2017年06月16日

【アジア・新興国】東南アジア・インドの経済見通し~輸出の好調と投資の復調で回復が続く

経済研究部 准主任研究員 斉藤 誠

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2-4.フィリピン

(図表10)フィリピンの実質GDP成長率(需要側) フィリピン経済は、16年前半に大統領選挙関連の特需によって成長率が7%まで加速した後、政権移行に伴う予算執行の遅れも重なって政府消費と公共投資が失速した(図表10)。直近2四半期の成長率は6%半ばまで低下したものの、景気は民間部門を中心に堅調を維持している。民間消費は雇用・所得環境の改善による家計の購買力の向上、緩和的な金融政策を追い風に引き続き景気の牽引役となり、輸出は半導体需要の拡大と米国の景気回復によって電子部品とBPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシグ)を中心に二桁成長が続いている。こうした民間消費と輸出の拡大を背景に民間企業の景況感は高水準で推移しており、投資は二桁増の高い伸びを続けている。

17年は、年前半まで選挙関連特需の剥落の影響が続くことから成長率は6%台半ばで推移するが、年後半は投資主導で7%前後まで成長率が上昇しよう。ドゥテルテ政権はフィリピン開発計画(PDP)でインフラ向け支出(対GDP 比)を2016 年の5.1%から2022 年には7.4%まで引き上げる目標を掲げ、17 年度予算ではインフラ支出を前年比13.8 %増(GDP 比5.4%)まで拡大させている。予算執行が遅れて1-3月期の公共建設は伸び悩んだものの、再び増勢が強まるだろう。

民間消費は、ここ数年の投資の拡大や足もとの農業生産の回復によって雇用・所得環境の改善が続くこと、また海外経済の回復とペソ安の進行によって海外就労者の送金額の増加が続くことから、堅調な伸びを維持するだろう。もっとも消費者物価上昇率は力強い内需とペソ安による輸入コストの増大を受けて中銀目標(1~4%)の上限付近まで上昇することから、一定程度消費の重石となるだろう。また民間投資は公共投資の呼び水効果と旺盛な消費需要、輸出の増加傾向を受けて好調を維持するだろう。

外需は、財・サービス輸出がペソ安と海外経済の回復を受けて増加基調を続ける一方、力強い内需の拡大によって輸入が輸出の伸びを上回るものと見込まれる。結果、純輸出の寄与度はマイナスとなり、成長率を押下げる構造は続くと予想する。

金融政策は現在のところ緩和的な政策スタンスを維持しているものの、今後は物価上昇が見込まれること、また経常収支の悪化が材料視されてペソの下落圧力が強まることから、17年内に小幅の利上げに踏み切ると予想する。

実質GDP成長率は17年が6.6%、18年が6.6%となり、大統領選挙関連の特需で押し上げられた16年の6.9%と比べて低めとなるが、インフラ投資を中心に内需が力強く推移して周辺国に比して高い成長が続くと予想する。

5月下旬には南部ミンダナオ島全域に戒厳令が布告された。政府軍とイスラム国(IS)に忠誠を誓う武装勢力マウテとの交戦は現在も続いているが、交戦地域はミンダナオ島のマラウィ市に限られている。また製造業PMIや消費者信頼感指数は上昇を続けており、当面の経済への影響は限定的となるだろう。もっともミンダナオ島がISの支配地域となったり、経済の中心である北部ルソン島や観光地として有名なセブ島もある中部ビサヤ地方におけるテロの発生や戒厳令拡大といった展開となれば、企業の投資マインドの低下や観光業の悪化など経済への影響が懸念されるだけに、武装勢力の掃討作戦の動向には注意する必要がある。
(図表11)ベトナム実質GDP成長率(供給側) 2-5.ベトナム
ベトナムは外資を中心とした輸出主導の底堅い成長が続いている。外資系製造業から戦略的な生産基地として注目を集める同国では、企業進出によって良好な雇用・所得環境が続いており、サービス業も堅調な伸びを続けている。しかし、16年は農業生産が干ばつや塩害などの悪影響で落ち込むとともに、鉱業が原油価格の低迷を受けて減産を続けた。結果として、16年の成長率は前年比6.2%増と、前年の同6.7%増から低下し、当初の政府目標である6.7%を下回った(図表11)。こうした状況は年明け以降も大きな変化が見られないが、1-3月期は農業の天候不順からの回復が続く一方、鉱業が一段と悪化したことから成長率は前年比5.1%増と前年同期の同5.5%増を下回った。ベトナムの成長率は例年年末に向けて上昇するものの、1-3月期の成長率としては過去3年で最低の水準であり、2年連続で景気減速する可能性が高まった。

17年の成長率は政府目標の6.7%には届かないものの、6%を上回る底堅い成長となりそうだ。まず第一次産業は前年の農業生産の落ち込みからの回復が当面続くほか、農産物輸出が拡大することから前年を上回る緩やかな成長を予想する。

また第二次産業は前年を下回る7%台半ばの成長を予想する。海外経済の回復を受けた輸出の増加が続くなか、18年の欧州連合(EU)とのFTA発効に備えた製造業の生産能力の拡張が続くことから、製造業は堅調な伸びを維持するだろう。実際、5月までに認可された外国直接投資(FDI)は前年同期比10.4%増と高水準を記録している。一方、財政制約から公共投資が伸び悩むことから、建設業は伸び悩みそうだ。国・地方の開発投資の1-5月累計額は前年同期比6.5%増と底堅い伸びを続けているものの、前年1-5月累計の同16.6%増と比較すれば大きく鈍化している。また低迷が続く鉱業は回復が遅れそうだ。昨年、原油価格が上昇に転じたものの、国内の油田は生産コストが割高で依然として減産が続いている。今後の原油価格の上昇は緩やかなものに止まると予想され、早期に増産に転じる可能性は低いだろう。

第三次産業は、前年と同水準の7%程度の成長を予想する。農業所得の増加や最低賃金の引上げ(平均7.3%増)など所得環境の改善は続くだろう。消費者物価上昇率は1-3月が5%前後で推移し、前年同期の1%前後の低水準から大きく上昇しており、家計の実質所得の目減りに繋がっている。しかし、先行きのインフレ率はドンの下落基調が輸入インフレ圧力となる一方、食品価格の安定と医療費の値上げと資源高の影響が一巡するなかで低下傾向を続けると予想する。これによって民間消費は持ち直し、サービス業の堅調な伸びに繋がるだろう。

実質GDP成長率は17年が6.2%と横ばいとなるが、18年が6.4%と小幅に上昇すると予想する。

先行きの景気下振れリスクは米国のトランプ政権の通商政策であり、ベトナムの投資と輸出が鈍化する恐れがある。米国のTPP離脱によって企業のベトナム進出ペースが鈍ると直接投資が落ち込むほか、縫製品に対する関税の引上げとなれば輸出に悪影響が及ぶ。このほか、銀行の不良債権問題についても不透明感が高まっている。銀行業界が報告する不良債権比率は2.5%(15年末時点)で低下傾向にあるとしているが、中銀は実質的には8.9%あると指摘している。金融機関再編と不良債権処理の行方には引き続き注意が必要だ。
(図表12)インドの実質GDP成長率(需要側) 2-6.インド
インド経済は7%台の力強い成長が続いたが、11月に実施した高額紙幣廃貨2の影響が顕在化し、17年度1-3月期の成長率は前年同期比6.1%増と、10-12月期の同7.0%増から更に低下した(図表12)。カリフ期の生産の増加による農家の所得改善や第7次給与委員会の勧告に基づく公務員昇給(平均+23.55%増)を背景に民間消費(同7.3%増)と政府消費(同31.9%増)は景気を下支えたほか、海外経済の回復によって輸出は同10.3%増と急伸した。一方、投資は同2.1%減と、銀行の不良債権問題や製造業の過剰設備に高額紙幣廃貨による先行き不透明感が加わって一段と悪化した。

しかし、17年度は高額紙幣廃貨によって下振れた景気が回復して7%台半ばの成長を続けると予想する。まず民間消費は堅調な伸びを維持するだろう。今年のモンスーン期は平年レベルの雨量が見込まれ3、農業生産の回復傾向が続いて農家の所得増は今年も続きそうだ。また廃貨によって落ち込んだ消費者心理も足元で改善していることも消費をサポートするだろう。消費者物価上昇率は物品サービス税(GST)の導入や資源高と通貨安による輸入インフレを受けて上昇傾向が続くだろうが、食品価格の安定で物価上昇が抑えられ、消費が冷え込むリスクは低いと見込む。

また輸出は海外経済の回復によって増加傾向が続くなか、冷え込んだ民間投資も徐々に持ち直すと予想する。製造業の過剰設備や銀行の不良債権問題の解消には時間を要するものの、高額紙幣廃止に伴う預金額の増加を受けて貸出姿勢を積極化させること、そしてGST導入による複雑な間接税体系の一本化や外国直接投資(FDI)の政府認可の迅速化といったビジネス環境の改善が徐々に追い風となり、冷え込んだ投資に明るい兆しが表れると予想する。

政府は17/18 年度予算で財政赤字目標を緩和し、支出の拡大を通じて廃貨による景気減速への対応を図っている。中央政府予算では資本支出が前年度比25%増と大幅に拡充しており、今後の公共投資の拡大が見込まれる。また廃貨で困窮した中小企業に対する減税策が盛り込まれたほか、農村開発予算も同25.4%増と手厚い配分がなされたことも経済の安定化に寄与するだろう。

金融政策は、1-3月期の景気減速や物価下落によって足元は利下げしやすい環境にあるが、17年2月の金融政策委員会で政策スタンスを緩和から中立にシフトしたばかりであることが追加緩和に踏み切りにくくさせており、6月の会合ではインフレ見通しの下方修正に止まった。先行きのインフレ率はGST導入やエルニーニョ現象の発生リスクなど不透明な状況が続くこと、その後は欧米の金融政策の正常化によって国際金融市場が不安定化しやすくなることから、金融政策は据え置かれるだろう。

実質GDP成長率は、紙幣刷新の影響を受けた16年度の7.1%から回復して17年度が7.6%、18年度が7.6%と、7%台半ばの成長を続けると予想する。
 
2 昨年11月には政府が突然、流通する現金の約9割を占める高額紙幣の廃止を実施したことにより、現金不足に陥って国内が混乱した。
3 6月6日、インド気象庁(IMD)は2017年の南西モンスーンの雨量が長期平均の98%と、平年並みになると発表している。
 
 

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経済研究部   准主任研究員

斉藤 誠 (さいとう まこと)

研究・専門分野
東南アジア経済、インド経済

経歴
  • 【職歴】
     2008年 日本生命保険相互会社入社
     2012年 ニッセイ基礎研究所へ
     2014年 アジア新興国の経済調査を担当
     2018年8月より現職

(2017年06月16日「Weekly エコノミスト・レター」)

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