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国保の都道府県化で何が変わるのか(上)-制度改革の背景と意義を考える

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳
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もう一つの目的として、都道府県主体による医療費適正化も挙げられる。財政の安定化を図るだけであれば、市町村を保険者としつつ、高額医療費のリスクを全市町村でシェアする再保険の枠組みを都道府県単位に設定すれば対応できるが、わざわざ都道府県に財政運営の責任を委ねたのは医療提供体制との兼ね合いがある。
例えば、都道府県化の方向性を定めた2013年8月の社会保障制度改革国民会議報告書では、都道府県が「地域における医療提供体制に係る責任の主体」とともに、「国民健康保険の給付責任の主体」を一体的に担う必要性に言及することで、都道府県の役割を拡大する考えを示した。つまり、医療費適正化を図る観点に立ち、医療提供体制改革と医療保険制度の運営をリンクさせるため、都道府県の役割を強化しようというわけだ。
ここで念頭に置かなければならないのが、都道府県別の病床数と医療費の相関関係である。医療経済学では医師の判断や行動が医療サービスの需要を作り出すことで、結果的に医療費が増加する「医師需要誘発仮説」が論じられており、日本では都道府県別の病床数と医療費の間に強い相関関係が見られる点が以前から指摘されている12。
そこで、政府は各都道府県に対し、「地域医療構想」13の策定と推進を通じて、人口減少に応じた病床機能再編や病床削減を都道府県主体で進めようとしている。さらに各都道府県は地域医療構想を盛り込む形で「医療計画」14を今年4月に改定し、その取り組みを強化・加速することが期待されている。政府としては、こうした提供体制改革に国民健康保険の都道府県化を絡めることで、費用と提供体制の両面を見ながら医療費の適正化を図ろうとしている。
その方向性が端的に表れているのが昨年7月の「骨太方針2017」である。骨太方針では、国民健康保険の都道府県化だけでなく、地域医療構想の推進や医療計画の改定などを通じて、「都道府県の総合的なガバナンス」の強化を図ることで、「医療費・介護費の高齢化を上回る伸びを抑制しつつ、国民のニーズに適合した効果的なサービスを効率的に提供する」としている15。
さらに、都道府県が国民健康保険の運営方針を定めるのに先立ち、厚生労働省が2016年4月に定めた「都道府県国民健康保険運営方針策定要領」(以下、策定要領)を見ても、「都道府県が医療保険と医療提供体制の両面を見ながら、地域の医療の充実を図り、良質な医療が効率的に提供されるようになることが期待される」と規定している。
こうした記述を見ると、医療費の適正化に向けて、保険制度の運営と提供体制の効率化を絡めようとする思惑があるのは間違いない。
12 例えば、地域差研究会編(2001)『医療費の地域差』東洋経済新報社など参照。
13 地域医療構想は団塊の世代が75歳以上を迎える2025年に向けて、急性期病床の削減や回復期機能の充実、在宅医療の整備などの医療提供体制改革を目指す制度。人口20~30万人単位の「構想区域」ごとに、高度急性期、急性期、回復期、慢性期の各病床機能について、20205年時点の病床数を推計し、これと現状を比較することで、構想区域単位の現状や課題を可視化した。2017年3月までに各都道府県が策定し、今後は関係者で構成する「地域医療構想調整会議」を中心に、医療機関関係者、介護従事者、市町村、住民などの関係者が対応策を協議・推進することが想定されている。詳細は拙稿レポート「地域医療構想を3つのキーワードで読み解く(全4回)」を参照。第1回のリンク先は以下の通り。
http://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=57248
14 医療計画は6年に一度、都道府県が作成する計画(従来は5年に一度)。病床過剰地域における病床規制が中心であり、2018年度に改定された新しい計画で地域医療構想の内容を引き継ぐこととされた。
15 総合的なガバナンスのイメージや論点については、拙稿レポート「都道府県と市町村の連携は可能か」を参照。
http://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=57965
4――都道府県化の意義(1) ~負担と給付の関係の「見える化」~
では、都道府県化で何が変わったのだろうか。結論を先取りすると、(1) 負担と給付の関係の明確化による「見える化」、(2) 医療行政の地方分権化――という2つの意義がある。
大前提として、制度改革を経た都道府県と市町村の役割分担を整理すると、表1になる。
これを被保険者である住民との接点で見ると、被保険者の資格管理や保険料の徴収、窓口負担の減免決定など住民向けサービスは引き続き市町村が担うほか、健康づくりなど保健事業についても、これまで通り市町村の役割と整理されている。
一方、都道府県の役割としては、事務の広域化や統一化、必要な助言・支援などを通じて、市町村をバックアップすることが期待されており、住民向け直接的に関わる事務については、引き続き市町村が担うことに変わりはない。
しかし、都道府県化を経て、保険料設定と財政運営の仕組みが大幅に変わり、負担と給付の関係の明確化による「見える化」が図られる。まず、都道府県は従来、給付費の一定割合を助成する程度だったが、財政運営の責任主体に位置付けられた。具体的には、国からの補助を受けつつ、市町村ごとの「国民健康保険事業費納付金」(以下、納付金)を設定するとともに、保険給付に必要な額を全て交付することになった。この結果、市町村の財政負担は軽減された。
さらに、すぐ後に述べる「標準保険料」を参考にして、市町村は保険料率を設定し、住民から徴収した保険料を「納付金」という形で都道府県に支払う流れとなる。

中でも図2で示した「納付金」「標準保険料」は「見える化」を語る上で欠かせない制度改正であり、丁寧に見る必要がある。
まず、都道府県は納付金の分配額を決定する際、医療費に影響を与える要因のうち、市町村の責任では解決できない高齢化率や所得については事前に調整する。これを専門用語では「リスク構造調整」と呼ばれる。
例えば、高齢化について言うと、年を重ねれば医療を多く使うことは避けられないため、高齢者が多いことによる医療費の増加は一定程度、止むを得ない面がある。そこで、高齢化による影響で違いが生じないよう、都道府県から市町村に納付金の分配額を決定する際、高齢化が進んでいる市町村に対しては多く、若い人が多い市町村に対しては少なく割り当てる。
もう1つの標準保険料については、市町村が必要な保険料を徴収するための目安となる保険料率であり、都道府県が示した数字を基にしつつ、市町村が実際の保険料を決める。この結果、同じ年齢構成と所得であれば、納付金や標準保険料は計算上、同じになる。
後者の(b)についても、国による定率国庫負担分を除く部分については都道府県が財政安定化基金から貸付を受けることになり、その償還に必要な額については、翌年度以降の納付金の分配額に上乗せすることになる。その結果、都道府県と市町村には保険料の収納率アップなど財政健全化に向けたインセンティブが働くことになる。こうした経路を通じて国民健康保険の財政運営を安定化しようとしているのである。
16 東日本大震災クラスの災害などに対応する特別調整交付金については言及しない。
(2018年04月11日「基礎研レポート」)

03-3512-1798
- プロフィール
【職歴】
1995年4月~ 時事通信社
2011年4月~ 東京財団研究員
2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
2023年7月から現職
【加入団体等】
・社会政策学会
・日本財政学会
・日本地方財政学会
・自治体学会
・日本ケアマネジメント学会
【講演等】
・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)
【主な著書・寄稿など】
・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数
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