2018年02月26日

負のタームスプレッドで取引される中期国債

金融研究部 金融調査室長・年金総合リサーチセンター兼任 福本 勇樹

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1――負のタームスプレッドで取引される中期国債

図表1は日本国債利回り(2年)の推移と各金融緩和政策の導入時期(左から「量的・質的金融緩和(2013年4月)」「マイナス金利政策(2016年1月)」「長短金利操作付き量的・質的金融緩和(2016年9月)」を表している(以下、同様))を並べたものである。日本国債利回り(2年)は、量的・質的金融緩和導入後に上昇したものの、その後低下の一途をたどってきた。マイナス金利政策導入後にさらに急低下し、長短金利操作付き量的・質的金融緩和導入前には-0.4%近辺まで低下した。しかし、その後は上昇トレンドに転じ、2017年後半以降はマイナス金利政策における日銀当座預金の一部に対する適用金利である-0.1%を上限としながら横ばいに推移している。
図表1:日本国債利回り(2年)の推移
一方で、コールローンやレポ取引などの短期金融市場における翌日物金利は、マイナス金利政策後は-0.1%から0%の間を推移している。翌日物金利と日本国債利回り(2年)において信用リスクや流動性リスクに大きな差がないと考えると、マイナス金利政策導入後のこの2年間は2年国債金利が翌日物金利よりも低い状況、つまり、タームスプレッドがマイナスの状況が継続していることになる。2017年末に米国債市場において長期金利の負のタームプレミアム問題に焦点が当たったが、似たような現象が日本の国債市場においても生じているということである。
図表2:無担保コールレート(翌日物)とレポレート(翌日物)の推移

2――日本の国債市場における機関投資家と日本銀行の動向

2――日本の国債市場における機関投資家と日本銀行の動向

日本の中期国債における負のタームスプレッド問題について考える上で、まずは日本の国債市場における機関投資家の動向を確認してみたい。図表3は主な機関投資家による日本国債(ただし、国庫短期証券を除く)の保有額の推移を示している。開始時期には違いはあるが、国内の機関投資家は総じて日本国債の保有額を減らしていることが分かる。具体的には、銀行と公的年金は量的・質的金融緩和導入後から保有額を継続して減らしており、生損保や年金基金もマイナス金利政策導入後から保有額を減らしている。つまり、国内の機関投資家の行動は日本国債利回りを上昇させる方向に作用していたと言える。

一方で、日本国債の保有額を増加させたのが海外投資家である。海外投資家の日本国債の保有額は2013年3月と2017年9月で比較すると約67%の増加となっている。さらに、マイナス金利政策後に一部の日本国債利回りがマイナスになってからも海外投資家は日本国債の購入を継続している。

日本国債の利回りがマイナスであったとしても、海外投資家が購入するインセンティブをもつ理由として、しばしば指摘されるのが為替変動リスクのヘッジにかかるコスト(ヘッジコスト)のからくりである。現在は、国内投資家が米ドル建ての金融商品に投資して、米ドル/円の為替変動リスクをヘッジすると、ヘッジコストがかかるため利回りが低下する1。それとは対照的に、米ドルを保有する投資家が円建ての金融商品に投資して、米ドル/円の為替変動リスクをヘッジすると、ヘッジコストの分だけ利回りをさらに高めることが出来る2

日本国債(2年)を為替先物(3ヶ月)でヘッジしたときの米ドル建て日本国債(2年)利回りと米国債利回り(2年)を比較したのが図表4である。日本国債(2年)を為替先物でヘッジすることで、米ドル建て日本国債利回り(2年)がプラスになり、かつ米国債利回り(2年)よりも高い水準にある時期があることが分かる。量的・質的金融緩和導入後は、米国債利回り(2年)の方が高い時期が継続している一方で、マイナス金利政策導入後は米ドル建て日本国債利回り(2年)の方が利回りは高くなっている。よって、特にマイナス金利政策導入以後は、海外投資家にとって日本の中期国債に投資するインセンティブがさらに強まったと言える3。その結果として、日本の国債市場における需給がタイト化したことで、中期国債の利回りにおいて負のタームスプレッドの状況を生んだものと考えられる。

しかし、長短金利操作付き量的・質的金融緩和導入後から、米ドル日本国債利回り(2年)と米国債利回り(2年)の差は縮小傾向にあり、さらに2018年に入ってからは逆転している。海外投資家から見て、日本の中期国債を購入するインセンティブは低下しており、海外投資家による中期国債の利回りへの低下圧力は今後弱まっていく可能性がある。
図表3:主な機関投資家による日本国債の保有額の推移(兆円)
図表4:米ドル建て日本国債(2年)と米国債(2年)の利回り比較
次に、日本銀行による残存5年未満における日本国債の買入状況も確認しておきたい。図表5から、残存5年未満において、日本銀行は継続的に日本国債の買入を進めていることが分かる。よって、量的・質的金融緩和政策導入以降、国内の機関投資家が日本国債の購入を控えている影響を相殺しつつ、日本銀行は中期国債の利回りに対して継続的に低下圧力を与えてきたものと考えられる。また、日本銀行による中期国債の利回りへの影響については、日本国債の買入に加えて、マイナス金利政策の影響も含めて考察するべきと思われる。
図表5:日本銀行による固定利付国債の保有残高(残存5年未満)(兆円)
 
1 ヘッジコストに関する分析については、「通貨スワップ市場の変動要因について考える-通貨スワップの市場環境が与えるヘッジコストへの影響」(ニッセイ基礎研究所、2016/10/19)などを参照されたい。
2 海外投資家にとって利回りがマイナスの日本国債を購入するインセンティブを持つ理由については、「通貨スワップ市場がもたらす外貨投資インセンティブの非対称性」(ニッセイ基礎研究所、2015/02/24)などを参照されたい。
3 米国では2014年の後半に金融緩和政策の縮小(QE3終了)に舵を切っており、米国金利上昇の観測もあって、日本において当分の間金融政策を継続される可能性が高い等の理由から、マイナス金利政策導入以前からも海外投資家によって米ドル建て日本国債への投資が行われていたものと推測される。
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金融研究部   金融調査室長・年金総合リサーチセンター兼任

福本 勇樹 (ふくもと ゆうき)

研究・専門分野
金融・決済・価格評価

経歴
  • 【職歴】
     2005年4月 住友信託銀行株式会社(現 三井住友信託銀行株式会社)入社
     2014年9月 株式会社ニッセイ基礎研究所 入社
     2021年7月より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会検定会員
     ・経済産業省「キャッシュレスの普及加速に向けた基盤強化事業」における検討会委員(2022年)
     ・経済産業省 割賦販売小委員会委員(産業構造審議会臨時委員)(2023年)

    【著書】
     成城大学経済研究所 研究報告No.88
     『日本のキャッシュレス化の進展状況と金融リテラシーの影響』
      著者:ニッセイ基礎研究所 福本勇樹
      出版社:成城大学経済研究所
      発行年月:2020年02月

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