2017年03月31日

英国のEU離脱とロンドン国際金融センターの未来

経済研究部 常務理事 伊藤 さゆり

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1――はじめに

17年3月29日、英国のメイ首相が欧州連合(EU)に離脱の意思を通知し、EU基本条約第50条の手続きが始動した。同条に基づけば、英国を除く27カ国が期限延長で全会一致しない限り、英国は19年3月にEU加盟国としての地位を失う。

英国は、財・サービス・資本・人の移動の自由を原則とする「単一市場」からも、域内関税ゼロ、共通域外関税、共通通商政策からなる「関税同盟」からも離脱する。EUとは包括的な自由貿易協定(FTA)を締結することを望んでいる。離脱までにFTAの大枠で合意し、離脱と同時に移行期間に入ることで、ビジネス環境の激変を回避したい考えだ。メイ首相からトゥスクEU首脳会議常任議長(通称EU大統領)への離脱意思を告げる書簡には(EU離脱に関わる費用や英国内のEU市民及びEU域内の英国民の権利の保護などの)離脱のための協議と並行して新協定の協議を行う意向が表明された。英国からの離脱通知を受けて、EU首脳会議は、第一段階として欧州委員会が作成する英国との交渉の基本原則を定めたガイドラインの採択を行う方針を表明した。ガイドラインは、3月31日に加盟国に提示され、4月29日に予定する英国以外のEU加盟27カ国の臨時首脳会議で決議する予定である。

EU側も、「秩序立った離脱」を目指す方針だが、協議は、英国政府が望む順序やスピードでは進展しない可能性が高く、離脱後の関係や、移行期間がどのような形となるのかは、現時点でははっきりしない。

英国には多様な国籍・業態の金融機関と専門サービスが集中し、EU圏内にサービスを提供してきた。EU、さらに単一市場からの離脱の影響は、金融業に最も早く表れ、欧州の金融市場の構図にも影響を及ぼし始める見通しだ。

以下、本稿では、英国のEU離脱がロンドンの国際金融センターと欧州の金融構造に及ぼす影響についてみてゆく。
 

2――ロンドン国際金融センター

2――ロンドン国際金融センター

1|グローバルな金融システムにおける位置づけ
英国には、国際金融センター・ロンドンを中心に、商業銀行、投資銀行、資産運用会社、保険・年金など多様な金融機関と法務、会計・税務、経営コンサルタントなど専門サービス業からなる集積が形成されている。

ロンドンはニューヨークと並ぶ真にグローバルで総合的な金融センターである。主要な金融取引について市場(国)毎のシェアを見ると、英国は店頭金利デリバティブ取引では39%、外国為替取引では全体の37%、海上保険料収入では29%を占める(図表1)。

英国は金融面でEUの中で重要な役割を担ってきた。EU域内の金融取引で、英国は、その経済規模を大きく上回るシェアを占めている(図表2)。
図表1 世界の金融取引に占める各国の割合/図表2 欧州連合(EU)の金融取引、金融市場、金融業に占める英国の割合
急成長するフィンテック(IT技術を活用した金融サービス)の分野でも市場規模は66億ポンド(1ポンド138円換算で約9100億円、以下同じ)と、ニューヨーク、カリフォルニアを上回る世界最大の市場であり、欧州の他都市を大きく引き離している1。グローバルな金融センターとしての人材の集積とサポーティブな政策・規制環境が強みとなっている。

英国及びEU27カ国の中央清算機関(CCP)では、ロンドン証券取引所(LSE)の100%子会社でロンドン所在の「LCHクリアネット」のユーロ建ての清算・決済の量が最も多い。

定量評価と定性評価に基づくグローバル金融センターのランキング2でも、PwCによる世界の都市力評価(Cities of Opportunityレポート)3でもロンドンはニューヨークを抑えて、世界第1位の座をキープしてきた。
 
1 HM Treasury & EY (2016)
2 Z/yen(2016)
3 PwC(2016)
2|英国における金融業の位置づけ
金融・専門サービス業は英国の主力産業である。

金融サービス業と、法務、会計・税務、経営コンサルタントなど金融サービス業を支える専門サービスを合わせた広義の金融サービス業は、英国内で221.5万人の雇用を生み出している。雇用全体に占める割合は7.3%である4。粗付加価値(GVA)5は1760億ポンド(24兆円)で、全体の10.7%を占める(いずれも2015年、図表3)。
英国は、財・サービス・資本・人の移動の自由を原則とする「単一市場」からも、域内関税ゼロ、共通域外関税、共通通商政策からなる「関税同盟」からも離脱する。EUとは包括的な自由貿易協定(FTA)を締結することを望んでいる。離脱までにFTAの大枠で合意し、離脱と同時に移行期間に入ることで、ビジネス環境の激変を回避したい考えだ。メイ首相からトゥスクEU首脳会議常任議長(通称EU大統領)への離脱意思を告げる書簡には(EU離脱に関わる費用や英国内のEU市民及びEU域内の英国民の権利の保護などの)離脱のための協議と並行して新協定の協議を行う意向が表明された。英国からの離脱通知を受けて、EU首脳会議は、第一段階として欧州委員会が作成する英国との交渉の基本原則を定めたガイドラインの採択を行う方針を表明した。ガイドラインは、3月31日に加盟国に提示され、4月29日に予定する英国以外のEU加盟27カ国の臨時首脳会議で決議する予定である
金融・専門サービス業は、地域的にはロンドンへの集中度が高いものの、大手米銀などが拠点を置くエジンバラ(スコットランド)、グラスゴー(スコットランド)、マンチェスター(イングランドのノース・ウェスト)、バーミンガム(同ウェスト・ミッドランズ)など、その他の都市にも分散している。ロンドンが占める割合は雇用では英国全体の3分の1ほど、GVAでは半分弱である。地域の経済・雇用に占める金融・専門サービスの割合では、国民投票でイングランドの9つのリージョン(地域)の中で唯一残留を支持する割合が高かったロンドンが雇用の14.9%、GVAで21.4%と最も高く、残留が多数を占めたスコットランドもGVAで9.3%とロンドンに次ぐ。GVAに占める割合は、離脱を強く支持したヨークシャー・アンド・アンバーでも8.4%とロンドンに隣接するサウス・ウェストを上回る。ロンドンのグローバルな金融センターとしての発展は地方の経済と雇用にも恩恵をもたらした部分もある。

金融サービス業からの税収は714億ポンド(9.9兆円)で全税収の11.5%を占める(2015年度)。英国は、法人税率を金融危機前の30%から15年度には20%まで引き下げてきたため6、税収に占める法人税の割合は低下しており、給与支払い時の雇用者による所得税と国民保険の源泉徴収額の割合が高くなっている。また、2011年度から導入された銀行のバランス・シートの規模とリスクに応じて課税する銀行税(Bank Levy)が課されており、法人税引き下げの効果は部分的に相殺されている。

金融・専門サービス業の高い競争力と英国経済にとっての重要性は、貿易黒字の大きさにも表れている。英国の経常収支は15年時点で名目GDP比5.4%という大幅な赤字で、貿易収支、所得収支ともに赤字だが、貿易収支は拡大する財収支の赤字を、金融、保険・年金、専門サービスを中心とするサービス収支の黒字拡大によって一部埋め合わせる構造となっている(図表4)。UNCTADの統計によれば、ドル換算の金融サービス貿易の黒字額は970億ドルで、米国(360億ドル)、スイス(220億ドル)などを大きく上回る。
図表4 英国の貿易収支対GDP比
英国がEUを離脱することで、金融・専門サービス業がEU圏内に一部の機能を移すことにつながれば、英国の成長と雇用、税収に影響が及ぶ。16年6月の国民投票後に大きく減価したポンド相場にも減価圧力が加わりやすい状態が続くことになる。
 
 
4 The CityUK (2017b)
5 GVAは英国の地域統計で経済規模の尺度として用いられている。GVAに生産にかかる税金を加えて補助金を差し引いたものが国内総生産(GDP)。
6 英国政府は2020年までに17%に引き下げる方針であり、一層の引き下げにも意欲を示している。
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経済研究部   常務理事

伊藤 さゆり (いとう さゆり)

研究・専門分野
欧州の政策、国際経済・金融

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