2018年04月09日

マイナス金利政策による投資家の運用資産の保有割合の変化

金融研究部 金融調査室長・年金総合リサーチセンター兼任 福本 勇樹

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3――マイナス金利政策による投資家の運用資産の保有割合への影響

日銀当座預金を保有している民間金融機関は、マクロ加算残高に余裕があれば、前述したような方法で短期金融市場よりリターンを得ることが可能である。しかし、日銀当座預金を持たない投資家は、このような投資手法を利用することが出来ない。図表4は機関投資家のコール・手形、現先・債券貸借取引と国庫短期証券の保有割合に関する合計の推移を示したものだが、銀行等ではマイナス金利政策導入前の水準にまで回復しているが、それ以外についてはマイナス金利政策導入前と比較して低位な状況が継続している。マイナス金利政策の導入に伴い、日本の短期金融市場においてリターンを得るのが難しくなっている中で、マイナス金利のコストが投資信託や年金信託に課されるようになっており、短期資金を保有する社会的なコストが高まったといえる。このように短期運用でリターンを得るのが難しい中で、銀行等を除く機関投資家は短期金融市場から資金を引き上げているが、その代替としてどのような投資行動を選択したのだろうか。資金循環統計の2015年12月と2017年12月のデータを用いて、家計を含む投資家の運用資産に関する保有割合の変化から考えてみたい(図表5)。
図表4:機関投資家の「(コール・手形+現先・債券貸借取引+国庫短期証券)/総資産」の推移
1|現預金に対する投資家の行動選択の差異
まずは、主な投資家の現預金残高の動向を確認する。図表6と図表7は、各投資家について総資産に占める現預金の保有割合の推移を示したものである。2015年12月と2017年12月の現預金の保有割合を比較すると、家計(51.6%→51.1%)と確定給付年金(4.1%→3.6%)では減少しており、銀行等(22.8%→27.2%)、生命保険(1.1%→1.6%)、損害保険(3.0%→4.4%)、確定拠出年金(44.4%→47.8%)、公的年金(2.2%→5.9%)では増加している。
図表5:主な投資家の運用資産に関する保有割合の変化(2015年12月~2017年12月)
家計ではマイナス金利政策導入前から現預金の保有割合が徐々に逓減しているが、確定給付年金ではマイナス金利政策導入後の2016年3月から減少に転じている。両者に共通しているのは、現預金の保有にコストがかかるという点にある。家計では、預金利率は長らく低位の状況であり、現金の引き出しや銀行送金等のサービスを受ける際に手数料がかかる。確定給付年金においても、マイナス金利政策導入後の早い段階から預け入れ先の金融機関よりマイナス金利に関するコスト負担を求められた。2015年12月から2017年12月にかけて現預金残高が減少している中で、家計では株式(9.7%→11.2%)、投資信託(5.4%→5.8%)や対外証券投資(1.1%→1.2%)の保有割合が増加しており、確定給付年金では、投資信託(6.4%→6.8%)や対外証券投資(29.8%→31.4%)の保有割合が増加している。

銀行等では2013年6月以降より継続的に現預金残高が増加している。これは、異次元金融緩和下の日本銀行による国債買入の影響もあって、日銀当座預金として保有割合を増やしたことによるものと考えられる。生命保険、損害保険と公的年金では、マイナス金利政策導入後に現預金残高が増加した状態が継続している。マイナス金利のコストを避けるために、短期金融市場での運用ではなく現預金として保有するようになったものと考えられる。一方で、生命保険では株式(5.7%→6.1%)と対外証券投資(18.9%→21.4%)、損害保険では対外証券投資(15.2%→19.2%)、公的年金は株式(20.5%→23.6%)と対外証券投資(29.0%→31.5%)の保有割合も拡大している。

確定拠出年金では、現預金(44.5%→47.8%)の保有割合が増加した一方で、投資信託(54.9%→51.0%)の保有割合は低下している。確定拠出年金では現預金にマイナス金利適用を受けないため、あえて運用資産の価格変動リスクをとらず、元本確保と税制メリットを享受していると考えられる。
図表6:主な投資家の「現預金/総資産」の推移(その1)
図表7:主な投資家の「現預金/総資産」の推移(その2)
2|機関投資家による貸出金・債券の保有割合の低下
また、機関投資家に共通した特徴として、債券の保有割合が低下している点が挙げられる(銀行等(20.2%→16.1%)、生命保険(55.0%→53.5%)、損害保険(29.2%→26.3%)、確定給付年金(30.5%→27.9%)、公的年金(36.8%→29.2%))。また貸出金についても、銀行等(39.9%→39.1%)、生命保険(12.1%→10.3%)、損害保険(8.7%→5.8%)において、その保有割合は減少している。銀行等における貸出金の保有割合の低下は日銀当座預金の増加に伴う総資産の増加に比べて貸出金の伸びが小さいことが原因だが、銀行等以外の機関投資家における貸出金の保有割合の低下は、貸出金の内訳となるコール・手形の保有割合の低下でおおよそ説明が可能である。

現預金、貸出金と債券を合わせた数値で比較すると、銀行等(82.9%→82.4%)、生命保険(68.2%→65.4%)、損害保険(40.9%→36.6%)、確定給付年金(38.6%→35.6%)、公的年金(40.3%→36.3%)と、機関投資家はその保有割合を減少させている。その一方で、株式、投資信託と対外証券投資の保有割合に関する合計で見ると、銀行等は横ばいだが、それ以外については増加している(生命保険(28.1%→31.0%)、損害保険(42.6%→45.9%)、確定給付年金(48.5%→49.4%)、公的年金(49.5%→55.2%))。

よって、機関投資家の行動選択について、次のように解釈できるものと考えられる。(1)銀行等は、日銀当座預金の基礎残高へのプラスの適用金利だけではなく、マクロ加算残高に余裕があれば短期金融市場からもリターンを得ることが可能であるため、現預金残高の拡大を一定程度受け入れている。(2)日銀当座預金をもたない投資家は、マイナス金利のコストを徴求される短期金融市場での運用を縮小している。(3)マイナス金利政策導入後に、債券市場からリターンを得るためにはデュレーションを長期化させる必要があるが、現預金残高を増やすことで債券と合わせたポートフォリオのデュレーションを一定水準に維持または短期化させつつ、リスク資産の保有割合を増やしている。(4)確定給付年金のように、マイナス金利のコストが転嫁される場合は、現預金残高を減少させるものと予測される。
 

4――まとめ

4――まとめ

本稿では、マイナス金政策導入前後における各運用資産に関する保有割合のデータから、各投資家がどのように投資行動を変化させたかについて分析を行った。これらの分析結果から、マイナス金利政策が導入された結果、確定拠出年金を除いて、投資家は株式や対外証券投資等のリスク資産の保有割合を増加させたと結論付けることができるだろう。2016年1月のマイナス金利政策の導入直前と2017年12月末で比較すると、TOPIXは上昇(+30.6%)し、米ドル/円は円高方向(-5.2%)に推移していた。よって、株式の保有割合の拡大については株高の寄与が大きいが、対外証券投資の保有割合の拡大については資金流入の寄与が大きかったと考えられる。また、家計や確定給付年金の事例から、現預金の保有にコストがかかる場合は、現預金を減少させるインセンティブも高まるものと予想される。

ところで、公的年金では、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)がこれまでマイナス金利分のコストを支払う必要がなかった。しかし、今後は、GPIFにおいても預金の預け先の金融機関が負担するマイナス金利にかかるコストを支払う方針との報道も出ており、コールローンでの運用も模索されているようである6。コールローンや短期国債を用いて少しでもコストを低減する方向性を検討するのか、現預金残高を圧縮して他のリスク資産への投資を増やすのか、GPIFは運用規模が大きいこともあり、短期金融市場への影響も含めてその動向が注目されるだろう7
 
6 「GPIF改革の方針」(厚生労働省年金局、2016年2月16日)
7 「平成29年度第3四半期運用状況」(GPIF、2018年2月2日)によると、2017年12月末時点での実績では、短期資産を約11兆円(7.06%)保有している。
 
 

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金融研究部   金融調査室長・年金総合リサーチセンター兼任

福本 勇樹 (ふくもと ゆうき)

研究・専門分野
金融・決済・価格評価

経歴
  • 【職歴】
     2005年4月 住友信託銀行株式会社(現 三井住友信託銀行株式会社)入社
     2014年9月 株式会社ニッセイ基礎研究所 入社
     2021年7月より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会検定会員
     ・経済産業省「キャッシュレスの普及加速に向けた基盤強化事業」における検討会委員(2022年)
     ・経済産業省 割賦販売小委員会委員(産業構造審議会臨時委員)(2023年)

    【著書】
     成城大学経済研究所 研究報告No.88
     『日本のキャッシュレス化の進展状況と金融リテラシーの影響』
      著者:ニッセイ基礎研究所 福本勇樹
      出版社:成城大学経済研究所
      発行年月:2020年02月

(2018年04月09日「基礎研レポート」)

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