを引き合いに出しつつ、「保険制度の枠内に納まりきれない。実質は限りなく租税に近い」との指摘がある8。さらに被保険者が支援金の使途や決算報告などを知る手続きが法定化されていない点について、「保険料の名を借りた租税負担であるし、租税にも劣る負担と言わざるを得ない」との批判がある9。
筆者としては現行制度の枠組みを前提にすると、加入する高齢者が少なく相対的に財政が豊かな健保組合の負担増は止むを得ないと考えているが、支援金の枠組みが社会保険の範囲を超えているのは事実である。しかも今後、75歳以上の高齢者人口と、その医療費の増加が見込まれる中、後期高齢者支援金が増加するのは確実であり、法律的に説明が付きにくい存在を放置して良いのか、という議論には一定の合理性がある。
8 堤修三(2007)『社会保障改革の立法政策的批判』社会保険研究所p70。
9 加藤智章(2016)『社会保険 核論』旬報社p210。
6――制度の現状分析(2)~保険料を納める主体と、使う主体の分離
ただ、保険者機能の前提となる「自治」という点で見ると、後期高齢者医療制度の保険者である広域連合の位置付けは中途半端である。まず、保険者機能と自治の関係を整理すると、保険料を主な財源とする社会保険方式は負担と給付の関係が直接的であり、「医療サービスへのアクセスが改善したため、給付が増えて保険料も上がった」といった形で、被保険者が負担と給付の関係を理解しやすい。ここに被保険者の主体的な判断が働き、被保険者による保険者自治が発揮される可能性が高まる。
実際、いくつかの先行研究では「給付と負担水準の合意を当事者自治に委ねることによって自律的なガバナンス機能を発揮することが期待できる」11、「(社会保険方式は)制度運営への参加と民主的決定を通じて、政策目的を特化した保険集団内での自治が果たされうる」12と指摘されている。
この点で見ると、後期高齢者医療制度の保険料は広域連合の条例で決まっているものの、広域連合の長や議員は各市町村議会での互選であり、被保険者である75歳以上高齢者は保険料の意思決定に直接関与できない。こうした民主的統制が弱い状況で75歳以上の人に対し、「制度運営に興味を持ち、自治に加わって下さい」と言っても難しいし、保険者機能の発揮も期待しにくい。
このように考えると、今後増える高齢者医療費を管理する責任主体として、今の広域連合は中途半端と言わざるを得ない。
10 山崎泰彦(2003)「保険者機能と医療制度改革」山崎泰彦・尾形裕也編著『医療制度改革と保険者機能』東洋経済新報社を参照。
11 島崎謙治(2011)『日本の医療』東京大学出版会p211。
12 菊池馨実(2017)「社会保障とのその特質」加藤智章・菊池馨実・倉田聡・前田雅子『社会保障法』有斐閣p26。
7――制度の現状分析から分かること
8――おわりに
では、(1)(2)の課題解決に至らなかった理由は何だろうか。それは制度化に至る政策形成プロセス抜きには語れない。(下)では1990年代以降の制度化プロセスを詳述するとともに、高齢者医療費の負担問題だけでなく、非正規雇用労働者の問題など少し議論の幅を広げつつ、今後の制度改改正に向けた選択肢と利害得失を論じる。
(2018年07月31日「基礎研レポート」)
03-3512-1798
- プロフィール
【職歴】
1995年4月~ 時事通信社
2011年4月~ 東京財団研究員
2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
2023年7月から現職
【加入団体等】
・社会政策学会
・日本財政学会
・日本地方財政学会
・自治体学会
・日本ケアマネジメント学会
【講演等】
・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)
【主な著書・寄稿など】
・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数
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