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- 気候関連財務ディスクロージャー・タスクフォースによる提言
2017年03月03日
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⇒ 気候関連財務開示と今後の展望-BHPビリトンの開示事例を参考として
G20財務大臣・中央銀行総裁会議の要請を受けて、金融安定理事会(FSB)が招集した「気候関連財務ディスクロージャー・タスクフォース」(TCFD:The Task Force on Climate-related Financial Disclosures)が2016年12月14日に提言の最終案を公表した1。気候関連のリスクや機会(以下、「気候関連課題」)が企業の将来キャッシュフローや資産負債などの財務に与える影響について、企業に一貫性のある比較可能な情報開示を促す内容である。これにより、企業へ投融資、保険引き受け等を行う際に金融セクターが適切に意思決定できるようにすること、さらには気候関連のリスクに金融システムがどの程度さらされているのか把握することも目的としている。この最終案は、2017年2月12日までのパブリックコメントを経て、2017年6月にFSBへ最終報告として提出され、これを受けてG20で対応が検討される予定である。
FSBは現時点で本提言を自主的なもの(voluntary)と位置付けている。しかし、仮に各国レベルで任意開示となっても、金融セクターが実態として企業に開示を要請すれば、資金提供を受ける際の必須条件となっていく可能性がある。そもそも金融セクターのニーズに起因して提言された枠組みである。金融セクターとしても、そのリスクエクスポージャーが自己資本・ソルベンシー規制基準にも影響してくれば、企業サイドに対応を求めざるを得ないだろう。
タスクフォースは、公募の債券・株式を発行する金融を含む事業会社に対して本提言を採用するよう推奨している。また、インベストメントチェーン全体も採用の対象とした上で、頂点にあるアセットオーナーにはスチュワードシップの枠組みに沿って、アセットマネージャーや投資先に対し採用を働きかけるよう促している。本提言の気候関連開示は、パリ協定同様、海外勢の主導によって想定以上のスピードで世界的に進展する可能性がある。今後の国内における本提言の適用と規制化の程度は別にして、ESG先進国の海外投資家が日本企業に対し本提言に沿った開示を求めてくるケースも出てくるだろう。
本提言は、気候関連のリスクを、「低炭素経済への移行に関連したリスク」(「政策・法規制のリスク」、「技術上のリスク」、「市場のリスク」、「評判上のリスク」)と、「気候変動の物理的影響に関するリスク」(「急性リスク」、「慢性リスク」)というカテゴリーに分類している。一方、気候変動に関連して創出される機会として、「資源の効率性」、「エネルギー源」、「製品およびサービス」、「市場」、「回復力」を提示している。
企業はこれらの視点から、自社およびバリューチェーンに亘る気候関連課題について特定・評価した上で、その影響の重要性(materiality)を判断することになる。開示に際しては会計上の「重要性の原則」を適用し、 開示に必要なコストと実益のバランスが考慮される予定である。
企業サイドが開示すべき項目は、組織運営の中核要素である 「ガバナンス」、「戦略」、「リスク管理」、「指標と目標」の4分野である。例えば、ガバナンスについては気候関連課題に対する取締役会の監督状況を、戦略については気候関連課題が各事業・経営戦略・財務に与える影響を、リスク管理については気候関連課題を特定・評価するプロセスを開示する。評価・管理の指標についてはその目標と併せて実績も開示対象となる。
開示の柱となるのは、戦略の分野における、シナリオ分析を使った潜在的インパクトの内容ならびに定量評価といった将来分析である。シナリオ分析とは、不確実な条件の下で、将来発生する事象に応じて結果がどのように変化するのかを特定し評価する手法である。分析に際しては、各国が政策決定した気候変動対策の目標(NDCs : Nationally Determined Contributions)に即したシナリオ、いわゆる「なりゆき」シナリオ(Business-as-Usual)といった事業特性に関連の深い複数のシナリオに加えて、「2℃シナリオ」2の選定が推奨されている。
企業がシナリオ分析を行う体制としては、CSR関係部署にとどまらず、財務さらには経営企画の各部門とも連携する必要が出てくるだろう。事業特性による影響度合いや、シナリオ分析に充てられる社内資源に応じて、段階的に分析の高度化を目指すにしても、関連データの整備や予備的分析、シナリオ設定の検討等、一定程度の作業負荷が発生する。とりわけ、「低炭素経済への移行に関連したリスク」の大きい事業(化石燃料依存の事業、エネルギー多消費型メーカー、運輸業等)ならびに「気候変動の物理的影響に関するリスク」の大きい事業(農業、輸送・建設インフラ、保険、観光業等)を有する場合には、踏み込んだ分析結果と対応策だけでなく、開示利用者の検証に資する内容まで開示するよう推奨されている。
いずれにしても、本年6月に予定される本提言の最終報告と、国内における適用の内容や規制化の程度を含めた本提言の取扱いについては動向を注視していく必要があろう。
本提言を契機とした気候関連開示の世界的標準化によって、企業のリスク管理プロセスと経営戦略の立案に気候関連課題が織り込まれていけば、取締役会や経営トップによる課題への関与を促し、事業を通じて気候に関連する社会課題を解決することにつながる。一方、金融セクターが、気候関連課題の財務上の影響ついて理解を深め、ビジネス上の意思決定に反映するようになれば、社会全体の効率的な資本配分と低炭素経済への速やかな移行を促す役割を果たすと期待される。
1 https://www.fsb-tcfd.org/wp-content/uploads/2016/12/16_1221_TCFD_Report_Letter.pdf
https://www.fsb-tcfd.org/wp-content/uploads/2016/12/Recommendations-of-the-Task-Force-on-Climate-related-Financial-Disclosures-Japanese.pdf (「気候関連財務情報開示タスクフォースによる提言」日本語版 (株)グリーン・パシフィック 山田・藤森・山本)
https://www.fsb-tcfd.org/wp-content/uploads/2016/12/Recommendations-of-the-Task-Force-on-Climate-related-Financial-Disclosures-Japanese.pdf (「気候関連財務情報開示タスクフォースによる提言」日本語版 (株)グリーン・パシフィック 山田・藤森・山本)
2 2050年迄に地球の平均気温上昇を産業革命以前の水準から2℃上昇までに抑制する目標シナリオ
(2017年03月03日「ニッセイ年金ストラテジー」)
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